Ep.3-4 最後の日々
その夜、エコは春風の皆を集めて、自分の過去を順を追って伝えた。
物心ついた時から研究所と呼ばれる施設にいて、そこで実験体だったこと。魔術を再現するための『式』を埋め込まれたこと。それが今のエコが使っている魔術の正体であり、過出力を含めた不調を引き起こしていること。結果的に、今のエコに魔術を使う力は残っていないこと。
最後に、リーダーをリッカに任せることも伝えた。
ハナは途中から顔を手で覆い、俯いて表情を見せない。ベルの顔は話が進むにつれ曇っていった。
「そんなの、ひどいわ……」
黙って聞いていたハナが顔を上げた。目に涙を浮べている。
「気にしないで。あたしはあの研究所にいたこと、何とも思ってないから」
「でも……でも……」
ハナは言葉に詰まり、また顔を伏せた。
入れ替わりにベルが立ち上がった。
「エコは――分かって魔術を使ってたんだ」
どこか怒気を含んだ様子でエコに詰め寄る。
「……うん」
掴みかかりそうな剣幕のベルだが、エコに近づくほど勢いを失っていく。
「あれだけ無茶をしないでって言ってたのに――!」
エコの前で崩れ落ちてしままう。ベルの頭を、エコは両腕で包み込んだ。
「――みんなのためだもん。無茶だってするよ」
エコよりずっと背が高いはずの姿が、普段より小さく見える。
「こんなことになるなら、もっと頼って欲しかった」
「ごめんね」
エコはそっとベルから離れる。
「この半年、春風の皆で、色んなところに行ったよね」
ゆっくりと春風の仲間一人ひとりを見回した。
エコはリッカと視線を合わせる。
「リッカと冒険者を始めてさ、最初は大変だったよね。何をしたらいいかも分からなくて、二人とも突っ走って喧嘩して」
「悪かったな」
「いや、あたしこそだよ。考え方は違っても、お互い一生懸命なのは分かってた。だから、喧嘩しても、それっきりだなんて思ったことなかった」
「まあな。あれはあれで楽しかったな」
「そうだね、あたしも楽しかった」
エコはベルを抱きしめる。
「ベルとは裏山で会ったね。何だっけ、あの、……なんとかっていうクランに入ろうとしてたんだっけ」
「その話はしないでったら」
「ごめんごめん。でも、あのクランのお陰で、あたしはベルと出会えた」
「うん。感謝はしてるんだ。名前は忘れちゃったけど」
「ふふ、ベルらしいよ」
「どういう意味!?」
「冗談。いつも守ってくれて、ありがとう。本当に頼りにしてた」
エコはハナの手を取る。
「ハナとはギルドの前で会ったよね。……本当はあの時、ギルドであたしの話を盗み聞きしてたでしょ?」
「え……、え……な、なんのことかしら?」
「大丈夫。ハナは可愛いから、あたし、なんだって許しちゃうよ」
「な……からかうエコは嫌い!」
「そんな事言わないで。あたしハナがハナらしいとこ、大好きだよ」
「もう! ……でも、私もエコが大好き」
「ハナは、今の自分を大事にしてね」
エコの振る舞いから皆がそれを予感しながら、誰も口に出せないでいる。
エコはもう一度だけ、仲間の顔を見回した。
「あたしは皆が大事。自分自身なんて比べ物にならない。でも、もう魔術を使えないあたしが、このまま皆と一緒にいることは出来ない」
そして、仲間たちに別れを突きつけた。
「だから、皆とはお別れ」
街道を馬車が進んでいく。
しばらく前に通った道を折り返し、更に先に王都まで。四人の最後の旅だ。
御者を引き受けてくれた老翁とその息子は行き先の変更に渋い顔をしたものの、エコが自分の蓄えから上乗せした代金に驚き、ほとんどを返した上で了承した。
結局、エコは二週間前に決めた馬車に乗ることになった。一人で王都に向かうつもりだったものの、ベルとハナは猛反対した。
そもそも、エコがパーティを抜けようと、ずっと付いて行くと言い出して聞かなかった。
二人がかりの反論を、エコは一つずつ丁寧に説き伏せっていった。
いつまでも食い下がるハナについはエコも折れたものの、折れたのは四人で王都へ向かうところまでだった。
王都で、エコはパーティを抜ける。
「また魔術が使えるようになったら帰ってくるから」
エコが隠した真実を知らないまま二人は、その言葉に押し切られてしまった。
旅はこれまでにないほど穏やかに過ぎていった。
朝、鍛錬をするリッカとベルの姿を見守りながら、エコとハナは御者達と共に食事を準備した。
馬車の中では、不規則な振動に揺られながら、いつまでも思い出話に花を咲かせた。時々、老翁が珍しい場所や美しい景色を見つけては知らせてくれた。綺麗だね、また来たいねと皆で感想を並べたものの、立ち寄ることはしなかった。
夜は身体を寄せ、焚き火にあたりながら遅くまで語り合った。夜風も寒さも、全く苦にならなかった。
「おはよ、ベル」
「……おはよう、エコ」
王都に着く日の朝、エコは日の出と共に馬車の中で目を覚ました。
ちょうど隣でベルも身を起こしていたところだった。ハナの姿は既にない。
目が半開きになっている。きっとエコも似たような状態に違いない。昨晩は特に遅くまで起きていたから仕方がない。
身支度をしていると、馬車の扉が開いた。
淡い朝日と澄んだ冷たい空気が入ってきて、二人の意識を明瞭にする。
「おはよう。二人とも早く、いい天気よ」
扉を開けたハナが外へ誘う。
「見て。向こうの山、もう雪が積もっているわ」
「わぁ……」
「……そっか、もう冬が来るんだね」
四人でパーティの名前を決めたのが春の中頃。それから半年と少し。旅の最中は季節の移り変わりを感じたものの、この分だと本格的な冬になるのも遠くなさそうだ。
「……おう、起きたのか」
風除けと毛布を抱えたリッカが顔を出す。
「さっき御者のおっさんと話してきた。王都の門で簡単な検問があって、抜けてすぐに広場があるらしい。馬車用だから、そこで下りて欲しいんだと」
「分かった。じゃ、そこであたしも行くね」
北風が通り抜け、四人の髪を揺らしていく。
遠くに見えた王都は見る間に近づいてきて、時間を惜しむ間に門に辿り着いてしまった。検問は残酷なほどあっさりと終わり、馬車は王都の中に入った。
門を背にした広場で、御者達と別れる。
そして、エコと仲間達の別れの時が来た。
エコは一人ひとりと抱き合った後、自分の荷物を背負った。
「あたし、諦めないから。また魔術が使えるようになったら、みんなに会いに行く」
「待ってる。また会いましょう、エコ」
「エコ、元気で」
「みんなも元気で。じゃあね」
リッカは短く、応と返した。
エコは笑顔で手を振り、振り返らず歩いていく。行き交う馬車や人混みが、すぐにその姿を隠した。
「――っ」
名残り惜しさを表すようだった歩みが、仲間を失った実感で一歩ごとに早くなる。気付けばエコは走り出していた。
だんだんと前が見えなくなって、何人も人にぶつかって、謝りながら駆け抜けた。
そうして息が切れて、どこかの路地でしゃがみ込んだ。
「……よかった」
自分の気持ちを誤魔化すよう、エコは口に出した。
胸が苦しくてたまらない。涙が後から後から零れてきて止まらない。
けれど、笑顔で別れることができた。
最後くらいは笑顔でいたい。仲間たちに残る自分は、そんな姿であってほしい。
……ベルとハナは、後でリッカから話を聞いて、エコを恨むだろうか。
恨まれたなら、それならそれで仕方がない。むしろ、そうやってエコを遠ざけてくれた方が、新しい仲間と上手くやっていけるかもしれない。
「これで、良かったんだ」
言葉に出すことで、喪失感に打ちひしがれそうな心を繋ぎ止める。
みんなとお別れができた。だからこそ、ここからが始まりだ。
時間さえ許せば、いつの日かまた魔術を使えるようになるかもしれない。
魔術が使えるようになったら、みんなに会いに行く。それはエコの心の底からの願いだ。
必死で無謀な、エコの最後の悪足掻き。
「……やろう」
いつかリッカと喧嘩をした。たくさんの魔物に追われて、エコがへたり込んでしまった時だったか。
リッカは珍しく怒鳴った。諦めるなと。諦めなければ、いつか何とかなると。
そうだ。まだ全てが終わりというわけではない。
だから、エコは。
「諦めない」
その時が来るまで、絶対に。




