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EP 6

3歳のスキル検査と、忌まわしき芋ジャージ像

月日が流れるのは早いもので、俺がリアン・クラインとしてこの世界に爆誕してから、無事に3年の歳月が経過した。

3歳となった俺の日常は、控えめに言って『完璧な黒字経営』を維持している。

母マリアによる毎日の『回復魔法(過剰ドーピング)』のおかげで、俺の身体能力と魔力は完全に同年代の規格をぶっちぎっていた。言葉も流暢に話し、走り回ることもできる。

だが、俺は極力「手のかからない、大人しくて賢い子供」を演じている。

無駄な体力は使わず、両親に極上の笑顔ホスピタリティを振りまき、ひたすら『善行ポイント』を稼ぐ日々。

貯まったポイントは、地球産の高級マットレス(赤ん坊の睡眠の質は超重要だ)や、オーガニックの無添加おやつ、さらには親の目を盗んで飲むための『100%果汁ストレートジュース』などに変換され、俺の裏スローライフの質(QoL)を爆上がりさせていた。

そんな順風満帆な俺に、異世界テンプレとも言える『避けては通れないイベント』がやってきた。

「さぁリアン! 今日は待ちに待った『スキル検査』の日だぞ!」

朝からテンションが限界突破している父アークスが、俺を肩車して叫んだ。

このアナスタシア世界では、子供は3歳になると教会へ赴き、女神像の前で自身の魂に刻まれた『スキル』と『素質』を判定する儀式を行うのが義務となっている。

「アークス、落ち着いて。リアンが落ちちゃうわよ。でも……本当に楽しみね。リアンは魔力の通りが凄まじいから、きっと素晴らしい魔法系スキルが発現するはずだわ」

マリアもウキウキと頬を染めている。

元A級冒険者の両親としては、息子が『剣聖』だの『賢者』だのといった強力なスキルを持っていると信じて疑わないらしい。

(やれやれ……親の期待値ハードルが高すぎるのも考えものだな)

俺は心の中でため息をついた。

俺の魂に刻まれているのは『善行型ネット通販』という、ファンタジー世界にあるまじきゴリゴリの資本主義スキルだ。

もし教会の判定水晶に『ネット通販』なんて表示されれば、確実に異端審問にかけられるか、国家の秘密機関に拉致されてアマ〇ン・プライムの如くこき使われるに決まっている。

(頼むから、水晶には『計算』とか『料理』とか、適当で無難なスキルが表示されてくれよ……『粉飾決算』は簿記1級の俺の得意分野なんだから)

そんな切実な願いを胸に秘め、俺たちクライン一家はルナハン街の中央にある『ルチアナ教会』へと足を踏み入れた。

     * * *

ステンドグラスから差し込む荘厳な光。

静寂に包まれた礼拝堂は、神秘的な空気に満ちていた。

祭壇の前では、白と金の法衣に身を包んだ老神父が、恭しく頭を下げている。

「よくぞ参られました、アークス様、マリア様。そしてリアン君。さぁ、こちらへ。偉大なる創世の女神、ルチアナ様の御前へ」

神父に促され、俺は祭壇の中央へと歩み出た。

そこには、見上げるほど巨大で、精巧に彫り込まれた大理石の『女神像』が鎮座していた。

「さぁ、リアン。女神様に祈りを捧げるんだ」

父に背中を押され、俺は女神像を見上げた。

そして、顔の筋肉が盛大に引きつった。

(……は?)

俺は我が目を疑った。

三ツ星レストランで培った俺の優れた動体視力と観察眼が、その女神像の異常性を寸分違わず捉えてしまう。

大理石で彫られたその女神は、確かに顔の造形だけは息を呑むほど美しい。

だが、その首から下。

女神の身体を包んでいるのは、どう見ても神聖なドレスなどではない。

襟元までチャックが上がり、袖口には明確な『二本線』が彫り込まれた……間違いなく、ダサい『ジャージ』である。

さらに足元をよく見れば、サンダルの底に無数のイボイボが彫刻されている。まごうことなき『健康サンダル』だ。

極めつけに、右手に掲げているのは分厚い聖書ではなく、どう見ても長方形の『スマートフォン』であり、左手の指に挟んでいるのは小さな筒状のタバコだった。

(あのクソ女神ぃぃぃぃぃっ!! そのまんまじゃねーか!!)

俺は思わず祭壇をひっくり返しそうになった。

前世で俺を過労死認定し、健康サンダルで顔面を蹴り飛ばして強制転生させた、あのコタツ部屋の芋ジャージ女神(永遠の17歳)。

その姿が、寸分違わぬクオリティで大理石に刻まれているのだ。

「おお……リアン君。女神様の美しさに心打たれましたか」

俺の引きつった顔を感動と勘違いした老神父が、うっとりと語り始めた。

「このルチアナ様が身に纏っておられるのは、『桃色の聖衣ピンク・ジャージ』。そして御足を守るは、健康を司る『突起の聖靴イボ・サンダル』。右手には世界の叡智を収めた『石版スマホ』、左手には神聖なる香を焚く『浄化のタバコ』を持っておられるのです。なんと尊いお姿か……」

「……あーう」(違う、それただの干物女の部屋着だ。あと浄化の筒じゃなくて副流煙だ)

真顔で解説する神父の言葉に、俺は三ツ星フレンチの銀のクロッシュ(蓋)を開けたら、カップラーメンの食べ残しが入っていた時のような絶望感を覚えた。

この世界の住人は、あのふざけた女神の姿を『神聖なもの』として完全に誤認しているらしい。

「さぁリアン、この『判定の水晶』に手を触れてごらん」

マリアに促され、俺は女神像の足元に置かれた透明な水晶球に手を伸ばした。

触れた瞬間。

カッ!と水晶が眩い光を放ち、周囲の景色がピタリと停止した。

いや、時間が止まったのだ。

そして、俺の脳内に直接、あの忌まわしい声が響き渡った。

『あー、あー。テステス。マイクテスト。聞こえてるー?』

(……ルチアナ!)

脳内に響く声の背景からは、「ポテチをボリボリ食べる音」と、「ソシャゲのガチャを回す確定演出の音」が聞こえてくる。神としての威厳はゼロだ。

『やっほー、過労死くん。元気にヒモ生活やってるみたいねー。で、スキル検査でしょ? 実はちょっと問題があってさ』

(問題? ……もしかして、俺の『善行型ネット通販』のことか?)

『そそ。あれ、私がノリで作った規格外(システム外)のスキルだからさ。教会の水晶を通すと、エラー吐いて世界がバグるか、「異端のチート能力者」として国にロックオンされちゃうわけよ』

(おいおい! スローライフ希望の俺にとって致命的すぎるだろ! ちゃんと偽装しろよ!)

俺の脳内ツッコミに、ルチアナは『あー、はいはい』と適当な相槌を打つ。

『だからねー、今ここで帳尻合わせといたから。表向きのスキル表示を【召喚サモン】に上書きしといたわ。てへっ♡ これでバレないバレない!』

(てへっ♡じゃない! 召喚術!? そんな目立つ戦闘系のスキルに偽装したら、親の期待がさらに跳ね上がって面倒なことになるだろ! もっと『計算』とか『農作業』とか地味なのにしろ!)

『えー、もうエンターキー押しちゃったもん。無理無理。それに、ネット通販で買った地球のアイテムを虚空から取り出す動作、傍から見たら「召喚」っぽいでしょ? 辻褄は合ってるって。じゃ、ガチャで推しのSSR出たから切るねー。バイバーイ!』

(あ、おい! 逃げるなクソ女神!)

ブツッ、という音と共に念話が切れ、同時に周囲の時間が動き出した。

俺が手を置いた水晶球の中に、金色の文字が浮かび上がる。

老神父がそれを覗き込み、目を限界まで見開いた。そして、礼拝堂の空気を震わせるほどの大声を上げた。

「こ、これは……!! 【召喚サモンスキル】!! それも、過去に例を見ないほどの特大の魔力波長! 『ユニーククラス』の召喚術師ですぞ!!」

「「な、なんだってえええぇぇぇっ!!??」」

アークスとマリアが、歓喜と驚愕の入り交じった絶叫を上げた。

「俺の息子が、ユニーククラスの召喚術師!? はっはー! さすがリアンだ! 将来はドラゴンでも呼び出して、俺と一緒に魔王軍を殲滅しにいくぞ!」

「すごいわリアン! 伝説の召喚獣を使役する大魔導士になれるかもしれないわね!」

両親が俺を抱き上げ、涙を流して喜んでいる。

神父も「奇跡だ、ルチアナ様の祝福だ」と祈りを捧げている。

その熱狂の中心で、俺は一人、冷ややかに脳内ソロバンを弾いていた。

あの芋ジャージ女神の適当な偽装工作(粉飾)のせいで、俺の『無能な赤ん坊を演じる』という事業計画に大幅な修正を余儀なくされた。

(チッ……召喚術師テイマーか。なら仕方ない。この【召喚】という設定すらも利用して、俺のネット通販スキルを完璧に隠蔽するシナリオを構築してやる)

最強のヒモになるための道は、思いのほか険しい。

俺は心の中で毒づきながらも、両親に向けて本日最大出力の『極上の笑顔(+10pt)』を振りまいたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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