Ep.1-3 魔術士エコと仲間たち(3)
長い体感時間が過ぎて、ようやく雲羊たちは走り去った。
体中を酷く打ちつけたけれど、大きな怪我はない。
ただ、雲羊たちがぶつかった時に羊毛が擦れたのか、体中ベタベタだ。強烈な甘い匂いが気持ち悪い。
ハナと体を支え合いながら起き上がる。
……あちこち服が擦り切れている。乙女として危機的な格好だけれど、致命的ではないことだけはお互いに確認した。
しばらくして、同じようにボロボロになったリッカがやってきた。
あの状況でどうやったのか、雲羊の羊毛を両手に一つずつ持っている。
「……」
「……」
「……」
怒る気にもなれない。そんな元気がない。
二人も同じようだ。
「帰ろっか……」
リッカから依頼者に羊毛を渡してもらい、その場で報酬をもらった。
同情からか少し色をつけてもらったものの、これで生活費数日分。状況は改善していない。
あと少しでこの数十倍稼げていたのに。
悔しさと疲労感で足取りが重い。
誰もろくに口を開かないまま、宿屋に帰り着いた。
夜。
今日は反省会だ。
うまくいかなかったこと、嫌なことがあっても、食事の前に吐き出す。
で、切り替える。
三人でやっていくうちに自然と出来た習慣だ。
「散々だったね」
「あたしの魔術が消えるとは思わなかった」
「悪い。事前に試しておくべきだった」
「だね。でも実戦じゃないと気づけなかったね、きっと」
「ベルの言うとおりだと思う。使い所だね。魔術に干渉できる事自体は……すごく強いと思う」
「ああ。でも効果の把握からだな。一度刀匠に話を聞いてくる」
「よろしく。あと、あたしもゴメン。次の魔術を用意すれば間に合ったかも。途中までうまくいって浮かれてた」
「エコだけじゃないよ。私もあらかじめ盾を下ろしてれば、エコが魔術を用意する時間が稼げた――」
一通り反省が終わった後は、今後について考える。
「で。雲羊の依頼はまだ期限が残ってる。もう一度挑戦したいところだけど……」
「最後のはミスだとしても、そこまでの流れはかなり運が良かったからな」
「もう一度同じ条件は期待できないよね」
そう。
今回のような事故が無かったとしても、そもそも雲羊の群れに魔術を当てるところまで持っていかないといけない。
今日と同じ場所に雲羊がいて、同じように動いてくれれば、まず間違いなくうまくいく。けれど、今回ほどの条件が揃う保証はない。
群れが開けた場所にいる可能性もあれば、雲羊達が学習して、今回よりずっと遠い距離で逃げ出してしまうかもしれない。そもそも、一日歩き回っても雲羊の群れに出会えない可能性だってある。……考えすぎても仕方ないけれど。
リスクとリターンの話ではあるけれど、今は分が悪い。
「……メンバーを増やすのはどうかな?」
話が途切れたところでベルが言った。
ありだなとリッカが即答する。
「ベルがエコの護衛、俺がアタッカー。一体ならともかく、相手が多いと手が足りない」
「そう、だね……」
「なんなら仮でいい。一人増えれば違うと俺は思う」
……それから話し合いを続けた結果、パーティのメンバーを増やすことになった。
少なくとも今回の依頼のため暫定的に。できれば恒久的に。
もともとこのパーティは成り行きで組んでいる。いつまでも三人のままでいるつもりはなかったけれど、特にメンバーの募集をしたことはなかった。
今のこのパーティに一人増やすなら、後衛か、護衛のできる中衛がほしい。前者ならばリッカと共にアタッカーに入ってもらい、後者ならベルがアタッカーに配置換えする。
そして、メンバーを増やしたら、雲羊に再挑戦だ。
翌朝。
二段ベッドの上段でエコは目を覚ました。まだ薄暗い。
そっと下段を覗き込む。ベッドにも、二人部屋のどこにもベルの姿はない。
「もう外かな……?」
ベルは毎日の鍛錬を欠かさない。本当は寝起きが悪いのに、いつも早起きを心がけている。
雨の日は起きてこなかったり、日によって起床時間にぶれがあるけれど。
さっと着替えを済ませて宿屋の外に出た。
「眩し……」
空が白んでいる。思えば昨日も朝が早かった。
目を細めて宿屋の裏手に回り込むと、馴染みのある声が聞こえてくる。
案の定、そこにはリッカとベルがいた。
天気が悪くない日はだいたいこうだ。二人はよく、早朝から宿の裏の空き地で鍛錬をしている。
今日は組手らしい。
向かい合って、手を突き出して、打ち払って。蹴りを繰り出して、防御して。
二人とも両手両足を使って応酬を繰り広げている。
……エコの動体視力では、当てているのか寸止めしているのか分からないけれど。
リッカがベルを投げて、すぐにベルが起き上がる。
また向かい合った。
並んでみるとベルの方が少し背が高い。リッカはほぼ男性の平均らしいけれど、ベルは女性としてはかなり背が高い。単純な力はベルの方が強いとか。慎重の半分はある盾を自在に扱えるんだから、それも当然なのかもしれない。
但し、組手はリッカが優勢だ。以前聞いた話だと、技術にかなりの差があるらしい。
二人はエコに気づいているのかどうか。集中は崩さない。
エコはそのまま組手が終わるまで様子を見ていた。
「――ありがとう、リッカ。すっきりした」
「おう」
ベルは鍛錬を終え、リッカは剣を振り始めた。
「おはよう、ふたりとも」
「おはよう」「おう」
リッカはちゃんと聞いているのかいないのか、剣を振り続けている。
こういう奴だ。返事はあるから聞こえていると信じたい。
リッカは素手が一番得意らしいけれど、依頼では剣を使う。さすがに魔物相手に素手というわけにはいかない。
「あたし、ギルドに行ってくるね。臨時でいいから入ってもらえる人を探してくる。で。遅くても明後日、雲羊に再挑戦しよう。リッカは早めに刀匠と話しておいて」
「おう」「分かった」
リッカとベルが同時に返事をする。
「私も行こうか?」
ベルの提案を、エコは断った。
「大丈夫。装備の手入れしてていいよ」
パーティの中ではベルが一番重装備で、盾と軽装鎧を始めとした防具一式の手入れは大変だ。まして、昨日はベタベタに……いや、思い出すのはやめよう。
「そうする。ありがとう」
簡単な朝食を一人で摂り、エコはギルドに向かった。
ギルドの主な業務は依頼の斡旋ではあるものの、他にも冒険者にありがたい場を提供してくれる。
メンバー募集の仲介もその一つだ。専任の職員に条件を伝えればメンバーを探すことができるし、逆にパーティを探すこともできる。
しかもお金がかからない。
「……少々お待ちを」
職員の女性が帳簿を捲る。
スラッとしていて、眼鏡が決まっていて、いかにも仕事ができそうだ。と、エコはちょっと尻込みしてしまう。
細くて長い指はすぐに止まった。
「この条件であれば、当てはまる方は二名いらっしゃいますね」
「本当?」
「ええ。ご紹介しましょうか?」
「お願いします。えっと、なるべくなら今日会いたくて……」
「成程。今日となると厳しいかもしれませんね。依頼に出ていたり、お休みの場合もありますので」
女性職員は近くにいた同僚に何か話しかけた。話しかけられた方はすぐに離れていく。
「無論、連絡がつく可能性もありますが」
「そう……ですか」
言われてみれば、ギルドが個人の予定を把握しているはずもない。募集をかけたとして、その募集が相手にすぐ届くわけではないのだ。
行き当たりばったりな自分が嫌になる。
離れていた職員が戻ってきた。女性職員に耳打ちする。
「条件に合うお二方ですが、今日はまだギルドに来られていないようです。どうされますか?」
それから少し相談に乗ってもらったものの、エコの後ろに冒険者が並んでしまった。
また夕方にでも訪ねれば、連絡がついたか教えてくれるという。
エコは二人への連絡を依頼して、お礼を言って、その場を離れた。
「うーん」
ギルドを出たところで立ち尽くす。
仮に明日ギルドで募集した人に会えたとして、実際に依頼に行けるのは明後日だろうか。
……いや、希望的観測だ。順調に話が進んで、更に相手の都合がついた場合の話だ。
そこまでいったとして、技量や相性の問題もある。ギルドで技量は確認してくれないし、パーティメンバーの相性なんて組んでみなければ分からない。
いっそのこと、三人でもう一度雲羊に再挑戦しようか。一攫千金とまではいかなくても、また何日分かは生活費が稼げるかもしれない。
それとも、雲羊の依頼は取り下げて別の依頼を探した方が良いだろうか。
頭が痛い。
エコがリーダーになってからこんなことばかりだ。
初心者を卒業すれば生活は安定するかと思っていたけれど、そんなことはない。ただ稼ぐの額と、使う額が大きくなっただけだ。
お金はいくらあっても足りない。
リッカはよくやらかすし、ベルはよく食べるし。
でも。
「……ま。やるしかないよね」
成り行きのリーダーでも、やると決めた。つらくたって、投げ出したりしない。
ただでさえ、戦う時は一番後ろで偉そうにしているのに。
エコは頬を叩いて気合を入れた。痛かったけれど、頭が冴えてきた。
「そうだ! リーナならパーティを探している人に心当たりがあるかも」
名案だ。いつもの食堂で給仕をしている彼女は情報通だ。
ギルドとは別口でパーティを探している人を知っているかもしれないし、なんならギルドで聞いた二人を知っているかもしれない。
「――あの」
エコが宿に戻ろうとした時、誰かに声をかけられた。
声の方向には年の近い女の子がいる。軽装備に身を包んで弓を背負っている様子は、そのまま町の外に出られそうだ。
エコはギルドに出入りする不特定多数を把握しているわけではないけれど、初めて見る顔に見える。
「教えてほしいの。ギルドってここかしら?」




