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keepAlive  作者: かけ座布団


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Ep.2-10 帰還(3)

第三層の壁に空いた穴を崩しながら、巨大な魔物が這い出してくる。遠すぎて正確には分からないものの、地面に手足をついた姿は二階建ての家かそれ以上の大きさに見える。

火呈園(バーニングガーデン)の岩石と同じ黒黒とした身体には、亀裂のような赤い筋が何本も走る。口から漏れる炎に合わせ、全身が明暗を繰り返している。

圧倒的な巨体に、()()とは比べ物にならない存在感。

間違えようがない。

――あれこそがこの火呈園の主、『(ファン)』だ。


(ファン)はベル達に視線を向けたまま、火山そのもののように哮った。

「うっ――」

大気が震える。強烈な咆哮と燃える瞳に威圧され、身体が石になってしまったかのように動かない。

長く太い(ファン)の尾が大蛇のように穴から滑り出した。その巨体の全てを空の下に曝し、(ファン)は悠然と二本の足で立ち上がった。

ゆっくりと、しかし確実に、(ファン)の眼前に魔力が集中していく。魔術が来る。

遥か下方から届くような魔術があるのか。ベルの常識を疑うほどの距離が離れているものの、(ファン)は明らかにこちらを狙っている。

何より、本能が、ここにいてはいけないと警告している。

しかし、それに反してベルは身体は言う事を聞かない。

このままリッカと合流できず、エコを助けることもできず、魔術の餌食になるのを待つだけなのだろうか。

無力感に苛まれたベルの耳元で声が聞こえた。

「……ベル、ハナ、ありがとね」

いつ意識を戻していたのか。囁くようなエコの声が、なぜか鈴の音のように良く通った。


エコはそっと自分を支えていた手を振りほどくと、自力で背を下りてベルとハナの間に立った。

両の手が二人の手を握ると、それぞれの硬直が自然と解けていく。極度の緊張から解放されて、ベルは腰を抜かしてしまった。

「エコ、大丈夫なの!?」

両手で手を握り返したハナに、エコは微笑んだ。

「うん。なんだか、調子が良くて」

不思議な事に、痛みも暑さも寒さも感じない。ただ、魔力が溢れてくるような感覚が、体中を満たしている。

エコは窪地の中心へ視線を落とした。

「あれが……『(ファン)』」

あれほどの巨体、間違いなく接近戦が優位な魔物のはずだ。

それなのに、(ファン)の元にはエコがこれまで感じたことがないほど膨大な魔力が集まっている。

魔力が魔力光に変換され、収束して陣を成していく。

この規模の魔術は、魔術士の一人や二人ではただの一度さえ発動できない。それほど強力な魔術が完成しよとしている。

「……第一層までもう少し。あとはリッカが追いついてきたら良いかな」

まるで(ファン)の魔術が見えていないかのように、場違いな事をエコが言う。

「リッカもすぐに来るよ。ね。ベル」

「う、うん……」

異様なほど落ち着いているエコに、ベルは少し戸惑った。

「ベル、ハナ、一回だけ防御をお願い」

ベルは自分の役割を思い出し、弾かれたように立ち上がった。

エコが魔術の詠唱を始める。(ファン)に匹敵するほどの魔力の奔流が三人の周りを渦巻いていく。

(ファン)が口を大きく開き、炎を吹き出した。炎は完成した陣を通り抜けると、無数の炎弾に分裂した。炎弾は尾根を超える高さまで打ち上げられ、頂点に達した所で矢のように形を変えて降り注いだ。

ハナがエコを庇う。ベルが二人を可能な限り抱き寄せた。同時に斜め上に構えた大盾をがぎりぎり間に合って、火矢が一斉に盾を叩く。

何秒も続いた魔術は、ほとんどが防げたものの、ベルが頬と右足に、ハナが左腕に刺し傷を負った。火傷は数え切れない。

「まだ来るわ!」

(ファン)からは未だ強大な魔力の気配が消えていない。

今度は大きく身を反らし、息を吸い込み続けている。腹部が異常に膨らんでいく。

息吹(ブレス)――! 私じゃ防げない!」

しかし、(ファン)はあっという間に準備を終え、反らしていた身体を前に傾けた。

(ファン)が吹き出した火炎が、三人の後方の尾根を焦がした。吹きつける熱風が、汗と血を一瞬で乾かしていく。

外したわけではない。

ベルは気付いた。

息吹は止むことなく、こちらに向かってきている。尾根を一掃するように焼き払う気だ。

きっと耐えられるような温度ではない。

それでもベルは出来ることをしようと、エコとハナに覆いかぶさって伏せようとした――が、エコが詠唱を続けたまま首を振る。

三人の元に、声が届いた。


「――させる、かよっ!」

声と同時に、炎の向こうからリッカが現れた。斜面を転げ落ちるように尾根を駆けてくる。

リッカと三人の間には、(ファン)の炎が壁を作っている。地を焦がし岩を焼きながら仲間たちの方へ向かう壁に、リッカは迷いなく突っ込んだ。

「大きすぎる魔術は無理、だったか――?」

リッカは手した剣を――炎匠(えんしょう)の作、『魔術を斬る剣』を――振り上げる。

「お前の剣ならいけるだろ、キエン!」

リッカは迷わず剣を振り下ろした。


炎の壁が迫ってくるのと、そこにリッカが飛び込むのが見えた。

詠唱を続けていたエコは、ここでようやく長い詠唱を終えた。

それはエコが知る限りで最も射程が長く、並外れて威力の高い魔術。

必要な魔力も桁違いのはずなのに、今ならなぜかいける気がした。

「『潰月(エフィラ)』」

徐にエコの前に白く輝く球体が現れ、打ち出されるように(ファン)の方向へ向かった。

(ファン)の炎が球体を焼く――が、止まらない。

白球は炎も、途中にあった岩石も飲み込んでいく。黒く巨大化した球体は、(ファン)の巨体を超える大きさになって(ファン)に直撃した。

爆風と共に(ファン)の巨体が浮き上がる。第三層の壁に叩きつけられた(ファン)が、重力のままに落下した。

「やった、倒した……!?」

遅れて届いた爆風を腕でせき止めながら、ベルが呟いた。エコは首を振った。

「この程度じゃ足りないよ」

エコの言葉通りだった。(ファン)はすぐに起き上がって憎々しげにこちらを睨んだ。それでもダメージは大きかったのか、巨体を揺らしながら第三層への穴へと潜り込んでいった。

「でも、ま、追い払うことはできたかな」

(ファン)の姿が見えなくなると同時に、火呈園を覆っていた圧迫感が消えた。


尾根で燃え続けていた(ファン)の炎が消えていく。

「もう駄目だな、これは――」

まだ地面が燻る中、煙の中からリッカが姿を現した。内部が露わになった防護灯をいじっていたものの、修復不能とみて投げ捨てた。

「リッカ! 無事だったのね!」

三人の中で一番近かったハナが、リッカに抱きついた。

リッカは慌てたようにハナの肩を押しやる。

「ちょ――待ってくれ、傷が痛む……」

良く見ればリッカは全身傷だらけで、身体中に血がこびりついている。しかも、咬傷と裂傷が(ファン)の炎によって焼かれ、酷い状態になっている。

ハナは一旦離れると、すぐにそっと抱きつき直した。リッカは諦めたような表情になった。

「無事……かは分からないけど、おかえり、リッカ」

「おう」

ベルとリッカは拳をぶつけ合う仕草でお互いを労った。その拍子にハナの腕が傷に当たったのか、リッカは顔をしかめる。

最後にエコと目が合った。

「……無茶しちゃだめだよ、リッカ」

「……お前が言うな、エコ」


(ファン)を撃退する事は成功した。眷属達ももう出てくる様子はない。エコも普通に歩けるようになり、互いに肩を貸し合いながら山を下りた。

第一層を抜けて火呈園を出たところで少しだけ時間を取り、最低限の手当だけ済ませた。

すぐに町に向けて再出発する。

疲労が蓄積した今、長く腰を下ろせばきっと動けなくなってしまう。特に怪我の酷いリッカはなるべく早く医者に診せておきたい。

「にしても、(ファン)が出てくるとはな」

「ね。大型が出てきただけでも驚いたのに」

リッカとエコの二人は反動で妙に気分が高揚していているのか、普段と比べて調子がおかしい。

「本当に、どうなるかと思ったわ」

「今回は危なかったね……死ぬかと思った」

「大型はかなり厄介だね。投石対策を考えないと」

走狗型(そうくがた)を投げてきたぞ、あいつ」

「え?」

「あ、だから尾根の上に走狗型がいたんだ」

「ああ。(ファン)の眷属が第二層以降にしか現れないってのは忘れた方がいいな」

満身創痍ではあるものの、全員が歩けて、普通に離せていた。(ファン)を退けた興奮が残っていた。

だからなのか、誰も異変には気づかなかった。


春風の四人は、山間の町へ帰り着いた。

門をくぐり、宿屋に戻り、部屋のドアを開ける。

汚れた服を替え、食事か睡眠を取ろうとした。

そして再び、エコが倒れた。

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