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第21話 黒船来航と、闘争心のチキンパルマ

 神無月の初ワンマンライブが大成功を収めてから、数日が経過した。

 キャパ500人のライブハウスを満員にし、熱狂的なパフォーマンスを見せつけた彼女たちの評判は、SNSや動画サイトを通じて瞬く間に拡散されつつあった。

 高天原プロダクションのオンボロな事務所には、いくつかの中小メディアからの取材依頼や、地方のアイドルフェスへの出演オファーが舞い込み始めており、田村範朝はパソコンの前でスケジュール管理に追われていた。


「ノリくん、お疲れ様。コーヒー淹れてきたわよ」


 特別顧問の宮崎真琴が、紙コップを二つ持って事務室に入ってきた。

 今日もラフなシャツにジャケットという洗練された出立ちだが、その表情は普段の飄々としたものとは違い、どこか面白がるような、それでいて少し真剣な色を帯びていた。


「ありがとうございます。少しずつですが、仕事の問い合わせが増えてきました。順調な滑り出しと言っていいでしょう」

「ええ、そうね。でも、浮かれている暇はないかもしれないわよ。これを見てちょうだい」


 真琴は自分のスマートフォンを田村のデスクに置き、あるニュース動画を再生した。

 画面に映し出されたのは、羽田空港の到着ロビーを埋め尽くす凄まじい数の報道陣と、熱狂的なファンの群れだった。カメラのフラッシュが嵐のように焚かれる中、SPに囲まれて一人の女性が歩いてくる。


 透き通るような金糸の髪。彫りの深い、しかし愛嬌のある完璧な造形の顔立ち。そして、シンプルな白いTシャツとスキニーデニムというラフな服装でありながら、隠しきれない圧倒的なプロポーション。

 彼女がカメラに向かってウインクをして微笑むだけで、周囲の空気がパッと華やぎ、画面越しにすら強烈なカリスマ性が伝わってくるようだった。


「……すごいオーラですね。ハリウッド女優ですか?」

「イタリアから来たスーパーアイドル、ジュリア・ロッシよ」


 真琴が画面をタップして動画を止めた。


「日本の芸能界を牛耳る超大手『帝国芸能』が、世界進出の切り札としてスカウトした逸材。年齢は二十歳。モデルと歌手を兼任していて、ヨーロッパではすでにスタジアムクラスのライブを成功させているわ。昨日、ついに日本での本格的な活動を開始するために来日したのよ」

「なるほど。文字通りの黒船来航というわけですか」


 田村は腕を組み、画面の中で眩しい笑顔を振りまくジュリアを見つめた。

 神無月がようやく500人のライブハウスを埋めたのに対し、相手はすでにスタジアムクラス。事務所の規模も、タレントとしての実績も、まるで大人と子供だ。


「彼女のパフォーマンス、私も少し見たけど……本物よ。圧倒的な才能と、血の滲むような努力に裏打ちされた『純粋な人間の輝き』。あの子たちにとって、最大のライバルにして、最も厄介な壁になるかもしれないわね」


(宮崎さんは『純粋な人間』という変わった表現をするな。アイドルはみんな人間だろうに)


 田村は真琴の業界的な言い回しを即物的にスルーし、「良い目標ができましたね」と頷いた。


「トップを目指すなら、いつかは超えなければならない壁です。彼女たちにもこのニュースを見せて、発破をかけてきましょう」


★★★★★★★★★★★


 地下防音スタジオ。

 午前のボーカルトレーニングを終え、床に座り込んで休憩していた四人のメンバーに、田村はタブレットでジュリア・ロッシの来日ニュースと、彼女のライブ映像を見せた。


 映像が終わると、スタジオ内は奇妙な静寂に包まれた。


「……ふんっ。まあ、人間の小娘にしては、それなりに見栄えはするんじゃないかしら。妾の完璧な美貌には遠く及ばないけれどね」


 センターのタマモが、腕を組んでふんぞり返った。

 だが、彼女の強気な言葉とは裏腹に、その足元からパチパチと青白い静電気の火花が弾け飛んでいる。極度のライバル心と焦りが、彼女の『祟り神』としてのオーラを無意識に漏れ出させているのだ。


「アタシらのシマに乗り込んできたからには、タダじゃ帰さねェぞ。いつでもぶっ飛ばしてやる」


 森田は拳をボキボキと鳴らし、その腕に血管を浮き上がらせていた。彼女が床を踏みしめるたびに、ミシミシとコンクリートが悲鳴を上げる。


「……足、長すぎ。顔、小さすぎ。チートだ……むかつく……」


 和田はジャージのフードを被り、ギリッと唇を噛んだ。彼女の周囲だけ、急激に室温が下がり、床に薄っすらと霜が降り始める。


「あらあら。ずいぶんと自信満々な女の子ね。でも、マネージャー君がプロデュースするのは私たちだけ。……そうよね?」


 イ・サラはニコニコと微笑んでいたが、その瞳には一切の光がなく、背後に蠢く巨大な蛇のような影が、威嚇するように大きく鎌首をもたげていた。


 バチバチッ! ミシッ! ヒュオォォォ……。

 四人の闘争心が入り混じり、地下スタジオの空気は尋常ではない重さと不快感で満たされていた。普通ならプレッシャーで立っていられないほどの異常な空間だ。


(随分と埃っぽいな。それに空調もまた調子が悪い)


 田村は軽く咳払いをして、パンパンと手を叩いた。


「よし、良い闘争心だ。自分より上の存在を見て燃え上がるのは、プロとして正しい姿勢だぞ。だが、ただ睨みつけていても勝てない。午後からのダンスレッスンは、いつもよりハードにいくからな」


「望むところよ! あの金髪の小娘に、格の違いを見せつけてやるわ!」


 タマモが立ち上がり、他の三人も気合を入れたように頷いた。


 田村の言葉通り、午後のレッスンは苛烈を極めた。

 四人は汗だくになりながら、何度もフォーメーションの確認とステップの練習を繰り返した。ライバル出現による明確なモチベーションが、彼女たちの動きにこれまで以上のキレと迫力を生み出している。


 そして午後18時。

 予定していたカリキュラムを全て消化し、四人は床に倒れ込んだ。


「はぁっ、はぁっ……! やり、切ったわ……!」

「腹減った……! デカブツ、早く飯を食わせろ!」

「……お肉。お肉がいい……」

「マネージャー君、私、もう腕が上がらないわ……あーんして食べさせてくれないかしら」


(いい疲労感だ。ライバルを意識して極限まで体を追い込んだな。ここはガツンとカロリーのある肉料理で、さらに士気を高めてやろう)


 田村はスタジオ併設の給湯室に向かった。

 冷蔵庫から取り出したのは、安売りの時に大量に買っておいた鶏胸肉のブロックだ。

 これを使って、海外の若者に絶大な人気を誇る、暴力的なまでに旨くて重いガッツリ飯を作る。


「今日は特別メニューだ。チキンパルマを作ってやる」


 田村は鶏胸肉を横にスライスして開き、ラップを被せてから、肉叩きの代わりに空の瓶を使ってドスンドスンと容赦なく叩き潰していった。

 元々分厚かった鶏胸肉が、田村の丸太のような腕から繰り出されるパワーによって、瞬く間に面積が倍以上の薄いカツレツ状に引き伸ばされる。肉の繊維を物理的に破壊することで、パサつきがちな胸肉を極限まで柔らかく仕上げるのだ。


 叩き伸ばした鶏肉に、塩、黒胡椒、ガーリックパウダーをしっかりと擦り込む。

 そして、小麦粉、溶き卵にくぐらせ、最後に『粉チーズをたっぷりと混ぜ込んだパン粉』をギュッと押し付けるようにして衣をまとわせた。


 コンロに火をつけ、大きめのフライパンに多めのオリーブオイルと少量のバターを熱する。

 そこに、巨大な鶏肉を静かに滑り込ませた。


 ジュワァァァァァッ!!


 チーズの混ざった衣が油で揚がり、香ばしくて濃厚な匂いがキッチンに爆発的に広がる。

 中火でじっくりと、衣が黄金色にカリッとするまで揚げ焼きにしていく。片面が焼けたら裏返し、中まで火を通す。肉を薄く叩き伸ばしているため、火の通りは驚くほど早い。


 こんがりと揚がった巨大なチキンカツを、耐熱皿に移す。

 ここからが『チキンパルマ』の真骨頂だ。

 田村はカツの上に、あらかじめ仕込んでおいた自家製の濃厚トマトソースをたっぷりと塗り広げた。

 さらにその上から、スライスしたモッツァレラチーズと、削りたてのパルミジャーノ・レッジャーノを、肉が見えなくなるほど山盛りに乗せる。


「あとはオーブンで焼くだけだ」


 あらかじめ200度に予熱しておいたオーブンに耐熱皿を突っ込み、待つこと数分。

 オーブンの扉を開けると、トマトの酸味と、焦げたチーズの圧倒的な香りが渾然一体となって立ち昇った。


 グツグツと煮えたぎるトマトソースの上で、モッツァレラチーズがトロトロに溶け広がり、ところどころに美味しそうな焼き色がついている。見た目だけで暴力的なカロリーと旨味を確信させる、悪魔の肉料理の完成だ。


「よし、できたぞ」


 田村は、一人前の皿に巨大なチキンパルマを乗せ、付け合わせにシンプルなグリーンサラダとフライドポテトを添えた。

 そして、冷蔵庫からよく冷えたガラス瓶を取り出し、氷を入れたグラスに注ぐ。


「お待たせした。特製チキンパルマだ。ペアリングには、強炭酸のサイダーを用意した」


 シュワシュワと弾ける透明なサイダーと、熱々のチーズが乗った巨大なチキンカツ。

 田村がスタジオの長机に四人分の食事を並べると、アイドルたちは信じられないものを見るように目を輝かせた。


「な、なんなのこの暴力的な見た目は……! カツの上にトマトソースとチーズの海ができているわ!」

「ウオオオッ! 最高のビジュアルだぜ! アタシの胃袋が雄叫びを上げてる!」


 タマモと森田がたまらずフォークとナイフを手に取り、巨大なカツに入刀する。

 サクッ、という衣の音とともに、トロトロのチーズが糸を引いて伸びる。


「いただきますッ!」


 四人が一斉にチキンパルマを口に運んだ。


「んんんんッ……!!」


 タマモの瞳がカッと見開かれた。


「衣がサクサクなのに、お肉が信じられないくらい柔らかい! トマトの酸味がチーズの濃厚さを引き立てて……それに、衣に混ざった粉チーズの香ばしさが口の中で爆発するわ!」

「ウメェェェッ! なんだこれ、ご飯のおかずにもなるし、ジャンクフードの頂点みたいな味がするぜ!」

「……おいしい。お肉、すごく叩いてあるから、すぐ噛み切れる。チーズとろとろ……」

「はぁん……マネージャー君の愛情が、この分厚いお肉にギュッと詰まってるのね……」


 四人は夢中でナイフとフォークを動かした。

 濃厚なチーズと揚げ物の油で口の中が重たくなってきたところで、すかさずグラスのサイダーを流し込む。


「ぷはーッ!! このサイダー、甘さ控えめで炭酸がキツイから、油っぽさを一瞬で洗い流してくれるぜ!」


 森田がジョッキでビールを飲むような勢いでサイダーを呷る。


「その通りだ。チキンパルマは味が濃くて重いからな。強炭酸で甘みを抑えたクリアなサイダーが、一番の口直しになる。これで胃もたれせずに最後まで美味しく食えるはずだ」


 田村は自分の分のチキンパルマを切り分けながら、満足げに頷いた。


 食事を終える頃には、スタジオを満たしていた異常な静電気や冷気、息苦しい空気は完全に消え去っていた。

 美味しい肉とチーズ、そして爽快なサイダーによって、ライバル出現によるストレスと過度な疲労が、見事に前向きなエネルギーへと変換された証拠だ。


「……ふう、食った食った。タムラ、ごちそうさま。これで明日からも全力でレッスンできるわ」


 タマモが口元をナプキンで拭いながら、力強く微笑んだ。


「ああ。あの金髪のスーパーアイドルに負けないよう、しっかり基礎体力をつけておくんだぞ」


(さて、タレントのケアも終わったし、早くアパートに帰ってダイズにご飯をあげないとな。お留守番で寂しがっているだろうし)


 田村は、家で待つ愛犬の丸っこい背中を思い浮かべながら、空になった皿を手際よく片付け始めた。


 黒船・ジュリアの来日という強烈な刺激は、霊感ゼロの筋肉マネージャーが作る絶品の手料理によって、神無月をさらに成長させるための極上のスパイスへと変わったのだった。

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