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keepAlive  作者: かけ座布団


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Ep.2-4 幸運な出会い

ほどなく若い店員がやってきたため、四人は席について注文をした。

夜風はやや冷たいものの、ここ数日の野営と比べれば大差はない。むしろ、温かい料理で思うままに腹を満すことができ、身も心も温かく感じる。

一通り食事が片付いた頃には随分遅い時間になり、だらだらと話している間にまた睡魔が襲ってきた。ハナに至ってはぼんやりと船を漕いでいる。

その場はお開きになり、最初にリッカが席を立った。

「リッカ、明日は昼頃集合で」

「おう」

「ハナ、私たちも帰ろう」

「うん……」

ベルがハナを立たせる。

「エコも帰らないの?」

「あたしはもうちょっと景色を見てから戻るよ」

「分かった。気を付けて」

皆が去った後、エコは一人展望台に出て物思いにふける。


春風で活動してきて半年。何度か強力な魔物に挑んだ。

時には危ない場面もあったものの、これまでのところ、誰一人として大怪我を負うことなくここまで来ることができた。順調といっていい。

しかし、これからはどうだろう。最近のエコの悩みはそれだ。

支配圏という言葉がある。この言葉は大抵、『魔物の』か『人類の』に続けて使われる。

魔物の支配圏とは、人類が長年挑んでなお開拓することが出来なかった土地や、魔物の襲撃で完全に奪われてしまった土地を指す。いずれにしても、その地の主は魔物で、人間は追いやられ、狩られる側だ。

時には魔物の支配圏を後退させることもあるものの、前線のほとんどは防衛が手一杯で、何十年も小競り合いを続けている。

今まで相手をしてきた魔物の多くは、魔物の支配圏から追いやられた、全体でいえば弱い類の魔獣や不死種だ。極端な話、危険度は野生動物の延長線上に過ぎない。

けれど、これからは勝手が変わる。

火呈園(バーニングガーデン)は境界で、山の反対側は魔物の支配圏だ。火呈園と周囲の山が人と魔物両方の往来を拒んでいるため、この町自体は他の前線の町ほど危険ではないとはいえ、火呈園内部の第二層以降は本質的に魔物の支配圏に近い。

これまで相手にしたことが無いような強力な魔物との対決に、事故や不注意。どんな冒険でも、ある日突然に最悪の結末を迎えうる。

準備は万全にしなければ。

前の町では宿屋のリーナを頼っていたものの、その伝手はもうない。

まずはこの町のギルドへ行くところから始めよう。みんなで分担して――


「――危ないよ」

不意に背後で聞こえた声に、エコは思わず飛び退いて尻餅をついてしまった。足場の端の手摺に腕がぶつかる。無意識のうちに歩き回っていたらしい。

この高台には手摺や壁が途切れている場所もある。そういった隙間から落ちていたらと思うと、後から冷や汗が出てきた。

「……ごめん。驚かせるつもりはなかった」

声の主はエコより少し年上くらいの女性だった。フードのついた長い外套を羽織っている。

彼女が手を差し出すと、フードは彼女の肩に落ちた。短い黒髪が風に揺れ、頬を撫でる。

「フラフラしてたからつい。余計なお世話だったかな」

「すみません、ありがとう」

彼女の手を取って立ち上がる。正直、周りが見えていなかったのは確かだ。

エコに背を向け、彼女は手摺に両手をついた。

「あの山、夜空に花束が浮いているみたいだよね」

「……火呈園」

「そう。私達も昨日来たばかりだけど、今日の方が綺麗だ」

凛とした声はどこか耳に残る。彼女も冒険者だろうか。

エコは今になって気付く。彼女はどこかから突然現れたわけではない。夜風に晒されるこの高台で、エコ達が来る前からテーブルを使っていた客の一人だ。

「私はレア。貴女は?」

「エコ」

「いい名前。王国からかな?」

「うん。西の町から」

「あの、冒険者がたくさんいる? そうか、やっぱり冒険者なんだ」

「レアさんは?」

「レアでいいよ。私達は王都から」

エコは頭の中に地図を描く。王都は馬車で旅してきた街道の逆方向。それも、かなりの遠方だ。

「貴女達は、ここへは依頼(クエスト)で?」

「いえ、依頼とは関係なく、火呈園に挑戦しようかって」

「それはすごい。私達も行ってみようかと思ったんだけど、三人じゃ厳しそうで」

彼女は離れたテーブルにいる二人を指差す。男性が二人。どちらもレアより年上に見える。

「眼鏡をかけてるのがコール、その横にいるのがレギ」

眼鏡のコールはランプの明かりを頼りに読書に興じている。エコの視線に気付いたのか会釈したので、エコも軽く頭を下げた。

もう一人のレギは外套を肩に掛けて机に突っ伏している。眠っているのかもしれない。

「レアも冒険のために?」

「いや、私達は……」

レアは何かを言いかけて、言い淀んだ。

「うーん。私は……自分探しの旅?」

エコは一瞬からかわれているのかと思ったものの、レアは嘘をついているようには見えない。とはいえ、純粋な真実にも聞こえない。彼女は会話の空白を誤魔化すように頬を掻いた。

「あ、そうだ」

彼女は手を打って、腰に括っている荷袋を漁り始めた。

「火呈園といえば、町の人に聞いた情報をまとめたのがどこかに……」

「?」

「一番上に仕舞ったはずなのに、いつもどこかに行っちゃうな……」

やがて探すのを諦めたのか、彼女は荷袋を逆さにして中身を床にぶちまけた。ペンや磁針が転がり落ち、小物の山が出来上がる。金貨が何枚か出てきたのが見えて、エコはそっと目を逸らした。

お目当ての物が見つからなかったのか、レアが更にバッグを振ると、一枚の紙がひらりと落ちてきた。

「あった」

彼女はそれが地面に落ちる前に掴み取って、エコに手渡した。

「これ、さっき驚かせてしまったお詫び」

「え……」

四つ折りになった紙を開くと、中央に簡単な地図が書かれている。周囲には文字と絵が隙間なく書き込まれている。三角形を潰してくり抜いたような特徴的な形に、黒い獣の絵。

「火呈園の地図……?」

「そうだよ。作ったんだけど、使わなかったからあげる」

丁寧に書き込まれた文字や絵を見ると、簡単に渡してしまえるほど楽に作れるものには見えない。

驚いて地図を返そうとしたエコの手を、レアの手が上から包んで止める。

「私達はもう使わないから。ね、貰って?」

市場に稀にいる、強引な押し売りのようだ。ただ、レアは対価を要求しない。

更に、彼女はエコの手を引いて言った。

「あとは――コールが魔術に詳しいから。来て」


「なるほど、火呈園に挑戦するわけですか」

眼鏡の男、コールは手にした本を閉じた。

「では魔術に関して手短に。火呈園の魔物に対して、火や熱の魔術は効果がないとされています。(ファン)が火に連なる魔物ですから当然ですね。有効なのは、手近な岩石を利用した質量攻撃、魔力による凍結、若しくは――」

「あ、凍結の魔術なら使えます」

「ほう、素晴らしい」

コールの眼鏡がきらりと光った気がした。エコを見定めるような目つきになる。

「複数体を巻き込める範囲魔術か、属性付与。どちらかが使えれば、火呈園の魔物には有効ですよ」

「一応、両方使えます」

「……両方?」

コールは怪訝な顔をした。

「私が知る限り、両方が使える魔術体系は存在しないはず……」

「コール?」

レアが首を傾げたのを見て、彼は表情を戻し、言葉を続けた。

「……失礼、詮索はやめておきましょう。それならば、基本は属性付与を使うべきです。(ファン)の眷属は数体が組になって火呈園を巡回しています。範囲魔術はここぞという時まで温存しておくと良い。あとは――」


レアとコールはその後も惜しげなく助言と、エコの質問に対する回答をくれた。

エコにとっては本当に渡りに船だ。なんと感謝したらいいのか分からない。

「あの、本当にありがとう」

「気にしないで」

「でも……」

彼女達は夜明け前に町を出るというので、会えるのはこれっきりだ。

何かお礼をしようとするエコに対して、レアは何も受け取ろうとしなかった。

レアは本当に気に留めていないようだが、だからといってエコの気が済むわけではない。食い下がるエコに、レアはついに折れた。

「それなら約束。もしまた会えた時、私が困っていたら助けて欲しい」

「必ず」

エコは約束を胸に刻む。真剣な表情のエコに、レアが顔を近づけた。

「その時、エコが困ってたら私が助けるから」

「それは困る……!」

そんなことになれば、恩だけ積み重なってしまって、返せない。

「じゃあ、その時は私が助けるね」

大真面目な顔で言うレアに、エコは困惑した。

「え……あれ?」

堪えられず表情を崩したレアの言葉が、冗談だったとエコは気付いた。


翌日からエコ達は火呈園に挑戦する準備を整えた。

防護灯を始めとする装備に、水と食料。それらを運ぶための耐熱効果のある袋の手配。火呈園の山を登るルートの検討。一応、レアにもらった情報の裏取りもした。

実際レアの地図はよくまとまっていて、ギルドや他の冒険者の持つ断片的な情報を網羅するような内容だった。

数日間の準備の後、『春風』は火呈園に挑戦した。レアの地図や準備の甲斐あって第二層まで侵入を果たし、無事に町まで帰ってくることができた。

魔鉱(まこう)は予想以上に高く売れ、準備費と当面の生活費を賄った。火呈園への往復に時間はかかったものの、初回の結果としては十分過ぎる程だ。

この時のエコ達は、出会いにも恵まれ、何もかもが順調に進んでいた。

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