EP 7
ラストオーダーの罠! デザート部隊と無限ループの悪魔
ピポパーンッ♪
無機質な電子音が、タロキンの店内に鳴り響いた。
『お客様にご案内いたします。制限時間残り15分、ラストオーダーのお時間となります。魔導タッチパネルより、最後のご注文をお願いいたします』
タイマーの表示は【15:00】。
90分の死闘も、いよいよ最終局面である。
「来たな、ラストオーダー。……リーザ、胃袋の空き容量は何パーセントだ?」
「お肉換算で、あと200人前はいけますわーっ!」
「上等だ。……店員! カルビ、ハラミ、ロース、ありったけ持ってこい! 厨房の在庫を完全に空にするつもりで出せ!」
リアンが、タッチパネルの画面が割れんばかりの勢いで連打し、最後の総攻撃(発注)を仕掛ける。
* * *
「……もはや、これまでか」
厨房のウォークイン冷蔵庫。
次々とプリントアウトされる『4番テーブル・追加肉200人前』という絶望的なオーダーシートを前に、豚の騎士・トンデモナイトは天を仰いだ。
タンシオ将軍はレモン汁に沈み、カレーライス少佐の罠は破られ、飲茶は秒殺、そして餃子の決死の自爆特攻すらも『極上のトッピング』として処理された。
焼肉王国の誇り高き戦士たちは、もはや彼と、彼が守るハラミ姫、そして炭水化物の生き残りである『ご飯(大盛り)』を残すのみとなっていた。
「トンデモナイト……。私、もう覚悟はできているわ。あの悪魔たちの胃袋に落ちる運命なら……せめて、あなたの隣で、こんがりと焼かれたいの……っ」
ハラミ姫が、真紅の涙を拭い、トンデモナイトの分厚い豚バラ肉にすがりつく。
「姫……っ。なんというお労しいお言葉……!」
トンデモナイトは、己の無力さにギリッと歯を食いしばった。
だが、まだだ。まだラストオーダーの15分を耐え凌げば、彼らは生き残れるのだ。
「……トンデモナイト殿。我々の出番のようですね」
ふと、冷たい冷蔵庫の奥から、甘ったるい、それでいて底知れぬ自信に満ちた声が響いた。
見れば、色とりどりのガラスの器に乗った、煌びやかな軍団が姿を現した。
プルプルとカラメルの帽子を揺らす【プリン軍曹】。
極寒の冷気を纏う【アイスクリーム中尉】。
そして、純白の生クリームのドレスを着た【ショートケーキ大佐】である。
「デザート部隊……!」
トンデモナイトが目を見開く。
「お任せください。人間という生き物には、致命的なバグ(構造的欠陥)が存在します。それは……『甘いものは別腹』という錯覚です」
ショートケーキ大佐が、苺のステッキを振りかざして不敵に笑う。
「我々デザート部隊が、奴らの胃袋に大量の『糖分』を送り込みます。するとどうなるか……急激な【血糖値スパイク】が引き起こされ、奴らの脳は強烈な睡魔に襲われるのです!」
「おおっ……! つまり、奴らを眠らせてしまえば、これ以上肉を食われることはないということか!」
「左様。我らの甘き誘惑で、あの悪魔どもを永遠の微睡みへと誘ってご覧に入れましょう」
焼肉バイキングにおける最終防衛線。
それは、「シメのデザート」によって客の満腹中枢と血糖値をバグらせ、強制的に試合終了へと追い込む睡眠魔法であった。
「頼んだぞ、デザート部隊! 我らが焼肉王国の未来(残り15分)を、君たちに託す!」
トンデモナイトの敬礼を受け、色とりどりの甘き刺客たちが、最後の戦場へと出撃していった。
* * *
「お待たせいたしましたー! ラストオーダーのデザート盛り合わせでーす!」
店員が、4番テーブルの端に、山盛りのプリン、アイスクリーム、ケーキを並べていく。
「わぁぁっ♡ デザートだぁっ! ケーキ! アイスっ!」
「配信映えするスイーツキターッ☆ 早速いただきまーすっ!」
真っ先にその罠(甘味)に飛びついたのは、ヤンデレウサギのキャルルと、インフルエンサー天使のキュララだった。
肉の脂で疲れ切っていた彼女たちの味覚は、デザート部隊の放つ強烈な糖分に一瞬で支配された。
「あま〜いっ♡ 美味し……ふぁぁっ。なんか、急にお腹いっぱいになって……眠くなってきちゃったぁ……」
「リスナーの皆……今日はこの辺で配信終了……おやすみぃ……☆」
デザート部隊の狙い通り。
急激な血糖値の上昇により、キャルルとキュララはパタッとテーブルに突っ伏し、泥酔しているルチアナの隣で幸せそうに寝息を立て始めた。
『フハハハッ! 見たか! これが我らデザート部隊の睡眠魔法(血糖値スパイク)だ!』
ショートケーキ大佐が、皿の上で勝ち誇ったように高笑い(幻聴)を上げる。
「(……バカな奴らだ。シメの甘味に手を出した時点で、バイキングの敗北(終了)は決定するんだよ)」
リアンは、眠りについたメンバーたちを冷たい目で見下ろした。
彼自身は、血糖値の乱高下を防ぐため、徹底して「肉」と「白米」のバランスだけを維持し、甘いものには一切手を出していない。
だが、デザート部隊の真の標的は、リアンではなかった。
このテーブルで最も恐ろしい暴食の悪魔――特売の芋ジャージを着た人魚である。
『さぁ、芋ジャージの女! お前も我々の極上の甘味を食らい、その底なしの胃袋を塞いで眠りにつくがいい!!』
プリン軍曹とアイスクリーム中尉が、リーザの目の前でプルプルと挑発的に踊る。
「むっ! デザートですわね! 無料のスイーツを残すなど、強欲の名折れ! いただきますわーっ!」
ズボォォォォォォォッ!!
リーザは、ショートケーキもプリンもアイスクリームも関係なく、皿ごと持ち上げて一瞬で丸呑みにした。
『やったぞ! あの悪魔がデザートを致死量食らった! さぁ、血糖値スパイクで眠りに落ちるのだ!』
デザート部隊の残骸たちが、リーザの胃袋の中で勝利を確信する。
――しかし。
数秒後、リーザの瞳に起きた変化は『睡魔』ではなかった。
カッ!! と、見開かれたその瞳には、先ほどまでの肉食の疲れを完全に吹き飛ばした、狂気的なまでの【覚醒の光】が宿っていたのだ。
「……あ、甘ぁぁぁぁぁいっ!!!」
リーザが、バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった。
「すっごく甘くて冷たくて、最高ですのーっ! おかげで、さっきまで口の中に溜まっていた肉の脂とタレの『塩っ気』が、完全にリセットされましたわーっ!!」
『……な、なんだと!?』
デザート部隊が、絶望に震え上がる。
「塩っぱいお肉を食べた後の、甘〜いデザート! そして甘いデザートを食べた後は……無性に【塩っぱいお肉】が食べたくなりますのーっ!!」
そう。
リーザにとってデザートは「シメ」でも「睡眠薬」でもなかった。
【塩味】と【甘味】を交互に摂取することで、満腹中枢を無限に騙し続ける最悪の永久機関のスイッチだったのだ!
「リアン様! デザートで口直し(リセット)完了しましたわ! さぁ、追加のカルビとハラミを早く焼いてくださいませーっ!!」
「フッ、いい食いっぷりだ。お前のその強欲な胃袋、まさにブラック企業が誇る最高のアセット(資産)だな」
リアンがニヤリと笑い、新たな肉の山を灼熱の網へと放り込む。
ジュワァァァァァッ!!
「いただきまぁぁぁぁすのーっ!!」
塩っぱい、甘い、塩っぱい、甘い。
リーザのダイソン吸引は、デザート部隊の犠牲(糖分)を起爆剤として、さらに次元の違う恐るべきスピードへと加速していった。
『バ、バカな……! 我々の甘味が……奴の食欲のストッパーどころか、さらなる捕食のアクセル(スパイス)になってしまうなんてぇぇぇっ!!』
ショートケーキ大佐の断末魔が、リーザの胃袋の奥底へと消えていく。
「(……デザート部隊が、全滅しただと……っ)」
遠く離れたワゴンの上で。
ついに最後のカードを失ったトンデモナイトは、絶望のあまり膝から崩れ落ちていた。
もはや、あの悪魔の無限ループ(塩味と甘味の永久機関)を止める手立ては、焼肉王国のどこにも残されていなかった。
「……おい。ふざけるな」
そんな絶望のどん底にあるテーブルの端で。
いまだに生の人参を握りしめ、ワナワナと震えている男がいた。
イグニスである。
「リアン! リーザが食ってたデザートの中に『焼きマシュマロ』があっただろ! なんでマシュマロなんかを網の端っこで焼いてるんだ! そのスペースがあったら、俺様のキャロットが焼けたはずじゃねぇか!!」
イグニスが、怒りのあまり生人参をテーブルに叩きつける。
「うるせぇ! マシュマロはすぐ焦げるから一瞬で焼けるんだよ! 30分も網を占領する人参と一緒にすんな!」
「俺様の人参を馬鹿にするなぁぁぁっ!!」
残り時間、あと10分。
焼け野原となった厨房の在庫と、網を巡る醜い仲間割れ。
そして、ついに運命の時が訪れようとしていた。トンデモナイトとハラミ姫、そして『ご飯』の乗った最後の皿が、無慈悲な店員の手によって、4番テーブルへと運ばれていく――。
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