那須の景色
東北道を御玉、華子を乗せた車が広田の運転で走っていた。
昨夜、華子の父親の靖親が、御玉の外出を知ると慌てだした。
危険だ、危ない、不安だ、とマイナス言葉しか出てこない。
自分もついて行くと言いだしたが、御玉に一喝された。
「妾に害を成す事が出来る者など、この世にはいない。」
帰りに買ってきたチョコレートケーキを食べながら、御玉が言う。
「華子、妾は紅茶やコーヒーより茶がいいのぉ。」
わかりました、と華子が日本茶をいれている。
「御玉様、お茶お飲みになりますか?」
後部座席で華子が差し出したのは、御玉気に入りの日本茶である。
横目で確認してカップを受けとる。
広田が運転しながら気になっていたことを聞く。
「御玉様は和泉沢家で偉い人なのですか?」
本家の総領娘の華子が様付けで呼んでいるのだ。広田も昨夜調べたが御玉のことはわからず終いだった。
「御玉様は和泉沢家で一番偉い方です。」
華子が答えるが、広田にしてみれば、御玉が和泉沢靖親より偉いとは信じがたい。
今朝も仕事を休めない孝明から、華子と御玉を守るよう、しつこいほどの連絡がきた。
20代であろう若い女性でありながら、寒気がするほどの怖さを感じるときがある。
あの言葉使いも変だ。
車の後部座席で華子にスマホの使い方を聞いている御玉。
華子も最近持ち始めたばかりで、最低限のアプリしか入っていない。
「妾も閉じ籠ってばかりで、飽きたのじゃ。」
驚きの1000年引きこもり、本人も周りも正確な年数がわからない。
車が止まったことで華子と御玉が顔をあげた。
「ここが、幸子さんの父親が経営しているホテルです。」
インターからもほど近く、テニスコートとプールを完備して、シーズンを通して賑わっているようだ。
幸子の母と離婚後は、接点が無くなったとあるが、広田の調べでは、幸子らしい女性が度々見られている。
「看護師が父親と関係があるとみています。
証拠はありませんが、同じジムに通っています。」
ジムとはなんぞや、と華子に聞いている御玉を広田は見つめる。
不思議な存在である。
「この地の空気は東京より、いいのぉ。」
「私がいたところは、もっと人が少なく空気もいいですよ。」
華子が梅子ばあちゃんと暮らした地に思いをはせながら言うが、御玉は首を横に振った。
「妾があの地を離れてはいけないのじゃ、離れる事はできん。」
お出かけはいいのじゃ、じゃが引っ越しができんからのぉ、と言う。
幸子の足取りの手掛かりを探しに那須に来たが、広田が2年探しても見つからないものが簡単にいかないとはわかっている。
車をコインパーキングに止めて町を歩きだした。
「探偵は何故に那須を要注意としている?
父親のホテルはあるが、住んではおらん。」
御玉が広田に問いかけた。
「幸子さんは子供の頃、静養のためにこの地に住んでいたことがある。
母親と暮していたようだが、そこに父親はいなかった。
そのまま離婚となっているが、この地に和泉沢家を狙う何かがあったのではと思っているからです。」
「幸子はな、身に余る力を持って生まれたようじゃ。
それは、周りから隠す必要があったのじゃろ。
何かを代償として、力を得るようじゃ。
2年前にそれを見つけられてしまった。
今回は自分の生命力を代償として逃走したのかもしれん。」
華子が聞きたかったことを広田が御玉に聞いた。
「どうして、御玉様はそう思うのですか?」
御玉は、ケーキ屋の前で止めた足を、また歩き出しながら答えた。
「お前が、言ったではないか。
幸子の心臓が弱まっていると。
靖親や華子に呪詛をかけた時のように供物が手にはいらなんだのだろう。」
「呪詛って、本気で言っているのですか!」
広田が驚いて御玉を見てゾッとした。
うすら寒い、そう表現するのが正しいかもしれない。
御玉は口元に笑みを浮かべているのに笑っていない、背中に冷たいものがはしる。
「そんなことより、報告書にあったケーキ屋に連れていけ。
チーズケーキで有名なのじゃな。」
そんな事書いた記憶はないが、人が多く集まるところには聴き込みに行っている。そのどこかだったかも、と広田は思い出そうとする。
「もしかして、御玉様、そのために那須に来たのですか?」
華子も笑ってない表情で言う。
「そうじゃ。」




