Ep.3-12 エピローグ
結局、エコは学院に残ることにした。
身体が弱っている事実が消えたわけではないし、魔術が使えない身で冒険に付いていくわけにはいかない。療養を兼ねて別行動をすると決めた。
リーダーを任せるリッカには、こっそりと念を押しておいた。
「言っとくけど大変だからね。ベルは真面目だけど、自分に向いてないことは全然やらないし。ハナは優しいけど、優しすぎるから判断が偏っちゃう。リッカが引っ張ってくんだよ。好き勝手戦ってるだけじゃダメだし、お金もちゃんと管理しなきゃいけないからね」
「おう、任せとけ」
リッカの返事はいつも通りだ。心強いような、そうでもないような。エコはいまいち信用しきれない。
本当にベルとハナを任せていいのか。でも、信じるしかない。
「あ、あと……」
エコは言い淀む。口に出すべきか、出さざるべきか。
「どうした?」
いいや、言ってしまえ。エコは考えるのをやめた。
「……もしハナに選ばれたら、ちゃんと考えて返事すること」
「? 何の話だ」
「……知らない」
「?」
わけが分からないという顔のリッカを置き去りに、エコは出発の準備をしているベルとハナの元へ向かった。
リッカ達はこれからしばらく、王都よりずっと南に活動の拠点を移す。
季節と天候が理由だ。
真冬が来れば、王都周辺にはそれなりに積雪する。ただでさえ依頼に対して冒険者が過剰なところに、膝まで積もることも珍しくない雪が外出を阻み、冒険者としては動ける日は限られてくる。
冒険者の多くは蓄えで冬を越すか、比較的温かい地域に出て行って、冬が終わる頃に戻ってくる。
リッカ達は後者を選んだ。
再び訪れた別れの時、エコとベルとハナは抱き合って別れを惜しんだ。
今度はまた会える。それなのに、別れる覚悟を決めたはずの前回よりも、ずっと淋しくなった。
「いってらっしゃい」
三人を見送ったエコは、寒空を背に大扉の中へ戻った。
時は流れる。
――『不平沃土』
王国の南、人類の支配圏の向こうにその地域はある。
人型の不死種ひしめく『不死者の都』や、胞子と汚染を撒き散らす『腐民宮』、その他いくつかの不死種の名所を擁するその地域は、最早一つの国といってもいい。
否、かつては国だった場所が魔物の襲撃で一帯が陥落、魔物の支配圏に下ったのが『不平沃土』ともされている。
今となっては事実を知る者はおらず、また、危険を冒してまで不死種の楽園を訪れようとする者もいない。
それどころか、王国の最南端の町はどこも地平の彼方に控える『不平沃土』から流れ着く不死種の苛烈な襲撃に晒され、防衛に手一杯になっている。
リッカ達が滞在するこの町もその例に漏れない。
騎士団を中心に訓練を受けた町人が町自体の防衛を担い、冒険者や傭兵が町の外で魔物を狩る。こうした町がいくつも連なり、王都南部の穀倉地帯を守るための防衛戦の役割を果たしている。
つまるところ、冒険者の仕事はいくらでもある。
リッカ達はかれこれ一ヶ月以上、ここで不死種を相手にしていた。
質よりも量を相手にする事が多いこの場所では、対多数への対応力が求められる。これまでエコの魔術に頼りきっていたリッカ達は、最初はかなり苦戦した。
一体の不死種を沈める間に新たにもう一体が現れる。しかも、少しでも攻撃の当たりどころが悪ければ、倒したつもりの不死種が何事も無かったかのように立ち上がる。
確実に倒すためには的確に弱点を付く必要がある。個としては大したことがない相手とはいえ、対応が遅れれば厄介だ。
リッカ達は攻撃の威力や正確さに加え、魔物の足止めの仕方から連携まで、課題を洗い出しては潰していった。
リッカ達が主に狩場にしているのは町の南、水を抜いた池のように広く深く掘り下げてある処理槽と呼ばれる場所だ。
これは不死種に対する防衛策としてよく使われている仕組みだ。
まず、町の外には何重かの空堀が張り巡らされる。外側ほどが底が深くなるよう作られたこの堀は、もちろん登れないようになっている。
不死種が襲撃してきた場合、町の防衛を担う者達は主にこの空堀に不死種を突き落とす。
もちろんこれで不死種が倒れることはない。しかし、知能の低い不死種は堀の底をあてもなく彷徨い、堀同士の接続箇所を経て、やがて外側の堀へ落ちる。
これを繰り返すことで不死種を誘導し、最終的に町外れの処理槽に集める。
あとは、腕自慢の冒険者が処理槽に集まった不死種を仕留めていくだけだ。
倒し切ることが難しい不死種相手とはいえ、堀に落とすだけなら町人でも出来る。逆に、冒険者にとっては相手が一箇所に固まっているので都合が良い。お互いに利益のある分担になっている。
――とはいえ、今日は少し多すぎる。
リッカは処理槽で蠢く大量の人間もどきを見た。
不死種、『不満』
人に満たない者共。決して満たさなれない者共。
人のなり損ないのような姿形のこの不死種は、動きは緩慢で知能が低いながらも、総じて顎と腕の力が強い。
それが、見える範囲で五十以上。今日は他の種はいないらしい。しかし、平らではない処理槽の底や死角にいる分、地面に倒れているだけで倒していない分を含めれば、百体を下らないかもしれない。
寄ってきた『不満』に取り付かれないよう剣を水平に払い、リッカは位置取りを修正する。
倒しても倒しても数が減らない。少しずつ押し込まれ、反撃をもらいそうな事が増えてきた。
「立て直す! 入口まで戻るぞ」
「了解」「うん!」
リッカの声に、ベルとハナが即座に反応する。
何も言わずともベルが先頭に出て、来た道を引き返した。
立ちふさがる敵を、ベルが突進して弾き飛ばしていく。
倒れても追いすがる『不満』の上をハナは飛び越え、リッカは踏みつけて進んだ。
処理槽の入口でリッカ達は身を翻した。背後は町の堀に続く一本道。この時間帯なら、町の空堀から追加がやってくることはない。処理槽の方向だけ見て、大量の『不満』を着実に処理すればいい。
リッカは迫ってきた一体を蹴って距離を稼ぎ、一体を斬って倒した。芯にあたった感触。斬った方はもう起き上がってこない。
リッカは横目でベルとハナを確認する。
ベルは隣で、三体の『不満』を相手にしている。一体の攻撃は盾で防ぎ、もう一体を剣で突いた。
残る一体がベルに襲いかかろうとする。が、その背後にハナが音もなく回り込んでいる。
短剣を一閃させると、その一体も崩れるように倒れた。
……。
ハナは短剣の扱いが随分巧くなった。動きの緩急が絶妙で、あの動きは恐らく、並の冒険者相手であれば通用してしまう。
さながら暗殺者のようで、戦力的に遠近を問わないのは心強い。が、こんな姿をエコに見られでもしたら。
何を言われるか分からない。
――まあ、今日この場では大きな問題ではない。
あとはひたすら、根気強く倒し続けるだけだ。
踏み出して、左、中央、右。飛びかかってきた『不満』を斬りつける。
前からしか敵は来ない。慣れてしまえば素振りと大差ない。
ベルとハナも問題ない。二人はお互いの隙を埋めながら、リッカと変わらないペースで屍の山を築いている。
リッカは視線を戻し、もう一度目の前に集中しようとした。
その時、堀の上から聞き覚えのある声が聞こえた。
「下がって――!」
タイミングを覚えている。即座に身体が動いた。
隣にいたベルも、後ろにいたハナも動いている。三人全員が素早く壁際まで下がった。
『不満』がわらわらと追いかけてくる。
……最初の掛け声から三つ数えた。いま、来る。
「――『雪華』」
声が響く。
魔力が渦を巻き、魔力光を発生させる。
光は処理槽の真ん中で収束して、爆ぜた――
「うおっ」
光が収まった後には、無数の氷の花びらが辺りに散る。
リッカ達のすぐ足元まで。
恐ろしいほど近くで発動した魔術に、思わずリッカは鼻先を擦った。大丈夫、当たってはいないらしい。
すぐに、堀の上からバツの悪そうな顔が覗き込んだ。
「――ごめん! 制御しきれなかった」
堀の上を見上げる三人と目が合うと、エコは悪戯っぽく笑った。
「来ちゃった」
『式』を失ったエコは、見ただけで魔術を習得する能力と、それまで使っていた魔術の全てを失った。
その後、エコは学院での療養を兼ねて、一から魔術を学んでいた。
改めて魔術を習得し、いよいよ『幽光』を使ってみた時、エコは驚いた。
出力の低い『幽光』でさえ、まるで太陽のように輝いた。
何の因果か、『式』を宿し続けていたことが、魔術を使えば使うほど一度に使える魔力の量は多くなるという原則に従って、エコの魔力出力を数十余年の鍛錬に匹敵するほど引き上げた、らしい。
おかげで、それからいくつかの魔術を習得はしたものの、まともに使えるのは『雪華』だけ。出力が制御できたわけではなく、魔術の発生点を遠くに設定できるというだけだ。
喜ぶべきか悲しむべきか。少なくとも、使い勝手などあったものではないが、それでも、また魔術が使える。
あとは自分で訓練してねと、魔術の師であるメアからの呆れた声と共に許可が出て、密かに三人を追いかけてやって来た。
「「――!」」
まだそんなことを知る由もない三人が、堀に掛けられた階段を一段飛ばしで登る。
最初はハナがエコに飛びつき、倒れそうになったところをベルが手を差し出した。
それでも支えきれなくて、三人とも地面に転がった。
ハナとベルがが何か言っているものの、言葉になっていない。
不意に陽光が陰った。伸びてきた拳に、エコは自分の手を伸ばした。
「ただいま」
拳をぶつけると、彼はお決まりの返事で返した。
新しい季節。
四人を包むように、風が吹き抜けた。




