Ep.4-3 着想
「アタシ、もうじき卒業するかも」
日陰で身体を休めながら、リーナは隣の人物に話しかけた。
「へぇ、そうか」
特に興味がなさそうな声で返事が返ってくる。マオだ。相槌のつもりなのだろうか。
「少しくらい驚きなさいよ……」
リーナは今日も、午後の講義までの時間を屋上で過ごす。
別に友達がいないわけではない。
社交的なリーナには性別を問わず友人がたくさんいる。そのつもりがある時はどこかのグループと一緒にいることもあるし、何なら、話したことのない学生の方が少ない。
ただ、この手の話を彼らとしようとは思わないし、そもそも人当たりの良い自分を演技するのは疲れる。
その点、マオ相手なら呆れたり苛立つ事はあっても、気疲れすることはない。
マオとの演習の結果は悔しくとも、我慢できなくなるのは当日くらいのものだ。
「で、卒業した後はどうする?」
あくびの後、マオは問いかけてきた。興味があるのかないのか。マイペースなだけはある。
リーナは膝を抱えて、遠くにある王都の町並みを見渡した。
王都の中心、小高い丘の上には、王城が見える。
「……魔術士団を目指そうかなって」
魔術士団。
学院の卒業生の中でも飛び抜けて優秀な者だけが目指せる、世界最高峰の魔術士の集団の一つだ。
その影響力は大きい。王国の各組織への魔術指南を始めとして、各国が抱える魔術士の組織には、必ずといっていいほど魔術士団からの人材が入り込んでいる。
彼らに当然求められる能力は高く、幅広い。魔術だけではなく、実務力や交渉力も求められる。難しい職業ではあるものの、見返りは大きい。
「お前ならいけるんじゃないか」
「そう?」
リーナの中には不安がある。
いくら首席と呼ばれていても、それはこの一学年の中だけの話だ。
魔力の才能、あとは人と同じ事をより早く習得するだけなら自信はある。
けれど、今よりずっとレベルの高い集団に身を置いて、自分がどこまで通用するかは分からない。
「お前くらい努力をしてる奴を知らない」
「そっか……うん、ありがと。アンタがそんな事言っても説得力ないけど……」
むしろ、リーナが恐れているのはマオのような本当の天才肌の人間だ。
リーナは時間を掛けることで人より良い結果を出す。けれど、マオのような種類の人間は、ろくに時間もかけずにリーナが費やした努力を軽く超えていく。
結局のところ、リーナは少し優秀なだけの器用貧乏に過ぎないのだ。
今は、まだ。
「――決めた!」
リーナは悩みを迷いを振り払って、立ち上がった。
「それまでにアンタにも付き合ってもらうから」
「……うん?」
珍しくマオが身体を起こした。
疑問の表情を浮かべるマオの鼻先に、リーナは指先を突きつけた。
そうして宣言する。
「アタシはアンタに勝って、堂々と卒業してやるわ」
次の日から、リーナの生活に新たな日課が加わった。
早朝、目覚めてすぐに魔術の本を開く。講義で学ぶ魔術より実用的な魔術を求めて、文献を漁る。食事の時間だけはきっちりと取り、それが終わればすぐにまた本を開く。
午前、午後と講義に出る間も調べ物は続く。教師の声に耳を傾けながら、魔術の本の内容を頭に入れていく。
その日の講義が全て終われば、間もなく仕事だ。
教師陣の助手として研究室で資料をまとめ、時に雑用で学院の中を走り回る。いつも気付けば夜遅くなり、宿舎に戻らなければいけない時間になる。
自室に戻ったら、そこからは魔術の訓練の時間だ。
魔力光を漏らさないようにカーテンをピッタリと閉め、限界まで魔力の出力を抑えて、ランプの明かりを頼りに試行錯誤を繰り返す。
当面の目標はマオを倒す事。
そのための魔術を、リーナは作り上げようとしている。
王国式魔術の場合、魔力という資源を集中させ、詠唱で制御し、指定した場所に任意の現象を再現する。
しかし、マオのようなタイプを相手にする場合、詠唱をしていては対応が後手に回ることになる。
典型的な魔術士であるリーナに対して、マオの使う強化術はいわゆる広義の魔術。
魔術士が使うそれとは別物だ。
リーナを含めた普通の魔術士が魔術を組み上げるために魔力を使うのに対して、強化術の使い手は、魔力を体内で運用するため、むしろ武術の延長線上にある。
強化術は身体に害がない範囲で僅かに身体の機能を強化し、特定の動作の威力や速度、精度を底上げする。
中でもマオは速度に特化している。瞬発力や最高速度は最早戦士と変わらない。
演習のルールではあまりに有利なため、マオ自身が必ず一手待つことを決めているくらいだ。
「……熱っ」
リーナの指先で、制御し損ねた魔力が炎に変わる。
意図せず発生したそれを、リーナは靴で踏んでもみ消した。
杖と詠唱無しで魔力を扱えば、リーナでさえこの様だ。
ただ、それでも何度も反復し、詠唱なしの魔術を身体に覚え込ませようとしていた。
詠唱を省略しても魔術が維持できるようになれば、マオだろうが他の誰かだろうが、対抗する手段はいくらでも取れるようになる。
そのため、あえて杖と詠唱の補助に頼らずに魔力を制御する事を試みた、が……。
「……この方法はダメね」
詠唱無しとなると、どうやっても魔力を制御しきれない。
リーナはびっしりと文字が書き込まれた紙片を取り出し、今の組み合わせが書かれた場所に線を引いた。
「次……」
今回の敗北で分かった事がある。
既存の魔術をいくら工夫しようが、今のルールの中でマオに対抗するのは難しい。
素の運動能力に加え、強化術を加えたマオの敏捷性はどうやっても脅威だ。
魔術は簡単に避けられてしまうし、かなり距離を取らないと一瞬で詰められてしまう。
何か、新しい発想が必要だ。
必要なのは速さ。そして攻撃範囲。詠唱をせず即座に発動し、全方位に攻撃出来るような魔術が必要だ。
理想だけを言うならば、魔力の消耗が少ないほど良いし、魔術の対象に自分を巻き込まないような仕組みも欲しい。
僅かな明かりの中で、リーナは思考に沈んでいく。
まるで、洞窟の中を延々と歩いているようなものだ。
道は入り組んでいて、至る所に分岐がある。
一見すると先に続いているように見えるものの、進んだ回数だけ袋小路に突き当たる。
その度に引き返す。
一つ前の分岐へ、また一つ前へと。
何度も同じ場所を通っている。
出口は見つからない。
いや、そもそも出口なんて、存在しないのかもしれない――
「!」
少し、眠っていたらしい。
水差しの水を一気に飲む。思っていたより量が多く、肺が酸素を求めた。
急いで水を飲み込むと、いつもよりも強く鼓動を感じた。
「……そうだ」
リーナは閃いた。
いっそ、魔力の制御を止めてみよう。
制御を失って炎と熱に変換される魔力を活かし、魔力を集める要領で、逆に放出する。
「それだけだと魔力消費が激しいから……」
不思議な感覚だ。発想が発想を呼び、影も形も無かったはずの場所に、確かに道筋が見えてくる。
「寄せる波と返す波を作って……」
何の確証もないままに、直感だけでリーナは思考を進める。
「予備動作は最低限に……」
リーナは右手を胸に当て、左手で杖を持った。
心臓が早鐘を打っている。興奮でいつもより早くなる鼓動を、魔術と同期する。
一瞬の目眩の後、杖の頭が微かに瞬き始めた。
うまくいった。
心臓が血液を送り出すと同時に、魔力光が明滅する。
「よし」
そこから更に、別の変更を加える。
鼓動を増幅した信号に、熱と炎が生み出す波をリンクさせる。
失神しそうになるほど繊細な調整を経て、リーナはついに成し遂げた。
「できた……」
リーナのオリジナル。
魔術士が、戦士を相手に、槍の間合いでさえ対抗しうる魔術。
まだ一回使えただけ。それも、部屋の中でも使えるほどに出力を極端に落とした状態だ。
それでも、成功したという確信があった。
「出来た……!」
それがどれほどの偉業で、どれほどの影響を生むか、リーナはまだ知らない。




