Ep.1-5 新しいパーティ
そして翌日。
あたしたちはまた、雲羊の生息地までやってきた。
群れを発見したのは前回と別の地点。わずかに傾斜がある丘だ。
周囲は開けている。こちらからは向こうが見えていて、つまり、向こうからもこちらが見えている。
特に障害物もないので、囲い込みに適した地形ではない。
雲羊達は長い脚を折りたたんで草を食んでいる。時折こちらに視線を向けるけれど、動こうとはしない。
ある程度の距離を保っていれば逃げる選択肢は取らないらしい。
……前回より条件は悪いけれど、大丈夫。これくらいは想定内だ。
雲羊達が移動してないか監視しながら、みんなに作戦を伝える。
「まずはハナにお願いがある」
「?」
ポーチを空けて、そこに入れておいた小さな球体をハナに渡す。
「破裂玉――かんしゃく玉とも言われてるかな。衝撃を与えると大きな音が出るんだけど。これを群れの端に撃ち込んでほしい」
「もちろん!」
「それじゃお願い」
ハナに手持ちの破裂玉のほとんどを渡す。
「作戦はこう。最初にハナが破裂玉を群れに打ち込む。複数がいいかな。で、群れが逃げ出したら、破裂玉を追加。なるべく逃げる方向を制御して、あたしの方向へ誘導してほしい。リッカとベルも群れの左右から誘導を手伝って」
「エコはどうするんだ?」「護衛はなしなの?」
リッカとベルの声が重なった。
聞き取りきれなかったけれど、言いたいことは二人とも同じだろう。
「大丈夫、魔術が失敗しそうだったら足元に破裂玉を投げるから。雲羊も逃げていくでしょ」
納得しきっていない顔の二人に残りの破裂玉を渡す。
「さ、やるよ」
装備の重さで移動が大変なベルをその場に残し、他の三人が移動する。
雲羊を刺激しないよう慎重に大回りをして、ようやくあたしは持ち場についた。
ここからは、ベルの反対側、つまりもっとも移動距離が長いリッカから合図があるまでは待機だ。
じっと待っている時間は嫌なもので、本当にこれで良いのか不安に駆られてしまう。
――二人の手前ではああ言ったものの、雲羊の速度を読み違えば、魔術を逃れる個体が出てくる。そうなった時に自分の身が守れるかどうかは、正直分からない。
それにいざとなって、至近距離で破裂玉の音で驚かせたとして、本当に雲羊を散らせるだろうか。パニックになって蹴られたりするかもしれない。そうでなくても、雲羊同士がぶつかって倒れ込みでもしたら、簡単に押し潰されてしまう。
前回身を挺して守ってくれたベルは近くにいない。
……いけない。失敗した時のことじゃなくて、どうやってうまくやるかを考えないと。
そんなことを考えていると、リッカから合図が来た。
かなり遠いけれど、姿は見える。手を振っている。こちらも手を振り返す。
リッカが手を振ったら配置完了、ハナとあたしに合図する。ハナはベルに合図を中継した後、ハナのタイミングで最初の攻撃を始める。こういう段取りだ。
あたしの位置から群れの反対側にいるハナの姿は見えない。見えないけれど、きっとその時は近い。
今回もしくじれば、どん詰まり。
まずは、数日毎に支払っていた宿代が尽きる。そうなれば、今の宿を離れないといけなくなる。
馬小屋にでも泊まって、食費も削れるだけ削って。すぐにでも別の依頼をこなさなければ。とにかく効率重視で。いや、そんなことさえ言っていられないかもしれない。文字通り、生きていくためにできることは何でもしなければいけなくなる。
そして、そんな状態になった時、ハナを道連れになんてできない。パーティを離れてもらうしかない。
ここで失敗なんてしてしまえば、そうなる。失敗はできない。
緊張で喉が乾く。
――破裂音が聞こえた。
「来た」
最初の音の後に何度も音が続く。
一回、二回、三回。それぞれ音がする方向が違う。ハナは破裂玉を撃ち込む位置を毎回変えているらしい。
雲羊達は大慌てだ。奥から順番に立ち上がっていく姿が、地面がせり上がったようにも見える。互いにぶつかりあいながら、こちらに向かって来る。
視界の左右でベルとリッカも動き出したのが見える。
明後日の方向に逃げようとした個体もいたけれど、その度に進行方向で破裂玉が炸裂する。ハナの誘導は完璧だ。
リッカと、少し遅れてベルが群れの横につけた。リッカは剣で、ベルは盾で雲羊を威嚇しつつ、破裂玉を放って雲羊の逃げ道を潰している。
雲羊の群れは、一匹残らずこちらに向かってくる。
そろそろかな。
深呼吸をして、カウントを始める。
「三」
先頭の雲羊が魔術の範囲に入った。
まだ距離はあるのに大きさが分かる。追いかけられるのも怖かったけれど、正面から向かって来られるとまた別だ。迫力が違う。
みるみるうちに距離が縮まる。
「二」
数えながら精神を集中させる。
ハナは最高の仕事をしてくれた。リッカとベルも。
次はあたしの番。
雲羊はもう目の前だ。
「一」
失敗なんてしない。出来ない。
当たれ。
「――『雪華』!」
「……エコ?」
「ん……?」
「大丈夫?」
隣にいたベルが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
……そうか、帰ってきてたんだっけ。
あの時、『雪華』はいつもより影響範囲が広くなって、そこにいた雲羊を一頭残らず凍結させた。
その代わりなのか、強烈な疲労感に襲われて、立っていられなくなったんだった。
幸い、すぐにみんながやってきてくれた。
ベルが支えてくれて、リッカが黙々と羊毛を回収して、ハナは羊毛回収の応援を呼んでくれたんだった。
一度にこれだけ大量に回収できたのは久々だと、依頼者も驚いていた。
その頃にはあたしも元気になってたんだけど。
宿に戻ってきて、気が抜けたのかな。
頭を振ってみる。
うん、頭がはっきりしてきた気がする。
「……ちょっと疲れてたみたい」
テーブルには所狭しと料理が並んでいる。
今回納品した羊毛は四十二個。生活費にして一月分どころか、ハナの取り分を引いた後でも三ヶ月分を超えた。
というわけで、これはお祝いだ。
「――はい、これで最後ね☆」
食堂の給仕、リーナが飲み物を持ってくる。既にテーブルが空いていないからか、一人ひとりに手渡ししていった。
「ごゆっくり☆」
みんな飲み物を手に持ってそわそわしている。特にリッカとベルとハナと、あとあたし。
みんな気分が高揚している。
「じゃ。ハナの加入と、勝利を祝って」
「「「「乾杯」」」」
勢いよくジョッキをぶつけあう。ハナよりも慣れているはずのベルが中身をこぼしそうになっていて、ちょっと笑ってしまった。
食事が一通り片付いた頃、ベルがまたそわそわしだした。
「……あれ、頼んでいいかな?」
「もちろん」
そろそろだと思っていた。
「店員さん、いつものを、えっと……四つ」
「はーい」
カウンターの奥から返事がくる。
「なにかしら。ワクワクする」
「お楽しみだよ」
ベルとハナがきゃいきゃい話している。
しばらくして給仕のリーナが現れ、それを持ってきた。
「――はーい、氷菓子四つね☆」
ベルとハナの目が輝く。
「ハナ、食べてみて」
ベルに促されて、ハナはアイスを頬張った。幸せそうにため息をもらす。
「幸せ……!」
(……なあ。俺、気付いたんだが)
その横で、リッカがひそひそと話しかけてくる。
(なにリッカ)
(あの氷菓子って、甘いよな)
(そりゃそうでしょ)
(……あれの原料って、雲――)
慌ててリッカの口を塞いだ。ベルとハナは気づいていない。
世の中には、人類が原理を理解せず加工し、消費している資源がある。そして、自明であっても、配慮によって食材の出処は伏せられている場合が多い。
……気にしたら駄目、損をするだけだ。
例えばグロテスクな魔物や、逆に可愛らしい小動物の肉。大半の人間にとって料理は美味しく食べられれば良くて、どんな資源に由来しているか積極的に知りたいわけではない。
頭の中に浮かんだもこもこのイメージを振り払って、あたしも氷菓子を口にする。
やっぱり甘い。けれど、強烈に甘いというわけではない。
雲が晴れるように頭の中のイメージが消えていった。
おいしい。
あたしたちが談笑を続ける中、食堂からは少しずつ人が減っていく。
お金の問題はひとまず解決した。頼りになる仲間もできた。
数日前が嘘のように順調だ。
ハナもこの宿に泊まりたいと言っていたから、何日かしたら三人部屋かな。あとでリーナに相談してみないと。賑やかになりそうだ。
けれど、今日のところは一旦お別れだ。
「みんな、本当にありがとう」
「こちらこそだよ」
「素敵な冒険、素敵な仲間、素敵な毎日。わたしはこんな日々を夢見てたの。おやすみ」
大げさな事を言って去っていくハナに、みんな少し笑った。
――その頃。
エコ達のいる町に入る二つの影があった。
片方がもう一方に話しかける。
「やはりハナ様はこの町にいる」




