EP 10
クソゲー(バブル)崩壊と、現実(ポポロ亭)の温かさ
魔王を倒した勇者(俺)が、助け出したはずのお姫様を人質に取り、王様に【国家の全資産と権利の譲渡】という最悪の身代金要求を突きつけた、サタンクエストの王の間。
インフルエンサーの炎上生配信によって逃げ場を失った運営は、泣きながらシステムのソースコードをリアルタイムで書き換えるという凶行に及んだ。
『うううっ……! わかったわよ! 今、勇者のクリア報酬を「金貨100枚」から「国家の全資産譲渡」に書き換えるから……これで満足でしょぉぉっ!』
ルチアナがエンジェルすまーとふぉんのエンターキーを、ヤケクソ気味にターンッ! と叩き込んだ。
その瞬間だった。
『ピーーーーッ……ガガガガガッ……!!』
突如、王の間の空間が、モザイク状のノイズに覆われた。
王様NPCの顔面がスライムのようにドロドロに溶け、お姫様の首が180度回転し、空中のテクスチャがめちゃくちゃに剥がれ落ちていく。
「な、なんだ!? 何が起きてるんですの!?」
リーザがパニックを起こして叫ぶ。
「(……アホか。RPGのフラグ管理において、『国家の所有権がプレイヤーに移る』なんていう根幹設定を、稼働中のサーバーで無理やり書き換えればどうなるか……。当然、変数の矛盾が起きて、システム全体がパンクするに決まってる)」
俺が呆れてため息をついた直後。
空中に、巨大な【FATAL ERROR(致命的なエラー)】という赤い文字が敷き詰められた。
『ああっ!? サーバーのメモリが限界突破しちゃったぁぁっ!
私が徹夜で作ったプログラムが、ドミノ倒しみたいに崩壊していくぅぅぅっ!!』
ルチアナの絶望の叫びを最後に。
パリンッ!!
サタンクエストの仮想世界は、まるで薄いガラスが割れるように、完膚なきまでに粉々に砕け散った。
* * *
「……うわっ!」
強烈な浮遊感のあと。
俺たちの意識は、仮想空間から強制的にログアウト(排出)され、見慣れた大衆食堂『ポポロ亭』の店内へと引き戻されていた。
テーブルの上に置かれていた『魔導VRクリスタル』は、プシューッという焦げ臭い煙を上げながら、真っ黒な炭の塊へと変わっている。
「はーいっ☆ リスナーの皆、お疲れ様ーっ!」
現実世界に戻ってきても、キュララは全く動じることなく、ドローンカメラに向かって完璧な笑顔でエンディングトークを始めていた。
「というわけで、ルチアナ運営の新作『サタンクエスト』は、バグだらけ、パクリだらけ、そして開始1時間ちょいでサーバーが物理的に爆発(サ終)する、RPGの歴史に残る超絶クソゲーでしたーっ♡
みんな、絶対に買っちゃダメだよっ☆ キュララちゃんとの約束! それじゃ、今日の配信はここまで! ばいばーいっ♡」
『おつかれーww』
『伝説の炎上配信だったわww』
『クソゲーオブザイヤー大賞決定』
『絶対に買わねぇww』
キュララがウインクを決めて配信を切ると、ポポロ亭の店内に、ズゥゥゥン……という重苦しい沈黙が降りてきた。
「あぁ……ああぁぁぁっ……!! わたくしの! わたくしのカンストした99999999Gがぁぁぁっ!!
現実の世界に引き出せていないのに、データが消えてしまいましたわーっ!! わたくしの不労所得がぁぁぁっ!!」
芋ジャージのリーザが、真っ黒になったVRクリスタルにすがりついて号泣している。
「俺様の……俺様の求めていた、手に汗握る大魔王との死闘……。クマさんパジャマ……掃除機で3秒……うぅっ……」
イグニスは、現実に戻ってきてもまだ体育座りのまま、完全に虚無の目をしてブツブツと呟いている。
「リアン君と国盗り(クーデター)、楽しかったねっ♡ また次のゲームでも、一緒にNPCを強制労働させようねっ♡」
キャルルは俺の腕に抱き着きながら、ヤンデレ特有の激ヤバな感想をニコニコと述べている。
「うふふ、たくさんお掃除(物理破壊)できて、とってもいい汗をかきましたわ!」
最大の戦犯である天然エルフ・ルナは、一人だけ爽やかな笑顔を浮かべていた。
そして。
ポポロ亭の冷たい床の上には、もう一人。
えんじ色の芋ジャージを着て、スルメの残骸を握りしめながら、白く燃え尽きた灰のようになっている駄女神――ルチアナが倒れていた。
「終わった……。私の、私の起死回生の新規事業が……」
ルチアナが、エンジェルすまーとふぉんの画面を虚ろな目で見つめる。
「ゴッドチューブのゲーム専門レビュー欄……評価1・0……。
『アセットの使い回し』『無限増殖バグ放置』『魔王が弱すぎる』『開始1時間で世界が消滅した』『詐欺』……。
うわあああぁぁぁんっ!! これじゃ1本も売れないわよぉぉぉっ!! 私の月人君のライブチケット代がぁぁぁっ!! クレカの支払いがぁぁぁっ!!」
ルチアナは、ポポロ亭の床をバンバンと叩きながら、子供のように大号泣し始めた。
「自業自得だ」
俺は、床で泣き喚く駄女神を、冷徹な目で見下ろした。
「他人のふんどし(パクリ)で楽して稼ごうとするからそうなるんだ。
消費者は馬鹿じゃない。手間を惜しんで、上辺だけのガワを整えただけの粗悪品に、誰が自分の貴重な時間と金を払うか。
……ビジネスを舐めるな、ルチアナ。そんな脆弱な商売は、俺たちみたいな無法者(RTA走者)に少し叩かれただけで、あっという間に底が抜けるんだよ」
「うぅぅっ……正論すぎて言い返せない……っ! リアンのバカーッ! 鬼ーッ! 私だって頑張って徹夜したのにぃぃっ!」
ルチアナが涙目で俺を睨みつけてくる。
その時。
キュルルルルルルル……。
店内に、盛大な腹の虫の音が響き渡った。
音の主は、床で泣いているルチアナと、そしてVR空間で暴れ回っていた俺のクランメンバーたちだった。
「あ……。そういえば、ゲームの中で大暴れしたせいか、すっごくお腹空いちゃった」
キュララが、ぺこりとへこんだお腹をさする。
「わたくしも……。カンストした金貨の幻影を追うより、今はカツ丼が食べたいですの……」
リーザが力なく呟く。
俺は腕時計を見た。
ゲームの中にダイブしていたのは体感で1時間強だったが、現実世界の時刻はすでに夜の9時を回っていた。ディナーの仕込みどころか、すっかり夜食の時間だ。
「……チッ。手のかかる連中だ」
俺は短く舌打ちをすると、タローマン製の防刃ジャージの上から、真っ白な厨房用のエプロンをきゅっと結んだ。
「泣き言を言ってても腹は膨れねぇぞ。……そこでおとなしく座って待ってろ」
俺はそう言い残し、厨房へと向かった。
* * *
トントン、トントン……。
厨房に、包丁がまな板を叩くリズミカルな音が響く。
俺は、大鍋にたっぷりの湯を沸かし、あらかじめ打って寝かせておいた手打ちのうどんを放り込んだ。
隣のコンロでは、昆布とカツオ、そして『肉椎茸』から取った極上の黄金色のだし汁を温める。そこに『醤油草』の絞り汁と、ほんの少しの甘みを足して、最高のうどんつゆを仕上げていく。
具材には、分厚く切ったシープピッグ(豚肉)の甘辛煮と、シャキシャキの『たまんネギ』、そしてとろとろの半熟卵を乗せる。
ゲームの中のポリゴン(虚構)じゃない。
匂い、温度、音。すべてが計算し尽くされた、確かな『現実の価値』だ。
「……お待ちどお」
俺は、湯気を立てる特大の『ポポロ亭特製・肉月見うどん』を6つ、お盆に乗せてホールへと運んだ。
途端に、店内に肉とだしの圧倒的な香りが充満する。
「うわぁぁぁっ……! すっごくいい匂いっ!!」
「リアン様ぁぁぁっ! 神ですわ! あなたが真の神ですわーっ!」
先ほどまで絶望の底にいたクランメンバーたちが、目をキラキラさせてうどんの鉢に群がった。
床で泣いていたルチアナも、鼻をヒクヒクさせて起き上がり、テーブルの前にちょこんと座る。
「さぁ、冷めないうちに食え」
俺が促すと、全員が一斉に箸を割り、うどんをすすり始めた。
「んんん〜っ!! お出汁が身体の隅々まで染み渡るぅぅっ!」
「お肉が甘くて、たまんネギのシャキシャキ感が最高だぜ! ガハハ、悲しい気分が吹き飛んだぜ!」
「リアン君のうどん、世界一美味しいよぉっ♡」
ズズッ、ズズズッ。
温かいうどんが、無法者たちの胃袋と心を、優しく満たしていく。
「……ずずっ。美味しい……。あったかくて、すっごく美味しい……」
ルチアナが、うどんをすすりながら、大粒の涙をボロボロとこぼした。
先ほどまでの悔し泣きではない。張り詰めていた糸が切れ、美味しいものを食べたことによる安堵の涙だ。
「リアンのうどん……バグも起きないし、手抜きもないし……本当に、完璧ね。
……ごめんなさい。私、楽して稼ごうなんて、間違ってたわ。リアンが毎日、こんなに真剣に仕事(料理)に向き合ってるのに……私ったら、神様のくせに情けない……っ」
ルチアナが、鼻をすすりながら、ポツリポツリと反省の弁を口にする。
「……分かればいい。借金は、地道に日雇い労働(ルナミスデパートのレジ打ち)でもして返せ」
俺は、微糖の缶コーヒーを開けながら、素っ気なく答えた。
ふと店内を見渡す。
どんぶりを抱え込んで幸せそうに笑うキャルルとルナ。汁まで飲み干そうとするリーザとイグニス。そして、うどんをスマホで撮影して「#ポポロ亭の夜食最高」とつぶやいているキュララ。
承認欲求の化け物、強欲な詐欺師、ヤンデレウサギ、歩く経済テロリスト。そして、借金まみれの駄女神。
どいつもこいつも、コンプライアンス違反の常習犯で、手のかかるポンコツばかりだ。俺の胃に穴を開ける天才的な才能を持っている。
だが。
仮想現実のバグだらけの虚無を見た後だと、この騒がしくて面倒くさい『現実』が、悪くないと思えるから不思議だ。
「(……まぁ、俺が作った料理を、美味そうに食うことだけは評価してやるか)」
俺は、誰にも見えないように小さく口角を上げ、缶コーヒーを喉に流し込んだ。
神の作ったクソゲーを、わずか1時間で物理的・経済的に完全破壊した最強のブラック企業【ホープ・クローバー】。
彼らの非常識極まりない無法プレイは、ゲーム業界の伝説として永遠に語り継がれることになったが――ポポロ亭の夜は、今日も何事もなかったかのように、美味しい匂いと温かい笑い声に包まれて更けていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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