Ep.2-2 火呈園(2)
『煌』の眷属が三体、斜面を駆け上ってくる。
二体は走狗型と呼ばれている四つ足の魔獣だ。煌の眷属の中で最も数が多く遭遇しやすい。
野犬のような顔つきに鋭い牙と爪を備えている。人間より小さいものの、素早く執念深いため、確実に倒していかないと危険だ。
残る一体は――頭部は走狗型にそっくりだが、人間のように二本足で歩いている。背中にちらちらと棘のようなものが見える。逆三角形の体躯と見るからに重そうな棍棒からするに、並の人間以上の膂力があるのは間違いない。
恐らく半人型。だとすると、背中の棘は魔鉱――魔力と親和性の高い鉱石でできていて、背後からの攻撃から身を守る強固な鎧の役目を果たす。
ただし、半人型を倒せばその棘は剥がしやすくなる。現在の火呈園での有力な稼ぎの一つだ。
「――ハナ、先に走狗型を減らしたい。いける?」
「やってみる」
ハナは即答して矢をつがえ、弓を引き絞る。
『射速特化』
溜めに時間と魔力を使って、弓矢の特性を強化する。ハナの持つ新しい弓の効果の一つだ。
空気を裂いて疾った矢が走狗型の肩のあたりに突き刺さる。走狗型は怯んだものの、まだ向かってくる。
そうしている間に、半人型とベルがかち合った。
リッカは既に無傷の走狗型を相手にしている。そこに手負いの走狗型も加わる。
一気に混戦になった。
どこに加勢すべきか。エコは素早く戦況を確認する。
ベルは半人型の棍棒を盾でいなしつつ、剣で反撃している。一対一なら余裕はありそうだ。
リッカは――走狗型を後ろに通さないよう、少しずつ移動しながら戦っている。その背後からハナが弓で支援している。
最初の一撃こそ命中したものの、走狗型はかなり警戒しているのか次の矢が当たらない。
それでも手負いの走狗型はやや動きが鈍く、こちらが優位に見える――
いや。
「リッカ、戻って!」
隙を見せた走狗型を斬りつけようとしたリッカが、はっとして身を引いた。防護灯の範囲外に出ている。少し遅かったのか、リッカは熱い空気を吸い込んで咳き込んだ。
リッカの間合いの外で走狗型が低く唸る。
「くっそ……こいつら、誘いやがったな」
矢を受けても構わず動き続ける頑丈さに、防護灯の影響範囲を見切り誘いをかけてくる狡猾さ。予想以上に厄介だ。
「エコ、あれを!」
「分かった」
ハナがエコの元に近寄る。彼女が差し出した矢を前に、エコは短く詠唱する。
「『示凍源』」
ハナはすかさず矢を放つ。走狗型は飛び退って回避した。きっと、弓を射る動きが読まれている。射速特化でなければ正面からは当たらない。
けれど――
嘲笑うように唸った走狗型の足元が凍りついていく。
『示凍源』は凍結効果を武器に乗せる魔術だ。『雪華』と同じく純粋な魔力による魔術で、火呈園のような高温下でも簡単には融解しない。
弓矢に使えば、小型の『雪華』を遠くに撃ち込むような使い方ができる。
エコは以前、流れの冒険者がこの魔術を使っているのを見かけ、こっそり拝借した。ハナの矢と、ベルの剣に効果が乗せられるよう、事前に練習している。
凍結で足が止まった走狗型二体を、リッカが一刀で切り捨てた。
「エコ、もう一つ」
ハナの声に導かれて、エコはもう一度『示凍源』を使用する。
次の矢は半人型の右目に命中し、半人型が声にならない悲鳴を上げた。顔面がたちまち氷で覆われていく。
「やあああああ!」
そこにベルが突進し、半人型を押し倒した。半人型は斜面を転がったものの、背中の棘ですぐに止まった。
追いついたベルが半人型の横っ腹らしきところに剣を突き立てる。
半人型は暴れたものの、ベルは大盾に体重をかけて動きを封じる。抵抗がなくなるまで時間はかからなかった。
「この数ならなんとかなるね。じゃ、魔鉱を回収して戻ろう」
半人型をうつ伏せに転がす。
頭部と上半身はやはり獣らしさがある。ただ、鍾乳石のように伸びる背中の棘は無機質で、身体とどうやって接続しているのか分からない。
もっとも、理解する必要もない。
刃物が役立つように見えなかったため、ベルが地面から石を拾って棘を殴りつけた。リッカもそれに倣う。
さすがに硬いのか、一度ではびくともしない。けれど、何度か繰り返すと棘は砕けて大小の欠片に分離した。
拳大の魔鉱が五つに、それより小さい欠片が八つ。大きいほど価値が上がるとはいえ、これでも十分な稼ぎになる。
「みんな、急いで」
索敵をしていたハナが警告する。
「下から走狗型が来てる。数は――たくさん!」
先ほど三体の眷属が現れた方向から走狗型の複数が向かってくる。かなり距離があって数え切れないものの、どう見ても十以上、確かにたくさんだ。
しかも、どこからか合流している個体がいるのか、徐々に数が増えているように見える。
「行こう」
魔鉱を手早く各自の背嚢やポーチに仕舞って、来た道を引き返した。上りの距離は短いとはいえ、ここまでの急勾配で足に疲労が蓄積している。
足を止めないようなんとか動かし続け、ようやく段差の手前まで来た。
走狗型の一団はまだ距離がある。漸く半人型の死骸の横を通り抜けたところだ。
段差は十分に高い。登りさえすれば逃げ切れる。順番に登る準備を始めた時だった。
「みんな、左からも来てる!」
ハナが叫ぶ。
「左!?」
エコは思わず振り返った。そちらは急斜面のはずだ。
しかし、その姿は確かに確かに走狗型だ。三体の走狗型が、斜面にある僅かな凹凸を次々に跳びながら近づいてきている。
まずい。下から向かってきている一団よりもずっと近い。
「ハナ、先に上がって――」
「いや、お前もだ!」
エコの言葉をリッカが遮る。
リッカは段差の前で手のひらを空に向けて重ね、腰を落とした。
来いということらしい。
「私が足止めする」
ベルが盾を構え、飛びかかってきた走狗型に打ち付けた。続けて剣を振り、残りの二体を牽制する。
その間にハナは段差を蹴って縁を掴み、段差の上に登った。
エコはリッカが組んだ手に足を乗せる。
「おらッ」
エコは一気に投げ上げられた。エコの両手と額が段差にぶつかる。痛みを感じつつも、エコは必死で段差の縁にしがみついた。
すぐに下からリッカに押され、上からはハナに引っ張られてなんとか段差を登りきった。
ベルは三体の走狗型を相手している。奴らは隙を伺いつつ襲ってくるため、剣を振る余裕がない。
ハナが立て続けに弓を射る。ベルの足元に取り付いていた走狗型が離れた。
「ベル! 剣を!」
リッカがもう一度怒鳴る。自分の刀を腰に差し、ベルからひったくるように剣を受け取った。
リッカはベルの剣を持ったまま、片手で段差に掴まる。
「あたしが!」
声をかけたエコに、リッカは剣を渡した。エコはなんとかそれを掴む。
エコが剣を受け取ったのを確認すると、リッカは体をばねのように使って段差の上へ跳び上がった。
「ベルも戻って!」
ベルは突出してきていた走狗型に大盾をぶち込み、踵を返した。追い縋る走狗型の足元にハナの矢が突き刺さる。
ベルは片手に盾を持ったまま、段差に掴まった。一体の走狗型が飛びかかったのを、片腕だけで身体を引き上げ、辛うじて避ける。
盾を持つ手をリッカが、一瞬遅れて段差を掴む手をエコが引っ張る。
最後はハナも加わってベルを引き上げた時、走狗型の群れが追いついてきた。まるで下りてこいとでも言うかのように吠えている。
(ここで魔術を撃って一網打尽にしてもいい、けど……)
「エコ、まだ後ろにも来てるわ」
ハナの言葉はエコの考えを先回りしたかのようだ。
集まった走狗型が更に仲間を呼んでいる。
いや、走狗型だけではない、半人型の姿も見える。
半人型であれば、棍棒の投擲に、投石。段差の上に攻撃する手段は他にもあるかもしれない。
そもそも、半人型が段差の上に登ってくる可能性も考えるべきだ。第一層で煌の眷属の目撃例はないとはいえ、目撃した冒険者が誰一人帰らなかっただけかもしれない。
今回は様子見。エコは自分の言葉を思い出した。
「帰ろう」
当初の予定通り、四人はそのまま第一層を通過し、その日のうちに火呈園を後にした。




