EP 7
歌舞伎町(メロロン畑)突入! イグニスの秒速陥落
ポポロ村の農業区画。
かつては青々とした葉が風に揺れ、土の香りと農家たちの朗らかな笑い声が響いていた、豊穣の大地。
だが、リアンたち【ホープ・クローバー】の面々が乗り込んだその場所は、もはや「農地」と呼べる代物ではなかった。
「……なんだ、ここは。異世界の歌舞伎町か?」
リアンは、目の前に広がる光景に呆れ果て、タローマン製防刃ジャージのポケットに手を突っ込んだまま呟いた。
日が沈みかけた薄暗い農地には、農業用の保温ランプではなく、下品なまでに鮮やかな【ピンク色の魔導ネオン】が煌々と輝いていた。
空気はむせ返るような甘い香りに満ち、ドスドスという安っぽい重低音の魔導BGMが響き渡っている。
ビニールハウスはすべて「VIPルーム」のような装飾が施され、入り口には『CLUB・メロロン』『HOST・プリンス』といった手書きの看板が立て掛けられていた。
「お待ちしておりましたわ、お客様っ♡」
「今日もお疲れ様です、お姫様♡ さぁ、こちらの席へ」
通路の両脇には、人間の頭よりも大きく育ち、エメラルドグリーンの果肉を豊満に揺らす【クイーンメロロン】と【プリンスメロロン】たちがズラリと並んでいる。
彼らは自力でポヨンポヨンと跳ねながら、訪れた農家のおじさん・おばさんたちを、極上の甘い声(幻聴)で巧みにハウスの奥へと誘導していた。
「ああっ、仁美ちゃぁん! 今日も一番高い特濃肥料、入れちゃうぞぉ!」
「幸彦……! 私の貯金箱、全部割ってきたわ! これでドンペリ(メロロン酒)入れてちょうだい!」
農家たちは、完全に理性を失った顔で、メロロンたちに全財産を貢ぎ続けている。
これが、ルナのばら撒いた『善意の種』がもたらした、ポポロ村の農業崩壊の最終形態であった。
「ひぃぃぃっ! や、やっぱりあのメロロンたち、完全にキャバ嬢とホストになってるよぉぉっ! この匂い嗅いでるだけで、頭がおかしくなりそう……っ!」
キャルルが、ウサギの耳を両手で必死に押さえ込みながら震え上がる。
「あらあら? 皆様、とっても楽しそうにニコニコされていますわよ! 私のお花畑大作戦、大成功(村おこし)ですわね!」
純白のドレスのエルフ・ルナだけが、この狂気の空間(ぼったくり歓楽街)を見て、両手を合わせて満面の笑みを浮かべていた。
「お前の目は節穴か。あれのどこが村おこしだ、完全な経済ヤクザのシノギだろうが」
リアンはルナの頭に容赦なくチョップを落とし、振り返ってクランのメンバーに指示を飛ばした。
「いいか、お前ら。絶対にあのメロンどもの声に耳を貸すな。香りを吸い込めば、脳の報酬系を一瞬でハッキングされて、あのアホな農家どもと同じように全財産を搾取されるぞ」
リアンは四次元魔法ポーチから、ゴツい【工業用防毒マスク】と【ノイズキャンセリング・イヤーマフ】を取り出し、メンバーに配り始めた。
「さっさとこれを装着しろ。俺たちはこれより、無許可で営業しているこの悪質なボッタクリ店舗(メロロン畑)を、物理的に強制監査(破壊)する。……おい、イグニス。お前も早く付け……」
リアンが振り返った、その瞬間だった。
「…………」
イグニスは、マスクを受け取ろうともせず、口を半開きにしたまま、呆然と畑の奥を見つめていた。
前章のクソゲーRTAにおいて、大魔王が『クマさんパジャマ』を着ていたことにショックを受け、すっかり戦意を喪失していた竜人の戦士。
その彼の濁りきった瞳に、再び強烈な光(狂気)が宿り始めていた。
『あら……? そこの、とっても強そうで、カッコいいお兄さん……』
イグニスの視線の先。
ひときわ大きく、網目模様が色っぽく歪んだ極上の【クイーンメロロン】が、ポヨンッと跳ねてイグニスに近づいてきた。
『お兄さん……なんだか、とっても悲しい目をしているわね。……何か、辛いことでもあったの?』
クイーンメロロンの放つ、致死量のフェロモン(甘い香り)。
そして、相手の心の傷を的確に抉り、都合のいい幻覚を見せるチャームの能力。
「あ、あぁ……。俺様は……俺様はただ、大魔王と熱い死闘を繰り広げたかっただけなんだ……。
それなのに、現実はクマさんパジャマで……掃除機で3秒で……。俺様の、俺様の戦士としての夢が……っ」
イグニスが、両手斧を取り落とし、メロロンの前で膝をついてポロポロと涙をこぼし始めた。
『……ふふっ。お兄さんは、ちっとも悪くないわ』
メロロンが、エメラルドグリーンの果肉を優しくイグニスの肩に擦り付けた。
イグニスの脳内では、絶世の美女が、豊満な胸に自分の頭を優しく抱き寄せてくれている映像が完璧に再生されていた。
『お兄さんは、本当に頑張ったのね。……強い人。でも、今日だけは、私の前で弱いところを見せてもいいのよ?
全部忘れて、私に甘えて。……私が、お兄さんの傷を、全部舐めて癒やしてあげるから……♡』
「…………っ!!」
竜人の脳髄に、数万ボルトの電流が走った。
戦士としてのアイデンティティを打ち砕かれ、空っぽになっていたイグニスの心に、魔性のメロンの『全肯定の甘やかし』が、スポンジのようにズブズブと吸収されていく。
「ああっ……! うおおおおおおおっ!! 嬢王!! 俺様を、俺様を慰めてくれぇぇぇっ!!」
イグニスは防毒マスクをかなぐり捨て、クイーンメロロンを両腕で力強く抱きしめた。
「こら、馬鹿野郎! イグニス!!」
リアンが舌打ちをして止めに入ろうとするが、遅かった。
「おらぁっ! この店で一番高い酒(メロロン酒)を持ってこい!! 俺様の全財産をこの嬢王に突っ込んでやる!! ボトル一本追加だぁぁぁっ!!」
『きゃああっ♡ お兄さん、太っ腹ぁ! だぁいすきっ♡』
ガハハハハハ!! と豪快に笑いながら、イグニスはクイーンメロロンを肩に担ぎ上げ、迷うことなくピンク色のネオンが輝く『VIPハウス』の中へと消えていった。
「…………」
リアンは、防毒マスクを持ったまま、呆れて立ち尽くした。
「秒速で陥落(ホス狂い化)しやがった……。あの脳筋、クソゲーのトラウマから立ち直ったと思ったら、今度はメロンに全財産貢ぐキャバクラ親父にジョブチェンジしやがったぞ」
「うわああああっ! イグニスがダメな大人になっちゃったよぉぉっ!」
キャルルが悲鳴を上げる。
「あら? イグニス様、とっても元気になって良かったですわ!」
ルナが拍手をして喜んでいる。
「喜んでる場合か、このポンコツエルフ。ウチのクランの貴重な前衛が、メロンのハニートラップに引っかかって完全に戦力外になったんだぞ」
リアンは深いため息を吐き、ドワーフ製の日本刀『白雪』の柄に手をかけた。
「おい、キャルル。お前は絶対にマスクを外すな。……あのボッタクリ農園を、俺が一人で更地にしてやる」
だが、リアンが刀を抜こうとしたその時。
背後から、不気味なまでの『よだれをすする音』が聞こえてきた。
「……じゅるり」
「ん?」
リアンが振り返る。
そこには、芋ジャージを着た人魚のリーザが立っていた。
彼女は防毒マスクも付けず、イヤーマフもせず。
ただ、らんらんと血走った瞳で、ネオンに照らされた無数の『メロロンたち』を、まるで【特大の食べ放題ビュッフェ】でも見るような熱い視線で見つめていたのだ。
「お腹が……お腹が空きましたわ……」
リーザの腹の虫が、重低音のBGMをかき消すほどの爆音でグゥゥゥゥ! と鳴り響く。
「ルナのせいでポポロ亭にご飯が届かなくて……パンの耳と雑草のスープじゃ、もうカロリーが足りませんの……。
あそこにある、丸々と太ったエメラルドグリーンの果肉……。糖度たっぷりの、超高級フルーツ……っ!」
リーザの口から、滝のようなヨダレが流れ落ちる。
『あ、あら……? そこのお姉さん……。私と、一つに……』
近くにいたプリンスメロロンが、リーザを魅了しようと甘い言葉を囁きかけた。
しかし。
「愛? 幻覚? 知ったことですか!!
わたくしはただ、圧倒的なカロリー(糖分)が欲しいんですのーっ!!」
強欲人魚の目に、疑似恋愛のフェロモンなど一切通用しなかった。
彼女の頭の中にあるのはただ一つ。
目の前に転がっているのが、【無料で食い放題の高級メロン】であるという事実のみ。
最悪のブラック企業【ホープ・クローバー】が誇る、物理的かつ圧倒的な【暴食の怪物】が、ついにその牙を剥いたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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