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EP 8

泥棒襲来。「ここは騎士団長様の家だぞ!」

俺がこの世界に転生して、無事に4歳の誕生日を迎えたある日の午後。

クライン邸の2階、俺の自室には、極上の平穏と優雅なティータイムが広がっていた。

「影丸。紅茶の温度が2度ほど高いな。茶葉の香りが飛びかけている。ダージリンの抽出はジャンピングのタイミングが命だと言ったはずだ」

『……申し訳ありません、我がマスター。直ちに淹れ直します』

「きゅきゅっ!」

漆黒の暗殺騎士アサシンである影丸が、エプロン姿で恭しく頭を下げ、冷めかけた紅茶を万能ゴミ箱であるワームの喰丸くいまるの口へと注ぎ込む。

そして影丸は、シャドウクロウの先端で器用にポットを回し、完璧な温度管理のもとで地球産の高級ダージリンティーを淹れ直した。

(うむ、完璧だ……。やはり労働力は適材適所だな)

今日は、父アークスはルナハン騎士団の遠征訓練、母マリアは魔導具の買い出しで街へ出ている。

使用人たちにも「一人でお昼寝できるからお休みしていいよ」と極上の笑顔(+10pt)で休暇を与え、俺は完全なる『一人きりの時間』を手に入れていた。

前世の厨房でもそうだったが、上司(親)がいない職場の解放感というものは、何物にも代えがたい。

溜め込んだ善行ポイントで地球産のクッキーと紅茶を取り寄せ、有能な召喚獣たちに給仕をさせる。

まさに、俺が求めていた究極のスローライフの完成形である。

カチャッ……。

その時、一階の裏口の方から、微かな金属音が響いた。

ピッキング。鍵を開ける音だ。

(……ん? マリアが帰ってきたのか? いや、足音が違うな)

前世、厨房で無数のスタッフの足音を聞き分けていた俺の耳は、侵入者の足音が『泥棒特有の忍び足』であることを正確に捉えていた。

どうやら、このルナハン街で最も裕福であり、かつ現在留守である(と思われている)騎士団長邸がターゲットにされたらしい。

『主よ。下層にネズミが一匹。……この爪で、跡形もなく八つ裂きにしましょうか? 血の一滴も残さず処理する自信があります』

影丸が、紅茶のポットを置き、赤い眼光をギラつかせながら殺気を放つ。

「バカ言え。絨毯に血が染み込んだら、クリーニング代(経費)が馬鹿にならないだろう。それに、万が一にも死体が出たら、この家が事故物件になって資産価値が落ちる」

俺はクッキーをかじりながら、冷徹な簿記1級の視点で却下した。

飲食店において、ゴキブリ(不審者)の侵入は致命的な衛生リスクだ。だが、営業中(生活圏内)で派手に殺虫剤を撒く(殺す)のは三流のやることである。

被害を最小限に抑え、静かに、かつ迅速に無力化して保健所(憲兵)に引き渡す。これが完璧なリスクマネジメントだ。

「俺が直接やる。影丸、お前はサポートに回れ。喰丸は待機だ」

『……御意』

俺はティーカップを置き、足音を完全に殺して部屋を出た。

     * * *

一階の広間では、薄汚れたローブを着た小男が、ニヤニヤと笑いながら銀の燭台を麻袋に詰め込んでいた。

「へへっ、ビンゴだぜ。騎士団長様は遠征、奥方はお出かけ。あのバカでかい屋敷がもぬけの殻とはな。これでしばらくは遊んで暮らせるぜぇ……ん?」

泥棒が振り返った先。

そこには、階段の踊り場から冷ややかな視線を見下ろす、4歳の幼児(俺)の姿があった。

「なんだ、ガキが居残りしてたのか。おっと、泣き叫ぶんじゃねぇぞ。おとなしくしてれば痛い目は見せねぇからな」

泥棒は懐からギラリと光るダガー(短剣)を取り出し、俺を脅しにかかってきた。

4歳の子供なら、刃物を見ただけで恐怖で泣き叫ぶか、腰を抜かすだろうという算段だ。

だが、三ツ星厨房で毎日何十本もの牛刀やペティナイフの乱舞をくぐり抜けてきた俺からすれば、あんなブレブレのダガーの構えなど、滑稽を通り越して哀愁すら感じる。

(……動きに無駄が多すぎる。重心も浮いているな。あんな素人、祖父ちゃんの竹刀の足元にも及ばない)

俺はため息を一つ吐き、指をパチンと鳴らした。

「影丸」

『ハッ!』

泥棒の足元の影が、突如として真っ黒な沼のように沸き立った。

「な、なんだぁっ!?」

泥棒が悲鳴を上げた瞬間、影の中から漆黒の触手が無数に伸び、泥棒の両手両足を壁際へとはりつけにした。

凶悪なオーラを放つ影丸が、泥棒の首元にシャドウクロウを突きつける。

「ヒッ……!? ま、魔物!? なんでこんな所に魔物が……っ!」

「おい泥棒。他人の家の備品アセットを勝手に持ち出そうとするのは、重大なコンプライアンス違反だぞ」

俺は階段をゆっくりと降り、磔にされた泥棒の正面に立った。

泥棒は、目の前の幼児がこの凶悪な魔物を操っているという事実に、完全に恐慌状態に陥っていた。

「ひ、ひぃぃっ! ば、化け物……! 助けて、助けてくれぇっ!」

「うるさい。近所迷惑だ」

これ以上騒がれては、せっかくの平穏なティータイムが台無しになる。

俺は泥棒の懐にスッと滑り込んだ。

祖父から叩き込まれた『天極流』。その真髄は、あらゆる武術のハイブリッドである。

今回は、室内という閉鎖空間に最も適した『組手(体術)』を選択した。

「天極流・宝蔵院派生――『無明突き』」

俺は、生後から毎日マリアの回復魔法でドーピングされ続けた強靭な脚力をバネに、泥棒のみぞおち(急所)に向かって、最短距離で拳を打ち込んだ。

ドスッ……!!

鈍い音が広間に響いた。

4歳児の拳とはいえ、極限まで練り上げられた闘気と、完璧な理合による体重移動が乗った一撃だ。

泥棒の眼球がカッと見開き、声にならない悲鳴と共に胃液を吐き出しそうになる。

「きゅぽっ」

間髪入れず、待機していた喰丸が泥棒の口元に張り付き、吐瀉物を一滴残さず丸呑みにした(衛生管理も完璧だ)。

白目を剥き、完全に気絶する泥棒。

戦闘時間、わずか5秒。資産への被害ゼロ。カーペットの汚れゼロ。

完璧なオペレーションだった。

     * * *

それから数十分後。

屋敷の広間には、急報を受けて駆けつけたルナハン憲兵隊の面々と、息を切らして帰宅したマリア、そしてアークスの姿があった。

「リアン! 無事か! 泥棒が入ったと聞いて、訓練を切り上げて飛んできたぞ!」

「あーう! パパ、ママ、怖かったよぉ!」

俺は即座に『怯える4歳児』のペルソナを被り、マリアの胸に飛び込んで嘘泣きを開始した。

広間の中心には、ぐるぐる巻きに縛られた泥棒(先ほど目を覚ました)が転がされている。

「おのれ、卑劣な泥棒め! 留守を狙って我が家に侵入し、あまつさえ愛する息子を狙うとは! 万死に値するぞ!」

アークスが闘気を爆発させ、広間の空気がビリビリと震える。

縛り上げられた泥棒は、恐怖で顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、憲兵に向かって必死に叫んだ。

「ち、違うんです! 信じてください! 確かに俺は泥棒に入りました! でも、俺を捕まえたのはそこのガキなんです!! そいつ、いきなり真っ黒いバケモノを呼び出して俺を縛り上げて、俺のみぞおちに、信じられねぇくらい重いパンチを……っ!!」

「……」

広間に、しんとした沈黙が落ちた。

憲兵の隊長が、冷ややかな、虫ケラを見るような目で泥棒を見下ろした。

「……貴様。罪を逃れるために、そんな見え透いた嘘をつくのか」

「う、嘘じゃねぇ! 本当なんです! そのガキは悪魔だ! 4歳の力じゃねぇ! 俺の肋骨にヒビが入って……!」

「ええい、黙れっ!!」

憲兵隊長が一喝した。

その怒声に、泥棒がビクッと肩を跳ねさせる。

「ここはルナハン騎士団を統べる、アークス団長様の御屋敷だぞ! その輝かしい血を引くリアン坊っちゃんに向かって、悪魔だと!? 戯言を抜かすな! 4歳の幼児が、どうやってお前のような大の大人を倒せるというのだ!」

「そ、それは……」

「自分の未熟なドジで転んで気絶した挙句、子供に責任をなすりつけるとは……。盗賊の風上にも置けぬ、人間のクズめ! 連行しろ! 厳罰に処す!」

憲兵たちに両脇を抱えられ、泥棒は「信じてくれぇぇっ! 腹の青アザを見てくれぇぇっ!」と泣き叫びながら、屋敷から引きずり出されていった。

泥棒よ、哀れだな。

この世界において『常識』とは、権威ステータスの前には無力なのだ。

元A級冒険者の騎士団長という絶対的な権威の前では、お前のようなコソ泥の真実など、ただの滑稽な言い訳にしか聞こえない。

「リアン……怖かったわね。もう大丈夫よ。ごめんなさいね、一人にしてしまって」

「ううん、へいきだよ、ママ! ぼく、いい子にお留守番してたもん!」

俺は満面の笑み(+15ptボーナス)を向け、マリアとアークスの親バカ心を存分に満たしてやった。

『ピロリン♪』

【システム:家屋への侵入者を撃退し、家族の資産と平和を守り抜きました。特大ボーナス+100pt】

【現在の善行ポイント:240pt】

(……よしっ!)

俺はマリアの胸の中で、密かにガッツポーズを取った。

これでまた、地球産の高級食材や便利グッズを大量に仕入れることができる。

泥棒という不確定要素イレギュラーを利用して、逆に利益ポイントを最大化する。これぞ、経営の基本だ。

俺の平穏(偽装されたスローライフ)は、憲兵という公権力のお墨付きを得て、今日も完璧に守り抜かれたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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