Ep.1-6 逃走劇
翌日。いつもより少し遅い朝食の後、食堂に集まった。
「――とりあえず集まってみたけど、どうしようね」
「金も稼いだしな」
「私はみんなに合わせるよ」
これまでまとまったお金が入った時は長めに休みを入れたり、余裕があるうちに難しめの依頼に挑戦したりしていた。
今回はハナが手を挙げた。
「わたし、わたしは冒険に行きたい。みんなが良かったら、だけど」
「ふふっ。もちろんいいよ」
積極的なハナに反対する理由もない。
「じゃ、どこに行くか考えよっか」
まずはギルドに行って依頼を物色することにした。行くのはベル以外の三人だ。ベルは鍛錬に時間を使いたいらしい。
ギルドには掲示板と呼ばれる一角がある。そこの壁には数え切れないほどの依頼書が張り出されていて、依頼を受けに来る冒険者が絶えない。
冒険者だけではない。ギルド職員も何人かいて、新しい依頼を追加したり古い依頼書の内容を更新したりと忙しそうだ。
そんな中に混じって、ハナは依頼書を片っ端から指差してはリッカを質問攻めにしている。
それを横目に見ながら、エコも改めて依頼書を眺めてみる。
――研磨花草の収集。
広大な花畑で研磨花草という小さな植物をひたすらに探すという、一度だけお世話になった初心者向けの依頼だ。一帯は危険な生物がいないので安全ではあるものの、とにかく見つけにくくて根気がいる。
……これはパーティの誰も向いていなかったし、効率が悪すぎてもうやりたくない。
――朧干獄の調査準備。
本格的な調査の前段階として、朧干獄の環境下で人間が一定時間生存できる手段を確立する。
……これは何か違う。必要なのは冒険者ではなくて研究者だ。
――果ての町への物資運搬の護衛。
最短一ヶ月で成果報酬と日当あり。基準日数を超過した場合は報酬の上乗せあり。
……報酬は良いけれど、期間が長過ぎる。少なくともリッカには向いていない。
依頼の数は多くても、これと思えるものは多くない。割の良い依頼は競争率も高いから、依頼を選ぶために時間をかけるか、妥協をしてすぐに依頼を受けるか。
選択は冒険者次第だ。
「――あ、エコさん。ちょっとお時間いただける?」
そうしてエコが掲示板の前にいると、聞き覚えのある声に呼び止められた。メンバー募集の応対をしてくれた時の女性だ。
エコはしまったという顔になる。
そういえば、ハナに会えた後に、メンバーの募集を取り下げるのを忘れていた。ハナがパーティに入ってくれた時点で断っておくべきだった。
もしかしたら怒られるかもしれない。エコはそっと女性の顔色を窺ってみるけれど、営業用の笑顔からは何も読み取れない。
「……すぐ行きます」
どれくらい時間が必要か分からないので、ハナとリッカに声をかけておく。
「ごめん、ちょっと行ってくる。依頼を選ぶのはまた夕方にしよう」
はーいと、ハナが返事する。
「それならわたし、買い物に行ってくるわ」
「分かった。じゃあリッカ、荷物持ち」
「おう」
「ハナ、リッカ好きに使ってやって」
「あら、ありがとう」
エコが恐る恐るという様子でギルド職員の元へ去ってしまったため、二人は買い出しへ出発した。
「ありがとう。リッカが来てくれて良かった。まだお店の場所が分からないの」
「俺も詳しいわけじゃないけどな」
「それでも嬉しい」
「……まあだいたいの場所だけな。……で、まずは装備を扱ってる店だったか」
目的地はギルドからそう遠くない。すぐに到着した。
町の中心にある広場。いくつかの通りが交わるこの場所には露天が集まっている。店の数、それらを巡って広場に出入りする人の数が、この町の大きさと賑わいを表しているようだ。
「ここが市場だな。広場は食材の露天が多いけど、行商もいるから色々売ってる。外の通りには武器屋防具屋が店を構えてるんだが――」
そこまで話して、リッカは弓使い向けの装備がどこに売っているか知らないことに気づく。
防具類は馴染みの店で見かけるものの、弓は見た記憶がない。
弓には特に興味がなかったせいで、単に視界に入らず気づいていなかっただけなのか、本当に店で扱っていなかったのか分からない。
ギルドを出る前に情報を得るべきだったのかもしれないとリッカは少し後悔した。
「――まあ、ハナが行きたい店もどこかにあるだろ」
近いとはいえ、わざわざギルドに戻ることもない。リッカはそこから先の行き先をハナに任せることにした。
一方のハナは、溢れる好奇心を隠すことなく、あたりをきょろきょろと見回している。
いかにもこの場所に不慣れな仕草だが、彼女が周囲の視線を気にする様子はないし、逆に周囲の人間がいちいち気に留める様子もない。
ハナは視線を彷徨わせた後、一点を見つめた。
「こっち」
言うが早いか、雑踏の中をすいすいと歩いていく。置いていかれまいとリッカも追いかけた。
進行方向に何らかの建物が見える。目立った装飾はない。
リッカは入ったことのない建物だ。何を売っているか分からない。そもそも店ではない可能性もある。
しかし、その建物にたどり着くと、ハナは迷いなく扉を開けて中に入る。閉まろうとする扉を押さえてリッカも続いた。
「……おお」
ハナには建物の外からでも何か見分ける方法があったのか、それとも勘か。
中に入ってみれば、確かに目当ての店だ。
壁や木棚を埋めるように様々な弓が並んでいる。リッカの背丈ほどあるような大きなものから、腕の長さに満たないような小さなものまで。明らかに形状が違うものもある。
一括りに弓と呼んでいいのだろうか。もしかしたら何か種類があるのかもしれないが、リッカには分からない。
矢にも相当な種類がある。防具も揃っている。他にも接近戦や狩人向けだろうか、短刀の類も扱っている。
門外漢であるリッカにも、店の品揃えの良さが理解できた。
「これと、これと……」
リッカが店の入口で立ち止まっているうちに、既にハナは店内を巡っていた。
欲しいものが決まっているのか、次から次に商品を眺めてはこれと決めたものを手に取っていく。
種類の違う矢を何束か。更に先日の破裂玉に似た何かを一袋。すぐに数え切れなくなった。ものの数分のうちにハナの両手はいっぱいになり、ハナはそのまま店員の元へ向かった。
もっと時間がかかるものだとリッカは思っていた。エコやベルの買い物のように。
「リッカ」
ハナが手を振っている。
リッカは一瞬思考し、すぐに思い当たる。早速荷物持ちの出番というわけらしい。
「リッカ。これ。お願い」
「おう」
ハナが持ち寄った商品を店員が数えている。矢を束ねて括り直し、丁寧に袋に詰めていく。
その合間にハナはまた店内を一回りし、商品を追加した。
結果、一抱えほどの大袋がいっぱいになった。
店員から袋を渡される時、気の毒そうな視線が向けられた気がする。きっとリッカの気のせいだろう。
「じゃあ、次へ行きましょう」
ハナとリッカはそのまま何軒かの店を回った。
別の装備屋に、食料に、衣服。
ハナは買い物に時間をかけない性格なのか、リッカが店を一回りする間に買い物を済ませている。リッカの腕に、あるいは最初の袋の上に、袋や小包が増えていく。
それぞれの店の店員が、大丈夫ですかだの、大変ですねだのリッカに声をかけてきた。もっとも、最後の店についた時点でリッカからは店員の顔も見えなかったが。
「これで最後」
もう荷物持ちは無理と踏んだのか、最後の店で買った分はハナが自分で持った。
「おしまい。帰りましょう」
「♪」
ハナは鼻歌を歌い、袋を後ろ手に提げ、くるくると回りながら歩いている。
器用なもので、ふらつく事もなければ人にぶつかる様子もない。
リッカの視線に気付いたのか、ハナが振り返った。
「今日はたくさんお買い物できて良かった。ありがとうリッカ」
「おう、気にするな」
ハナの使う宿への道すがら、リッカは妙な気配に気付いた。
誰かに見られている。
敵意はほとんど感じないものの、心当たりがない。荷が目当ての盗人の類か、それとも……。
リッカは荷物を抱え直して少しでも視界を確保した。歩みを早めハナの横に並ぶ。
「ハナ、次の角を右だ」
「……? うん、分かった」
通りから路地へ曲がる。喧騒が一気に遠ざかった。
リッカは背後の気配に意識を集中する。
後ろの人物はどうするだろう。直進して立ち去るだろうか。
いや、路地へ入ってきた。リッカが速度を上げれば背後の気配も速度を上げる。
何者か分からないが、振り切らせるつもりはないらしい。
「悪い、ハナ」
リッカは抱えていた荷物の半分を素早く地面に下ろし、振り返る。
「――何の用だ」
リッカが振り返った先には、黒い外套を纏った長身の女がいた。髪が長い。リッカより何歳かは年上に見える。
見覚えはない。
「――ハナ様」
リッカをの問いかけを無視し、その女はハナの名前を静かに呼んだ。
「キョウ……!」
ハナは驚いたように抱えていた荷物を取り落とした。
「お久しぶりですね。元気でしたか?」
「……」
ハナは返事をしない。
「一緒に来ていただきますよ」
女は一歩、また一歩と近づいてくる。
ハナは唇をぎゅっと結んだ。
「――こっち!」
不意にハナが駆け出し、リッカの手を引く。つられてリッカも走り出す。
「おい、荷物が――」
「いいの!」
女も間を置かず追ってくる。
彼女が誰でハナとどんな関係にあるか、状況は分からない。分からないが、リッカは素早く判断した。
「……しゃあねえ」
リッカは残る荷物を下ろすと、袋の一つを女に向けて蹴り飛ばした。
女は袋を避けようとするが、細い路地では避けきれない。
やむをえず受け止めようとしたようだが、その袋がいかに重いかはリッカがよく理解している。
「わっ――くっ、待ちなさい」




