EP 5
飲茶の悲劇〜網に残されたクレーター〜
魔導タッチパネルのタイマーは、無情にも【45:20】を指していた。
ルナミス帝国最大の焼肉バイキング『タロキン』における、90分の死闘。その折り返し地点である。
「リーザ! 手が止まってるぞ! さっき食ったカルビの脂は、烏龍茶で流し込め! 次のホルモン100人前が来るぞ!」
「もごぉっ!? はいですのーっ! わたくしの胃袋は無限大ですわーっ!」
リアンの鬼のようなトングさばきと、リーザのダイソン吸引。
カレーライスの罠によってルナがリタイアしたものの、この二人の『ブラック企業コンビ』のペースは微塵も落ちていなかった。むしろ、網の上のスペースが空いた分、肉を焼くサイクルが加速しているほどである。
「……おい、リアン。俺様のキャロット(人参)はまだか」
そんな中、イグニスだけが皿に乗った生人参を握りしめ、網の端っこを見つめながらブツブツと文句を言い続けている。
「もう45分も待ってるんだぞ! 俺様のカカロット(人参)を早く網のド真ん中で焼かせろ!」
「うるせぇ! 人参みたいな火の通りにくい野菜をド真ん中に置いたら、肉を焼くペースが落ちるだろうが! お前は一生そのまま生でウサギみたいにかじってろ!」
客席の4番テーブルは、相変わらず殺伐としたフードファイト(業務)が続いていた。
* * *
一方、厨房の奥深く。
冷気に包まれた【業務用ウォークイン冷蔵庫】の中では、食材たちの悲痛なドラマが限界を迎えようとしていた。
「ああ……っ! なんてこと……! ロース第5小隊も、ホルモン部隊も、すべてあの悪魔たちに飲み込まれてしまったわ……っ!」
美しい霜降りのドレスを着た【ハラミ姫】が、真紅の涙を流して崩れ落ちる。
「姫様……っ! くそっ、あの芋ジャージの女、底なしか! カレーライス少佐の決死の特攻でも、あの女の食欲を止めることはできなかったというのか……!」
厚切り豚バラ肉の騎士・トンデモナイトは、ワゴンの陰から戦況を見つめ、ギリッと歯を食いしばった。
焼肉王国の在庫(仲間たち)は、すでに半分以上が消滅している。
このままでは、あと数十分でハラミ姫までが、あの灼熱の祭壇へと引きずり出されてしまう。
「こうなれば、手段は選ばん! 肉の部隊を温存しろ! 【サイドメニュー(点心)部隊】、前へ出ろ!」
トンデモナイトが叫んだ、その時だった。
「ヘヘッ……。ここらで、お遊びはいい加減にしろってとこを見せてやりたいね」
蒸し器の中から、ニヒルな笑みを浮かべて姿を現した者がいた。
分厚い小麦粉の皮に包まれ、頭頂部にはグリーンピースを乗せている。かつてトングで雑に掴まれた際についた【十字の傷(切れ目)】を顔に持つ、点心部隊の切り込み隊長。
その名も、【飲茶】である。
「飲茶……!」
トンデモナイトが目を見開く。
「トンデモナイトの旦那。ここは俺に任せな」
飲茶は、自らの分厚い皮(小麦粉)をポンッと叩いた。
「俺は肉だけの連中とは違う。たっぷりの肉汁と、腹にずっしり溜まる『炭水化物』の塊だ。あんな人間の胃袋なんか、俺一つでパンパンに膨らませてやるよ」
「待て、飲茶! 奴らは常軌を逸したバケモノだ! カレーライス少佐ですら、エルフ一人を道連れにするのが限界だったんだぞ!」
トンデモナイトが必死に制止する。
だが、飲茶はふっと鼻で笑い、自信満々に親指で自分を指差した。
「これなら楽勝だ。俺が全部ぶっ倒して(腹を膨らませて)やるぜ」
「飲茶! 無茶するな!!」
トンデモナイトの叫びを背に受け、飲茶は自ら配膳用のワゴンへと飛び乗った。
その背中には、点心部隊の誇りと、「俺が焼肉王国を救う」という揺るぎない自信が漲っていた。
* * *
「お待たせいたしましたー! サイドメニューの特製『タロキン飲茶』でーす!」
店員が、4番テーブルの網の横に、せいろに入った飲茶を置いた。
「(……チッ。点心だと? これも小麦粉の塊、店側の露骨な腹潰し(トラップ)だ)」
リアンは、一瞬で飲茶の原価率の低さを計算し、トングで端へと追いやろうとした。
だが、その一瞬の隙を突いて。
飲茶が自ら、熱せられた網の中央へと飛び乗ったのだ。
『フッ……行くぜ! 狼牙蒸風拳!!』
ジュワァァァァッ!!
飲茶が網の上でポーズを決め、凄まじい湯気を吹き出す。
肉汁の香ばしい匂いと、炭水化物の暴力的な香りがテーブルを包み込んだ。
「どうだ、悪魔ども! 俺の放つ旨味のオーラに、たまらず手を出したくなるだろう! さぁ、俺を食って、その胃袋を限界まで膨らませるが……」
飲茶がニヤリと笑い、勝利のセリフを言い切ろうとした、その0.1秒後だった。
「いただきますわーっ!! ダイ〇ン・イーターッ!!」
ズボォォォォォォォォォッ!!!
『…………へ?』
凄まじい風圧。
リーザの大きく開かれた口から放たれた、ブラックホールのごとき吸引力。
飲茶は、熱さに耐えて網の上に踏みとどまる間もなく、己の皮(小麦粉)の重さすら全く意味を成さず、文字通り【一瞬(秒)】でリーザの口の中へと吸い込まれていった。
「もごっ……ごきゅっ。あら? 今の小籠包、ちょっと皮が分厚かったですわね。まぁいいですわ、肉肉しくて美味しいですの!」
リーザが、ぺろりと唇を舐める。
「馬鹿野郎、リーザ! 原価の安いサイドメニュー(炭水化物)を食うなと言っただろうが! 胃袋のスペースの無駄遣いだ!」
リアンがトングでリーザの頭を叩く。
「い、痛いですわーっ! 勝手に口の中に飛んできたんですのーっ!」
ギャーギャーと騒ぐブラック企業の面々。
その横の、熱せられた網の上。
つい数秒前まで、自信満々に立っていたはずの『飲茶』の姿は、すでにどこにもなかった。
ただ。
網の上には、飲茶の皮が焦げ付いてへばりついた、【いびつな丸い焦げ跡】だけが残されていた。
その焦げ跡のシルエットは、まるで『手足を丸めて地面に倒れ伏している男』の姿にそっくりだった。
* * *
「…………っ!!」
ワゴンの陰。
その光景(一瞬の捕食)を目の当たりにしたトンデモナイトは、絶望に両目を見開き、豚バラ肉の膝から崩れ落ちた。
「や、飲茶……? 嘘だろ……? あんなに自信満々だったじゃないか……。俺が全部倒すって……言ってたじゃないか……っ!!」
トンデモナイトの叫びが、厨房の冷たい空気に虚しく響く。
「飲茶あああああああぁぁぁぁっ!! 無茶しやがってぇぇぇぇぇっ!!!」
豚の騎士の血を吐くような絶叫(名シーンのオマージュ)。
しかし、その感動的で悲劇的なドラマなど、客席の悪魔たちには一ミリも届いていなかった。
「おい、店員! 網が焦げたぞ! 網交換だ!」
リアンが、容赦なく呼び出しボタンを連打する。
「こんな小麦粉の残骸がへばりついた網じゃ、肉に均等な火が通らねぇ! さっさと新しい網を持ってこい!」
「ひぃぃっ! ただいま交換いたしますぅっ!」
店員が慌てて駆けつけ、飲茶の生きた証(シルエットの焦げ跡)が残る網を、ゴミでも扱うかのようにあっさりと撤去していく。
「ああっ!? ちょっと待てリアン! 俺様のキャロットを置くスペースが!!」
イグニスが、空になったロースターを見て悲鳴を上げる。
「せっかく飲茶とかいう奴が消えて、ド真ん中が空いたと思ったのに! 網交換なんてしたら、またイチから場所取りのやり直しじゃねぇか!!」
「だからお前は端っこでちまちま焼いてろって言ってんだろ!」
かくして。
点心部隊の切り込み隊長として出撃した『飲茶』は、何一つ戦果を挙げることもなく、リーザのただの「一口の口直し」として処理され、網の上の焦げ跡という伝説だけを残して散っていったのである。
「……くそっ、くそぉぉっ……! 飲茶の犠牲を、無駄にはしない……っ!」
トンデモナイトは、ワゴンの陰で涙を拭い、残された点心部隊へと振り返った。
「次だ! 餃子! お前の『肉汁自爆特攻』で、奴らのトングを破壊するんだ!!」
制限時間、残り35分。
焼肉王国の誇りをかけた防衛戦は、さらなる悲劇(自己犠牲)へと突入しようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
出ました、伝説の『ヤムチャしやがって』のオマージュ回です(笑)。
自信満々で出撃したのに、1秒でリーザのダイソン吸引に飲み込まれ、網の上に「あのシルエット」の焦げ跡だけが残されるという、あまりにも無慈悲な飲茶の最期。
トンデモナイトの絶叫と、網交換でアッサリ撤去するリアンの温度差を楽しんでいただけていれば幸いです!
「飲茶あああああっ!」「網に残るクレーターで耐えられなかったww」「イグニスまだ人参食ってないのかよww」と笑っていただけた皆様!
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皆様の応援が、次なる特攻兵器「餃子」の肉汁になります!
次回、涙の自爆特攻!? 第6話もお楽しみに!




