Ep.4-4 衝撃
新しい魔術の調整、試験の勉強、普段の講義に手伝いの仕事。
演習では三位を軽く蹴散らし、リーナの二週間はあっという間に過ぎた。
そしてまた、マオとの対決の日がやってくる。
その日の演習場は、普段より更に観客が多い。
毎回集まってくる同学年の生徒に加え、他学年の生徒や教師が数人ずつ。更に、リーナには見覚えのない大人の集団が三つ。学院にも年に何度かは客が来るというから、見覚えがないのは外部の人間かもしれない。
いつものように観客席に軽く手を振って、リーナは前の試合が終わるのを待った。
「久しぶりだな」
「……そうね」
マオとはほとんど二週間ぶりだ。昼の時間以外、マオとは特に接点がない。視界の端に捉えることはあっても、あえて話しかけることは無かった。
「やろうとしてたことは出来たのか?」
「できたわ」
「そうか」
「見て驚きなさい」
「楽しみだな」
「今日は待たなくていいから」
マオは片眉を上げた。
「分かった。不公平でも恨むなよ」
「望むところよ」
ちょうど区切りがついた時、演習担当の教師が声を張り上げた。
「次。マオとリーナ。位置まで移動してくれ」
教師が数を数える声が演習場に響く。
リーナは長杖を左手で持ち、深く息を吐く。
マオの身体が沈み、重心が下がった。
まるで張り詰めた弓のように、その時を待っている。
教師が腕を振り下ろした。
マオが先に動いた。観客がどよめく。
これまでの試合と違い、マオがリーナの魔術を待たない。二人以外からすれば驚きだろう。
なにせ、マオは必ず後手を取りながらも勝ちを譲った事はなかった。となれば、マオが先手を取れば、本当に一瞬で勝負が付く。
――と。
合図と同時に突進したマオに僅かに遅れて、リーナが魔術を発動した。
「『起動』」
直後、リーナ以外の全員が衝撃を受けることになった。
「――っ」
リーナの目前に迫っていたマオは魔術の気配を感じ、即座に強烈な衝撃で後ろに弾かれた。
仰け反った上半身に合わせて後方に回転し、倒れ込む事を回避する。
何を食らったのか。
見極めようとした時、次の衝撃波がマオを襲った。またバランスを崩す。立て直そうとした所に、更に次の衝撃波が来る。
衝撃波の間隔は一秒か、それ未満か。両腕を交差して何とか耐える。
それが一連の魔術で、まだその魔術が終わっていないことをマオは悟った。
活路を求め、マオは真横に転がる。変わらず衝撃波が来る。
身を低くして耐えながら、マオは気付いた。
これは前回の『波堤』とは違う。
リーナはマオを狙っていない。
高頻度に襲ってくる衝撃波はリーナを中心に、全方向に放出されている。
例えリーナの後ろに回り込もうと、どうにか跳んで上から襲えたとしても、衝撃波に襲われるだろう。
加えて。
「……マジか」
リーナが一歩踏み出したのを見て、マオは思わず声を漏らす。
彼女に合わせて、衝撃波が発生する中心が移動している。
まるで壁だ。防壁のような衝撃波を伴いながら、リーナが近づいてくる。
あべこべだ。
前回まではマオが接近する側だった。ある距離より近づけば、そこからは必勝。それは常識通りで、当たり前だった。
それがどうだ。今のマオには為すすべがない。
リーナが近づいてくるほど強まる衝撃波に、徐々に壁際まで押し込まれていく。
遂に壁に背中に当たり、マオは衝撃波の合間に両手を挙げた。
「……降参」
魔術を止めたリーナが、拳を突き上げた。
「――や、止めッ!」
リーナが魔術を止めたのを見て、半ば唖然としていた教師が思い出したように合図をする。
彼の声を皮切りに演習場全体が静まり、反転、すぐにざわめき出した。
演習場の端から、筋肉質な教師がリーナの元に走り寄ってきた。
「……今のは何なんだ」
驚いた様子を隠せないのは観客席の生徒だけではなく、この教師も同じらしい。
「リーナ、お前は王国式魔術体系を選んでいたはずだ。今のは何の派生だ」
現在世の中にある魔術の多くは、それぞれ体系としてまとめられている。別の魔術体系に属する魔術は全くの別物である事が多く、お互いに干渉しない保証はない。
従って、一個人が使用するのは一つの魔術体系に属する魔術というのが常識だ。
ただし、例外もある。王国式のような有力な魔術体系から派生する魔術体系もある。派生元と派生先であれば、それぞれの魔術を習得していてもおかしくはない。
よって、王国式魔術には存在しない未知の魔術を、この教師は王国式から派生する体系に属する魔術と推測したらしい。
勿論、これはリーナが開発した魔術だ。
「えっと、王国式を真似して作った魔術で……」
「作った!? まさか、前回からの期間で!?」
「はい」
「そ、そうか。流石だな……」
彼はやけに魔術の事を気にする。リーナが勝った事よりも、むしろ使った魔術の方が気になるようだ。
リーナにとっては、そんなことよりも、ようやくマオを破った喜びの方が大きかった。
「どうよ、アタシの魔術」
歯切れの悪い教師から離れ、リーナは壁にもたれかかっていたマオに手を差し出した。
マオは躊躇いなくその手を掴んで立ち上がった。
「驚いた。何だあれ」
「凄いでしょ?」
「凄え。惚れそうだ」
マオが急に妙な事を言い出すので、リーナは驚いてマオの手を振り払った。
「な、何言ってんのよ!」
その時、調子を戻した教師が声を張り上げた。
「――よし。とにかく、マオ対リーナはリーナの勝ちだ。交代だ。次行くぞ!」
この教師とも、上にいる観客席とも距離がある。
きっと、マオの言葉が聞こえたのはきっとリーナくらいだ。
この時のリーナは順風満帆だった。
新しい魔術を手に入れ、卒業までの心残りだったマオとの試合に勝利した。まだ試験は残っているものの、勉強するだけならリーナには難しくない。
ただ、リーナは理解していなかった。
リーナが使った魔術がどれほどの価値を持ち、可能性を秘めているか。
それを理解している者達は、既に動き出していた。
「いかに学院とはいえ、学生の試合を見ても仕方がないと思っていたが――」
席を立つ気配のない学生達の間を縫って観客席の階段を上り、男達は建物の外に出る。
「わざわざ招待を受けて来た甲斐があったっスね」
その集団の中でも若く見える男が、中心を歩く男に声を掛けた。明らかに周りの男達と立場が違う男は、若く軽薄そうな男をちらりと見た。
「ああ。あの魔術は欲しいな」
男は取り巻きに目配せをした。
「二、三人、他の生徒と抱き合わせでも構わん。下調べして学院長に渡りをつけておけ。必ず確保する」
押忍という声と共に、若い男以外の取り巻きが離れていく。
「そんなに急ぐんスか?」
「見てたのは俺達だけじゃない」
「あー、向かい側にいた商業都市のオネーサン方っスか?」
「阿呆。そっちはどうとでもなる」
「え?」
「思い出せ。女一人と男二人だ」
「あー、最前列の。ケッコー若かったんで学生かと。え、誰なんスか?」
男は目線と気配だけで周囲を窺い、自分たち以外に誰もいない事を確認する。
「……現国王の実妹だ」
「え! 王国の!?」
「うるせえ阿呆。何のために声を潜めたと思ってやがる」
「っす」
「……継承権は放棄しているはずだが、こんな所に現れるとはな。何か裏があるかもしれん。傍にいた二人共々覚えておけ」
「っす!」
若い男の能天気な返事が、学院の広い中庭に響く。
「……姫」
妙に人相の悪い男達の集団が出ていったのを見計らって、男は彼女に声を掛けた。
「うん?」
姫と呼ばれた彼女はすぐに問い返した。演習場を見下ろす手摺に体重を預け、視線は演習場に向けたままだ。
「今の、どう考えますか」
彼女の視線は演習場の中心、学生が撃ち合う魔術を追っている。
「うーん。学生なのにレベルが高いよね。私より魔術が上手かも――」
「いやそれは事実ですがそうではなく」
「一つ前の試合の話だよ、姫。妙な魔術を使ってたろ」
最初の男に続き、彼女と同じように学生同士の試合を眺めていたもう一人の男が、隣で指摘する。
彼女は、はたと気付いたように手を打った。
「あ、そっち」
「……あれだけの出力でありながら魔力切れの様子も見えません。何か実用面で課題がある可能性もありますが、もし、あの状態で別の魔術が使えたとしたら――」
「距離を問わず魔術士の単独戦闘が可能になる。やべーよな。騎士団あたりが見たら真っ青だろうぜ」
「今後、魔術士の価値が変わりかねません」
「そ、そうだったんだ……」
「先程出ていった集団――」
「塞山国の『剛腕』の一派だな」
「――彼らは先の魔術士の確保に動くでしょう。恐らく、商業都市の姉妹も」
「学生から話が漏れたら他も動くだろうな」
「そっか……」
男達の矢継ぎ早な話で、事の重要性を掴んだらしい。
「一旦王城に戻ろう」
彼女は名残り惜しそうに手摺から離れた。




