EP 6
餃子の自己犠牲と、無情なる捕食〜白米への極上トッピング〜
魔導タッチパネルのタイマーは【30:00】を表示していた。
ルナミス帝国最大の巨大チェーン『焼肉タロキン』でのデスゲームは、いよいよ終盤戦へと突入していた。
「よし、肉の脂が胃に溜まってきたな。ここからが第二フェーズだ。……店員、白米(大盛り)を4つ持ってこい!」
リアンが、肉の焼ける煙の向こうで冷酷な指示を飛ばす。
「えっ!? 店長さん、ご飯なんて食べたらお腹膨れちゃうよ?」
ドローンを操作していたキュララが首を傾げる。
「素人が。ただ肉だけを食い続けると、味覚と胃袋が脂の重さに耐えきれなくなり、最終的な限界摂取量(利益)が落ちる。
だが、そこに『白米』という炭水化物のクッションを挟むことで、肉の脂が中和され、タレの塩味が米の甘みを引き立てる。白米は原価こそ安いが、高単価な肉を無限に食い続けるための【最強のブースター(触媒)】なんだよ」
「なるほどですのーっ! お肉でご飯を巻いて食べる……考えただけでヨダレが止まりませんわーっ!」
リーザが、空の茶碗を両手に構えてバンバンとテーブルを叩く。
リアンの完璧な原価計算と、胃袋のキャパシティ管理。
飲茶の特攻を無傷で退けた悪魔たちは、さらなる利益を求めて牙を研いでいた。
* * *
「……なんということだ。カレーライス少佐の罠も、飲茶の決死の特攻も、奴らの前ではただの『前菜』に過ぎなかったというのか……っ」
店員の運ぶワゴンの上。
ついに客席へと引きずり出されてしまった厚切り豚バラ肉の騎士・【トンデモナイト】は、絶望に打ちひしがれていた。
彼の背後には、美しい霜降りのドレスを着た【ハラミ姫】が、恐怖に身を寄せ合って震えている。
「トンデモナイト……っ! 怖い、怖いわ……っ! あのトングが、私たちをあの灼熱の地獄へと……っ!」
「姫! ご安心を! このトンデモナイト、我が身をこんがりと焼かれようとも、姫だけはあの悪魔の胃袋には落とさせませんっ!」
トンデモナイトは、自らの分厚い脂身を盾にするようにして、ハラミ姫を庇い立った。
だが、無情にもワゴンは4番テーブルへと到着し、店員の手によって彼らの乗った皿がテーブルのド真ん中へと置かれてしまう。
「おっ、ハラミの追加が来たな。……よし、この霜降りの良さそうなやつから焼くか」
リアンが、無慈悲な魔導トングを伸ばす。
その標的は、トンデモナイトではなく、彼が庇っていたハラミ姫だった。
「ひぃぃぃっ! いやぁぁぁっ!」
「や、やめろぉぉぉっ! 姫に触れるなぁぁぁっ!!」
トンデモナイトが叫ぶが、まな板の上の肉である彼に、リアンの神速のトングを躱す術などない。
――その、絶体絶命の瞬間だった。
「……トンさん、死なないで」
悲痛な、しかし決意に満ちた幼い声が響いた。
ハラミ姫たちの皿の隣に置かれていた、サイドメニューの皿。そこから、小柄で色白な、丸みを帯びた戦士が飛び出したのだ。
薄い小麦粉の皮に包まれ、中にたっぷりの豚肉とニラを秘めた点心部隊の生き残り。
【餃子】である。
「ぎょ、餃子!? お前、何を……っ!?」
トンデモナイトが驚愕に見開いた目の前で、餃子は自ら、リアンのトングの先端(金属部分)へと必死にしがみついた。
「この悪魔……! トンさんたちには、指一本触れさせないぞ……っ!」
餃子が、自らの皮を極限まで膨張させ、内なる熱気(肉汁)を沸騰させ始める。
「やめろ餃子!! お前が自爆(肉汁を噴出)したところで、奴らの火傷にはならない! 無駄死にだ! やめるんだ、餃子ああああああっ!!」
トンデモナイトが、血を吐くような悲痛な叫びを上げる。
だが、餃子は振り返り、優しく、悲しげに微笑んだ。
「……さよなら、トンさん。ハラミ姫を……守ってね」
ブチブチブチィッ!!
餃子が、自らの薄い皮(限界)を破り捨てた。
その瞬間、中に閉じ込められていた熱湯のような【極上の肉汁】が、爆発的な勢いで空中に撒き散らされたのだ。
「食らえっ! 決死の肉汁飛沫!! これでトングを持つ手を大火傷させて……っ!!」
餃子の、命を賭した自己犠牲(自爆特攻)。
100度近い熱々の肉汁が、リアンの手元に向かって降り注ぐ。
トンデモナイトは、悲劇的な結末に目を閉じ、ハラミ姫は悲鳴を上げた。
――だが。
「……おっ。いい具合に肉汁が出たな」
ジュワァァァァァァッ。
「……え?」
空中で自爆した餃子の残骸が、呆然と声を漏らす。
リアンは火傷など一切していなかった。
彼の手には、いつの間にか『大盛りの白米が入った茶碗』が握られており、餃子が命を賭して撒き散らした熱々の肉汁は、その白米のド真ん中へと、一滴残らず完璧にキャッチされていたのである。
「餃子の肉汁は、豚肉の旨味とニラの香味が凝縮された極上のスープだ。これを炊き立ての白米に染み込ませれば、それだけで原価以上の価値を生み出す『最強のオカズ』になる」
リアンは、トングの先に残った餃子の抜け殻(皮と挽肉)を、そのままご飯の上に乗せた。
「餃子丼の完成だ。……リーザ、食え」
「はいですのーっ!! 肉汁の染み込んだ炭水化物、最高すぎますわーっ!! ズボォォォォォォッ!!」
リーザが茶碗を顔に押し当て、わずか2秒で餃子のすべて(自爆の残骸)を胃袋のブラックホールへと飲み込んだ。
「むぐむぐっ……ぷはぁっ! ごちそうさまでしたの! いやぁ、この餃子さん、自らご飯の上にダイブしてタレになってくれるなんて、とってもサービス精神旺盛なサイドメニューですわね!」
リーザが、満面の笑みで口の周りを拭う。
「…………っ」
トンデモナイトは、声すら出なかった。
餃子。
彼の命を賭けた感動の自爆特攻は、敵にダメージを与えるどころか、ただの【極上の美味しい食べ方】として無慈悲に処理されてしまった。
サイコパス経営者と強欲ダイソンの前には、食材たちのドラマチックな自己犠牲すらも、単なる『食事のスパイス』に過ぎなかったのだ。
「ぎょ、餃子……。お前の、お前の命が……ただの餃子丼に……っ!!」
トンデモナイトの目から、ついに限界を超えた真紅の涙が滝のように溢れ出す。
「許さん……。貴様ら悪魔ども……絶対に許さんぞぉぉぉぉぉっ!!」
豚の騎士の怒りのオーラが、テーブルの上で激しく燃え上がった。
「おっ、その厚切りの豚バラ、なんか脂が乗ってて美味そうだな。……よし、ハラミの前に、そっちの豚肉から焼くか」
リアンが、トンデモナイトの怒気(脂のテカリ)を「食べ頃のサイン」と勘違いし、冷酷にトングを向けた。
「……おい、待てリアン」
そんな感動と絶望が入り乱れるテーブルの端で。
いまだに生の人参を片手に持ち、ギリッと歯ぎしりをしている男がいた。
イグニスである。
「さっき餃子が爆発した時、俺様のキャロット(人参)に肉汁が飛んできたぞ! せっかくのオーガニックな野菜の風味が、豚の脂で台無しじゃねぇか! 大体、いつになったら網のスペースが空くんだ! もう残り30分しかねぇんだぞ!!」
「うるせぇ! 肉汁がついて旨味が増したんだから感謝して生で食え! 網はお前には絶対に使わせねぇ!」
「カカロット(人参)を焼かせろぉぉぉっ!!」
仲間割れを続けるブラック企業の面々と、悲しみに暮れる焼肉王国の生き残りたち。
タロキンでの90分のデスゲームは、いよいよラストオーダーの時間を迎えようとしていた。
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