EP 8
リーザの暴食〜愛よりカロリー〜
ピンク色の魔導ネオンが妖しく明滅し、甘くむせ返るようなフェロモンが充満するポポロ村のビニールハウス群。
イグニスが秒速でキャバクラ(クイーンメロロン)の罠に落ちてVIPルームへと消えていった後、残されたリアンたちは、無数のメロロンたちに囲まれていた。
「ああっ……だめ、この匂い……頭が、フワフワしてくるよぉ……」
防毒マスクを必死に押さえていたキャルルだが、あまりのフェロモンの濃度に、その隙間から甘い香りが侵入してしまっていた。
ウサギの耳がへたりと垂れ下がり、焦点の合わない瞳で、足元にすり寄ってくる『プリンスメロロン』を見つめている。
『キャルル……君はいつも、あんな冷たいリアン君のために頑張ってるんだね。偉いよ。でも、君の優しさを利用するだけの男なんて、もう忘れちゃいなよ。僕が、君を本当のお姫様にしてあげるから……♡』
「え……? ほんと……? リアン君より、私を、愛してくれるの……?」
キャルルが、マスクを外そうと手を伸ばす。ヤンデレ特有の「愛されたい」という強烈な承認欲求が、メロロンの甘い囁きに完璧にハッキングされようとしていた。
「おい、キャルル。正気を保て!」
リアンが舌打ちをして、キャルルの首根っこを掴もうとした、まさにその時だった。
「――どきなさい」
地獄の底から響くような、怨念に満ちた低い声が、ピンク色のネオン空間に轟いた。
声の主は、特売の芋ジャージを着た人魚――リーザである。
彼女は防毒マスクも、ノイズキャンセリングのイヤーマフも一切付けていない。
メロロンたちの致死量のフェロモンを全身で浴びているにもかかわらず、その顔には「魅了」や「陶酔」といった色は微塵もなかった。
あるのはただ、らんらんと血走り、飢餓感に満ちた【捕食者】の目。
「お腹が……お腹が空きましたわーっ!! パンの耳とその辺の雑草のスープじゃ、もうカロリー(糖分)が足りませんのーっ!!」
リーザの腹の虫が、ハウスのビニールを震わせるほどの爆音で鳴り響いた。
『あ、あら……? そこのお姉さん。随分と飢えているのね……』
『僕たちが、君の心の隙間を、甘〜い愛で満たしてあげるよ? さぁ、こっちにおいで……』
クイーンとプリンス、数体のメロロンたちが、リーザのただならぬ気配に気づき、慌ててチャーム(魅了)のフェロモンを最大出力で放出した。
メロロンは、ターゲットの最も飢えている欲求を読み取り、それを満たす幻覚を見せる魔物だ。
彼らはリーザに対し、極上のイケメンホストや、絶世の美女の姿(幻覚)を投影し、究極の疑似恋愛(不倫)を持ちかけようとした。
『私たちはただ、愛する人に身も心も食べられて、永遠に一つに堕ちていきたいの……。あなたも、私と一緒に……』
「食べられて一つになりたい? そうですか! なら、遠慮なくいただきますわーっ!!」
ガブゥゥゥゥゥッ!!!!
『……へ?』
『……ぎゃぴぃぃぃぃぃぃぃっ!?』
ピンク色のロマンチックなムードなど、知ったことではない。
メロロンの感動的な「究極の愛(不倫)の告白」が最後まで言い終わる前に。
リーザは、目の前にいたプリンスメロロンに容赦なく飛びかかり、そのエメラルドグリーンの果肉を、大きな口で【物理的に】バリボリと噛みちぎったのである。
「うんまぁぁぁぁっ!! なんですのこれ!! すっごく甘くて、果汁がたっぷりで、糖度が天元突破してますわーっ!!」
リーザの口の周りから、メロロンの果肉と甘い果汁がベトベトと滴り落ちる。
芋ジャージの胸元は果汁で汚れ、その姿は愛に生きる乙女などではなく、完全に『飢えた野獣』そのものだった。
『ひぃぃぃっ!? な、なんだこの女!? 愛の囁き(チャーム)が全く効いていないぞ!?』
『いやぁぁぁっ! 痛い! 食べられ……本当に物理的に食べられてるぅぅっ!!』
メロロンたちがパニックを起こし、ぽよんぽよんと逃げ惑う。
彼らは「人間に愛されて、比喩表現として(あるいは種を残すために最終的に)食べられる」ことは望んでいたが、出会って3秒で一切の情緒もなく頭から丸かじりされることなど、想定しているはずがなかった。
「待ちなさいですわーっ! 無料の超高級フルーツバイキング!! わたくしのカロリー(利益)から逃げることは許しませんのーっ!!」
リーザは、お賽銭型掃除機を投げ捨て、四つん這いになって凄まじいスピードでメロロンたちを追い回し始めた。
ガツッ! ムシャァッ! バリボリバリッ!
「ああっ! 次のやつも甘いですわーっ! これはメロンジュースみたいで最高ですの!」
「こっちのは果肉がぽよんぽよんしてて、食べ応えがありますわーっ!」
クイーンだろうが、プリンスだろうが、リーザにとっては関係ない。
彼女の強欲な脳内フィルターでは、男も女も、ホストもキャバ嬢も、すべて『タダで食える高単価な糖分の塊』に変換されていた。
疑似恋愛(精神攻撃)を仕掛ける魔物に対し、物理的な【圧倒的食欲(貧乏性)】で徹底的に蹂躙していく。
「ヒッ……!? リーザちゃん、目がマジだよぉ……」
先ほどまで魅了されかけていたキャルルが、リーザのあまりの野蛮な捕食シーン(スプラッタ)を目の当たりにし、ドン引きして一瞬で正気を取り戻した。
だが、この惨状を見て、悲鳴を上げたのはメロロンたちだけではなかった。
「あ、ああああっ!! 俺の! 俺の仁美ちゃぁぁぁぁぁん!!」
ハウスの奥から、ダボダボのスーツを着た泥沼武蔵が、涙と鼻水を撒き散らしながら飛び出してきた。
彼の手には、半分かじられて無惨な姿になった『仁美』が握られている。
「よくも、よくも俺の愛しの仁美ちゃんをこんな姿に……っ! 許さねぇ! 悪魔めぇぇぇっ!」
「いいえ、それは私の幸彦よ!! ああっ、幸彦の美しい顔(網目模様)が、歯型でグチャグチャにぃぃっ!!」
派手なドレスを着た妻の恵も駆けつけ、同じメロンを巡って武蔵と取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「俺の仁美ちゃんだと言ってるだろうが!!」
「私の幸彦よ!! この泥棒猫!!」
「うるさいですわね! どっちでもいいですから、それもよこしなさいですわーっ!!」
リーザが、夫婦が奪い合っているメロロンを横からひったくり、そのままガブリと丸呑みにした。
「「ああああああああああっっ!!!」」
泥沼夫婦が、愛する人を目の前で捕食され、その場に崩れ落ちて絶望の叫びを上げる。
ポポロ村の農家たちが紡いできた感動の不倫ドラマは、芋ジャージの人魚の異常な食欲によって、ただの「無慈悲なフルーツバイキング」へと成り下がってしまったのだ。
「むぐむぐ……ぷはぁっ! ごちそうさまでしたわーっ!!」
わずか5分。
リーザがゲップを一つした頃には、あんなにハウスにひしめき合っていたメロロンの群れは、その半分以上が完全に胃袋の中へと消え去っていた。
リーザは、パンパンに膨れたお腹をポンポンと叩き、口の周りを果汁でベトベトにしながら、至福の笑顔を浮かべている。
「……たく。本当に加減を知らねぇな、お前は」
リアンは、防毒マスクを外し、半壊したハウスと、絶望して泣き叫ぶ農家たち(ホス狂いとキャバクラ親父)を見渡した。
『や、やめて……これ以上、私の可愛い子供たちを食べないで……っ!』
残された半分のメロロンたちを背にかばうようにして、ひときわ巨大な【クイーンメロロン(ボス)】が、リアンの前に進み出た。
彼女の果肉は震え、その声には、先ほどまでのあざとい誘惑は消え、恐怖に怯える母親のような悲痛な響きがあった。
『どうして……どうして人間の愛(搾取)を邪魔するの? 私たちはただ、愛する人に食べられて、一つになりたいだけなのに……っ!』
涙ながらに悲劇のヒロインを演じ、同情を誘おうとするクイーンメロロン。
だが、リアンは冷徹なプロデューサーの目で、そのボスの言葉を一蹴した。
「愛だと? くだらねぇ。お前らのやってる事は、農家の生産性(GDP)を奪い、経済を停滞させるただの『悪質なボッタクリバー』だ」
シャコンッ。
リアンは、腰に差した『白雪』を抜き放ち、その冷たい刃をクイーンメロロンの果肉にピタリと突きつけた。
「だが……お前らが持つその【強烈な依存性】と【付加価値】は、売り方次第で莫大な利益を生む」
リアンの瞳に、冷酷なブラック企業経営者としての『¥』マークが光る。
生態系を破壊する厄介な魔物(人生クラッシャー)を、いかにして自社の利益に変換するか。
最強のブラック企業による、魔物への【強制労働(業務提携)】の交渉が、今始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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