Ep.1-2 魔術士エコと仲間たち(2)
翌日。
エコ達は夜明けとともに出発した。
目的地は遠くない。
町から伸びる街道沿いを歩き、山を一つ越える。下りに差し掛かった所にある分かれ道を、道幅の狭い方へ進む。すぐにまた登りになり、しばらく進むと集落に辿り着いた。
早起きの甲斐あって、まだ朝と呼べる時間帯だ。
農作業に励む村人に声をかけると、すぐに依頼の依頼者に会うことができた。
「――あとは依頼書の通り。納品は一つからで構わないし、何日かに分けてくれてもいい。雲羊の居場所は詳しい奴がいるから、そいつに聞いてほしい」
依頼者は慣れているのか、テキパキと説明していった。話の終わりがけ、エコの肩あたりをちらりと見やった。
そこにはエコが斜め掛けで背負っている杖がある。
「魔術士さんか……大量になりそうなら声をかけてくれ。手の空いている奴を集めるよ」
「分かりました、ありがとう」
依頼者と話を終えたエコは、紹介された別の村人から雲羊がよく現れる場所の情報を貰って、待機していた二人と合流した。
それからまた歩いて、雲羊の目撃場所を順に巡った。
小一時間ほど経っただろうか。
「……いるな」
一足先に様子を見たリッカが手招きした。エコ達は慎重に進み、リッカの横に並ぶ。
そこは森が途切れた先で、近くの滝から小川が緩やかに流れている。そんな場所に、羊毛を揺らして雲羊が群れている。
数は二十以上。三十前後だろうか。雲羊達は川べりで思い思いに水を飲み、寝そべり、歩き回っている。
立っている個体と寝転がっている個体を比べると、いかに脚が長いか分かる。
「……情報通りだね。ちょっと離れよう」
雲羊の数や地形を考慮した上で作戦を立てることにした。
「リッカ。ベル。お願い」
「おう。川はほぼ東西に流れてて西側が滝。俺達がいるのは川の南側。滝の落差は大したことないけど、雲羊が登れそうには見えない。あと、今は俺達が風下だな」
「川の深さは少なくとも腰まであるね。渡るとなると大変だけど、流れもあるし、雲羊も渡るのは嫌がると思う」
「ありがと」
理想的な条件だ。川と滝で二方向が塞がっているから囲いやすい。
「……じゃあ、ベルはこのままあたしと前進、リッカは下流に回って注意を引いて。タイミングを見て『雪華』を使う」
「おう」「了解」
「よし、やろう」
エコとベルの二人は森の端まで進んだ。茂みに身を隠して様子を窺う。
雲羊とはまだ距離がある。
今回は大きく稼ぎたいので、群れ全体を魔術の影響範囲に収めなければいけない。隠れている場所から魔術を使えば群れの一部には届くかもしれないが、ほとんどを取りこぼしてしまう。
追い立てる役のリッカ待ちだ。
川の下流側を見ていると、しばらくしてリッカが現れた。
少しずつ雲羊との距離を詰めていく。
雲羊はまだくつろいでいる。さすがにリッカを視界の端に捉えているものの、まだ警戒する距離ではないらしい。
さらに近づく。反応はない。
近づく。何頭かがリッカに注目し始めた。
近づく。座っていた雲羊も立ち上がった。
リッカが立ち止まる。
雲羊はリッカに気を取られている。
(……行こう!)
エコ達は茂みから飛び出した。
途端、雲羊の何割かが二人に気づく。
リッカもジリジリと距離を詰める。
雲羊達は二人と逆方向に逃げ出そうとするものの、その先は川で逃げ道はない。雲羊達はお互いにぶつかり合って、パニックになっている。
(今だ)
ベルも大盾を構えて走り出した。エコもベルと並走しながら、魔術の詠唱を始める。
同時に魔術の影響範囲をイメージ、頭の中で現実の地形と重ね合わせる。
まだ遠い。群れの半分以上が影響範囲からはみ出ている。
リッカやベルを巻き込まないよう、魔術の中心点と範囲を修正する。
一歩、二歩と進む。もう少し。
あと一歩。ここだ。
「――『雪華』」
エコの声に驚く雲羊もいたが、もはや関係ない。魔術は既に発動している。
『雪華』
広い影響範囲と強力な凍結効果を持つ、エコの切り札の一つ。
群れのほぼ全体を範囲に収め、魔力光と力場が発生する。
空気が急激に冷えていく。魔力光が中央に収束し――次の瞬間、収束した光が爆ぜた。
――光が収まった時、力場の内側にいる生物、つまり雲羊達は、無数の氷の花びらが覆い尽くしていた。
「やった!」「やったね」
成功だ。かなりの数の雲羊を巻き込むことができた。
これで魔術を維持する限り、雲羊は動けなくなる。
巻き込みきれなかった何頭かがエコ達の横をすり抜けて逃げていくのと入れ替わりに、リッカがやってきた。
「うまくいったな」
「うん、ありがと」
ここからは時間との戦いだ。
「さっきの人に伝えて人を出してもらった方がいいかな」
「じゃあ、私が行ってくるよ」
ベルは背嚢を下ろし、盾をくくりつけていく。
「ごめん、重いよね? 置いていってもいいよ」
「大丈夫、鍛錬になるから」
……エコがふと見ると、リッカは雲羊の脚を覆う氷を剣でつついていた。
「……何やってるの」
「なぁ……この氷って斬れるのか?」
「温度では溶けないけど、他は普通の氷と変わらないよ」
「そうか。なら砕くイメージか」
どんなイメージだ。この魔術を受ける予定でもあるんだろうか。
「そんなことより、今のうちにできるだけ羊毛を回収するよ」
ベルはもう準備を終えて、背嚢を背負い直している。
「じゃ、行ってくるよ」
エコがいってらっしゃいと言おうとした時、雲羊が一頭、三人の間を駆け抜けていった。
「――あれ?」
まだ動ける個体がいたんだろうか。『雪華』が外れた雲羊は全て逃げたものだと思っていた。
――そして。
エコ達は三人とも、それに目が釘付けになった。
雲羊達に凍結効果を与えていた花弁、魔術で生成された氷が、じわじわと融けている。
「「「……は?」」」
見れば、リッカの近くにいる雲羊ほど氷の溶ける速度が速い。
なぜ。
エコは不意に、その原因に思い当たった。
「――魔術を斬れる剣……?」
新しいリッカの剣は魔術が斬れる。そういう触れ込みの剣だ。
けれど、斬った箇所だけではなく、斬った箇所から伝播して魔術を破壊するなんて。聞いてない。
エコが唖然としている間にも氷の崩壊が進み、雲羊の凍結効果が消えていく。手前から奥に、そして下から上に。
リッカの近くにいた雲羊達がリッカに気付き、飛び跳ねた。パニックになった雲羊達は、凍結が解けるなり逃げだそうとする。
「うわっ――」
雲羊の群れの中にいたリッカは一瞬で群れに飲み込まれ、姿が見えなくなった。
「逃げよう……!」
ベルは背嚢に括った盾を下ろそうとして、焦りからかうまくいかない。諦めて駆け出した。
その後ろから雲羊たちが追いかけてくる。華奢な体格はともかく、背の高さによる圧迫感がすごい。
二人は川原から、なんとか森へ到達した。けれど雲羊はまだついてくる。
逃げるしかない。でもどこまで。
なんでこんなことになったのか。叫ばずにはいられなかった。
「――リッカのバカーッ!」
恨みがましく叫んでももう遅い。
もとから人間が逃げ切れるような速度ではないのだ。大きさが違いすぎる。
ベルの盾に頼って身を守った方が、まだ可能性があったかもしれない。
「え、エコ……私、もう……ダメ、かも……」
ベルの限界が近い。
それはそうだ。軽装のエコと、軽装鎧のベルとでは、装備の重量が全く違う。
どれだけの助けになるかも考えず、エコは振り返って手を差し出した。
正確には、差し出そうとした。
「あ――」
木の根か何かに引っかかったのか。
これ転ぶ――
「エコっ」
エコが差し出していた手を咄嗟にベルが掴み、倒れる事は回避した。
けれど、二人とも足が止まってしまった。エコの目に、至近距離に迫った雲羊の脚が映る――
「――ごめんエコっ」
ベルがエコに飛びつく。エコはそのまま押し倒されて、ベルはその上に覆いかぶさった。
ベルの背中には盾がある。ベルは腕を突っ張って耐えようとしたものの、力及ばず、最初の雲羊に押し潰された。もちろんエコも一緒に。
「痛、いたた、痛ッ」
ベルの大盾の上、つまり二人の上を雲羊が駆けていく。一匹、二匹、止まらない。
蹄の直撃は防いでいるものの、雲羊が上を通過する度、地面に打ちつけられ、押し付けられる。
痛い。
ひたすら耐える。とにかく耐える。
……最悪だ。




