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keepAlive  作者: かけ座布団


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Ep.3-11 エコと仲間たち

黒髪の魔術士は、来客を待たせている部屋へ向かう。

「若手騎士の筆頭が魔術を知りたい、ねぇ」

騎士団の人間が来るので対応してほしい、それが学院長からの呼び出しの用件だった。

先方は王都に住んでいれば誰でも知っている騎士の名家、その長子。どうやら、王国騎士団の中でも若い女性からの人気は指折りらしい。

ただ、彼女自身は興味がない。というか、正直なところ、気が進まない。

王国騎士団では魔力を駆使した独自の戦闘技術が発達しているので、魔術が入る余地はない。たとえ魔術士が必要になったとしても、都度ギルドを通して雇うくらいのものだ。

そもそも王国騎士団と王国魔術学院は、似たような名前を持ちながら、基本的に仲が悪い。

()()()騎士団であり、長年に渡って各地の守護を担ってきた王国騎士団と、()()()()()だけで、他国にも技術支援を行う王国魔術学院とでは、成り立ちも在り方も待ったく異なる。

そういった背景があるので、今回の要請が純粋に魔術が知りたい気持ちから来ているとは思えない。何か、裏があるように思えてしまう。

「やんなっちゃうわ。仲が悪いにしても、当事者だけでやりなさいよ」

先程の魔術士と話していた方がまだ有意義だ。若い子が頑張る姿には、そこからしか得られない栄養がある。

彼女は学院に協力しているだけで、正式に学院に所属しているわけではない。よって、学院からの指示に従う必要はなく、一応断る権利はある。

ただ、それは言葉通り一応という話で、実際に行使するかどうかは全く別だ。軽々に断るには、築き上げた人間関係、比較的自由に学院の設備を使う権利、その他諸々を手放す覚悟が要る。

つまり、選択肢はあるものの、自由は無いに等しいということだ。

彼女は胸元から手のひら大の鏡を取り出すと、口角を上げて笑顔を繕った。

戦闘体勢。こちらの方が魔物よりよほど厄介だ。

深呼吸して、勢いでドアを開ける。

「お待たせしてごめんなさいねぇ巷で噂の騎士様がわざわざ学院までいらっしゃったって聞いてあたしお化粧が進んでしまって――」

部屋のドアを開けながら牽制をぶつけてみて、相手の反応を探ろうとした――

そんな彼女の頭に、疑問符が浮かぶ。

「……あなたたち誰?」



兄の使いから受け取った紹介状を手に、ベルは学院へ辿り着いた。

丘陵と川に挟まれた城塞は遠くからでも目を引き、近寄ればその堅固さに圧倒される。まるで騎士団の拠点だという冗談も、実際に見てみれば納得してしまえる。

回り込むように湾曲する道に沿っていくと、見上げるような大扉が目に入った。入口だ。

「――通せないものは通せない」

「私は中に入りたいんじゃなくて、知りたいだけの!」

更に近づくと、大扉の横の詰め所で男二人と誰かが揉めているのが分かった。

その()()は両手を地面に向かって突き出し、懸命になにかを主張している。

――いや。誰かというより、ハナだ。

どうしてここに。

「ハナ……?」

「ベル! 酷いの。私はエコがいるか知りたいだけなのに、教えてくれないの」

駆け寄ったベルに対して、ハナは男たちを指差すことで憤慨を伝える。

ベルがパーティを離れて丸一日以上。ハナはずっと一緒にいたかのような調子だ。

いや、そんなことより――

「エコがここに?」

「そうよ」

ハナが番兵らしき男達に向き直った。彼らは相手する人数が増えた事に驚いた様子を見せたものの、すぐに事務的な態度に戻った。

「中に誰がいようと、約束がなければ通せない」

「だ・か・ら!」

ハナが地団駄を踏む。

ベルはハナをなだめつつ、懐から紹介状を取り出した。

「どうどう。……あの、これ」

近い方の男に渡すと、彼は空中でそれを広げた。もう一人の番兵も加わり、二人分の視線が紙の上をなぞっていく。

「紹介状!? しかし、ここには一人と書いて――」

「あっおいお前、その紋章――」

一方の番兵が、もう一方の方をつつく。背を向けて何か話し込んだ後、彼らの態度は急変した。

「失礼しました。お二人ですね」「どうぞ中へ」

「?」

ハナが大きな目を丸くして、番兵達とベルを交互に見る。

それから、ふとベルの後ろを見た。

釣られて、他の全員がその方向を見る。

「……」

また別の番兵が、男を一人連れてやって来た。

番兵の方の服は他の二人と色合いが違い、装飾も付いている。役職が違うのかもしれない。ただ、彼の服は目に見えて土で汚れている。

一方、連行されている方の男は両手を挙げてはいるものの、決して不自由しているよには見えない。

ベルは頭が痛くなってきた。

そんな場面ではないはずなのに。

エコを助けようと知恵を振り絞り、頼れるだけの人を頼って、ようやくここまで辿り着いたはずなのに。

一旦は別れた仲間たちが、奇跡のようにまた揃ったというのに。

どうして()()()()、揉め事を起こすのか。

――いや、()()というより、リッカだ。リッカは一体何が言いたいのか、肩をすくめて見せた。

どうしてここに。

ベルは、リーダー格らしき番兵におずおずと申し出た。

「あの、すみません」

なるべく紋章を手で隠しつつ、紹介状を見せた。

「リッ――いや、彼も一緒に中へ入れてください」


そうして、三人は学院の一室へ通された。

「……というわけなの」

約束の時間にはまだ少しある。

お互いの情報を交換してみると、どうやら二人はベルより少し早くギルドで合流していたらしい。……リッカとハナが別行動をしていたのも知らなかったけれど。

リッカはエコを治すための手がかりを、ハナはエコの居場所を知って、学院に向かったのだとか。

ただ、どうやっても中に入ることができず、大扉で止められていた。

ハナが陽動をして、リッカが中に忍び込もうとしたところにベルが現れたらしい。……危ういところだった。

「他に出来ることはあるのかしら」

「ダメだったら、深大迷宮(デプス)に潜るしかないのかな」

「……それは無しだ」

「私も、あそこは無理だと思う」

いざという時のため、次の手について話し合っていると、扉を叩く音。

黒髪の女性が部屋に入ってきた。

「お待たせしてごめんなさいねぇ――」

部屋に入ると同時に、女性は早口で捲し立てた――が、三人が騎士団らしく見えなかったからだろうか。

彼女の言葉は途中で止まった。

「……貴方達は誰?」



エコはベッドに頭を預け、膝を抱えて床に座っている。

陽が落ちて日差しがなくなった床は徐々に冷たくなり、エコの体温を少しずつ奪っていく。

ただ、身体がいくら冷えようと、部屋の中が暗くなろうと、動く気にはなれなかった。

「……」

メアは夜には帰ってくると言った。帰ってきたら、何が出来るだろうか。何か変わるだろうか。

いや、きっと何も変わらない。

破滅に等しい迷宮(ダンジョン)への挑戦を、彼女が許すとは思えない。『式』の修復もまた、同じ理由で断られるだろう。

……エコだって、無茶だと分かっていた。

それでも、抗って、藻掻いて、足掻き続けた先に未来があると信じた。信じたかった。

「……」

仲間たちの顔が頭に浮かぶ。

研究者から助け出された後、エコは最初、何の感情も持てなかった。そんな自分にリッカは人生を捧げてくれた。

いつも最前線で守ってくれたベルは、仲間であると同時に、エコにとって始めての友達だった。努力を重ね、自分の力で道を切り開いていくベルは、エコの憧れでもあった。

ころころと表情を変えながらも笑顔を欠かさないハナ。ハナのお陰で、エコは以前よりずっと優しくなれた。

――それももう終わり。

仲間は、エコが自分から手放した。

薄暗い部屋の中で、足音が聞こえた。

もう、どうでもいい。

ドアから誰が入って来ても、何も変わらない。

――部屋の外から差し込んだ光に、虚ろなエコの目が見開かれた。


「……え?」

夢だろうか。

扉の向こうにベルがいる。ハナもいる。

「「エコっ!」」

ベルとハナに左右から揉みくちゃにされた。

「わっ――ベル重いよ。や、やめてハナそこはくすぐったい――」

違う。これは夢じゃない。

冷えたエコの腕に、指先に、二人が触れる。頬をつねるまでもない。伝わってくる温かさは、紛れもなく現実だ。

「リッカもいるわ」

「え」

「……おう」

二人の後ろでリッカが腕組みをしている。

「――どうして三人ともこんなところに!?」

エコが疑問を口にすると、一番後ろにいた女性が前に出てきた。

黒髪の魔術士、メアだ。

「あらあら。積もる話もあるのかしら。でもちょっといいかしら。やることだけ先にやっちゃいましょう」

彼女はまるで食事の支度でもするかのように、軽い調子で両手を叩いた。


部屋に椅子が二つ。黒髪の魔術士メアと、エコが向かい合っている。

「……じゃあ、改めて確認させてね」

エコの左右にはハナとベルが、メアの斜め後ろにリッカがそれぞれ立っている。

「今から、貴方に残っている魔術式を取り除く。これで、貴方の命を蝕んでいた原因は消えるわ」

メアの手には、文字がぎっしりと書き込まれた三枚の紙がある。

そのうちの一枚がエコに関する情報らしい。そこには今のエコの症状の正確な予測と、対処方法が書き込まれていた。

『式』を破壊する。すべきことはそれだけだ。他は手順の子細と、リスクを抑えるための事細かな注意書き。

――結局のところ、『式』は諸刃の剣だった。

それは魔術を使った後の反動に限らない。完成を待たず放置された『式』そのものがが常に大量の魔力を消費し続けたことで、エコは慢性的な魔力障害に陥っていた。

それだけ中途半端な状態だったのよと、メアは言った。

だからメアは『式』の修復を拒んだ。直後に呼び出しがあったから説明しそびれたものの、たったそれだけの事だったらしい。

今、彼女はエコの式を破壊するために手を貸してくれている。

「――ただし、貴方が使えていた魔術は使えなくなるわ。それに、処置を終えたからといってすぐに体調が良くなるとは限らない。それでもいいわね?」

エコにもう迷いは無い。

周りには仲間がいる。エコが突き放してもまたエコのために集まってくれた、何よりも大事な仲間たち。

今のエコにとって、何よりも大事なのは仲間だ。

エコはゆっくりと頷いた。

「はい、お願いします」

それじゃあ、と、メアがエコの手に自分の手を重ねた。

「いくわよ」

じわりと黒い魔力光が二人の手の間から広がる。

終わりはあっけなかった。

硝子が割れたような、何かが取り払われたような感覚。そんな一瞬の感覚を残して、処置は終わった。


そうしてついに、エコは魔術士ではなくなった。


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