Ep.2-6 推測と観察(2)
時折、誰かが身じろぎをして汗を拭う。
最初はベルの鎧が冷たく感じられたものの、既に体温と変わらない。
湿気などないはずのこの場所で蒸し暑さを感じるのは、防護灯のせいだろうか。火呈園の熱を緩和するのと同時に、乾燥も緩和しているのかもしれない。とすれば、防護灯の範囲は火呈園の高温に引っ張られつつ、それなりに湿度が高いことになる。
……まだ次の集団が来るまで時間がある。思考に集中し、エコは気を紛らわせる。
次回も同じように隠れることがあれば、少なくとも布は人数分用意しよう。家族同然の仲間とはいえ、狭く蒸し暑い状態でこうして身を寄せ合っているのは気持ちの良いものではない。
……それにしても暑い。
いっそのこと、防護灯の外に出てしまいたい。それはそれで熱いだろうが、少なくとも不快感からはと大坂る気がする。そこまでせずとも、布を取り払ってしまうだけでもいい。
そうだ。そもそも、次の眷属が来るまで時間があるはず。少しくらい見つかる危険を冒しても、隠れ続けて体力を失うよりも総合的に有利なのではないだろうか。
……いや。
ただ隠れているというだけでもそれなりにリスクを負っている。火呈園で効率よく稼いでいくためには、今日の観察が重要だ。うまくいかなければ、またうまくいくまで同じ事を繰り返すだけ。後回しにしても意味はない。
エコは水筒を取り出し、僅かに喉を湿らせた。温くなった水でも、少しは身体に染みる。エコはもう一口だけ含み、無意味な考えと共に飲み込んだ。
……どれくらいの間そうしていただろうか。
十分に一回程度、煌の眷属が決まって何体かの集団で現れる。
その集団は必ず坂道の下から現れ、防護灯に押しかけ、段差とは別の方向に消えていく。眷属達は逆方向に進むこともなければ、決まったルートを大きく外れることもない。
きっと、第二層の内部を一周できるような道があるに違いない。
走狗型は一体から五体、半人型は最大二体で、いないこともある。単独行動している眷属はおらず、走狗型一体と半人型一体が最小構成らしい。
そして、集団の背中が見えなくなり、しばらくすると次の一団が来る。その繰り返しだ。
五体の走狗型からなる一団をやり過ごした後、四人は布から這い出した。外に出ただけで体感の暑さが随分違う。
……酷い格好だ。髪はぐしゃぐしゃで、上着と肌着は張り付き、ところどころ透けている。エコ以外の三人の姿がそうなので、エコ自身もきっとそうなのだろう。
エコは極力意識しないようにした。
「で、確認できた事だけど……」
隠れている間、エコとハナは半人型に注目していた。
歩く半人型の姿は不自然で、周囲でも足元でもなく、彼方の一点を見ているようだった。それも、向いている方向はどの個体も同じ。巡回していく道の進行方向だ。
「半人型はたぶん、前にいる半人型を見て歩いてる」
分かったのはそれだけではない。エコの言葉にハナが付け足した。
「半人型の背中が点滅してた。きっと、何かを伝えているんだわ」
ハナが途中で気付き、教えてもらってエコも確認した。
半人型の獣頭と背中の鉱石の棘の間、人間でいえばうなじのあたりに、何か赤い光が見えた。ゆっくりと明滅するので、光っているとは思えないほどだったものの、半人型の姿が見えなくなるまで光は確認できた。
「観察に時間を費やした甲斐があったと思う。恐らく、こうかな――」
エコはレアに貰った地図を取り出し、そこに描かれた第二層の地形をなぞっていく。
「まず、走狗型は、ただ決まったルートを巡回しているだけ。感知能力は高くないから、ルートを外れて隠れてればやり過ごせることが分かった」
地図の上にハナが右手を出した。親指、中指、薬指をくっつけ、残りの指を半分ほど立てている。
獣の頭のように見えなくもない。
「走狗型……?」
突っ込んだベルを流して、エコは説明を続ける。
「半人型も、感知能力自体は走狗型と同じ。ただし、前を歩いている半人型から何か信号みたいなものを受け取ってる。で、自分自身も後ろに信号を送ってる」
地図の上にハナの左手が登場した。先にいた右手をつついている。
「ふっ――笑っちゃうからやめて、ハナ。……で。なんだっけ……そう、まだ方法は分からないけれど、何か異常があれば、後ろにいる半人型に伝わる仕組みになってるんだと思う」
「で、異常があれば、半人型が走狗型を差し向けるってわけか」
「そう」
「となると、半人型を相手にしない限り、増援は来ないってことになるのかな」
「そうだね。巡回している奴を除けば、だけど」
まだ確信できないものの、これである程度筋は通る。
「見えてる範囲で巡回のルートは把握できたから、あと確認しておきたいのは、走狗型が本当に増援を呼ぶ手段を持っていないのかと、半人型がどういう条件で信号を送るのか、かな」
「常に信号を送ってるのか、異常を見つけたらなのか、ってことね」
「そうそう」
「また隠れるのか……」
リッカが露骨に嫌そうな顔をする。
「もう少しだけ耐えてよ。狩りやすい構成だったら、次からは戦うよ」
「……ああ、了解」
固くなった身体をほぐし、四人は再び岩陰に隠れる。
(……走狗型が二、半人型が一)
ハナが坂を登ってくる眷属の数を数える。
(……パスで)
狩りやすい構成ではあるものの、まずは走狗型だけを相手にしたい。
我が物顔でゆったりと歩いていく煌の眷属達を見送る。
また、しばらく待った。
(……走狗型が一、半人型が二)
(……パス)
リッカのため息を、エコは無視した。
(……走狗型が三、半人型はゼロ)
(来た。防護灯に釣られてるところを狙おう)
覆布を払いのけ、エコは自分たちが使っていた防護灯を地面から拾い上げた。
「ベル、剣を」
「お願い」
「『示凍源』」
エコが魔術を掛けている間も、走狗型は無人の防護灯に気を取られている。しかも、都合が良いことに、こちらに背を向けている。
その間に、四人で一気に距離を詰める。
「やあああああああ!」
ベルが叫声を上げる。走狗型がこちらに気付く。構わずベルは突進していく。
走狗型はそれぞれ横に跳んでベルの攻撃を避けた。
「『射速特化』」
すかさずベルが特性強化付きの矢を放つ。それは稲妻のように一体の走狗型の足を射抜いた。
動きが止まったその個体に、ベルが剣を横に薙いだ。斬撃は一体を斬り倒すと同時に、周囲に凍結効果を運ぶ。凍結の影響範囲は他の二体にも広がり、動きを縛った。
「一体残して!」
エコは残りの二体に向かっていくリッカに声をかけた。リッカは迷いなく一体だけ斬り捨てた。心配は無用だったかもしれない。
「分かってるって。それにしても、最初から魔術ありなら楽だな」
「ね。回数があるから、多用できないけど」
反応を見るため、あえて残した走狗型は唸っているものの、凍結効果で身動きは取れずにいる。
「これで遠吠えでもするなら要注意だけど、どうかな……」
増援に備えつつ、時間が許す限り待ってみた。走狗型は威嚇するだけで仲間を呼ぶような様子はない。
そして、実際に増援の姿は見えない。
「決まりだな」
リッカが走狗型に剣を突き立て、他の二体もろとも崖から蹴り落とした。
「だね。走狗型だけでは増援を呼べない。ハナの推測通りだ」




