Ep.3-2 魔術が使えない魔術士(2)
本調子からほど遠いエコの代わりに、リッカが場を仕切っている。
「――じゃあ、あの町に戻ること自体は決まりだな。二週間後を目処に馬車を探しておく。ただし、確定じゃない。……エコの体調次第では後ろ倒しにする」
「キャンセルするとなると、高くつくかな?」
「大した額じゃないだろ。気になるようなら二週間後から馬車を探してもいい」
「そうだね……うん、それなら良いや。任せる」
いつもと違って、会話の中心はリッカとベルの二人だ。
エコは意見を求められれば答えたものの、それ以外は黙って話を聞いていた。
「――あとは二週間後まで自由行動だな。夕食くらいは時間を合わせとくか。毎日夕食時には食堂に集合、何かあれば事前に共有。これでいいか?」
「大丈夫」
「うん」
「分かった」
大方の話が終わり、リッカが部屋を去る。
続いてベルが鍛錬に行き、しばらくエコと言葉を交わした後、ハナも食べ物を探そうかしらと町へ出ていった。
残されたエコは窓から雲を眺めながら、一人物思いに沈んでいった。
リッカがエコの代わりに話をまとめているのを見て、エコはどこか焦りを感じていた。自分の役割がなくなってしまうのではないか、そんな愚かな疑念を抱いている。
エコは自己評価が低いことを自覚している。そしてそれは間違いなく、エコ自身の生い立ちに由来している。
あの場所から外に出た時、街行く人の誰もが自分より優れているように見えた。自分が酷く異質で、浮いていると感じた。
自分は作り物に過ぎない。
少しだけでも人を真似しようとして、なかなかうまくいかず、羨む気持ちを押し殺してきた。
唯一の特技である魔術、これだけはそうそう負けはしない。ただ、それは一切の努力なく身につけたもので、自分自身の力ではない。むしろ、釣り合いを欠いて強力な魔術こそ、エコが自分自身を否定する材料になっていた。
魔術以外で、努力が実った経験など、物心ついた頃まで記憶を辿っても見当たらない。
リッカと会うまでは、まるで人形のように意志を持たず生きてきた。
リッカやベルと出会って、成り行きとはいえパーティーのリーダーをした。結果はともかく、そこだけは明確に努力をしたと胸を張れる。
ただ、パーティにハナが加わって春風となってからも、心の底から自分自身を認められる時は来なかった。運が良ければうまくいく。そうでなければ、全力を尽くしたつもりでも失敗してしまう。
火呈園での逃走も、自分が倒れたのも、リッカが大怪我を負ったのも、結局はエコの見通しの甘さから来たものだ。
何度も失敗を繰り返してきた。けれど、だからといって諦めることはなかった。自分のような普通ではない人間でも、一緒に冒険をしてくれる仲間がいる。
仲間を失いたくない。その一心でやってきた。けれど、自分がリーダーとして、魔術士として、春風にいる意味はどれだけあるんだろうか。いつから、そんな思いが頭をよぎるようになってきていた。
頼れる盾役のベル。努力家で、センスもある。今のハナは男の盾役にもそうそう引けを取ることはない。
優しくて愛らしいハナ。弓使いとしての腕はもちろん、弓が届く範囲であれば小動物サイズまで気配を察知する索敵能力は、いつも窮地を事前に知らせてくれる。
そして、対人に滅茶苦茶強いリッカ。もちろん魔物に対しても実力を発揮していて、それこそ煌の眷属レベルに囲まれない限り、リッカへの攻撃はかすりもしない。
三人とも、エコには贅沢すぎるほど心強い仲間だ。そう、エコ自身とは不釣り合いなほどに。
もちろん、エコがいなくなればパーティが立ち行かなくなるのは分かっている。
ただ、それは近々の話だ。
普通の魔術士であれば、エコのようにすぐに倒れたりしない。魔術一つ一つの威力がエコより劣ろうと、町に戻るまで役目を果たすだろう。少なくとも、いつまでも初心者の魔術士のように過出力で倒れるようなことはしないはずだ。
リーダーなんてもっと潰しが効く。世の中には冒険者のパーティが無数にある。そのリーダーのほとんどが、きっとエコよりうまくパーティを回すだろう。
自分より相応しい人物がいれば、大人しく譲るべきだ。エコ自身の思いと仲間の将来を天秤にかければ、天秤は後者に大きく傾く。
これは別に諦めではない。
今回の件に限らず、エコは自分が長く生きられるとは思っていない。いつかいなくなる自分に構わず、仲間たちは先に進んでほしい。
そう思って、覚悟していたはずなのに――。
それなのに、胸が締め付けられる。
まるでエコがいても、いなくても、同じかのように感じるからだろうか。
それとも、自分がいないパーティのイメージが想像から現実に近づいてきて、今になって怖気づいているからだろうか。
「イヤだ――」
エコは自分の身体を両腕で抱きしめた。
その時が来るまでに、自分の代わりを見つける。そして、仲間達の足を引っ張らないように、潔くそっと去らなければいけない。
そうすべきだ。
自分の気持ちを封じ込めるように、エコは腕に力を込めた。
「エコ……どこか痛む?」
気付くと、心配そうな顔のハナがベッドの横にいた。
いつの間にか胸を押さていた腕を解き、口角を上げてこわばっていた表情をほぐす。
「いや、大丈夫。ちょっと眠ってただけ」
ハナには誤魔化してばかりな気がする。
「そう……」
一瞬、ハナが俯いて、いつもの笑顔が陰った。そんな気がした。
「今、果物を切り分けてもらってるの。すぐ持ってくるね」
顔を上げた時、ハナはいつものハナだった。明るい声で部屋の外へと駆けていった。
「走ったら危ないよ」
ハナの返事と、壁に何かがぶつかったような音が同時に聞こえた。
何日か経ち、エコは外を出歩けるようになった。
まだ足がもたつき、息はすぐに切れる。それでも、日常生活――冒険者としてではなく一般人として――に限れば、激しい動きをしない限りほとんど不自由はなかった。
半ば日課になった散歩がてら、町の入口の門まで歩いた。
この町に通じる道は一つ。道は街の外ですぐに枝分かれし、それぞれ遙か先にある王都と、果ての町に通じている。
反対側、町の中に入ると、道は大通りとして町の中心を突っ切っている。大通りを幹とすれば、張り巡らされた細い道は枝だ。
夕食時、冒険の話は――意図的なのか、話題に上がらない。宿屋の向かいのパン屋は駄目だとか、それなら三つ南の通りのパン屋がいいだとか、そういった話をしている。
たまに剣がどうの、素材がどうのという話になったかと思えば、すぐに別の話題に変わっている。
エコはそれほど町並みに興味を持っていなかったものの、話の種として毎日できるだけ別の道を通るようになっていた。気まぐれに選ぶ通りを一本変えただけで、道は上に伸びたり下に伸びたりしてエコを全く違う場所に連れて行く。
「……あ」
エコが今日選んだ道の先は行き止まりだった。
そこは広場になっていて、腰より少し高い位置に木柵が周囲に巡らせてある。入口以外に柵に切れ目はなく、柵の外側に茂った木で景色は無いに等しい。
長い階段をやっとのことで上りきったというのに。
すぐに引き返すのも癪で、エコは長椅子を見つけて腰を下ろした。
「何だろここ……」
集会にでも使われる場所なのだろうか。
長椅子のささくれは目立つ一方、木々の葉はほとんど地面に残っていない。地面に均一な線が残っているのを見ると、誰かが今朝にも掃いたばかりらしい。
エコはゆっくりとため息をついた。
散歩くらいしかすることがない。それも、体力が保つ間だけだ。
一度ギルドにでも行こうとしたものの、今は駄目だと、皆に反対されたので止めた。
休息が第一だと頭では分かっているものの、こうも何も出来ないと、どうしても焦りが募る。
「はぁ……」
風が吹き抜けていく。
朝晩冷え込むようになったこの頃でも、太陽が出ている間は心地良い。
ふと、ある考えが頭をよぎった。
「……」
少しだけ。一瞬だけ試してみよう。
特に出力が少ない魔術をを、ほんの一瞬だけ。
うまくいけば少しずつ出力を増やしていけばいい。うまくいかなくても時間はある。
「『幽光』」
それはごく弱い光を一瞬灯すだけの、練習用の魔術。
「……え」
魔術が発動しない。しかも、動悸がして冷や汗が出てくる。
不規則に押し寄せる不快感を膝を抱えて耐える。じっとしていると波は引いていった。
次第に落ち着いてきて、エコは今更愕然とした。
『幽光』は魔力をほとんど消費しない。攻撃用の魔術の数百分の一、いや、もっと少ないかもしれない。
他の魔術でも、魔術が発動しないなんてことは、今まで一度も無かった。
「魔術が、使えなくなってる……」




