EP 6
サプライチェーン崩壊! ポポロ亭、食材枯渇の危機
泥沼家が最悪の『マスクメロン(仮面)夫婦』へと成り果てた頃。
ルナミス帝国に店を構える大衆食堂『ポポロ亭』の厨房では、かつてない深刻な危機が進行していた。
「……おい、キャルル。今日の農業ギルドからの納品はまだか?」
俺は、魔導冷蔵庫の扉を開けたまま、冷ややかな声でホール担当のヤンデレウサギに尋ねた。
ポポロ亭の生命線は、ポポロ村から直送される新鮮な無農薬野菜だ。甘みが強くてシチューにぴったりな『ハニーかぼちゃ』、シャキシャキの『レ足す』、そして主食となる『米麦草』や『太陽芋』。これらがなければ、ウチの看板メニューは一切作れない。
「う、ううん……。昨日も一昨日も、ポポロ村からは何の音沙汰もないよぉ。ギルドの配達員のおじさんも、『村の農家が誰も作物を卸してくれないんだ』って頭抱えてたし……」
キャルルが、申し訳なさそうにウサギ耳をペたんと垂らす。
「(……チッ。野菜の在庫が完全に底を突いたな。肉椎茸やシープピッグの肉はあるが、これじゃあバランスの取れた定食(商品)が組めねぇ)」
俺は、魔導通信石を取り出し、ポポロ村で最も信頼のおける専属契約農家――泥沼武蔵の番号をタップした。
あいつは、どんなに天候が荒れようとも、決して畑を見捨てない本物のプロの農家だ。あいつに直接掛け合えば、何かしらの備蓄を融通してくれるはずだ。
『……プルルルル。ガチャッ』
「俺だ、リアンだ。武蔵、悪いが急ぎで太陽芋と月見大根を回して……」
『ひっく……あぁん? なんだぁ、リアンかぁ……? わりぃなぁ、今日は無理だぁ……』
通信石の向こうから聞こえてきたのは、いつものシャキッとした親父の声ではなく、べろんべろんに酔っ払った、だらしのない中年オヤジのダミ声だった。
しかも、背景からは「むさししゃんっ、もぉっと飲んでぇっ♡」という、あざといアニメ声(幻聴)まで聞こえてくる。
「おい、武蔵。お前、真昼間から酒を飲んでるのか? 畑の収穫はどうした」
『はたけぇ? あぁ、そんなもん知るかよぉ! 俺は今、愛しの仁美ちゃんと同伴中で忙しいんだ!
今日はな、奮発して一番高い酒をボトルキープしてやったんだぜぇ! へへへっ、仁美ちゃん、俺のことカッコいいって言ってくれてよぉ……ひっく』
「…………は?」
俺は眉間を深く揉み込んだ。
なんだ、仁美って。泥沼の奥さんの名前は『恵』だったはずだ。
『あ、ごめんねぇリアンさん。この人、今ちょっと気分がいいみたいで』
不意に、通信石の向こうから、妻の恵の声が割り込んできた。
「恵さんか。ちょうどいい、旦那が昼間から女遊び(?)で酔っ払ってるぞ。あんたからもガツンと言ってやって……」
『ふふっ。夫が誰に貢ごうと、私には関係ありませんの。私たち、【マスクメロン夫婦】ですから』
「……マスクメロン?」
『ええ。そういうわけですから、ポポロ亭への納品は当分お休みさせていただきますわ。私、これから愛しの幸彦のために、特濃オーガニック肥料をエステ代わりにプレゼントしに行かなくちゃいけないの。それじゃあ、ごきげんよう♡』
ブツッ、ツーツーツー……。
通信石が一方的に切られた。
俺は、ディスプレイを見つめたまま、5秒ほど思考を停止させた。
あの、ポポロ村で一番真面目だった泥沼夫妻が、揃いも揃って訳の分からないホストとキャバ嬢狂い(?)になっている。
嫌な予感がした俺は、手当たり次第にポポロ村の農家たちに通信を入れた。
『わりぃ! 今、キャバクラ(ビニールハウス)にいるから後にしてくれ!』
『ごめんなさいね! 翔君が私から離れてくれないの!』
『うるせぇ! 俺の貯金は全部、姫のためのものだ!!』
全滅だった。
ポポロ村の農家という農家が、老いも若きも関係なく、全員が完全に何らかの『疑似恋愛』に狂わされ、農作業をボイコット(放棄)していたのだ。
彼らの口から共通して出てきた単語は、「ハウス」「甘い匂い」「私の幸彦」「俺の仁美」。
俺の脳内で、バラバラだったピースが一つの最悪な結論へと組み上がっていく。
「……おい」
俺は、振り返り、ホールで優雅に紅茶を飲んでいた純白ドレスのエルフを睨みつけた。
「ル、ルナちゃん! なんだかリアン君が、すっごくドス黒いオーラを出してるよぉ!?」
キャルルが震え上がる中、俺は静かにルナの正面に立ち、両手をテーブルについた。
「ルナ。数日前、お前が世界樹の森から持ち込んできた『メロロン』というふざけた魔物についてだが」
「はいっ! 甘くて美味しい、私からの差し入れですわね!」
ルナがニコニコと答える。
「あの時、お前が持ってきたのは『一つ』だけだったな。……残りの種は、どうした?」
俺の問いに、ルナはポンッと手を打って、天使のような笑顔で答えた。
「ああ、それならご安心くださいませ! 隔離エリアにはメロロンの種がたぁ〜っくさん落ちていましたので、ポーン(お掃除ゴーレム)たちに命じて、ポポロ村の農地に【全部】ばら撒いておきましたわ!
だって、あんなに甘くて良い匂いのする果物、農家の皆様にもお裾分け(サプライズ)してあげた方が、絶対に喜ばれると思いましたの!」
「…………」
「ね? 私、村の活性化に貢献しましたわよね!」
バキィッ!!
俺が握りしめていた魔導通信石に、無数のヒビが入った。
「貢献だぁ……?」
地獄の底から響くような声が、俺の口から漏れた。
「テメェがばら撒いたその種(人生クラッシャー)のせいで、ポポロ村の農家は全員、農地をホストクラブとキャバクラに改装して、仕事(生産)を完全放棄してやがるんだよ!!
その結果がどうなったか分かるか!? ウチの店への納品がストップ(サプライチェーン崩壊)したんだよ!!」
「ええっ!? ま、まさか……あんなに可愛らしい植物が、そんな悪さを……?」
ルナがようやく事態の深刻さに気づき、顔面を蒼白にさせる。
「当たり前だ! あのメロロンとかいう魔物はな、人間の『承認欲求』をハッキングして、ただひたすらに肥料と時間(労働力)を搾取し続ける【悪質な水商売のボッタクリシステム】なんだよ!
農家が農作物を育てず、あんな利益(食料)を生まない魔物に全資産を突っ込んでみろ。村の経済(GDP)は完全にストップし、ポポロ村は崩壊する!」
俺が机を叩いて激怒すると、床に寝そべっていた芋ジャージの人魚が、ビクゥッ! と跳ね起きた。
「む、村が崩壊!? そ、それはつまり、ポポロ亭の売上が落ちて、わたくしの給料(不労所得)が減るということですの!?」
リーザの瞳に、クソゲーで失った『99999999G』の幻影がフラッシュバックする。
「許せませんわ! わたくしのマネー(利益)を脅かす悪質なボッタクリバーなんて、このお賽銭型掃除機で全・没・収ですのーっ!!」
「そうだ。ビジネスにおいて、サプライチェーンを絶たれるのは死を意味する」
俺は、厨房の壁に立てかけてあったドワーフ製の日本刀『白雪』を手に取り、腰に差した。
「ガハハ……どうせこの世界は幻だ……。魔王もパジャマを着ているし……メロンもキャバ嬢になる……俺様はもう、何も信じねぇ……」
いまだに部屋の隅で体育座りをしているイグニスの首根っこを、俺は容赦なく引っ掴んで引きずり起こした。
「立て、イグニス。クソゲーの傷心に浸っている暇はねぇぞ」
「うぅ……リアン……俺様をどこに連れて行くんだ……?」
「決まってるだろう」
俺は、タローマン製防刃ジャージの襟を正し、極悪非道なブラック企業経営者の顔(本性)を剥き出しにして、獰猛な笑みを浮かべた。
「ポポロ村の農業区画を不法占拠し、無許可で悪質な水商売(疑似恋愛ビジネス)を展開している魔物の群れに――ウチのクラン総出で【強制監査(ガサ入れ)】に入る」
「ひぃぃぃっ! メロロンの畑に突入するの!? 私、あの甘い匂い嗅ぐと頭がおかしくなりそうになるから嫌だよぉぉっ!」
キャルルがウサギの耳を塞いで涙目で抵抗する。
「安心しろ。お前らには事前に、工業用の防毒マスクとイヤーマフを支給してやる。
……いいか。農家の親父やオバサンたちから、肥料だけ巻き上げて何も生産しない寄生虫のビジネスモデルは、この俺が徹底的に叩き潰す。
俺たち【ホープ・クローバー】のシマ(経済圏)で、俺よりタチの悪い商売をする奴は絶対に許さねぇ」
かくして。
純白のエルフがもたらした『善意の種まき(バイオテロ)』の尻拭いと、ポポロ亭の仕入れルート(サプライチェーン)を奪還すべく。
最強の無法者たちによる、異世界の歌舞伎町(ポポロ村農地)への武力介入が、今まさに始まろうとしていた。




