Ep.2-3 山間の町へ
『春風』
それは四人で相談して決めたパーティの名前だ。
ハナがパーティに加入して半年、エコ達は順調に依頼をこなしていった。その間、難易度の高い依頼をいくつか達成したことで、春風の名前は町でそれなりに知られるようになっていた。
全員の顔と名前が一致するほどではないものの、目に留まりやすいベルを目印に、四人が噂のパーティだと気付く人が現れるようになってきた。誇らしさもある反面、どこへ行っても視線がついて来るように感じられて、エコは少し居心地が悪くなっていた。
拠点を移して火呈園を目指してみよう、そうエコは提案した。他の三人も程度の差はあれ、似たような心情だったのか。皆が賛成して、その日の内に準備が始まった。
不用品を整理し、荷をまとめ、長く世話になった宿屋で挨拶を済ませる。出発の日はあっという間に来た。
それから、馬車で街道を旅して一週間余り。
その日は朝早くから延々と山道を登った。慣れたつもりだった揺れに改めて悩まされて数時間、昼過ぎには目的地である山間の町の門をくぐった。
町を出歩くような体力は残っておらず、四人は真っ直ぐに宿屋を目指した。中の上くらいの宿屋で部屋を二つ取る。
部屋に入るなり、エコとベルはベッドに倒れ込んだ。
「お尻が痛い……」
「あたしも……」
二人はベッドに突っ伏したまま会話する。不慣れな長旅で疲れ切っている。
移動ついでに依頼をこなしてしまおうと思ったのが良くなかった。
護衛依頼で乗ったのは荷馬車。まさに、荷物を運ぶための馬車で、とにかく酷い振動だった。
見かねた依頼主が敷物を貸してくれたりと配慮してくれたものの、効果は気休め程度だった。
「次からは乗合馬車にしよう……」
「賛成……」
着替えるのも億劫な二人に対して、ハナは部屋に入ってからずっと机に向かっていた。書きたいことが山程あるのか、黙々と手紙を書いている。
馬車の中では時間を持て余したものの、手紙を書ける環境ではない。かといって、食事や野営の際は何かと人手が必要で、なかなか時間が取れなかった。
「ハナも休んだら?」
「うん。もうちょっと書いたら」
返事も上の空に、ハナは筆を走らせる。
エコはぼんやりとハナの様子を見ていたものの、眠気に誘われるまま意識を失った。
「エコ、エコ」
肩を揺さぶられている。
エコはまだ重い目蓋をこすった。
「……ハナ?」
「もう! やっと起きた」
ハナは頬を膨らませている。
「二人とも全然起きないんだもの。お店が閉まってしまうわ」
「ごめんごめん……って、え?」
慌てて外を見る。空には月が高く昇り、家々の窓からは明かりが漏れている。既に真っ暗な家さえある。
どうやら半日近く眠っていたらしい。
「ベルも起こすから手伝って」
珍しく強い調子でハナが言う。
二人でベルを揺さぶってみる。なかなか起きない。というより、起きる気配がない。
まだ眠気が抜けていなかったエコは、つい失言をしてしまった。
「一人で食事に行ってても良かったのに……あれ」
その途端、ハナはつんとそっぽを向いてしまった。
「そんなの嫌。みんなで行きたいのに」
「あ、ごめん……」
エコが目を合わせようとしても、その度にハナは別の方向に顔を逸らしてしまう。
ハナがここまで機嫌を損ねるのは珍しい。
どう謝ったものか迷った時、ノックの音がした。
エコは半分だけドアを開ける。
「……リッカ」
「おう。ハナが呼んでたから来た」
四人の中で一番酷く馬車に酔っていたリッカが、普段通りになっている。
「ごめん。今ちょっと……ハナを怒らせちゃって」
「四人で食事に行くのを楽しみにしてたからな」
「……あとベルが起きなくて」
「ああ……そっちは何とかなると思う」
呟いたリッカが一瞬だけ険しい表情になった。
その途端、エコは背筋がぞくりとした。
同時に、背後で大きい音がした。バタバタと部屋の中が騒がしくなる。
「……宿の前で待ってる」
リッカはそう言い残して部屋の前から去って行った。
ドアを閉めたエコの目に映ったのは、目を覚まして慌てふためくベルの姿だった。
「なに、今の殺気にゃに?」
あまりの慌てように、ハナと顔を見合わせて笑ってしまった。
なんとか機嫌を直してくれたハナを先頭に、リッカと合流した。
じき夜半を迎えるものの、まだしばらく営業を続ける店が一軒だけあるらしい。
そこは小さな一階建ての建物だった。周りの民家の方がよほど大きい。
「ここ……?」
場所を間違えているのではというエコの心配をよそに、ハナは遠慮なく進んでいく。
建物の中はがらんとしていて、椅子の一つもない。やはり間違いなのではと焦ったエコ目に、手摺が目に止まった。
階段が下に続いている。
「こっち」
階段の終点にあった重い木製の扉を開けると、音と匂いが一気に流れてきた。
――そこは確かに酒場だった。
中は一階の建物よりも遥かに広く、奥にまで続いている。
地面がところどころ不規則に突き出ていて、比較的平らな場所にテーブルが並んでいる。そのせいか客のグループ同士が離れていて、半ば個室のようだ。
見慣れない光景に入口で立ち止まっていると、近くのカウンターにいた老齢の店員が声をかけてきた。
「いらっしゃい。ここは元々洞窟だったのを店にしてね」
お決まりの文句なのだろうか、説明が手慣れている。
言われてみれば、地面にも天井にも、確かに洞窟らしさが残っている。
「四人なら外にもテーブルがあるが、どうするね?」
「外?」
ハナの目が輝く。
「洞窟の片側が外に抜けていて、今夜なら景色も見られる。初めてならお勧めだよ」
「外で!」
「それなら真っ直ぐだ。もう冷えるから外套は脱がずにいきなさい」
男性の言葉に従い、通路を上下に奥まで進む。
途中で何組かの冒険者の横を通り抜けた。全体的に、前の町の冒険者より装備が充実しているように見える。魔物の支配圏に近づいているので、ある程度の実力がなければやっていけないのだろう。
すぐに板張りの壁に辿り着いた。小さな引き戸を開けると、涼しいというには少し冷たい風が吹きつける。
洞窟は口を開け、高台に通じていた。高台からせり出すように、いかにも丈夫な足場が組まれている。いくつも用意されたテーブルの横をすり抜けて、ハナとベルが高台の端に近づいていった。
「「わぁ……」」
二人が揃って声を漏らす。
エコも遅れてその景色を目にした。
周囲の山々が、合間に広がる森に影を落としている。大きな湖と、そこに注ぎ込む川が見える。
そして真正面。連なる嶺の奥に、ひときわ大きく深皿を裏返したような形の山が聳えている。
山体は一部が赤く煌々と輝いている。その赤い筋と、月の光、それらが混じり合って滲む夜空はどこか幻想的だ。確かにお勧めというだけのことはある。
しかし、美しさと裏腹に、多くの冒険者を飲み込んできた危険地帯でもある。
「あれが――火呈園」




