鶏肉の香草焼きと結成の夜
「俺はヒューバート。まあ、ヒューって呼ばれてる。あんたらは?」
あたりに散らばった荷物を回収しつつ、男が自己紹介する。
ベルも手伝いながら答えた。
「ベルガモット。こっちは杖」
「杖? 名前はないのか」
「特にないな」
本人(本杖?)も言い添える。
「そっか、わかった、じゃあベルに、杖のじいさん。とりあえずよろしくな」
「よろしく」
「ああ」
魔物が襲ってきた場所ではあるが、開けていて見通しがよく、野営の場所はここでいいだろうということになった。
「野営……野宿の経験は?」
「ないこともない……くらい?」
山で遭難していた冒険者を救援したとき、一緒に夜を明かしたことがあるとかそういった程度だ。
「そうか。装備は……俺のを使えばいい。食事は、まあ、干し肉ぐらいなら提供できる」
ヒューはさっとベルの様子を一瞥して、大した荷物は持っていないと判断したようだ。そのとおりである。
「倒したのが大兎蝙じゃなければ、食うとこもあったんだが」
地面に伏している魔物の残骸を横目にヒューはぼやいた。
「食うとこ?」
「俺、こっちも少し心得があるんだ」
ヒューは拾った荷物の中から、鉄でできた片手鍋を選んで掲げてみせた。
「材料さえあればお礼に振る舞うこともできたんだが、こいつは骨と皮ばっかりで食えないからなあ……」
材料。
「それは肉とか、野菜のこと?」
「そ。今日は街で休むつもりだったから、携帯食ぐらいしかなくてな」
ちらっ。ベルは杖の方をうかがった。
「ふむ。いいんじゃないか」
意を察した杖のお墨付きが出る。
「肉なら、作れるよ。多分野菜も」
「え?」
しかも材料ならばなぜか、目玉焼きの味になることもない。
ベルは魔物の残骸の前に立った。
「分解」
ぱっと残骸が消え、あたりに小さな光が舞う。
魔物を構成していた魔力の最小単位、魔素だ。
「作製」
光の一部が集まり、ベルの手元で形になる。
「よし。これでどう?」
「これは……新鮮な鶏の肉? 作ったのか?」
ヒューは目を丸くしている。
「うん。魔力があれば、大抵のものは作れる」
ベルが肯定すると、ヒューは感嘆のため息をついた。
「……驚いた。あんた、相当な使い手だったんだな」
「そうなの?」
「そりゃ、このわしが指導しとるんだからな」
何故か杖が威張っているが、ヒューは丁寧に説明してくれた。
「魔素は、理屈の上じゃ何にでも変化させられる、って聞いてはいる。けど、俺がこれまで会った魔術師たちは、腕利きのやつでも魔石ぐらいしか作れなかったぞ」
魔石。それは魔素を固めただけのアイテムである。
錬金術の素材になったり、魔法を使うときの補助にできたりはするので、便利ではあるのだが。
「作製魔法としては、基礎中の基礎だね」
「そうなんだな。でも、ギルドはそこそこの値で買い取ってくれるから、使えるやつは重宝されてるよ」
ほほう、と杖が声を上げた。
「そりゃいい稼ぎになりそうだな」
「あんたら、冒険者ではないんだろ?」
火を起こしながらヒューが尋ねる。ベルは彼に求められるまま、野菜を作製して渡していた。
「うん。でも、ギルドっていうのに行ってみようかとは」
「いいね。それなら案内するよ、恩返しには程遠いけど。魔物討伐の件も報告しなきゃならんし」
そういう制度があるのか。
「あ、魔素が残ってたら、少し魔石にしておいてくれないか? 証拠になるんだ」
「了解」
ちなみに、分解ができない冒険者の場合は部位を剥ぎ取って代わりにするらしい。
「よし、できた」
しばらくして、ベルと杖の前にほかほかの料理が並べられた。
こんがり焼かれた鶏肉と、湯気が立つ野菜のスープである。
「鶏肉は香草焼きにしてみた。手持ちの調味料ですまないが」
「いや、おぬし、これは……なかなか」
杖はうなっている。木製の皿はちゃんと杖の分も用意されていた。
「香りの時点で、ちゃんと味がするのがわかるぞ……」
さらっと期待のラインが低いが、ベルは特に何も言わないでおいた。
「ありがたいが、まずは食べてくれよ」
「お、おう。そうだな」
「いただきます」
ばあちゃんのしつけを思い出し、ちゃんとあいさつをしてからカトラリーに手を伸ばす。
あらかじめナイフで分けられた一切れ分を口に放り込むと、ふわっ、と爽やかな香りがする。
続いて、噛んだところから、じゅわっと旨味が広がった。
「!!」
「むう……これは!!」
同じく肉を味わったらしい杖が、感極まった声を上げた。
「美味! 肉の水分を逃さず、ぷりぷりの仕上がりは実にわし好み。この香草のブレンドも、あっさりした肉の味をかき消さずによく調和して、旨味を引き立てるばかりだ。大変結構!」
杖の皿からはぱっぱっと肉が消えている。
喋りながらよく食べられるものだなあ、とベルは感心した。
「ベルさんはどうだ? 口に合ったか?」
ヒューに水を向けられて、ちょっとどっきりする。
あんな饒舌に食べ物について語る言葉を、ベルは持っていない。
「えっと……」
まあいいか、ととりあえず思ったことを言った。
「肉ってこんな味だったんだなあ、って」
「……はは。なんだそりゃ」
ヒューはちょっと面食らったようだったが、スープも勧めてくれた。
なんというか、安心する味だった。
「はあ……なくなってしもうた」
ため息をつく杖である。
「喜んでくれて嬉しいよ。おかわりもあるぞ」
「なんだと」
「どれくらい食べるかわからなかったからなあ、多めに作っておいたんだ。人間なら、体格とかである程度は判断できるんだが」
なるほど。
ヒューはおかわりと聞いて元気を取り戻した杖の皿に肉を盛り足した。
「うむ、苦しゅうない」
「ベルさんも、いるか?」
「……じゃあ、ちょっとだけ」
「はいよ」
それはそれは嬉しそうに、にこにこと肉をつぎ足され、なんでそんなに嬉しそうなんだろう……と思うベルであった。
「はー……満足満足」
「こっちも作った甲斐があったよ」
杖は結局あのあと二回おかわりしていた。
「しかし、おぬし、それだけの料理の腕となると、ただの冒険で身につけたものじゃあるまい」
「お、鋭いな」
二人と一本は、食後のお茶をすすっている。
「生まれは商人なんだが、ガキの頃から、料理人になりたくてさ。親父の知り合いの店で修行させてもらったんだ」
「ほう」
「その師匠が引退して、兄弟子に店を譲ることになってな。そのまま店を手伝ってくれとも言われたんだが」
そこで、にやっ、と笑う。
「前から、夢があったんだ。故郷の味だけじゃなくて世界中のうまいもんを知りたい、って」
どこかで聞いたような話である。
「いつかそんな日が来るかもしれないって、街の警備隊にいる下の兄貴に剣も教えてもらってたからな。それでギルドに登録して……もう三年か」
「うまい飯のために、元料理人が冒険者か? 危険も多かろうに」
杖が苦笑した。
「まあ、さすがに今日ばかりは覚悟したけどな……。この街道は開けていて、魔物が現れるのは稀だって言うから、油断しちまったな」
「油断?」
ベルの疑問に、そうなんだ、と恥ずかしそうにヒューは頭を掻いた。
「冒険者ってのは、基本パーティーで行動する。一人一人、得手不得手も違うから、補い合うんだ。見張りの目も多いに越したことはないしな。だけど……俺はできるだけいろんな地域の食べ物を知りたいから、本拠地を作ってそこ中心に活動するのには向いてなくてな」
「ふむ……?」
「こないだまで入ってたパーティーを抜けて、新しい街に向かうとこだったんだ。定期的にそんなことをしてる」
「ああ、なるほど」
「ほう。と、いうことは、だ」
杖がもったいぶった声を出した。
「……できるだけ、いろいろな場所を巡りたい仲間がいれば、パーティーを組んでもいいと?」
「いたら、好都合だがな」
ヒューは苦笑している。ベルは杖の言おうとしていることを察して、あっと声を上げた。
「──そんなうまい話が?」
これが杖からのパーティー勧誘に対するヒューの第一声である。
「そうなるよね、わかる」
「まあ、聞いとくれ。そもそも我らが旅に出たのは……」
「……何を作っても、目玉焼き……?」
「ああ。百聞は一見、いや一食にしかずだ。ベル、とりあえず何か出しとくれ。にんじんのグラッセなんてどうだ?」
ばあちゃんがステーキを作るときに横にあったやつ、と言われてあれか、と思い出す。
さっき魔石にした魔素からちょっと拝借して、不承不承ながら。
「……作製」
「……じゃあ、いただきます」
神妙に味見したヒューは、すぐになんとも形容しがたい顔になった。
「…………どう?」
「…………目玉焼き、だな」
困惑たっぷりの声で宣告される。
そして慌てたようにヒューは顔の前で手を振った。
「……いや、魔素からこれが作れるってだけでも大したもんだとは思うが!」
「おわかりいただけただろうか? こんなうまい話が転がっていたか、と言いたいのはわしのほうだということが……」
芝居がかって沈痛そうな声音を出す杖である。
「……わかった。いや、うん、必要に迫られててその必要が転がってるっていうことは。しかし面白いな、肉はちゃんと肉の味になってたのに……」
「そこは指導者たるわしにとっても永遠の謎なんだがなあ」
「うるさいよ」
ベルはむくれた。
料理に味はそこまで必要ない、と思っていても、あの肉を食べたあとにこんな評価をされるとちょっと傷つかないこともない。
「あ、いや悪い! いや、戦闘の腕前は申し分ないというか、多分足を引っ張るのは俺の方だろうし。それでもいいなら」
「傷を負った身であれだけ動けるのならば問題なかろう。わし的には、料理がついてくるならお釣りが出るしな」
「お、おう……。ベルさんは? いいのか?」
「んー。旅に慣れてそうだから、いてくれると助かるかも」
「そっか」
じゃあ改めて、とヒューは一人と一本に手を差し出した。
「よろしくな」
ベルがその手を取り、杖が二人の握手にこつんとぶつかって挨拶する。
「こちらこそだ」
「ん。よろしく」




