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keepAlive  作者: かけ座布団
リーナ編

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Ep.4-1 学院での日々(1)

魔術の歴史の中には、いくつかの転換点が存在する。

長年に渡る研究の成果が、魔物がもたらす希少な資源(リソース)が、あるいは斬新な発想が、それまでの魔術の常識を打ち壊す。

個別に発展していた魔術体系の多くがこぞって同じ技術を取り入れ、それが新たな常識となって、魔術全体を一段上に引き上げる。


彼女がそれを生み出したしたのは、学院を卒業する前の事だった。



「うぅん……」

「――ナ!」

誰かが大声を出している。

「リーナ!」

次の声は先程より近くで発せられた。具体的には彼女の耳元で。

彼女の身体はビクリと震え、頬杖を突いていた腕が均衡を失う。部屋中に響くほどの音がした。

「い、痛ったぁ……」

額を思い切り机に打ちつけた彼女は、頭を押さえながら上体を起こした。

ただでさえ気にしているのに、これ以上おでこが広くなったら困る。彼女はズキズキと痛む額を(さす)った。

「……リーナ」

彼女の脇に杖を突いて立ち、上から見据えるのは、魔術の老教師だ。この教師はもう腰が曲がりつつある歳とはいえ、全盛期より厳しいと評判だ。

気付けば、講義室中の注意が二人に集中している。

「そんなに私の講義は退屈ですか?」

「いや、そんなわけじゃ……」

否定するリーナの目は泳いでいる。

教師は溜息をついた。

「……貴方がやむを得ぬ事情で毎日遅くまで働いているのは知っています。それでいて成績を落としていないことも」

酌量の余地を感じ取って、彼女は教師を見上げた。

「じゃ……ぁ……」

しかし、教師の表情を見て、言葉が尻すぼみになる。

「ですが、それとこれとは話が別です」

「はぃ……」

「貴方は仮にも首席。毎日のように居眠りをしているようでは示しがつきません。今日の仕事は休みです。代わりに夕食後、私の研究室へ来るように。いいですね?」

「……ハァイ」

リーナの返事に教師はひとまず満足したようで、支えにしている杖を一回床に打ち付けた。その視線はリーナの元を離れ、未だ図太く居眠りを続ける別の生徒に移った。



王国魔術学院、または単に学院。学院と名の付く組織は他に無いため、後者で呼ばれる方が多い。

王都から徒歩で数時間という微妙な距離は、そのまま王国内での学院の微妙な立ち位置を表している。

学院が立地する王国、王国の北の塞山国(サイ)、同じく東の国々や、国未満の都市。

これらの地域から所属を問わず生徒を集めては優秀な魔術士を送り出す学院は、これらの国々にとって優秀な魔術士の供給元であると同時に、安全保障上の悩みの種でもある。

とはいえそれは国という単位で見た時の話であって、ここで学ぶ生徒達にとっては関心の対象ではない。

彼らの目的が何であれ、学院にいる間にやるべき事は変わらない。生徒たちはただ、三年という限られた期間で魔術を学ぶ。

学び続ける中で生徒たちはやがて各々の適正を知り、それに見合った魔術体系を選び取って鍛えていく。



午前の講義が全て終わり、リーナは階段を駆け上がった。

次の講義が始まるまでの時間、生徒達の多くは中庭の木陰で休むか、食堂や講義室に(たむろ)する。

そういった場所は人が多い場所特有の熱があって、リーナはどうにも好きになれない。少し時間をかけて宿舎の自室に戻る手もあるものの、彼女はもっと良い場所を知っている。

最上階に辿り着いたリーナは一つの部屋に入った。部屋自体には目もくれず、部屋の奥にある衝立の裏へ回り込んだ。そこにある扉を開ける。

夏の日差しと共に、学院の石造りの外壁と目の前の尖塔が目に入る。建物の外、屋上だ。

学院の建物は、学院の創立以前から存在した城砦をそのままの形で流用している。やけに堅固な造りや数え切れない隠し通路、外敵の監視のために作られた尖塔は、この建造物がその役割を十分に果たしていた頃の名残だ。

塔は四方それぞれにあるものの、最上階まで生徒が立ち入る事が出来、かつ外への扉が施錠されていないのはここだけだ。

リーナは尖塔の付け根にあたる場所へ向かった。

ちょうど王都を見通す方角にあるこの塔には、腰を下ろすのにちょうど良い石段と屋根がある。

「げ」

彼女の目当ての場所には、既に先客がいた。

先に場所を確保して、後から()が来たら追い返してやろうと思った算段が崩れる。

「……ちょっと避けなさいよ、マオ」

リーナの言葉に、日陰を占拠する形で寝転がっていた彼は片目を開けた。

「げってなんだよ」

「ほら、しっしっ」

リーナがお気に入りの杖の先でつつくと、マオは渋々といった顔で身体の向きを変えた。人ひとりが座るには十分な空間が出来る。

マントを敷物代わりに、リーナは空いた場所にスカートの裾を押さえて座り込んだ。

陽光はほどよく遮られ、束の間の熱を持った髪先に通り抜けていく風が心地良い。

彼方には王都の町並みが見える。いい場所だ。


「……講義が終わって真っ直ぐ来たのに。なんでアンタ、こんなに早いのよ」

なんとなく黙っていられなかったリーナがマオに話しかけた。

「講義室はこの真下だろ」

マオはあくびをしてから答える。

「まさか、登ったの?」

答えはない。沈黙は肯定と受け取って良さそうだ。

リーナは信じられないという目をするが、両手を枕に雲を眺めるマオは一向に気にしない。

「そういや、また怒られてたんだな、お前」

「……アンタもでしょ、何言ってんのよ」

リーナは呆れ半分だ。

自分の事を棚に上げるにも程がある。なにせ先の講義中、リーナの次に怒られたのがマオだ。

リーナが机に頭をぶつけた時も、それから叱られている間も、図太く眠り続けていたこの男だ。

これで夜も人並みに寝ているというから、そもそも他人と同じ尺度で測るのが間違いなのだろう。

自由奔放を体現するマオは、学院の教師陣も手を焼いている。

「……こんなのに勝てないなんて」

学院の生徒数には例年幅があるものの、およそ一学年百人程度を推移している。その中でこの一年、リーナは筆記実技問わずほとんどの科目で一位を独占してきた。

唯一の例外が決闘形式で行われる実戦だ。勝敗が成績を決めるこの科目に限っては、リーナはマオに勝てたことが無い。

リーナの小声を聞き取っていたのか、マオが反応する。

「相性の問題だろ」

「うっさいわね。アタシは勝つまでやるのよ」

「そうか」

リーナからしたらどうしても意識せざるを得ないのだが、当のマオはいつも飄々としている。

「そうか、じゃないわよ」

「じゃあ、健闘を祈る」

「だから何言ってんのよ……」

マオの声に煽るような響きはない。むしろ、あまりに他人事のように言うので、リーナは戦意を削がれそうになる。

どこか釈然としないリーナは、持参した昼食を勢いよく腹に詰め込んでいった。

「午後の実戦は見てなさいよ」


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