Ep.1-7 危機
ハナとリッカは再び大通りに出た。
ハナの逃げ足は速い。リッカの手を引きながら人混みに突っ込み、すり抜けていく。
女は荷物を置いて追ってきたものの、あっという間に引き離した。
振り切るまで時間はかからなかった。
二人は路地を右に左に何度か曲がり、知らない建物の陰に身を隠した。
「撒いたな。……で、今のは誰なんだ」
「……知り合い」
「逃げて良かったのか?」
「……うん」
「そーかい」
質問に対する答えは返ってくるものの、そこからハナが何か話し出すわけでもない。
どうしたものか。リッカは考える。
魔物相手ならばバッサリ斬ってしまえばお終いだが、今回は人間相手だ。しかもハナの知り合いの。
リッカは自分自身を荒事に強いと評価しているものの、事情が分からない状態では手を出しづらい。
となると逃げるのが手だが、このままハナの泊まる宿屋に送り、一人にしてしまっていいものか。
「とりあえず、……俺達の宿に来るか? エコなら何かうまい手を思いつくだろ」
「……うん、行く」
無事に返事があったため、リッカは宿に戻るための道に当たりをつける。
この町はところどころ入り組んでいるが、袋小路は少ない。追跡の目を避けて宿に戻るのは難しくない。
二人は路地を進んだ。もう宿屋は近い。
最後に一度だけ表通りに出れば、すぐに宿屋の屋根が見えてくる。
しかし、路地を出ようとした時だ。二人の行く手を阻むように人影が現れた。
今度は男だ。
「キリ――!」
「――探しましたよ、ハナ様」
驚いた様子のハナ。リッカは気付く。
現れた男は先ほどの女と背格好がよく似ている。記憶違いでなければ顔も。
ハナは男から視線を外さず、じりじりと来た道を後退する。
そんなハナの動きに気付かないはずはないのだが、男が構う様子はない。
「ハナ様にこれほど長く逃げられたのは何年ぶりでしょうね」
男の声色からは、どこか懐かしむような感情が滲んでいる。
「しかしここは里ではない。まずは捕まっていただきましょう」
なおも後ずさりするハナに、男は右手をハナに、左手をリッカに向ける。それを見たハナが踵を返す。
一瞬迷ったものの、リッカはハナの後を追う。追おうとした。
「なんっだ――これ」
リッカの身体が動かない。身体が重い。
例えるならば水中で水に手足を取られて動きにくくなるような感覚。それが極端に悪化したような。
「……くっそ、魔術か」
言葉を発するのに支障はなく、視線も動かせる。ただ、その場から移動するようなな動きに対して、強く抵抗が発生する。
見ればハナも同じ状態らしい。
「キョウから逃げおおせたのであればやむを得ない。お前も、ハナ様とどういう関係かは知らないが、邪魔はしないでもらおう」
男は両手をそれぞれにかざしたまま、ゆっくりとハナに近づいていく。男がハナに危害を加えるつもりはなさそうだが、ハナは抵抗しようとしている。
リッカは先ほどまでよりも身体に力を入れる。身体がほんの少しだけ動く。
「――ハナ様!」
リッカの視線の先、つまり路地の反対側に、最初の女が現れる。
挟み打ちだ。動きを制限されている以上、ハナが逃げ切ることはないだろう。
リッカは更に力を込める。何かがぎしぎしと軋む。リッカの身体か、それとも魔術を構成する何かが音を立てているのか。
異変に男と女の両方が気づく。女もリッカに向けて先に手をかざそうとする――
「――そこまでだよ」
男がやってきた側の通りから声が響く。杖を構えた魔術士の姿が現れる。エコだ。
エコは杖を構えたまま語りかける。
「落ち着いて。話をしよう」
……ギルドで散々絞られた帰り途、なんとなく嫌な予感がして、宿屋の前で立ち止まった。悪い予感は当たるもので、リッカとハナ、そして誰かが半ば戦闘状態になっていた。
町中で無許可で魔術を使うのは戦闘は犯罪で、取り締まりの対象になり得だ。冒険者の多い町ならある程度はお目溢しもあるけれど、人や建物に被害が出ればすぐに衛兵がやってくる。
更に状況が悪くなる可能性もあったものの、魔術で脅して対話を試みた。
こういう時、魔術士は便利だ。
手札が豊富な上、同じ動作からどんな魔術が飛んでくるか分からないから、一度魔術の準備が終われば対抗するのは難しい。……という共通認識が一般的になっている。
結果、理性的な相手なら、今回のように大人しく引いてくれることが多い。
そして、今。
いつもの宿屋の食堂で、空いていた個室を貸してもらった。
部屋には正方形に近いテーブルが一つあり、一つの辺に対して二つの椅子が用意されている
テーブルにはエコを含め五人。
エコの隣にリッカ、対面にキョウという女とキリという男という配置だ。テーブルの側面、エコとキョウの間にハナが座る。
「……まずは非礼を詫びます。我々は冷静さに欠けていた」
開口一番、キョウはあっさりと頭を下げた。
エコは内心胸をなでおろす。
町中で魔術を使うなんて危険人物、話が通じない可能性も考えていた。けれど、あっさり話し合いに応じたことといい、案外まともなのかもしれない。
それとも、もしかしたらキリという男が暴走しただけなのだろうか。
「……先制したのはそちらだけど、あたしも魔術を使おうとしてたし、お互い様ってことで」
「ええ、感謝します。申し遅れましたが、私は風読みの里のキョウ、同じくこちらはキリ」
「あたしはエコ。こっちはメンバーのリッカ。ハナとパーティを組んでる」
「冒険者の、か?」
パーティと口にするなり、キリという奴が強めの調子で口を挟んできた。
……なんだろう、どことなくリッカに似ていてイラッとさせられる。
そんなキリを、キョウが手で制する。
「失礼。まずは我々についてお話するべきでしょうね。我々二人は本来、ハナ様の護衛です。まあ、この場においては、お目付け役と思っていただいた方が良いでしょうか」
「……お目付け役」
「ええ。詳細は伏せますが、端的に言えば、私たちは家出中のハナ様を探しにここへ来たのです」
「家出……そうなの、ハナ?」
「……間違ってはいないわ」
なんとなく話が見えてきた。
「それで、無理矢理でも連れ戻しに来たってことね」
「その通り。魔術を使ったのは、そうでもしなければ捉えどころのない方なもので」
魔術の使用が犯罪扱いになると誤算でしたが、とキョウは付け加えた。
「手段として良いかどうかはともかく、理由は分かった。ハナからは何か言う事ある?」
「私は……冒険者をしたい、から……家を出たの」
「それは、お役目を放棄して、ということですか?」
たどたどしく答えるハナに、キョウが問い詰めるような視線を向ける。
「そ、それは……!」
「待て。お役目? それがハナを連れ戻す理由か?」
「そうだ。ハナ様にしか出来ない役割がある。冒険者などしていていい方ではないんだ」
「冒険者など、だ――?」
今度はリッカと、キリの二人が割り込んできた。どちらも喧嘩腰だ。
やめてほしい、収拾がつかなくなる。
キョウも同じ思いだったのか、リッカの言葉に重ねるようにキリを諌める。
「よしなさい、キリ」
その間の取り方が絶妙で、リッカとキリの両方が口をつぐんだ。
「風読みの里には古くからお役目というものがあります。それを全うできるのは、今はハナ様しかいません。代わることが出来る役目ならば私が代わりましょう。しかし、これに関してはそうはいかないのです」
キョウの言葉は抽象的だったものの、妙に重みがあった。
「ハナ様、彼らを交えて話をしますか?」
答えはなかった。
「しばらく、我々とハナ様だけで話をさせてください。黙って連れていくようなことはしませんので」
結局、あたしたちは大人しく部屋を出た。
「どうする」
「……うん、どうしようね」
ハナがお役目とやらのために連れていかれてしまったら。
悪い可能性はそれだけではない。ハナが自分からパーティを抜ける可能性だってある。
せっかく出会えて、パーティを組めて、これから一緒に冒険ができると思っていたのに。
ハナも同じ思いだと思いたいけれど、これからをどう考えているかは分からない。
まだ出会って数日。知らないことの方が多い。
ハナは色々な事に興味があって、ふわふわしていて、弓が上手で、ちょっと天然で。
知っているのはたったそれくらいだ。
「……あたしたちが口を出せることじゃないよ」
ハナにはハナの事情がある。
お役目とやらの重要さも、ハナが冒険にかける思いの強さも、私たちにはまだ十分理解していない。
「だとしても、まずはハナに話を聞いてからだろ」
「そっか……そうだね」
それきり会話が続かなくなって、黙っていた。
時折ハナの声が聞こえる。感情的になっているのかもしれない。
時を待たずして、キョウとキリだけが現れた。
「ハナ様にはまだ時間が必要なようです。が、我々も仕事で来ている以上、おいそれと引き下がるわけにはいかない。明日また来ます」
「分かった。あたしたちはこの宿にいるし、依頼に出る時には知らせる」
「承知しました。何かあればこちらに」
キョウは懐からペンと紙を取り出し、何かを書いて寄越した。
通りの名前と数字が書かれている。二人の拠点の位置らしい。
「ハナ様のいる部屋はこのまま借りられるようにしておきましょう。ハナ様と話し合ってみてください。冒険者の厳しさを伝えて説得してもらえると助かりますが」
「……」
「あとで、キリにハナ様の荷物を届けさせます。では」
それきり、二人は去って行った。
「……ハナと話してみる。リッカは外にいてね」




