Ep.3-9 仲間たち(1)
大盾と円盾がぶつかり合う。
左腕に衝撃を感じながら一度、再び正面からぶつかる。
重い。
盾の重量には圧倒的な差があるにも関わらず押し切られそうになり、ベルは大盾に角度をつけた。
押してくる力を斜めに流し、同時に、剣で斬りかかろうとした。が、読まれている。
丸盾の下から槍の半回転してきて、剣を振るため引いた肘に槍の柄がピタリと押し当てられた。初動を潰され、腕が前に出ない。
すぐさま身体を引くと、今度は意識が手薄になった大盾に蹴りが飛んできた。強烈な一撃にベルは仰け反ってしまい、尻餅をついたところに槍の穂先が突きつけられた。
「……力の通し方というものがある。お前のやり方は、真正面から向かって来るだけの魔物にしか通用しない。人間を相手にしていることを忘れるな」
そう説教を垂れつつ、男は槍を引いた。
彼にとっては、日常的にこなす槍術の指南と変わらなかったのかもしれない。
勝負はついたとばかりに武器を下げた背中に、ベルは叫んだ。
「も……もう一度!」
勝つまで挑んでやる。そんなベルの決意は、男の声で冷ややかな声で打ち砕かれた。
「なぜ続ける必要がある」
男は――ベルの実の兄であるラスターは、呆れたように振り返った。
「僕が何と言ったか、覚えているか?」
「……?」
ベルはラスターと会ってからの記憶を辿った。
エコの事情を――パーティの仲間が魔力障害で苦しんでいるという話を説明し、出来るだけ高位の魔術士に会いたい、協力して欲しいとベルは頭を下げた。
顔を上げろと言ったラスターは、その次に、実力を見せてみろと言っていた気がする。
何か理解を違えていることがあるだろうか。
「僕はお前の実力を見せてもらうと言ったんだ。立ち会いでお前が勝てば協力するとは言ってない。それとも、お前はただ勝負のために帰ってきたのか?」
「……違う」
なんとなく釈然としないものの、彼が協力してくれるというなら、確かに勝負にこだわる必要はない。
剣と盾を下ろしたベルに、ラスターは几帳面に畳まれたタオルをそのまま投げて寄越した。
「身なりは整えておけ。抜け穴を使ったのが丸わかりだ」
この屋敷にベルの私室はない。
それはベルがこの屋敷を出る前からのことで、色々と事情がある。
ひとまずラスターの私室に匿われたベルは、すぐに使用人の老婆に押し付けられた。問答無用で椅子に座らされ、年季の入った指がベルの頭や肩についた埃を落としていく。
「……」
ちらりとその様子を見たラスターは、いつの間にか騎士団の制服に着替えている。
「待っていろ」
そう言い残して、カッカッと、等間隔な足音を響かせながらラスターは部屋を出ていった。
老婆に髪を梳かれながら、ベルは考えた。
(……ここでとは言わなかった)
ようやく使用人から解放された後、屋敷の誰にもばれないよう、ベルは兄を追いかけた。
話し声がする。書斎からだ。
「――つまり、魔術士団に口利きしてほしいと」
くぐもった低い声が聞こえた。
少し聞こえにくい。ベルは壁に耳を押し当てた。
「は。無理は承知ですが」
ラスターの声もする。話し相手とは対象的に、よく通る。
きっと、直立不動で姿勢を正したまま、相手を見据えているに違いない。
威圧――とは違うものの、彼が姿勢を正して腹から声を出すだけで、だいたいの話が説得力と強制力を得る。相手の方が立場が上だろうと、そうやって話を通してしまえるのだから流石だ。
「うーむ……」
ただ、会話の相手は返事を渋っているらしい。
「半刻で構いません。お時間さえいただければ、こちらから出向きます故」
「しかしなぁ。騎士団側の内部からでも話は出来るのではないか?」
「はい。可能ではあります。しかし、この件はなるべく騎士団側には内密で進めたく」
「……その意図は?」
「ここだけの話、魔術を組み合わせた新世代の騎士の育成を構想しております。いずれ来る日のため、是非とも叔父上のお力添えをいただきたく」
でまかせだ。学院の魔術士団に会いたいのはベルで、ラスターが同席するつもりはないはずだ。彼がこんなにスラスラと嘘を並べて話す事を、ベルは知らなかった。
部屋からはうーんと唸る声が聞こえて来る。けれど、あれだけ押していれば、話がまとまるのに時間はかからない。
実際、沈黙の時間はすぐに終わった。
「分かった。お前がそこまで言うならば仕方ない。話をつけてくる」
相手が折れたらしい。席を立つ音が聞こえて、ベルは身を潜めた。
「ベルシオン」
柱の陰に隠れていたのはバレていたらしい。他に誰もいないか見つつ、ベルは顔を出した。
「話は聞いていたな。場所は分かるか?」
聞き耳を立てていたことを咎める気はないらしい。
「……大丈夫」
「ならば、ギルドにでも行け。叔父上から紹介状を引き取り次第、誰かに届けさせる。父上と鉢合わせたくはないだろう」
「うん、助かる」
手で追い払うような仕草をした兄に、ベルは感謝を伝えた。
「ありがとう、ラスター」
襖が音も立てず開いていく。
ハナが敷居をまたいで進むと、入れ替わりに、左右で襖を引いていた二人が退出していった。里長の護衛兼世話係だ。ハナにとってのキョウやキリの関係に近いものの、より主従の度合いが強い。
外からの光を徹底的に遮断した部屋の中は暗く、燭台の上で揺れる蝋燭の火だけが視界を作っている。
部屋の中心には大きな籠のようなものが上下逆さに置かれている。立方体に近い側面は樹皮が編まれて、格子状になっているが正面だけは開けている。籠の全体に天井から吊った薄い布がかけられ、目隠しされた中に、華奢な人影が見える。
目隠しの奥にいる人物が、待ちくたびれたように声を出した。
「おかえりなさい、ハナ」
「ただいま、ヨミ」
籠の中で背筋を伸ばして座るヨミは、凛としている。
里長という立場になっても、ハナの覚えている姿と変わりない。
「お手紙が急に来なくなったって、キョウが心配していましたよ」
「……忘れてたわ」
エコが倒れてからというのも、それまでの生活が一変してしまった。慌ただしくなって、習慣が変わり、手紙を書くことが頭の中から抜け落ちていた。
「無事だから心配しないでと、二人には伝えておいたけれど。……まったく。あまりに過保護だと、他の大人と変わらないというのに」
「……ヨミ」
ハナは急かすように姉の名を呼んだ。
「……分かっていますよ、ハナ。魔術士の彼女の件ですね」
名残惜しそうな声が本題に触れる。
「教えて、エコは今どこにいるの!」
「……二十時間ほど前、一人で王都の地下にある迷宮に入ったようです」
ハナはその場所を知っている。いや、この里の人間であれば、知らない者はいない。
「王都――深大迷宮」
「そう、かの姫のお膝元。一人で潜るにはいささか厳しい場所です。彼女があの場所にいく理由、あなたに心当たりは?」
ハナは記憶を辿る。エコが教えてくれた数々の場所。その中でも数少ない、ハナが最初から知っていた場所。エコは何と言っていたか。
「どんな病気でも直せる薬があるらしいって、言ってた」
「……そんな噂もありましたね」
芋づる式に記憶が呼び起こされ、深層なんて行けるわけないよね、と、エコが笑ったのを思い出した。
「エコ……どうしてあんなところに……」
深大迷宮は深さに応じて内部が広くなっていく。しかし、それ以上に変化が激しいのが、魔物の強さ。現れる魔物は一階毎に格段に強くなり、上階の余裕で油断した冒険者を容赦なく襲う。
たとえ油断がなかったとしても、中層の半ばから先はまさに魔窟。そもそも辿り着くことさえ難しいものの、万が一にそんな深さまで入り込めてしまったとしたら、戻ることは叶わない。
ハナの頭の中を、エコとの別れの場面がぐるぐると回る。
本当に、エコとはもう会えないのかもしれない。
そう思うと目眩がするようで、ハナは目を瞑って耳を塞いだ。




