EP 7
初召喚。万能ゴミ箱(喰丸)とDIYアサシン(影丸)
「乾杯だぁぁぁっ! 我が息子、リアンの輝かしい未来に!!」
「「「おおおおおぉぉぉっ!!」」」
1階のダイニングから、地鳴りのような歓声とグラスを打ち鳴らす音が響き渡っている。
ユニーククラスの『召喚術師』という鑑定結果に有頂天になった父アークスが、ルナハン騎士団の部下たちを非番・勤務中問わずに家に招き入れ、盛大な宴会を開いているのだ。
母マリアも「今日だけは特別よ」と、秘蔵の高級ワインを大盤振る舞いしている。
そんな狂乱の宴をよそに、3歳の俺は2階の自室(広めの子供部屋)で、一人静かにベビーベッドの上に胡座をかいていた。
両親には「はしゃぎすぎて疲れちゃったみたい」と極上の作り笑い(+5pt)を向けて、早々に寝かしつけられてきたところだ。
(やれやれ……あんな喧騒の中にいたら、余計な体力と気力を消費するだけだからな。俺は俺の仕事をしよう)
俺は目を閉じ、脳内のインターフェースに意識を集中させた。
すると、お馴染みの『善行型ネット通販』のウィンドウの隣に、真新しいタブが追加されていることに気がついた。
【スキル:召喚(小・中・大・極)】
(あの芋ジャージ女神……偽装工作のために、本当に召喚スキルを後付けでインストールしやがったのか)
ネット通販のアイテムを取り出す動作を「召喚」と言い張るだけかと思いきや、システムとしてガッツリ実装されている。
これなら、たとえ高位の魔導士に魔力の流れを解析されたとしても、完全に『召喚術師』としてパスできるだろう。あのポンコツ女神にしては、気が利いているじゃないか。
(よし。親が酔い潰れている今のうちに、どんなものが呼び出せるのかテスト(試運転)をしておこう。まずは一番魔力消費が少なそうな『小』からだ)
俺は簿記の基本である『スモールスタート(最小投資での検証)』の原則に従い、ほんの少しだけ魔力を指先に集め、ベビーベッドの前の床に向かって放った。
ぽぅっ、と淡い魔法陣が床に浮かび上がる。
直後、ポンッという間の抜けた音と共に、煙の中から『それ』が現れた。
「きゅ?」
体長およそ30センチ。
ずんぐりとした円筒形のフォルム。つぶらな点のような目。
どう見ても、巨大な『ワーム(芋虫)』であった。
(……なんだこれ。ユニーククラスの召喚獣っていうから、小型のドラゴンとか妖精が出るのかと思ったら、ただの虫じゃないか)
前世の厨房で虫は絶対のタブー(衛生管理の敵)だ。思わずスリッパで叩き潰しそうになったが、ワームは俺を見上げて「きゅきゅっ」と愛想よく尻尾を振っている。
試しに、俺は部屋の隅にあった『木製の積み木(父が買ってきたが、塗料の匂いがキツくて放置していたもの)』をワームの前に投げてみた。
ガポォッ!!
ワームの口が、自身の体積の3倍はあろうかという大きさに開き、積み木を丸呑みにした。
咀嚼すらしない。ただの一瞬で、木製のブロックが次元の彼方へ消え去った。
「きゅー♪」
満足げに鳴くワーム。
俺は戦慄と同時に、脳内で猛烈な勢いで電卓を弾いた。
(有機物、無機物を問わず、一瞬で完全消滅させる……だと? しかも排泄物や臭いも一切ない。こ、これは……!!)
最強の『万能ゴミ箱(焼却炉)』ではないか!!
飲食店や家庭において、廃棄物処理のコスト(ゴミ捨ての手間、臭い対策、処理費用)は常に悩みの種だ。
だが、こいつがいれば、不用品や親から与えられたマズい料理(ドラゴンの挽き肉など)、証拠隠滅したいあらゆるものを、コストゼロ・痕跡ゼロで処理できる!
「お前は今日から『喰丸』だ。よろしくな、俺の優秀な清掃業者」
「きゅっ!」
喰丸は嬉しそうに俺の足元に擦り寄ってきた。
素晴らしい。初っ端から超優良なアセット(資産)を引き当ててしまった。
気を良くした俺は、続いて【召喚(中)】のタブをタップした。
(『小』でこれだけ実用的なら、『中』はもっと凄い有能な労働力が来るはずだ!)
先ほどよりも多めに魔力を練り上げる。
今度は床に広がる魔法陣が、禍々しい漆黒の光を放ち始めた。
部屋の温度が急激に下がり、影が壁を這うようにして一点に収束していく。
ズズズズズ……ッ!
影の沼からせり上がってきたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ、恐ろしくエッジの効いた『騎士』だった。
兜の奥からは血のように赤い眼光が漏れ、両手には禍々しいオーラを纏った鋭い爪が伸びている。
見るからに『暗殺者』や『魔王軍の幹部』といった出立ちだ。周囲の影と影の間を自在に移動し、ターゲットの息の根を確実に止める、生粋の殺戮マシーン。
漆黒の騎士は、音もなく俺の前に片膝をつき、恭しく頭を垂れた。
『……我が主。ご命令を。標的は誰ですか。血の雨を降らせましょうか』
直接脳内に響く、冷酷でドス黒いテレパシー。
普通に考えれば、3歳の幼児がこんな凶悪な魔物を呼び出せば、恐怖で泣き叫ぶかチビる場面だ。
だが、俺は三ツ星レストランの鬼の副料理長。そして簿記1級を持つ冷徹なコストカッターである。
俺は騎士の禍々しい殺気など完全に無視し、腕組みをして顎をしゃくった。
「お前。名前は『影丸』だ。手先の器用さと、刃物の扱いに自信はあるか?」
『……は? 刃物、ですか? 私は影の騎士。このシャドウクロウは、鋼鉄の鎧すら豆腐のように切り裂きますが……』
「よし、採用」
俺は、先日ネット通販で購入したまま隠してあった地球の『高級キャベツ(無農薬)』を、影丸の目の前にゴロンと転がした。
「キャベツの千切りだ。幅は1ミリ均一。水っぽくならないように、細胞を潰さず、断面を美しく仕上げろ。制限時間は10秒。やれ」
『……へ? あ、いや、私は暗殺を……』
「や・れ」
俺が『天極流』の丹田の呼吸を用いて、低く凄みのある声で命じると、影丸の赤い眼光がビクッと揺れた。
三ツ星厨房で新人を指導する際の、絶対的なプレッシャー。魔物であろうと、労働者である以上、ボスの命令には絶対服従だ。
『ハ、ハハッ!』
影丸の両手の爪が、目にも留まらぬ速さで閃いた。
シャシャシャシャシャシャシャッ!!!
美しい銀閃が空中で交錯し、キャベツがふわりと宙に舞ったかと思うと、次の瞬間には、皿の上に完璧な『幅1ミリの千切りキャベツの山』が完成していた。
切り口は鋭利で、水分を一切逃していない。プロの料理人顔負けの、芸術的な千切りだ。
(素晴らしい……! ダマスカス鋼の高級包丁をも凌駕する切れ味。これなら、肉の筋切りも野菜の仕込みも秒殺だ。最高の副料理長じゃないか!)
俺は満足げに頷いた。
「見事だ影丸。お前の爪は最高だ。ついでに、このベビーベッドの柵、少しガタついているから直しておいてくれ。釘は使わず、木組み(ホゾ接ぎ)で頼むぞ」
『……承知、いたしました。主よ』
影丸は少し哀愁を漂わせながらも、影に沈み込み、あっという間にベビーベッドの補強工事(DIY)を完遂した。
恐るべき機動力と精密性。大工やリフォーム業者としても超一流の腕前だ。
俺はベッドの上で、深々と息を吐き出した。
(完璧だ。なんという圧倒的な生産性……!)
『善行型ネット通販』で最高品質の食材と資材を仕入れ、
『影丸(中)』が完璧な仕込みとDIY(環境整備)を行い、
発生したゴミや不要物は『喰丸(小)』が完全隠滅する。
これは最早、一つの完成された企業である。
俺が指先一つ動かさずとも、この部屋の中で極上の衣食住が完結する。
あの適当な女神が押し付けたカバー用スキルが、まさかここまで俺の『スローライフ計画』を強固なものにするとは。
「ふふっ……はーっはっはっは!」
俺は三歳児らしからぬ邪悪な笑いを漏らしながら、影丸が刻んだシャキシャキのキャベツを堪能した。
下階からは、まだ両親たちが「召喚術師バンザイ!」と騒ぐ声が聞こえてくる。
彼らは知らない。俺が呼び出した恐るべき魔物たちが、すでに『有能なゴミ箱』と『便利な家政夫』として、俺の快適なヒモ生活のためにフル稼働させられていることを。
俺の華麗なる第二の人生は、更なる黒字に向けて、力強く加速し始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




