Ep.2-7 勝算と誤算
「走狗型が二、半人型が一」
監視を続けるハナが報告する。
連戦になるとはいえ、ほとんど消耗していない。しかも、相手は軽い編成だ。エコは迎え撃つ判断をした。
「やろう。いけるよね?」
「おう」「大丈夫」
リッカとベルが即答する。
半人型が一体だけいるのは都合が良い。ここで魔鉱を回収できれば、稼ぎの面でも憂いなく帰ることができる。うまくいけば、半人型が増援を呼び出す条件を解明することができる。
「リッカは半人型、ハナは走狗型を――」
二人がそれぞれ煌の眷属を迎え撃つ。
リッカと相対する半人型は、棍棒ではなく槍を構えている。このタイプは初めてだ。
半人型は槍を凄まじい勢いで振り回し、突き出した。風を切る音がエコにまで届く。当たればただでは済まない。
それでも、リッカは穂先の動きを見極め、最小限の動きで回避した。しかも、避けながら半人型の腕と脚を深く斬りつけている。
さすがはリッカだ。人間にやたら強いだけはある。
半人型が膝をついた。
「エコ!」「ハナ!」
二人は掛け後で連携し、矢に『示凍源』をかけた。あっという間にハナがその矢を放ち、半人型の逆の腕を射抜く。すぐに凍結効果が現れ、半人型の腰から上の動きが止まった。
「半人型の方が楽だな、っと」
リッカが蹴りを入れ、半人型は倒れ込んだ。どうにか起き上がろうとしているものの、凍結効果の中では思い通り身体が動かないのか、起き上がることは叶わない。
(半人型はこれでいい――)
エコがベルに視線の先を向けると、彼女は走狗型二体と善戦している。三体までなら相手できるという宣言通り、しっかりと二体の注意を引きつつ、近づけさせもしていない。
半人型から離れたリッカも加わった。こうなれば形勢は明らかで、残り二体を仕留めるのも時間の問題だ。
「ハナ、周りに注意しておいて」
エコは倒れたままもがく半人型に近づいた。
「え、待って、エコ――」
「おい、まだ駄目だ――」
ハナやリッカの注意は聞こえていたものの、エコは半人型の後ろに回り込んだ。
獣のような頭部と、鉱石で出来た背中の棘の間の、人間なら首筋にあたる部位。やはり何かが明滅している。
「……これだ」
巡回中より明滅の間隔が短い。それも、同じ間隔ではなく、不規則に瞬いている。
謎が残っていた、煌の眷属の増援が駆けつけてくる仕組み。定期的に送っている信号が途絶えた時に増援が来るのか、異常を発見した時に信号を送り、増援を要求するのかという疑問。
これは、後者だ。
半人型が倒れたままで暴れ出したため、エコは後ずさりして距離を取った。
顔を上げると、走狗型を倒し終えた仲間達が怒った顔つきになっていた。
「エコ、まだ倒してない敵に近づくな」
「そうだよ。危ない」
リッカとベルが二方向から責める。
「ご、ごめん……確認しなきゃと思って」
「急がなきゃいけない場面でもなかっただろ」
「それに、エコが怪我をしたら元も子もないよ」
「だいたい、人に暴走するなっていう割に自分は好きにやるのか」
「エコは自分を軽視しすぎだよ」
「でも――」
「「でもじゃない」」
二人が声を揃える。エコには反論のしようが無かった。
「……で、なんだけど」
エコが二人の様子を伺いながら切り出した。
半人型は未だ凍結効果がかかっていて、背中の光は明滅を続けている。
「やっぱり、異常が起きた時に信号を出してるんだと思う。あたしたちを見つけた瞬間からこうしてるのか、倒れてからこうしてるのかは分からないけど」
「じゃあ急がないといけないな」
「でも、坂の下からは角度的に見えなさそうだわ」
「確かに」
「光も曲がることがある。悪い想定に備えた方がいい」
「そうだね。情報は集まったことだし、次が来る前に今日は帰ろう」
「おう」
それを聞いたリッカが半人型にとどめを刺し、ベルと一緒に半人型の背中の魔鉱を砕いて削り始めた。
「みんな、あれ……」
ハナだけが坂の下を見ていた。
「……ハナ?」
次の一団を見つけただけにしては様子がおかしい。ベルやリッカも振り返り、ハナの視線の先を見た。
「――なに、あれ」
坂道の下から、走狗型が二体と半人型が一体登ってくる。それだけなら想定通りだ。
問題は、その後ろにいる更に大きな影。姿形は半人型と似ているものの、半人型よりも二回り以上大きい。半人型よりも極端に上半身が膨らんでいる。体格が違いすぎて、まるで半人型が子供のように見える。
明らかに半人型ではない。レアの地図にも情報がなかった未知の種類だ。
「みんな、注意して」
既に皆が謎の大型に気づいていたものの、エコは改めて警戒を促した。
情報が無い魔物というのは極めて危険な存在だ。単に発生したばかりの新種であればまだマシで、場合によっては遭遇した冒険者が誰一人帰還できなかった魔物という可能性がある。
「エコ。あの大きさならここからでも当たるわ。攻撃する?」
ハナが矢筒に手をかけた。
「お願い。威力重視で」
「分かった」
ハナが矢を取り出し、弓を引き絞った。流れるように矢の威力を上げる特性強化を乗せる。
「『貫通特化』」
放たれた矢が低く飛んでいく。それはちょうど、大型の胸あたりに突き刺さった。さすがハナだ。少し動いているくらいの相手であれば、距離をものともせず当ててみせる。
しかし、大型はまるで虫を払うように刺さった矢を払い落とした。
「貫通特化であんなに浅いなんて……!」
狙い通りに見えたものの、ハナが狙ったほどダメージを与えられていないらしい。
大型が雄叫びを上げる。それに呼応するように、半人型が走狗型を駆り立てる。
「……これはマズいかも」
リッカとベルがあるだけの魔鉱を回収して背嚢に詰めていく。
「戻ろう!」
第一層への段差に向かって歩いていく。
こうして逃げるのも二度目。逃げ切るのに時間が必要な時間は把握できている。大型も追いかけてくるものの、走狗型ほどは脚が速くない。坂道を登ってくる集団が追いつくまでにはまだ余裕がある。
「ハナ、崖から走狗型が来たら撃ち落として」
傾斜を登りながら、エコは今日三度目の示凍源を使う。
目眩がした。疲労しているとはいえ、まだたった三回。早すぎる。
「エコ、大丈夫……?」
矢を受け取ったハナが足を止め、エコの顔を覗き込む。純粋な瞳に見つめられて、用意していた誤魔化しの言葉がどこかへ行ってしまった。
「……今は警戒をお願い」
「……分かった」
優しくて、繊細で、時に勘の鋭いハナ。エコが無理をしていることは、きっとハナにはお見通しだ。
それでも、心配はかけたくない。他の二人に対してもそうだ。
リッカもベルも、危険な前衛で傷を負いながらエコやハナを守ってくれている。エコが敵に近づいただけで怒り、自分たちの危険を棚に上げて、エコを前線から遠ざける。
心配をしてくれている気持ちは分かる。エコが仲間を心配するように、仲間達もエコを心配してくれている。
けれど、だからこそ、無理をしなければ。唯一の取り柄の魔術が使えなければ、自分に価値なんてない。
皆に報いなければ。
エコはその気持ちで目眩を無視した。
「――みんな! 私の後ろに!」
突然、ベルが叫ぶ。切迫した様子に、考えるよりも先に身体が動いた。
ベルが大盾を下ろして地面に立てた途端、衝撃音が響く。
「――ッ」
まるで爆発のようだった。音と共に地面が弾け、礫が飛び散った。
ほとんどはベルの盾に阻まれたものの、防ぎきれなかった大小の石がそこらに散らばっている。
「エコ、どうしよう。あいつ、岩を投げてきてる!」
エコは急いで振り返った。
坂道の下、大型は、半人型や走狗型からかなり遅れている。ただ、ベルの言葉通り、大型は脇に何かを抱えている。
……岩。確かに岩だ。そうとしか言いようがない。
ベルの前に砕け散った岩の残骸がある。大きい欠片はエコの手のひらより明らかに大きい。元の大きさは更にその倍あるかもしれない。
火呈園のそこら中に転がっている岩を拾って、投げつけてきただけ。ただ、その距離が弓ほどに長い。
「射程が長過ぎる――」
エコは呆然としたものの、すぐに冷静になった。
「――いや、狙いは正確じゃない。ベルは最後尾で防御。直撃しそうな場合だけはなんとか逸らして! ハナは引き続き崖の方を警戒! リッカは予備の防護灯を持って先に。縄梯子を掛けてほしい!」
「了解!」「分かったわ!」「おう!」
エコの指示の下、それぞれが動き出した。
「次が来る、右側注意」
ベルの警告通り、岩が飛んでくる。大きさは最初と変わらない。直撃すれば十中八九死ぬ。痛みを感じる暇がなさそうなのが救いかもしれない。
気休めに頭を庇った腕の奥で岩が飛んでいくのが見える。それはエコ達から大きく外れ、段差の上まで飛んでいって砕けた。
「……あんなところまで届くのか」
段差の上まで投擲が届いている以上、段差を超えただけでは安全できない。
少なくとも、嶺までは休めそうにない。
「とにかく、第一層へ!」
決死の逃走が始まった。




