Ep.3-1 魔術が使えない魔術士(1)
火呈園での無理が祟ったのか、それとも、以前から無理をしていたのか。
仲間達の前で、まるで糸が切れたようにエコは倒れた。
思い返せば、火呈園に挑んでいる時、兆しがあったのかもしれない。
魔術を使った後に不調になったかと思えばすぐに回復し、また魔術を使っては調子を崩す。その度に振り戻しが大きくなっていた。
そして、火呈園を下りてから――いや、煌を相手にしてからのエコは特におかしかった。
使えるはずがないほど強力な魔術を一人で展開し、その後は消耗する様子もないままで、帰り道ではベルやリッカに肩を貸していた。
もう少し早く気付けたかもしれない。仲間たちは振り返って後悔するものの、今となっては既に遅い。きっと、誰にも止められるものでもなかった。エコの魔術がなければ、春風の誰かが欠けていた。全滅していたかもしれない。
町に戻った日の夜はハナがエコを看病した。翌日にはベルが、翌々日にはリッカが、怪我の手当を終えて加わり、交代で世話をしてはエコに声を掛けた。
エコが目を覚ましたのは、町に帰り着いてから丸四日経ってからの事だった。
――まだ眠い。
けれど、起きなければいけない気がする。
どうしてだろう。
何かをしていた気がするけれど、思い出せない。
エコは重い目蓋を開けた。
天井。仰向けに寝かされている。馴染みのない部屋のベッドの上だ。
昨日はどこに泊まったんだったか。少なくとも、この部屋はリーナのいる宿屋ではない。
「あ、れ……」
上体を起こそうと思ったものの、頭が重くて持ち上がらない。
「エコ!」
ベッドの横に座っていた誰かが、エコが目を覚ましたのを見るなり覆いかぶさってきた。
「ハナ……じゃない。……ベル?」
思わず間違えてしまうほど、いつになくベルは感情的だ。
「みんな、心配したんだ……」
エコの胸の上でベルが肩を震わせている。
ぼんやりとした頭でなされるがままにしていると、記憶が徐々に戻ってきた。
(そうだ、火呈園から帰って来たんだ……)
強大な魔獣、煌が支配する山、火呈園。二度目の挑戦だった。パーティの四人で第二層まで進み、煌の眷属達と戦った。そこまでは順調だったものの、帰りがけに未知の大型に襲われ、足止めを引き受けたリッカのお陰でなんとか振り切った。けれど、直後に煌自身が現れて、全滅を覚悟するほどの魔術を放ってきた。それは皆が何とか防ぎきり、エコの魔術によって辛くも煌を撃退することに成功した。
山を下りてこの町に戻ってきたところまでは薄っすらと記憶がある。
途切れ途切れに話すベルによると、その後エコは倒れてしまったらしい。
「そっか……」
また皆に心配をかけたことになる。
ベルが袖で目元を擦っていると、部屋の外から足音が近づいてきた。
控えめなノックの音が響く。
「目を覚ましたのね、エコ」
部屋に入るなりベッドに駆け寄ったハナは、両手でエコの左手を握った。
「良かった……」
ベッドの高さに合わせて屈むと、祈るようにエコの手に顔を近づけた。
「もうすぐリッカも帰ってくるわ。それと――」
ハナは部屋の外を振り返った。そこには所在なさげに年配の男性が立っている。
「ああ、もうよろしいかな? 失礼するね」
男性はハナの視線に気づくと部屋のドアをくぐり、目一杯膨らんだ鞄を床に置いた。
彼は、ハナが見つけてきた医者だという。
エコが倒れた日の夜、どれだけ揺さぶってもエコは起きる気配がなく、すぐに医者を探し始めたらしい。
次の日の午前には医者を呼べたものの、何らかの魔力障害とみられるが専門の医者でないと分からない、と診断したきり取り合ってくれなかった。
それから三人はエコの傍らに残る役と医者を探す役に分かれて、街中を駆け回った。
ギルドに頼っても、冒険者を相手してくれる医者の一覧は持っていたものの、魔力障害に詳しいかどうかまでは把握していなかった。しらみ潰しに医者を訪ね、ようやくそれらしい人物を見つけたのが、エコが目を覚ます直前だったのだとか。
急に呼び出されたにも関わらず、医者は柔和な雰囲気を纏っている。
彼は足が悪いのか、よたよたと用意された椅子に座り込んだ。
「まずは質問を。答えたくなければ答えなくとも構わないよ」
鞄から紙とペンといくつかの道具を取り出して、話を切り出した。
笑顔と不釣り合いなほど真剣になった医者の目元が、仕事用の顔に切り替わった事を窺わせる。
「こうやって倒れたのは初めて?」
「……いいえ」
「魔術を使うと体調が悪くなるかな?」
「強い魔術を使った場合と、連続して魔術を使った場合は」
「今回が一番酷い?」
「はい」
男性は次々と質問をしては紙に書き留めていく。紙の上半分ほどが埋まったあたりで区切りがついたのか、手が止まった。
「ふむ」
医者は顎に手を当てて考え込む。
「手を。魔術に使う側が決まっていれば、そちらを」
「……特に決まってないです」
「そうかね。では失礼して……」
彼の手がエコの右手を取る。指先から手のひら、手首と順番に辿っていく。
「ふむ」
そこまでで何か確信を得たのか、医者は腕を組んで椅子の背に身体を預けた。目元が幾分か柔らかくなった。
「過出力――魔力の使いすぎかな」
「……それって、初心者の魔術士がたまにかかる?」
ベルがベッドの反対から口を挟んだ。医者は頷く。
「そう、それです。人が扱える魔力には容量があって、それを超えると急激に負荷がかかって、
悪い症状が色々出る。初心者の間は塩梅が分からなくて、つい自分の容量を超えて魔術を使ってしまうから、過出力になりやすいんだ。あまり知られてないけれど、熟練者でも無理をすれば同じだね。むしろ、扱う魔力が大きくなる分だけ、症状も酷くなる傾向がある」
一息に説明を終えた後、ここまで重いのは珍しいかな、と医者は付け加えた。
「では、対処について。……まず、過出力に治療法は存在しない。出来るのは、十分な期間魔術から離れて安静にすることだけだね」
エコは息を呑んだ。魔術を使えないとなれば、パーティの活動に大きく影響が出る。
「……どれくらい?」
とても聞かずはいられない。
「初心者の場合は半日から一日で回復するけれど、この場合は……ふむ」
医者は少し考え込んでから言った。
「半月といったところかな。その間、一切の魔術を絶ちましょう」
半月、あるいは二週間。どういう受け取り方をしても、それはエコにとって長過ぎる期間だった。
翌朝、エコの体調は少しなら歩ける程度に回復し、部屋の中にリッカも含めた四人が揃った。
エコはベッドから身体を起こして背にもたれかかり、ベッドの左右にはベルとハナがそれぞれ椅子に腰掛ける。リッカは出窓の端で片膝を立て、もう一方の足を下ろして重力に任せている。
既に医者の診断の結果は全員が知っている。
「ごめん、大事になっちゃったね」
エコの謝罪は、どこか自分自身に対して無頓着だ。
「気にしないで。エコの身体が大事だから」
「うん、ありがと。あたしはこんなだし、しばらく四人で冒険するのはお休みかな」
「まあ、そうだろうな」
自分の部屋のものだろうか、リッカは鍵を手の中で弄んでいる。
「……で、お願いがあって。前の町に戻る馬車を調べて欲しいんだ」
「……?」
エコ以外の三人は意図を察しきれず、疑問符を浮かべる。
「ほら、このあたりで三人で行ける場所なんて火呈園の第一層くらいでしょ? でも、第一層じゃろくに稼げない。リッカも怪我してるし、あたしなしでも行けるところに行かないと」
話を聞いていたリッカの手が止まった。
「……今はいいだろ」
声音は苛立ちを帯びている。それがなぜか分からず、エコの口調も堅くなった。
「……どうして?」
「こんな時だからだ」
リッカの口調は有無を言わせない。ハナがパーティに加わってからは鳴りを潜めていたエコとリッカの押し問答が始まった。
「……こんな時だからこそ、でしょ」
「まずはお前が回復してからだ」
「そうも言ってられないよ。今は余裕があるけど、お金だって有限じゃない」
「だとしてもすぐに金が尽きるわけじゃない。それに、お前が移動中に体調を崩したらどうする」
「……じゃあ、三人が先に移動する。で、あたしは半月経ったら追いかける」
「……何言ってるんだ」
リッカは言葉を失って呆れたような顔になる。
「ね、ベルとハナもそれでいいよね?」
その隙にと、エコは残りの二人に同意を求めた。
答えはなかなか返ってこない。
「……私は反対だ」
ベルがぼそりと返事をし、ハナも続いた。
「私も。エコと離れるのは嫌。みんな一緒じゃないと嫌。冒険に行けなくてお金が無いっていうなら、私、働くわ」
「私も……雇ってくれるところがあるか分からないけど。エコが治るまで待つよ」
「……なんで」
誰も賛成しないのはエコにとって意外だったのかもしれない。エコも黙り込んでしまい、部屋を静寂が包んだ。部屋の外で町人の声が微かに聞こえる。
「ね、エコ。今は身体を大事にして?」
ハナがエコの顔を覗き込む。
エコは分かったと呟いて、頭から毛布を被ってベッドに横になった。




