どのパンケーキにする?
「いい店って?」
ベルが首をかしげると、ヒューは詳しく教えてくれた。
「ティムさんに聞いたんだ。パンケーキが自慢の店なんだってさ。ベルさん、パンケーキは好きか?」
パンケーキ。
「……ばあちゃん、えっと、師匠が、たまに朝作ってくれた記憶がある」
「ああ、朝飯にもいいよな。カリッと焼いたベーコンや卵を添えて……。ティムさんが教えてくれた店は、ジェニーのカフェって言って、果物や甘味が添えられてるらしいよ」
「ふーん。じゃあそこ、行こうか」
「よっし、決まり! 今日はベルさんの冒険者登録のお祝いに、俺が奢るよ」
「……ありがと」
正直、ヒューの提案を聞いても、特に魅力を感じたわけではなかったのだが、他に行きたい店があるわけでもない。
なんとなく温度差を感じたが、ヒューが嬉しそうなのでいいかということにした。
杖は何も言わなかった。
「いらっしゃい、今ちょうど外の席があいたところだよ」
ジェニーのカフェに着くと、前掛けをして金髪をお団子にした女性が出迎えてくれた。
村の雑貨屋のおかみさんと同じくらいの齢であろうか。
この人がジェニーさんなのかな、と思いながら、案内されたテラス席につく。
テーブルには何やらたくさんの文字が書かれた厚紙がおいてある。
「これがメニューだ。見方はわかる?」
「おお……」
ベルは圧倒された。
書いてある文字はわかる。一行一行にパンケーキの文字があるのだが、どういうことだろう。
「これ一つ一つが、別々のパンケーキ料理なんだ」
「別々の、パンケーキ料理!?」
「パンケーキに種類という概念が……あるだと?」
小声で杖も混じってきた。ベルとしても同じ感想である。
「そ。これははちみつとバターがのったシンプルなやつ。ここからここまではフルーツ添え、オプションでクリームとフルーツソースがつけられる。こっちのいくつかは、食事メニューだな。目玉焼きをのせたりベーコンを添えたりっていう……」
「くらくらしてきた」
ベルは目を閉じて眉間を揉んだが、杖は別の意見があるようだ。
「そうかそうか、どれにするんだ? わしにも少しは味わわせてくれよ」
「そうだな、それじゃ俺が二つ頼もうか。他のメニュー……プリンアラモードやサンドイッチもあるみたいだが、今日はせっかくだからパンケーキにしようかな。ベルさんは決まった?」
「む、むり」
首を横に振る。ヒューが気を悪くしてしまうかな、とちらっとよぎったが、この文字列の中から選べと言われても無茶な話だった。
「そっか、じゃあ俺が代わりに選んでもいい?」
こともなげに返されて安堵し、うなずく。
「うん」
「それじゃ、この一番人気のやつにしようかな。店員さーん!」
はいはい、とさっきの女性が近寄ってくる。ベルはなんとなくいたたまれなくて通りの方に意識をそらした。
先に運ばれてきたのは冷たい紅茶である。アイスティーというらしい。
「ふう……」
ちびちびと飲んでいたらちょっと気が落ち着いてきた。
「今日はこの季節にしてはあったかいから、ちょうどいいな」
言われてみればうっすら汗ばんでいたかもしれない。
「お待たせしました。シンプルパンケーキに満腹パンケーキ、それからバナナとオレンジのパンケーキのアイス添えです」
カートを押した女性が現れて、思わず背筋を伸ばす。
「あ、これはそっちに。こっちの二つが俺です」
「かしこまりました」
「……わぁ」
ヒューの前にはどん、と小山のような食べ物が置かれた。続けてシンプルな一皿。
「満腹パンケーキ、っていうくらいだからな」
何故かドヤ顔のヒューである。
ベルの目の前に置かれたパンケーキは二枚重ねだった。
「ばあちゃんのパンケーキとは、ぜんぜん違う……」
思わずしげしげと見つめてしまう。
これはパンケーキだ、とかろうじてわかるものの真ん中に、白と茶色の何かがのっていて、ケーキの周囲には皿全体にオレンジの果実(これは知ってる)とクリーム色のものが置かれている。
そして全体を網目のように透明な蜜が覆っていた。
「えーと……何だっけ」
「バナナとオレンジのパンケーキのアイス添え、だな」
「オレンジはわかるだろ? その隣のがバナナ、南国の果実だ」
杖がこそっと教えてくれる。大丈夫なのかと周りを見たら、いつの間にか店員さんは去っていた。
「ってことは……真ん中のが、アイス。……って何?」
「冷たいデザートだ。わしも数えるほどしか食べたことないぞ。この街はそんなに裕福なのか?」
杖の疑問に、ヒューは解説する。
「魔王が討伐されたあと、魔法がいろんなことに転用されるようになってな。保存や流通に革命が起きたんだ」
そう言われて、ふと思い出す。
「そういえば、食材が保存できるカバンの話してたよね」
「ああ、そういうことか」
「そういうこと。このバナナも暑いところで大量生産されて、いろんなところで食べられるようになった。この街だと、今朝見た大河で運んできてるんだと思う」
「ほう……」
「それより、早く食べないと溶けるぞ」
「溶け?」
「ああ、そうだった。基本は氷だからな」
一人と一本の言うのがぴんとこなかったが、急かされてスプーンを取る。
「じゃあ……いただきます」
まずは茶色のアイスとやらを掬おうとするが、つるりと逃げる。
「うわっこのっ」
「おちつけ。フォークで押さえてはどうだ」
なるほど。
言われたとおりにやってみた。無事に確保できて、口に入れる。
「!」
ひんやり。
じいん、と舌が痺れるが、強い甘みが口の中と鼻に広がる。
と思ったら、すぐに、口に含んだはずのものが消えてしまった。
ただ、甘い香りだけが残っている。
「なにこれ」
「それが、アイスだよ」
「本当に溶けた……」
「うむうむ。次はパンケーキと一緒に食べてみい」
では、と今度はフォークとナイフを取って、パンケーキを切り分ける。
絡んだ蜜がキラキラと光る一片をフォークに刺して、さっきのアイスの残りを少しのせた。
「……よし」
意味もなく気合いを入れて、ぱくっと口に入れる。
「…………!」
たしかに、ばあちゃんに出してもらったパンケーキの味がする。
しかし、蜜はさらさらだし、そこにひんやりしたアイスの感触。
今度はさっきよりじっくり味わえたからか、甘さの中にほんのりとした苦みもあった。
「どうだ? うまいか?」
杖が尋ねる。
「おいしい……多分。なんか、色んな味がする」
「そっかそっか。俺のおすすめは、チョコアイスとオレンジを一緒に食べるやつかな」
「やってみる」
「チョコとバナナもうまいぞ。定番の組み合わせっちゅうやつだ」
「じいさんはそっち派か」
「うむ」
待って、一度にいろいろ言われても口は一つしかない。
そう思って一人と一本の方をうかがうと、こっちもそれじゃあ、などと言って自分たちのパンケーキに取り掛かるところだった。
「いや、待って」
改めて見ても満腹パンケーキのサイズがおかしい。
「それ、何枚?」
「六枚だな」
「一枚一枚の間にクリームとフルーツも挟まっておるぞ」
「サイズ、おかしくない……?」
言われた一人と一本は顔を見合わせた。いや、杖に顔はないが気分的なものとして。
「……普通だよな?」
「普通普通」
「全然食える」
「二人がかりなら朝飯前だな」
まじで。
予告通り満腹パンケーキは魔法のようになくなり、しかもその後、二枚重ねにバターとはちみつのかかったシンプルパンケーキもぺろっと平らげていた。
こちらはベルがフルーツやアイスを苦手だった時のために頼んだものだったらしいのだが、おおいに杞憂だった。
「で、どっちが美味かった? チョコにオレンジとチョコにバナナ」
「んふふ……オレンジかなあ」
「む、結託しおって」
今まで経験したことのない種類の満足を抱えて、ベルはヒューたちと共にカフェをあとにした。




