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『万界闘技場の鬼神』  作者: 趣味 大隅 詩


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第八話

食堂の長机に、八枚の紋章が並べられていた。


リシェルはそのうちの一枚を指で押さえた。灰色の地に、翼を広げた鳥が描かれている。


「こちらがアルヴェイン家の紋章です。今回の特別試合では、この紋章を拠点に登録することで占有権を得られます」


蓮は隣の紙を覗き込んだ。


金色の獅子。交差した二本の剣。赤い塔。


それぞれ異なる意匠が描かれている。


「これが全部、相手の派閥?」


「はい。今回参加する八家門です」


リシェルは残りの七枚を机の中央へ寄せた。


「試合名は《八旗争奪戦》。制限時間は二時間。最後に中央拠点を保持していた派閥が勝利となります」


「二時間も戦うのか……」


瀬戸が椅子の背にもたれた。


「今回の討伐戦、三十分でもかなり疲れたぞ」


「二時間ずっと戦い続ける必要はありません。ですが、どの派閥がいつ攻めてくるかわからないので、長時間の警戒は必要になります」


蓮は紋章の数を数えた。


八つ。


自分たちを除けば、七つの敵勢力がいることになる。


「参加人数はどうなってる?」


「各派閥、最大五名です」


瀬戸が顔を上げた。


「五人?」


「はい。当家は現在、出場可能な剣闘士が三名ですので、そのまま参加すれば人数面で不利になります」


「……ほかの派閥は五人揃えてくるのかな」


陽菜の問いに、リシェルは小さく頷いた。


「上位の家門は、ほぼ間違いなく」


蓮は机の上に置かれた灰色の紋章を見た。


三人で五人に勝つだけでも難しい。


それが七派閥。


まともに正面から戦えば、最後まで残ることすらできないだろう。


「中央拠点って、どれくらいの広さなんだ?」


「戦場によって変わります。ただし、占有には一定の手順が必要です」


リシェルは別の資料を広げた。


そこには、石造りの台座と旗を描いた図があった。


「拠点の台座に自陣営の紋章を登録し、二名以上の剣闘士が三十秒間その場を維持すると、占有が成立します」


「途中で敵が入ってきたら?」


「敵が占有範囲に入ると、登録の進行が停止します。敵を退けなければ、占有を完了できません」


瀬戸が図面を引き寄せた。


「つまり、最後に拠点を取るだけじゃ駄目なんですね。最低でも三十秒は守る必要がある」


「そうなります」


「三十秒か……」


蓮は、最初の試練を思い出した。


陽菜の《仮止め》は十秒。


いくら上手く使っても、それだけで三十秒を守ることはできない。


「それで、制限時間が終わったときに拠点を持ってる派閥が勝ち、と」


「はい。ただし、終了時点で登録が完了していない場合、直前まで占有していた派閥が勝者になります」


瀬戸はしばらく資料を眺めていた。


「……なるほどな」


「何かわかった?」


蓮が尋ねる。


「いや、これ、最初から拠点にいる必要がないんだよ」


瀬戸は中央の図面を指で叩いた。


「むしろ、最初に取ったところが一番損するかもしれない。七派閥から狙われるんだから」


「じゃあ、最後まで隠れてる?」


「それも難しい。最後に全員が動いたら、拠点の周りが大混乱になる」


瀬戸は八枚の紋章を見渡した。


「人数が多い派閥は、何人かを拠点に残して、ほかの奴らで周囲を警戒できる。でも俺たちは三人しかいない。二人が占有に必要なら、自由に動けるのは一人だけだ」


陽菜が自分の手元に置かれた図面を見た。


「……守る役が、足りませんね」


その言葉に、誰もすぐには答えなかった。


蓮は窓の外を見た。


日が暮れかけている。


昨日の今頃は、次の試合で四体の魔獣を倒せるかどうかを考えていた。


一つ勝てば、また別の問題が出てくる。


「リシェル」


「はい」


「試合までに、仲間を増やすことはできるのか?」


リシェルは少し考えた。


「不可能ではありません。契約していない自由剣闘士を雇う方法があります」


「自由剣闘士?」


「貴族家に所属せず、試合ごとに契約を結ぶ剣闘士です。主に現地出身の方々ですね」


蓮は顔を上げた。


「現地の人も、俺たちと同じように戦ってるんだ」


「はい。異界召喚者だけが剣闘士になるわけではありません」


「……そっか」


そういえば、アーロンだって昔は戦っていたと言っていた。


今まで自分たちが参加した試合では日本人や魔獣としか戦っていなかったが、もともとこの世界に暮らしていた剣闘士も大勢いるのだろう。


「じゃあ、一人か二人、雇えないかな」


蓮が言うと、リシェルは机の上の帳簿へ目を落とした。


「……費用が問題ですね」


「やっぱり?」


「自由剣闘士の契約料は、実力によって大きく違います。有力な方を雇うとなると、今回の賞金の大半を使うことになるかもしれません」


瀬戸が腕を組んだ。


「勝てばいいけど、負けたら丸損か」


「そうなります」


リシェルは頷いた。


蓮は少し考えた。


仲間を増やしたい。


でも、家の財政を圧迫してまで増やしていいものなのか。


仮に雇えたとして、十日で連携を覚えられるのかという問題もある。


「……候補だけでも探せないかな」


蓮が尋ねる。


「探すだけなら、お金はかからないだろ」


リシェルは蓮を見た。


それから、少しだけ笑った。


「そうですね。まずは登録されている方々の情報を確認してみましょう」


*


翌朝、蓮たちは王都闘技場の登録管理局へ向かった。


観客として訪れたことはなかったが、剣闘士のための施設は想像以上に広かった。


石造りの建物がいくつも連なり、中央の広場には多くの人間が集まっている。


剣や槍を背負った男。


魔法使いらしい杖を持つ女性。


腕に包帯を巻いた若者。


鎧の上から外套を羽織った老人までいた。


蓮は人々を見渡した。


「……こんなにいるんだな」


瀬戸が頷く。


「そりゃ、国中から集まるんだろうしな」


「ここにいる人たち、みんな剣闘士なんでしょうか」


陽菜が尋ねる。


「全員ではありませんが、かなりの人数がそうだと思います」


リシェルが答えた。


「今日は特別試合の登録期間ですので、普段より混雑していますね」


広場の中央には大きな掲示板があった。


その周囲には人だかりができている。


蓮たちが近づくと、板には数え切れないほどの紙が貼られていた。


名前、年齢、天賦、過去の戦績。


どうやら自由剣闘士の登録情報らしい。


蓮は一枚を覗き込んだ。


「……全然読めない」


瀬戸が笑った。


「俺も同じ」


リシェルは係員から翻訳用の薄い板を借りてきた。


「こちらへ紙を重ねると、共通語で内容を確認できます」


蓮は受け取った板を見た。


掲示されている紙にかざすと、文字の形が変わっていく。


見慣れた日本語が浮かび上がった。


「……すげえ」


「便利ですね」


陽菜が隣から覗き込む。


蓮は一枚ずつ確認した。


【登録名:ガルバン・ローク】 【年齢:34】 【天賦:剛腕】 【戦績:21勝9敗】 【希望契約料:金貨8枚】


「……高っ」


瀬戸が呟いた。


蓮は隣の紙を見る。


【登録名:セルマ・フィオル】 【年齢:27】 【天賦:氷針】 【戦績:13勝6敗】 【希望契約料:金貨6枚】


さらに別の紙。


【登録名:バルド・エイン】 【年齢:41】 【天賦:岩甲】 【戦績:36勝17敗】 【希望契約料:金貨12枚】


「……強そうな人は、やっぱり高いな」


蓮が言うと、リシェルも頷いた。


「実績のある自由剣闘士は、需要が高いんです」


「この辺の人たちは無理そう?」


「今の予算では、難しいですね」


蓮は掲示板の端へ移動した。


比較的戦績の少ない剣闘士が並んでいる区画だった。


そこに、一枚の紙が貼られていた。


【登録名:エルナ・ルーゼ】 【年齢:23】 【天賦:風槍】 【戦績:7勝4敗】 【希望契約料:応相談】 【使用武器:長槍】


蓮は足を止めた。


「……応相談?」


瀬戸が横から覗く。


「珍しいな。ほかはほとんど金額が決まってるのに」


リシェルも紙を確認した。


「……エルナ・ルーゼ」


「知ってるのか?」


「名前だけですが、聞いたことがあります」


リシェルは少し考えた。


「以前、地方の闘技場で活動していた剣闘士だったはずです。最近、王都へ移ってきたと聞きました」


「七勝四敗なら、結構強いんじゃないか?」


蓮が尋ねると、瀬戸は頷いた。


「俺たちより経験あるのは間違いないな」


陽菜は紙に書かれた能力名を見た。


「《風槍》って、どんな能力なんでしょう」


「槍に風を纏わせる天賦です」


背後から声がした。


三人が振り返る。


掲示板の近くに、一人の女性が立っていた。


深い赤茶色の髪を、首の後ろで一つに結んでいる。灰色の上着に革の胸当てを重ね、背中には長い槍を背負っていた。


身長は蓮とほとんど変わらない。


女性は四人を順に見た。


「それ、私の登録票なんだけど」


蓮は紙と女性を見比べた。


「……エルナさん?」


「そう」


彼女は短く答えた。


「何か用?」


「えっと……」


蓮はリシェルへ目を向けた。


リシェルが一歩前へ出る。


「初めまして。アルヴェイン子爵家のリシェルと申します」


エルナは彼女の衣装に目を向けた。


「貴族様か」


「はい。今回、自由剣闘士の方を探しておりまして」


「……なるほど」


エルナは掲示板の自分の紙を見た。


「《八旗争奪戦》に出るつもり?」


「はい。まだ最終的な登録は済ませていませんが」


「そっか」


エルナは少し考えた。


それから、蓮を見た。


「あんた、もしかして《鬼神の加護》の人?」


蓮は目を瞬いた。


「……知ってるのか?」


「試合、見たから」


エルナは肩に掛けた槍の位置を直した。


「黒甲獣を殴った異界人。それから、ラドクリフ家の連中に勝った三人組」


彼女の視線が瀬戸と陽菜へ移る。


「そっちの二人も、あの試合に出てたよね」


「はい」


陽菜が答えた。


エルナは小さく頷いた。


「……あの戦い方、嫌いじゃない」


蓮は少し驚いた。


「そうなのか?」


「強い奴が一人で全部倒すより、見てて面白かったから」


エルナは蓮の右腕へ目を向けた。


「ただ、前衛が一人しかいないのは厳しいと思った」


「……そこが問題なんだ」


瀬戸が答えた。


「だから今、仲間を探してて」


「なるほど」


エルナはしばらく考えた。


「……だったら、少し話してみようか」


蓮たちは顔を見合わせた。


「いいのか?」


「うん。ただし、先に言っておく」


エルナは槍を背中から外した。


石畳に石突きを立てると、金属が小さく鳴った。


「私は、勝てそうにない試合へは出ない」


蓮は彼女を見た。


「……どういう意味?」


「八旗争奪戦。あれは普通の試合とは違う。数が多いだけじゃなくて、派閥同士の駆け引きがある」


エルナは掲示板の方へ視線を移した。


「私は前に、似た形式の試合へ出たことがある。そのとき、所属してた派閥は途中で同盟を結んだ」


「……同盟?」


「そう。二つの派閥で協力して、強い相手を倒した」


エルナはそこまで言うと、少し間を置いた。


「でも最後に、味方だった連中がこっちを攻撃してきた」


蓮は口を閉じた。


「……裏切られたのか」


「そういうこと」


エルナは肩をすくめた。


「最後に拠点を取った派閥しか勝てない。そこを考えれば、当然の話なんだけどね」


瀬戸が腕を組んだ。


「……確かに」


「だから、私は簡単に同盟を信用しないし、勝つために仲間を捨てるような派閥にも入りたくない」


エルナはリシェルを見た。


「そっちは、どうなの?」


リシェルは少し考えた。


「私たちも、まだ試合の戦略を決めている途中です。ただ、仲間を犠牲にして勝つつもりはありません」


「……そう」


エルナは蓮へ視線を戻した。


「じゃあ、あんたは?」


蓮はすぐには答えなかった。


何を聞かれているのか、考える。


仲間を守るためなら、勝利を諦められるか。


そういうことだろうか。


「……俺は、勝ちたいよ」


蓮は言った。


「でも、仲間を見捨ててまで勝ちたいとは思わない」


エルナは黙っていた。


「それに、今の俺たちはまだ弱い。だから、誰かが無理をしないと勝てないような戦い方は、できるだけ減らしたいと思ってる」


エルナは蓮を見ていた。


それから、少しだけ口元を緩めた。


「……正直だね」


「そうかな」


「普通、勧誘するときはもう少しかっこいいこと言うんじゃない?」


蓮は返事に困った。


瀬戸が隣で笑った。


「こいつ、そういうの苦手なんで」


「……瀬戸」


「本当のことだろ」


エルナは槍を肩へ戻した。


「ま、悪くないと思う」


リシェルが口を開いた。


「それでは、契約についてお話しするお時間をいただけますか?」


エルナは頷きかけた。


だが、すぐに首を振った。


「その前に、一つだけ」


「何でしょう?」


「私、実際に一緒に戦う相手を見てから決めたい」


蓮は顔を上げた。


「……見てから?」


「そう。書類に書いてある戦績より、本人がどう動くかのほうが大事だから」


エルナは訓練場の方角を指さした。


「近くに模擬戦ができる場所がある。そこで少し動いてみない?」


瀬戸が蓮を見た。


蓮はエルナの槍へ視線を落とした。


長い。


自分が持っている剣より、ずっと間合いが広そうだった。


「……模擬戦か」


「本気で斬り合えって話じゃないよ。どんなふうに戦うか、見せてもらえればいい」


エルナは少し笑った。


「もちろん、私の戦い方も見せる」


蓮はリシェルを見た。


彼女は少し考えてから頷いた。


「怪我のない範囲であれば、構いません」


「……わかった」


蓮も頷いた。


「やってみよう」


エルナは槍を持ち直した。


「じゃあ、決まり」


彼女は先に歩き出した。


蓮たちは、その後を追った。


石畳の向こうから、剣と剣がぶつかる音が聞こえてきた。

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