EP 4
炭水化物の罠! カレーライス特攻隊
魔導タッチパネルのタイマーが【72:45】を示した頃。
ルナミス帝国最大の焼肉バイキング『タロキン』の4番テーブルは、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「追加のハラミ100人前だ! 網の上が少しでも空いてるぞ、リーザ! 吸い込みが甘いんじゃないのか!?」
「もごもごっ!? まだ口の中にタンシオが……ずぼぉぉぉぉぉっ!! 大丈夫ですわーっ! まだまだ無限に入りますのーっ!!」
「ルチアナを蹴っ飛ばして足元のスペースを空けろ! 次の皿が置けねぇ!」
リアンのトングから繰り出される神速の焼き加減と、特売の芋ジャージ女・リーザのダイソン吸引。
このブラック企業最強の【焼く者】と【食う者】の完璧な永久機関により、タロキンの在庫(肉)は文字通り秒単位で消滅し続けていた。
* * *
「……なんという恐ろしい連携だ」
ワゴンの陰からその様子を窺っていた豚の騎士・トンデモナイトは、滝のような冷や汗(豚の脂)を流していた。
タンシオ将軍が散り、ハラミ部隊、ロース部隊が次々と【灼熱の祭壇】へと送り込まれ、帰らぬ肉となっている。
このままでは、冷蔵庫の奥で震えている愛しの『ハラミ姫』が、あの悪魔たちの胃袋に落ちるのも時間の問題だ。
「ええいっ! 肉の部隊だけでは、もはや奴らの侵攻は止められん!
こうなれば……あの【黄色い悪魔】を解き放つしかあるまい!!」
トンデモナイトがワゴンの下段に向かって叫ぶと。
ズズズン……ッ!
と、重苦しい足音(陶器の擦れる音)を立てて、そいつが姿を現した。
巨大な純白の皿の上に、こんもりと盛られた艶やかな白米の山。
そして、その山肌を覆い尽くすようにかけられた、ドロリとした黄金色のルー。
数十種類のスパイスが複雑に絡み合った、抗いがたい暴力的な香りを放つ歴戦の猛者――。
焼肉バイキングにおける店側の最大兵器、【カレーライス少佐】である。
『フッ……お呼びかな、トンデモナイト殿』
カレーライス少佐が、湯気と共にスパイシーな声(幻聴)を響かせた。
「カレーライス少佐……! すまない、貴殿の力が必要だ。あの悪魔どもの胃袋のスペースを、貴殿のその重たい『炭水化物』で埋め尽くしてやってはくれないか!」
『造作もないこと。我々カレーライスは、バイキングという戦場において常に【最強のトラップ】として君臨してきた。……奴らの満腹中枢を、私のスパイスで一気に破壊してご覧に入れよう』
カレーライス少佐は、自信に満ちた笑みを浮かべた。
そう、焼肉食べ放題において、店側が用意するカレーライスは【究極の罠】である。
肉を焼き始めるまでの『待ち時間』。腹を空かせた客の鼻腔をくすぐるスパイスの香り。
「少しだけなら……」と手を出したが最後、ドロドロのルーと白米が胃袋の中で膨張し、本来食べるべき高価な肉のスペースを完全に奪い去ってしまうのだ。
「頼んだぞ、カレーライス少佐! あの悪魔どもを、満腹の地獄へと叩き落としてやれ!」
トンデモナイトの悲痛な願いを背に受け、カレーライス少佐を乗せたワゴンが、激戦区である4番テーブルへと進み出た。
* * *
「お待たせいたしましたー! セルフコーナーからお持ちしました、特製・タロキンカレーでーす!」
店員が、テーブルの端に巨大なカレーライスの皿をドンッと置いた。
その瞬間。
スパイシーで食欲をそそる芳醇な香りが、肉の脂の匂いを掻き消すようにフワリと広がった。
「(……チッ。来やがったな、炭水化物の刺客が)」
リアンは、トングを握る手にピキリと青筋を立てた。
経営者であるリアンには、あの皿が放つ『真の恐ろしさ(原価の安さ)』が痛いほど分かっていた。
カレーのルーなど、業務用を大量に煮込めば一杯数十円(数銅貨)。具材のじゃがいもや人参は、肉の端材と一緒に煮込めば原価など無いに等しい。
それを食い放題の序盤で客に食わせ、胃袋を膨らませて高単価の肉を食わせないようにする。それがバイキング業界の常套手段である。
「いいか、お前ら。絶対にその黄色いドロドロ(カレー)に手を出すなよ!」
リアンが、鋭い声でクランのメンバーに警告を飛ばした。
「あれはただの米とルーだ。原価率が1割を切る、店側の利益(ボロ儲け)のための悪質なトラップだ。一口でも食えば胃袋の容量を持っていかれるぞ。ウチの狙いはあくまで『肉』だ!」
「はいですのーっ! わたくしは肉しか見えませんわーっ!」
リーザはリアンの指示通り、見向きもせずにカルビを吸い込み続けている。
「(フッ、さすがは店長さん……完璧なコスト管理だね)」
キュララも、ドローンカメラを回しながらリアンの慧眼に感心していた。
リアンの完璧な防壁の前に、カレーライス少佐の作戦もこれまでかと思われた。
――だが。
最強のブラック企業には、常に【予測不能のバグ(ポンコツ)】が存在する。
「まぁ……っ! なんて美味しそうな匂いなのかしらっ!!」
キラキラと目を輝かせ、その黄色い悪魔の皿にスプーンを突き立てた者がいた。
純白のドレスのエルフ、ルナ・シンフォニアである。
「おいっ!? バカ、ルナ! 食べるなと言っただろうが!」
リアンが制止するより早く、ルナは山盛りのカレーライスを大きなお口でパクリと頬張った。
「はむっ……んんん〜っ!! 美味しいですわーっ!!
ピリッとしたスパイスの中に、お野菜の甘みが溶け込んでいて、ご飯とルーのハーモニーが絶妙ですのーっ!!」
ルナが、両手を頬に当ててうっとりと蕩けた顔をする。
『フハハハハッ! 掛かったな、エルフの小娘! 私のスパイスの虜になるがいい!!』
カレーライス少佐が、ルナの胃袋の中で邪悪な笑い声を上げる。
「ちょ、ちょっとルナちゃん! それ食べたらお肉が食べられなくなっちゃうよぉ!」
キャルルが慌てて止めようとするが、スパイス(食欲増進効果)に完全に脳をハッキングされたエルフの耳には、もう何も届いていなかった。
「店員さーん! このカレーライス、とっても美味しいですわ! あと【大盛りで3杯】おかわりをお願いしますのーっ!!」
「は、はい喜んでぇぇっ!!」
店員が、満面の笑み(してやったりという顔)で、超特大のカレーライスを次々と運んでくる。
ルナは「はふはふっ! うんまーっ!」と、肉には一切目もくれず、原価の安い炭水化物の山を、凄まじい勢いで平らげていった。
「あぁ……おい、やめろ……俺の……俺の利益(肉のキャパシティ)が……っ」
リアンが、血の涙を流しながらトングを震わせる。
そして、わずか10分後。
「ふぅぅ〜っ……」
コトン、と。
ルナが、4杯目のカレーライスの皿にスプーンを置き、満足げにぽっこりと膨らんだお腹をさすった。
「すっかり満腹ですわーっ! もう、お水も入りませんの。……いやぁ、焼肉バイキングって、とっても最高な場所ですわね!」
ルナが、極上の笑顔で、完全に戦線離脱を宣言した。
「テメェ……焼肉屋に来て、肉を一枚も食わずにカレーで満腹になりやがって……! この役立たずのポンコツエルフがあぁぁっ!!」
リアンが、ついに堪忍袋の緒を切らしてルナの頭にトングでチョップを入れる。
「あいたっ!? な、何をするんですの! 私、ちゃんとお腹いっぱい食べましたのに!」
「だからそれがダメなんだろうが! テメェが食ったカレー4杯の原価なんて銀貨の欠片にも満たねぇ! 店側を大儲けさせてどうするんだ!」
ギャーギャーと騒ぐリアンとルナ。
その様子をワゴンの陰から見ていたトンデモナイトは、歓喜の涙(豚の肉汁)をこぼしていた。
「や、やったぞ……! カレーライス少佐の決死の特攻が、あのエルフを見事に満腹(撃破)せしめた!
ルチアナに続き、これで二人目だ! 奴らの戦力を確実に削っているぞ!」
食材たちの決死の防衛戦術が、少しずつ、だが確実にブラック企業の無法者たちを追い詰め(?)始めていた。
「……おい」
そんな騒がしいテーブルの端で。
いまだに腕を組み、イライラと貧乏ゆすりをしている男がいた。
イグニスである。
「おい、リアン。俺様のキャロット(人参)はまだ焼けないのか」
イグニスは、右手にはボリボリとかじりかけの生人参を持ち、左手には皿に乗った『輪切りの人参』を持ったまま、網の上のスペースが空くのをじっと待ち続けていた。
「うるせぇ! 人参なんて端っこの火力のないところで適当に転がしとけ! つーかお前も早く肉を食え! ルナがリタイアした分、お前がハラミをカバーするんだよ!」
「ふざけるな! 俺様は野菜をじっくりと炭火でローストしてからじゃないと、肉は食わん主義なんだ! 早くカルビをどかして、俺様のキャロットのスペースを空けろ!!」
「邪魔だ脳筋!!」
仲間割れを始めるリアンとイグニス。
その隙に、リーザが「あ、カルビ焦げちゃいますわ! わたくしがいただきますの!」と、網の上の肉をさらに凄まじい速度で吸い込み始める。
「(……くっ、甘かったか)」
トンデモナイトは、戦慄した。
カレーライスの罠によってエルフ一人を葬ることはできた。
しかし、あの『芋ジャージの悪魔』の食欲は、未だに底を見せる気配がない。それどころか、他のメンバーがリタイアした分、さらに吸引力を増しているようにすら見える。
「このままでは、時間が持たない……。ええい、出し惜しみしている余裕はない!」
トンデモナイトは、冷蔵庫の奥で待機している【サイドメニュー部隊】へと、悲痛な号令をかけた。
「点心部隊、前へ! あの悪魔どもの腹を、少しでも膨らませて時間を稼ぐのだ!!」
制限時間、残り60分。
焼肉王国の誇りをかけた防衛戦は、さらなる狂気の領域へと突入していく。




