EP 10
マスクメロンの終焉と、いつもの夜食(ポポロ亭の日常)
リアンによる【強制監査(ガサ入れ)】と、リーザの【圧倒的暴食】によって、ポポロ村の農業区画を支配していた『CLUB・メロロン』は一夜にして壊滅した。
生き残った最高級のクイーンとプリンスたちは、リアンの手引きにより『ポポロ・ブランドの超高級嗜好品』として、ルナミス帝国の首都へと出荷(派遣)された。
カネと暇を持て余した大貴族たちは、自身の承認欲求を完璧に満たしてくれる魔性の果実(トップキャバ嬢とナンバーワンホスト)に骨抜きにされ、雨のように金貨を降らせているという。
結果として、ポポロ村には帝国から莫大な外貨(税収)が落ちることとなり、村の財政はかつてないほどの潤いを見せていた。
* * *
「……う、ううん……」
翌朝。泥沼家のリビングに差し込む眩しい朝日で、武蔵は重い瞼を開けた。
二日酔いのような、頭の芯がぼんやりとする不快感。だが、それ以上に彼の目を覚まさせたのは、目の前のテーブルに置かれた【惨状】だった。
「……なんだ、こりゃあ」
武蔵の前に置かれていたのは、カラカラに乾いた『生米』が入った茶碗と、水道水の入ったコップ。
そして、部屋の隅には、自分が着ていたサイズ違いのダボダボのスーツが脱ぎ捨てられており、向かいの席では、派手なドレスを着たまま化粧をドロドロに崩した妻の恵が、虚ろな目で宙を見つめていた。
「め、恵……?」
「あなた……。私……私、なんて馬鹿なことを……」
メロロンが村から消え去り、致死量のフェロモン(洗脳)から解放されたことで、二人の脳内の『疑似恋愛フィルター』は完全に解除されていた。
幸彦。仁美。
愛しのホストとキャバ嬢だと思い込んで全財産を貢ぎ、互いに罵倒し合い、ついには離婚届まで突きつけ合った不倫相手。
……その正体が、【ただの一つのメロン】であったという残酷な事実(現実)が、鮮明な記憶となって二人の脳髄を容赦なく殴りつけた。
「俺は……俺はメロン相手に、鼻の下を伸ばして、来年の種籾の金まで……」
「私なんて……メロンに特濃肥料を貢ぐために、トラクターの貯金を全部……」
ぽろり、ぽろり。
二人の目から、幻覚から覚めたことによる羞恥と、自己嫌悪の涙が溢れ出した。
「う、うおおおおおんっ! 恵ぃぃっ! すまねぇっ! 俺が馬鹿だったぁぁっ!」
「あなたぁぁぁっ! ごめんなさい! 私も、私が悪かったわぁぁっ!」
武蔵と恵は、テーブルを挟んで互いの手を取り合い、子供のように声を上げて号泣した。
「もう……もう二度と、あなたに生米なんて食べさせないわ! 今日からまた、私が美味しいご飯をいっっぱい作るからぁっ!」
「俺もだ! 酒なんて一滴も飲まねぇ! 明日からまた、二人で一緒に太陽芋を育てるんだぁぁっ!」
狂気の『マスクメロン(仮面)夫婦』の協定は、ここに完全に破棄された。
疑似恋愛という悪夢を乗り越え、彼らは再び、村で一番の『おしどり夫婦』へと戻ったのである。
* * *
その日の夜。
ポポロ亭の厨房には、久しぶりに活気と、芳醇なスパイスの香りが満ち溢れていた。
正気を取り戻した泥沼夫妻をはじめとする農家たちが、謝罪のしるしとして、朝一番で採れたての新鮮な野菜を山のように納品してくれたのだ。
リアンは、タローマン製防刃ジャージの上に真っ白なエプロンをきゅっと結び、包丁をリズミカルに振るっていた。
「……よし。仕込みはこんなものか」
リアンが用意したのは、新鮮な夏野菜をふんだんに使った『ポポロ亭特製・夏野菜カレー』である。
甘みの強い『ハニーかぼちゃ』と、素揚げした『月見大根』、そしてホロホロになるまで煮込んだ『シープピッグ(豚肉)』が、数種類のスパイスをブレンドした特製ルーの中で黄金色に輝いている。
そして、その傍らには、美しいガラスの皿に盛られた『前菜』が用意されていた。
「リアン様ぁ……。そのお皿に乗っている、とっても美味しそうなものはなんですの……?」
厨房の入り口から、リーザがヨダレを垂らしながら覗き込んでいる。
「昨日、お前が半分食い散らかしたメロロンの残りで作った、『特製生ハムメロン』だ」
リアンは、薄くスライスした塩気の強い生ハム(シープピッグの熟成肉)を、エメラルドグリーンの果肉の上に美しく盛り付けながら答えた。
「魅了のフェロモンを放つ器官は完全に切除してある。後に残るのは、極上の糖度と果汁だけだ。生ハムの塩味が、メロロンの暴力的な甘さを引き立て、極上のアペタイザー(前菜)になる」
「うひょぉぉぉっ! さすが店長さんっ! 究極の飯テロ配信の予感だよぉっ☆」
キュララがドローンカメラを回しながら歓声を上げる。
「さぁ、冷めないうちに食え」
リアンが料理をホールへ運ぶと、クランのメンバーたちは一斉にテーブルに群がった。
「んんん〜っ!! カレーのスパイスが、疲れた胃袋に染み渡りますわーっ!」
リーザが、カレーを飲み物のような速度で胃袋に流し込む。
「ガハハ……! 嬢王に全財産むしり取られて、俺様の財布はすっからかんだが……この生ハムメロンの美味さがあれば、また明日からダンジョンで稼ぐ気力が湧いてくるぜ……っ!」
イグニスが、涙ぐみながら生ハムメロンを咀嚼し、戦士としての気力(と金銭感覚)を僅かに取り戻している。
「リアン君のご飯が一番美味しいよぉ♡ ホストのメロンなんかより、リアン君の作ってくれたカレーの方がずっとずっと愛を感じるもんっ♡」
キャルルが、ヤンデレ特有の重い愛情を込めて、リアンの腕にすりすりと頬擦りをする。
店内に、賑やかな笑い声と、食器が触れ合う心地よい音が響き渡る。
疑似恋愛の狂気とは違う、地に足の着いた、確かな現実の温かさがそこにはあった。
「ふふっ♡」
その温かい輪の中心で、純白のドレスを着たエルフ・ルナが、ふんぞり返ってドヤ顔を決めていた。
「どうです皆様! 私が撒いたメロロンの種のおかげで、村には帝国の外貨が落ちて、こうして美味しいデザートまで食べられましたわ!
やっぱり私、ポポロ村の活性化と経済成長に、多大なる貢献をしましたわね!」
ニコニコと笑う天然の厄災の顔を、リアンは冷たい目で見下ろした。
「ああ、そうだな。結果的に村は潤った。……だが、それは俺が『強制的にビジネスモデルを書き換えた』からだ。
お前が引き起こしたサプライチェーン崩壊(仕入れ危機)の罪が消えるわけじゃない」
「……え?」
ルナの天使の笑顔が、ピシリと固まった。
「ルナ。お前には明日から一週間、ポポロ村の泥沼家の畑で『無給の耕作作業(肉体労働)』の刑を命じる。
魔法の使用は一切禁止だ。自分の手と鍬だけで、荒れ果てた太陽芋の畑を元通りにしてこい」
「え、ええええええっ!? そ、そんなぁ! 私、エルフの王女様ですのに! 優雅なティータイムがなくなってしまいますわーっ!?」
ルナが悲鳴を上げて抗議するが、リアンは聞く耳を持たず、容赦なくシフト表に【ルナ:農作業(無給)】の文字を書き込んだ。
「嫌ならクビだ。……労働の尊さ(現実)を、たっぷりとその体に刻み込んでこい」
「ひどいですわぁぁぁんっ!!」
ルナの半泣きの声が、夜のポポロ亭に虚しく響き渡る。
それを見て、キャルルやイグニスたちが「自業自得だぜガハハ!」と笑い声を上げた。
* * *
食事が終わり、メンバーたちが片付けをしている間。
リアンは一人、厨房の奥のカウンターで、皮張りの分厚い帳簿を開いていた。
ページに記されているのは、帝国へ出荷した『高級メロロン』の売上と、ポポロ亭の今月の利益額。
その数字は、クソゲーのバグで稼いだ架空の【99999999G】には及ばないものの、現実の飲食店としては天文学的な黒字を叩き出していた。
「(……承認欲求だの、疑似恋愛だの、フワフワした感情に振り回されるから破滅するんだ。
最後に勝つのは、常に冷静に原価と利益を計算できる奴だけだ)」
リアンは、誰にも見えないように口角を僅かに上げ、微糖の缶コーヒーを喉に流し込んだ。
生態系を破壊する人生クラッシャーすらも、圧倒的な【ビジネス(搾取)】の力で最高級の商材へと変えてしまう。
最強のブラック企業『ホープ・クローバー』の辞書に、不可能と赤字という文字はない。
騒がしくも温かい、いつものポポロ亭の夜。
窓の外では、満月の光が、再び豊かな土の匂いを取り戻したポポロ村の畑を、優しく照らし出していた。
読んでいただきありがとうございます。
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