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keepAlive  作者: かけ座布団


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Ep.3-5 終わりへ向かって

確実な当てなんて無かった。頼ったのは、昔、研究所の職員同士が話していたのを聞いただけの、ほんの噂話。

王都の地下に広がる迷宮(ダンジョン)、その深層には、あらゆる病気を癒す薬があるという。

不治の病を消し去り、寝たきりの病人に与えれば立ち上がって歩き出す。そんな噂どころかおとぎ話のように荒唐無稽だ。とはいえ、当時、確かに研究所の人間は浮き足立ち、研究が進むだとか実験体を失わずに済んだとか、そういう話で持ち切りだった。何の興味も無かったエコの記憶にさえ残っているということは、ある程度信じる材料になる。

皮肉な話だ。研究所にいたせいでこんな状況になったというのに、最後に頼るのがその時の記憶だとは。

しかし、これが今、エコが考えられる中で最も可能性がある方法だ。

諦めないと決めた。

深層までは辿り着けないかもしれない。辿り着いても、薬は見つからないかもしれない。

けれど、どうせ魔術を取り戻すことが叶わないのであれば――それなら、最後は冒険に殉じる。

そんな終わり方なら、良い結果にならなくとも、きっと最悪ではない。


深大迷宮(デプス)

何のひねりもない名を持つこの迷宮は、構造上は階建ての建物と変わらない。

地下にありながら一つ一つの階は正確に水平に広がり、上階と下階への階段、あとは通路と部屋で構成される。

階段で下階に進めば、間取りは変わるものの、また同じように階段と通路と部屋が広がる。


エコは階段の半ばで腰をかけると、背嚢を下ろして紐をほどいた。そこにはありったけ買い込んだ品々が詰め込んである。必要分の食料と諸々の道具、魔術を詰め込んだ使い切りの巻物(スクロール)が多数。

すぐに使う分だけをポーチに補充した。

「……よし。まだ余裕」

深い階ほど一つの階が大きくなるというこの迷宮の階段を、下ること十階。

迷宮に潜り始めた時から消耗品は確実に減っているものの、一割も使っていない。

魔術が使えない身になってみると、破り捨てるだけで魔術が使える巻物というのは便利なものだ。隠れる事や逃げる事が通用しない時、魔物を一掃するのに役立った。

現れる魔物は少しずつ強くなっているものの、まだ火呈園(バーニングガーデン)のレベルより遥かに弱く、エコ一人でもなんとかなる。


経験を積んだ冒険者なら、慣れ親しんだ武器一つと巻物があれば、一人でもそれなりに戦えるのかもしれない。もっとも、高額な巻物にかかる費用を度外視すればの話だ。


(冒険者、見かけなくなったな)

迷宮の入口から最初の数階では、他の冒険者のパーティを多く見かけた。魔物を相手するよりむしろ、冒険者と不用意に鉢合わせしない方に気を遣ったくらいだ。

一人でいることや顔色の悪さを咎められ、連れ戻されては敵わない。冒険者を見かけなくなった今は、むしろ気楽でいい。

また一つ階段を下り切ると、周囲の景色が変わった。

上の階では石造りだった壁が天然の岩石に置き換わり、床も地面になった。空気もどことなく淀んできている。

「中層に入ったかな」

環境が変化すれば、出現する魔物も変わる。

いよいよ気が抜けなくなる。エコは水筒から水を口に含むと、警戒を続けながら進んだ。

――どうやら、この階は広場のような円形の部屋が点在し、通路が繋ぐ構造になっているらしい。

通路は曲がりくねって方向感覚を惑わせるものの、魔物はいない。

代わりに、次の階へ降りるためには、自ずといくつかの広場を通る必要があることが分かった。

差はあれど、二階建ての家屋が入ってしまいそうなほど天井が高い広場の中央には、必ず魔物が待ち構えていた。

陰から広場の魔物を盗み見てはポーチに入れる巻物を入れ替え、広場を通るたび巻物を使い捨てながら、エコは先に進んでいった。


また下の階に降りた。

やはり、一階毎に進む度に通路は少しずつ長くなり、広場の数が増えて天井が高くなっていく。

どういう訳か、薄青く光る石のようなものが洞窟の壁や天井のいたるところにあり、辛うじて天井の端までの明るさと視界が確保されている。

通路をしばらく進んだ後、エコは広場の中心に、赤い生き物を見た。

(あれは――)

比較的狭い広場の中心で、何か赤い肉の塊のようなものが蠢いている。球体から手足が生えているような形は人間に近いものの、あるべき場所に頭はない。腕周りや足は人間にはありえないほど太く、動く度に体全体の肉がブルブルと震えて波打っている。

中途半端に人間に似て、それでいて決定的に違うところが嫌悪感を誘う。

この不快な生き物とは以前、皆で戦ったことがある。

『無骨』

不死種(アンデッド)に分類される魔物で、名前の通り骨が無い。物理攻撃も魔術も通るものの、攻撃を受けるほどに小さく分裂し、拳大になっても襲ってくる。分裂できなるまで細切れにするか、分裂させず魔術で焼き切るか。そういった手段を取らないと倒しきれない厄介な魔物だ。

以前はベルとリッカが足止めしてエコが魔術で焼き払ったものの、当然、今その手は使えない。

(階段は無骨の後ろ。走って通り抜けるには……狭い)

どうやら避けて通れそうにない。

(それなら、火の魔術と、あとは――)

死角で持ち物を整理する。無骨に有効なものを選別してポーチに詰め込んだ。


無骨の厄介さは分裂によるところが大きく、初動は遅い。

エコは無骨の前に躍り出て、一息に巻物を破いていった。まずは炎、次に油、そしてもう一度炎。

たちまち無骨は炎に包まれ、悲鳴のような声を上げる。肉を揺らしながらエコに向かって手を伸ばそうとするものの、既に回避に入っていたエコには届かない。

(――よし)

無骨の動きが鈍くなった。炎は燃え続けて、肉の焼ける嫌な匂いが漂っている。

炎が消えるまでには無骨も完全に力尽きるはず。

そうして少し油断した拍子に、わずかに煙を吸い込みそうになった。

「――っと」

後退りして新鮮な空気を確保する。

盲点だった。油を出す魔術と火を起こす魔術を使えば、煙が起きるのが道理だ。それなりに広いとはいえ、地下で使う組み合わせではなかった。魔術に慣れすぎていた。

少し離れよう。そう思った時、無骨を包む炎が不自然に揺らいだ。

「?」

おかしい、倒れ込んでいたはずの無骨が、立ち上がっている。いや、立ち上がっているかのように、輪郭が縦に長くなっている。

エコは気付いた。二体目だ。いつの間に近づいたのか分からないが、最初の無骨の後ろに、もう一体いる。

新たな無骨が、燃えている無骨に対して腕を振りかぶった。

「しまった――」

無骨の腕がもう一方の背中を叩く。燃えていた無骨の肉が抉れて、表面を構成していた肉片が散らばった。地面に落ちた肉片は燃え続けて分裂を抑えているものの、無骨本体に取り付いていた炎はほとんど払われてしまっている。

まずい。

二体分をまとめて倒し切るには、さっきの巻物の組み合わせでは威力が足りない。かといって、更に巻物を足して威力偏重にすれば、エコ自身が炎に巻かれてしまう。

「……行くしかない」

二体目の無骨は、何度も無骨の表面を叩いている。このままでは完全に火が消えて、二体の無骨と、無数に散らばったの無骨の分裂体に襲われることになる。

エコは覚悟を決めて、もう一度だけ火炎を放り込んだ。倒し切るには到底足りないものの、二体の無骨は怯んで動きが鈍くなる。

その隙に、息を止めて無骨の横をすり抜ける。

炎の中から伸びてきた腕や足をなんとか躱し、手近な通路に飛び込んだ。

運よく下に続く階段があり、エコは後ろも見ずに駆け下りた。


階段の途中で前に足が止まり、壁を背にして膝をついた。胸がバクバクと鳴り、鼓動が頭の中まで響いている。

無意識に()()()()ちゃんと逃げられたか確認しようとして、一人だと気づいて、泣きそうになった。

「はは……」

思えば、こうして本当に一人きりになるのは久しぶりだ。

エコの近くにはだいたいリッカがいた。パーティに加わってからはベルやハナもいた。

休息を求める肺と足を休ませながら、ぼんやりと考える。

「……なんで冒険者になったんだっけ」

そして、何がしたかったのか。

何かきっかけがあったような気もするけれど、今となってみては思い出せない。頭に靄がかかっているようだ。思い出せない。

……今となっては、もう思い出す必要もないのかもしれない。

息が整ってきた。

「……行こう」


この階で地下十三階になる。洞窟紛いの地形は先の階と変わらなかった。

青い光に導かれて通路を進み、これまでと同じように広場を覗き込む。

それは油断だったのか。それとも、衰弱と疲労のせいか。

前の階と同じ景色から、同じような魔物が出てくると、いつの間にかエコは思い込んでしまっていた。

これまでと違ったのは、覗き込んだ瞬間、そこにいた魔獣と目が会ってしまったことだった。

決定的で致命的な差。

姿は火呈園の走狗型(そうくがた)に近い。けれど倍ほど大きい、エコが名前を知らない、巨大な山猫のような魔獣。

その魔獣はエコの姿を認めた瞬間、身を低くすると、飛びかかってきた。強靭な筋肉が爆発的に伸縮し、エコとの距離を一気にゼロに近づける。

「――あっ」

エコはポーチから巻物を出そうとしたものの、焦りからか手落としてしまった。

拾うには間に合わない。

咄嗟に背を向け、背嚢で攻撃を受けた。エコは衝撃で吹っ飛ばされて地面を転がった。

転がっていく身体を腕で止めようとして、岩石ばかりの地面に擦られて痛みが走る。勢いは全く止まらず、壁に叩きつけられた。

息が止まりそうになった。

意識を失いそうになりながら、それでも必死に身体を動かす。

(巻物、を――)

腰に伸ばした血だらけの手が空を掴む。

同時に、魔獣が爪に引っかかった何かを咥え、地面に落とした。

(あたしの――ポーチ)

魔獣がエコのポーチを踏み躙った。反対の脚の下には、同じようにボロボロの背嚢が引き裂かれている。

エコの手元に巻物は――ない。


悠々と近づいてくる魔獣を見つめて、エコは思い出した。

(――あ、そうだ)

絵本だ。

いつだったか、研究所のお節介誰かが、何をしても無反応だったエコに読み聞かせてくれた。

故郷を追われた主人公が仲間を得て、協力して困難に立ち向かい、最後には幸せを掴む。

そんなありふれた冒険譚。

(そうだ)

魔物が前脚を振りかぶった。鋭い爪が青く光る。

(あたしは、仲間とする冒険に憧れたんだ)

直後、衝撃と共にエコの視界は真っ赤に染まった。


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