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第36話 週刊誌のスクープ! 「神無月メンバー、人間ではない疑惑!?」

 木曜日の朝。

 田村範朝は、アパートのリビングで六角レンチを手にしていた。

 フローリングの上には、無垢材の木製パネルや金属のジョイントパーツが散らばっている。柴犬の『ダイズ』のために新調した、室内用の木製ハウスを組み立てているのだ。

 生後数ヶ月が経ち、ダイズの体は一回り大きくなった。今までの簡易的なサークルでは手狭になってきたため、より頑丈で落ち着ける、屋根付きの専用空間を用意してやる必要があった。


「ダイズ、そこは今からネジを締める。少しどいてろ」


 田村が声をかけるが、ダイズはパタパタと短い尻尾を振りながら、組み立て途中の木製パネルに鼻先を押し付け、新しい木の匂いを嗅いで回っている。田村がボルトを拾い上げようとすると、ダイズが前足でそれをチョイチョイと転がして遊び始めた。


「こら、誤飲したら危ないだろう」


 田村はダイズをひょいと抱き上げ、少し離れたソファの上に下ろした。ダイズは「クゥン」と不満げに鳴いたが、すぐにソファのクッションを前足で掘るようにして丸まり、田村の作業をじっと見つめ始めた。


(組み立ては15分もあれば終わるな)


 田村の太い腕が的確に工具を操り、木製のハウスがみるみるうちに形になっていく。通気性の良い格子状の屋根と、掃除がしやすい引き出し式の床。中にふかふかの専用クッションベッドを敷き詰めれば完成だ。


「よし、できたぞ。入ってみろ」


 田村がソファのダイズを下ろすと、ダイズは新しいハウスの入り口でピタッと止まり、クンクンと慎重に匂いを嗅いだ。そして、恐る恐る右の前足を中に入れ、安全を確認するようにゆっくりと体全体を滑り込ませた。

 ふかふかのベッドの感触が気に入ったのか、ダイズは中でクルクルと三回ほど回り、満足そうに鼻を鳴らして丸くなった。キャラメル色の丸い毛玉が、新しい家にぴったりと収まっている。


(気に入ったようだな。これで留守番のストレスも減るはずだ)


 田村はダイズの頭を優しく撫で、水入れと自動給餌器を新しいハウスの横にセットし直した。

 身支度を整え、出勤の準備をする。今日も来月の特番に向けた、過酷なスケジュールが待っている。


「行ってくるぞ」


 田村は、新しいハウスの中で安心しきって丸くなるダイズに背を向け、アパートのドアを静かに閉めた。


★★★★★★★★★★★


 高天原プロダクションの事務所の扉を開けると、そこには異様な静けさが漂っていた。

 いつもなら地下スタジオから微かに漏れてくるはずの重低音が、今日は全く聞こえない。一階のミーティングルームに、神無月のメンバー四人と、特別顧問の宮崎真琴が集まっていた。


「おはようございます。どうしました、全員揃って」


 田村がデスクにカバンを置くと、タマモが真っ青な顔で振り返った。


「……タムラ。来たのね」


 彼女の声は微かに震えていた。その美しい金髪が、コントロールを失った力によってバチバチと青白い火花を散らしている。


「これを見て。今朝発売された週刊誌のネット版よ」


 真琴がテーブルの上にあるタブレットを田村に向けた。

 画面には、毒々しい赤と黒の太字で踊る見出しが映し出されていた。


『特大スクープ! 話題の新人アイドル「神無月」メンバー、人間ではない疑惑!?』


 田村は眉をひそめ、記事の本文に目を落とした。

 内容は、初ライブや合同フェスでの彼女たちのパフォーマンスを検証するものだった。「会場の気温が異常に低下し、霜が降りた」「尋常ではない音圧と、床を揺らすほどの地響き」「背後に巨大な獣や蛇の影が投影されていたが、照明機材の配置からして物理的に不自然」といった参加者の証言や不鮮明な写真が掲載されている。

 記事は最後に、「彼女たちは高度なホログラム技術を使ったAIアイドルか、あるいは本物の超能力者、妖怪の類ではないか」という、オカルトめいた憶測で締めくくられていた。


「……終わったわ。ついに世間にバレてしまったのよ」


 タマモが頭を抱えた。


「あんなの、どう見てもオカルト記事じゃねェか。でも、ネットの連中は面白がって拡散してやがる。アタシら、解剖でもされちまうのか……?」


 森田がギリッと歯を食いしばる。彼女の足元の床材が、ミシッと嫌な音を立てた。


「……いやだ。捕まる。実験体にされる。……こわい」


 和田はジャージのフードをすっぽりと被り、膝を抱えて震えている。彼女の周囲の温度が急激に下がり、テーブルの上のコップに水滴が凍りついていく。


「マネージャー君……。いっそ、この記事を書いた人間を、私が探し出して……」


 イ・サラの瞳からハイライトが消え、背後の影が不気味に広がり始めた。


 彼女たち『祟り神』にとって、人間社会で正体が露見することは存在の危機を意味する。陰陽庁に拘束されるか、社会から完全に排斥される恐怖が、四人の力を最悪の形で暴走させようとしていた。


(空調の故障や演出ではない。この記事に書かれている異常現象は、全て彼女たち自身が引き起こしている事実だ)


 田村はタブレットの画面から目を離し、目の前で異常な力を無意識に暴走させている四人を見つめた。

 極寒の冷気も、床を割るほどの膂力も、蠢く大蛇の影も。今まで田村が「老朽化したビルの不具合」や「舞台演出」だと無理やり理由をつけて処理してきたすべての現象が、一つの明確な答えへと結びついた。

 彼女たちは、純粋な人間ではない。

 だが、田村の心に恐怖や動揺は一切湧き上がらなかった。彼にとって重要なのは、彼女たちが何者であるかではなく、自分が彼女たちのマネージャーであるという絶対の事実だけだった。


「くだらない」


 田村の低く、冷徹な声がミーティングルームに響いた。

 パニックに陥りかけていた四人が、ビクッとして田村を見る。


「タ、タムラ……?」


「こんな三流ゴシップ記事を真に受けてどうする。ただのアクセス稼ぎの妄想だ」


 田村はタブレットをテーブルに軽く放り投げた。


「会場の冷気も、異常な地響きも、背後の影も。世間はオカルト記事を面白がって消費するだけで、本気で超常現象なんて信じやしない。この記事は、お前たちのパフォーマンスと宮崎さんの演出が、それだけ圧倒的でリアルだったという証拠に過ぎない」


 田村の言葉には、一片の揺らぎもなかった。

 黒のポロシャツを着込んだ規格外の巨漢が放つ、現実的で物理的な確信。田村は彼女たちが人間ではないという事実を完全に把握した上で、有能なマネージャーとして、彼女たちを世間の目から守るための「強固な盾」としてその言葉を紡いだのだ。


「……タムラ、あなた、私たちのこと……」


 タマモが呆然と呟く。彼女は、田村がすべてを察した上で、あえて自分たちを庇っていることに気づいたようだった。


「むしろ、来月の特番に向けた最高の話題作りになる。無料で大々的なプロモーションをしてくれたようなものだ」


 田村が真琴に視線を向けると、真琴は口角を上げて笑った。


「ノリくんの言う通りよ。この記事、完全に利用できるわ」


 真琴はタブレットを手に取り、画面をスクロールさせた。


「否定も肯定もしない。あくまで『ミステリアスな最先端アイドル』としてのブランドを確立するの。特番に向けて、ネットのオカルト好きや野次馬も全部巻き込んで、注目度を爆発的に跳ね上げるわ」


 真琴が今後のメディア戦略を提示すると、田村も言葉を重ねた。


「聞いたな。お前たちの正体が何であろうと、実験体にされるわけでもない。世間はお前たちのパフォーマンスに熱狂しているだけだ。俺が担当する最高のアイドルなら、その熱狂をステージで百倍にして返してやれ」


 田村の静かで力強い言葉に、四人の肩からスゥッと力が抜けていった。

 タマモの火花は収まり、森田の足元の軋みも消えた。和田の周囲の異常な冷気も霧散し、サラの背後に落ちていた影も元の形に戻っている。


「……そうね。こんな三流記事に振り回されてる場合じゃないわ。妾たちはトップアイドルなんだから、堂々としていればいいのよ」


 タマモが帽子を深く被り直し、凛とした表情を取り戻した。


「ああ。どんな噂が立とうが、アタシらがステージでブチかますことに変わりはねェ」


 森田が拳を軽く打ち合わせる。


「……うん。田村が守ってくれるから、怖くない」


 和田がジャージの袖で目元をこすり、小さく頷いた。


「マネージャー君のその強さ、本当に頼もしいわ。私、もっとあなたの期待に応えたい」


 サラもいつもの穏やかな微笑みを取り戻した。


「よし。なら、今日も地下で基礎レッスンだ。特番まで時間が惜しい。各自ストレッチをしておけ」

「はいはい、分かってるわよ。行くわよ、みんな」


 タマモを先頭に、四人が地下スタジオへと降りていく。

 部屋に残ったのは、田村と真琴の二人だけになった。


「ノリくん。あなた、本当に恐ろしい人ね」


 真琴がコーヒーをすすりながら、面白そうに田村を見た。


「何がですか」

「あの子たちの正体に、ついに気づいたんでしょ? なのに、少しも動揺しないで、ただの『設定の一言』で世間の目から完全に隠し通してしまった。あなたのそのブレない精神構造、本当にどうなっているのかしら」


 真琴の言葉に、田村は表情を変えずに答えた。


「俺にとっては、あやかしだろうが神だろうが関係ありません。彼女たちは俺が担当する大切なタレントです」


 田村のブレない覚悟を聞き、真琴は満足げに目を細めた。


「ふふっ、頼もしいわね。でも、週刊誌が嗅ぎ回っている以上、これからは外出時の警戒をさらに厳重にしないとね」

「ええ。それに、この記事を書いた人間がどこまで情報を持っているかも探る必要があります」

「分かったわ。裏の調査は私に任せてちょうだい。あなたは、彼女たちのパフォーマンスの向上に専念して」


 田村はノートパソコンを開き、スケジュール表の確認作業に戻った。

 週刊誌のスクープという致命的になりかねない危機も、真実を知った最強マネージャーの圧倒的な覚悟の前では、ただの「話題作りの追い風」に過ぎなかった。

 特番という大舞台に向け、神無月を取り巻く状況はさらに加速していく。

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