EP 5
ルナの善意と、生態系崩壊の危機
伝説の騎士ガウェインから身ぐるみ(イベントスキップ)を剥がし、パクリ疑惑濃厚な『伝説の武具一式』を装備した俺たちは、王都を抜けて魔王城へと続くフィールドを歩いていた。
資金カンスト、レベルカンスト、最強装備。
開始から一時間強で、RPGにおけるすべての準備(リソース調達)は完了している。
「(……さて、あとは魔王の首を取るだけだが。このクソゲー、無駄な寄り道のフラグがあちこちに散りばめられてやがる)」
俺がマップ画面(魔導ホログラム)を睨みながら舌打ちをしていると、街道の脇に、ボロボロの服を着た一人のNPC(少年)がうずくまっているのを発見した。
「うぅ……お腹が空いたよぉ……。誰か、食べ物を……」
少年の頭上に、ピコピコと『!』マークが点滅している。
典型的なおつかいクエストの起点だ。
「おい、無視しろ。あいつに関わると『隣町のパン屋までお使いに行かされて、報酬は銅貨10枚とキズ薬1個』という、最低時給にも満たないタスク(無駄な労働)を強要される。RTAにおける最大の罠だ」
俺は冷酷に言い放ち、少年の横を素通りしようとした。
しかし。
ウチの歩くコンプライアンス違反(自然テロリスト)が、そんな悲劇のNPCを見過ごすはずがなかった。
「まぁ……! 可哀想に。こんなに痩せ細って……今、私が美味しいものを作ってあげますからね!」
「あ、バカっ、ルナ! 余計なフラグを立てるな!」
俺の制止も虚しく、純白のドレスを着た天然エルフ・ルナは、うずくまる少年の前にしゃがみ込み、自らの膨大な魔力(世界樹の権能)を両手に集中させた。
カァァァァァァッ!!
「ええっと、普通のパンじゃ栄養が足りませんわね。これならどうかしら? ――はいっ、『世界樹のロイヤルゼリー(特濃)』ですわ!」
ルナの手から生み出されたのは、ゲーム内のアイテムデータには存在しない、彼女の本来の魔法力によって強制的に錬成された『神話級の回復アイテム』だった。
彼女はそれを、無抵抗なNPCの少年の口へと、無邪気な笑顔で押し込んだ。
「さぁ、遠慮しないで、たぁ〜んと召し上がれ♡」
「あむっ」
少年NPCが、世界樹のロイヤルゼリーを飲み込んだ。
――その瞬間だった。
『ピィィィィィィィィィィッッ!!!!』
突如、少年の全身から、耳障りなエラー音が鳴り響いた。
「え?」
ルナが首を傾げる。
少年の体が、地面から10センチほどフワリと浮き上がった。
そして。
「ア、ア、ア、アリガ、アリガト、ト、トトトトトトト、ゴザイ、ゴザイマ、マ、マ、マ、マ、マ、マ、マァァァァァァァァァァッッ!!!」
少年のNPCモデルが、空中でT字(Tポーズ)になりながら、凄まじい速度でガクガクと震え(振動し)始めたのだ。
顔のテクスチャはグチャグチャに崩れ、目はあらぬ方向を向き、口からは「アリガトウゴザイマス」の音声データが、バグったレコードのように無限ループで再生されている。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!? な、なんかこの子、すっごく怖い動きしてるよぉぉっ!?」
キュララが悲鳴を上げ、カメラドローンの裏に隠れる。
「あわわ……ど、どうして!? 私、ただお腹いっぱいにしてあげようとしただけなのに!」
ルナが涙目で慌てふためいている。
「(……やりやがった。このクソゲーの貧弱なサーバー(容量)に、ルナの規格外の生成魔法を直接ぶち込みやがったんだ)」
俺は、痙攣を続ける少年NPCを見下ろしながら、頭を抱えた。
システム側が『存在しないアイテムの取得フラグ』と『膨大すぎる回復量』を処理しきれず、インベントリがオーバーフロー(パンク)を起こしたのだ。
『うわあああああああ!!(トラウマ)』
『ホラーゲームかよ!!』
『少年がTポーズで空中浮遊してて草』
『声バグっててマジで怖いwww』
『ルナちゃん、善意でゲームのデータぶっ壊してて最高ww』
キュララの配信画面では、リスナーたちがこのホラー現象に大熱狂し、赤スパが飛び交っている。
「ちっ……おい、急ぐぞ! ルナのチート魔法のせいで、メモリリーク(システム障害)が発生し始めた! このままだとサーバーごとクラッシュして強制ログアウト(ゲームオーバー)を食らう!」
俺は、振動し続ける少年を放置して、先を急いだ。
しかし、トラブルは連鎖する。
魔王城へと続く一本道。そこには、ゲーム中盤の大きな関門が立ち塞がっていた。
【システムメッセージ:巨大な岩が道を塞いでいる! 抜け道の洞窟で『魔法の爆弾』を見つけてこよう!】
道幅いっぱいに、巨大な岩のオブジェクトが配置されていた。
通常なら、ここから洞窟ダンジョンへ向かい、30分かけて爆弾を取ってくるという面倒なイベントだ。
「げっ……これ、絶対遠回りしないといけないやつじゃん!」
キュララが文句を言う。
「ガハハハ! なら俺様の斧で……!」
イグニスが武器を構えるが、それより早く動いた(暴走した)者がいた。
「あら、道が塞がってますの? リアン様、ここは私の出番ですわね!」
「待て、ルナ! お前はもう何もするな!」
俺の制止を全く聞かず、善意に満ち溢れたエルフの王女は、世界樹の杖を天に掲げた。
「お掃除の時間ですわ! 出てきて、お掃除ゴーレムちゃん!」
ズゴォォォォォォォォンッ!!!!!
ルナの膨大な魔力によって召喚されたのは、体長50メートルを超える、超巨大な大地のゴーレムだった。
ただでさえ不安定になっていたサタンクエストのサーバー空間に、さらに莫大なポリゴンデータ(ゴーレム)が無理やりねじ込まれたのだ。
『メ、メリ……メリメリメリッ……!』
空間から、ガラスにヒビが入るような不吉な音が鳴り響く。
「さぁ、ゴーレムちゃん! あの邪魔な岩を退かしてちょうだい!」
『GOOOOOOOOOOO!!』
ルナの命令を受けた超巨大ゴーレムが、その丸太のような両腕を振り下ろした。
狙いは、道を塞ぐ巨大な岩。
――だが、ゴーレムの圧倒的なパワー(物理演算)は、岩の破壊だけにとどまらなかった。
パリィィィィィィィィィィィンッ!!!!!
「……あ?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
ゴーレムの一撃は、岩を粉砕すると同時に。
その奥に設定されていた【ゲームの見えない壁(透明なポリゴン)】と【地面のテクスチャ】ごと、完膚なきまでに物理的にぶち抜いてしまったのだ。
「ひゃあああああっ!? 地面が、地面が消えたぁぁぁっ!?」
「うおおおっ!? なんか下の方に、何もない灰色の空間が広がってやがるぞ!?」
キャルルとイグニスが悲鳴を上げる。
道だったはずの場所には、巨大な『穴』が空き、その下にはゲームの舞台裏(マップ外の虚無空間)が広がっていた。
「まぁ♡ これで道が開けましたわね!」
ルナが、完全に崩壊した世界を前に、満面の天使スマイルで両手を合わせる。
「開けすぎだバカヤロウ! ゲームの根幹まで破壊してどうする!」
俺が激怒してツッコミを入れた、その時だった。
『……警告(WARNING)……警告(WARNING)……』
『不正なデータ(チート)の介入を検知……処理能力の限界を超過……』
『生態系の崩壊が始まりました……』
突如、青かった空が血のような真っ赤な色に染まり、空中に無数の【ERROR】という文字が浮かび上がった。
ルナの引き起こした度重なるチート(善意)により、ルチアナの貧弱なサーバーが完全に限界(熱暴走)を迎えたのだ。
『やべぇええええっ!!』
『空が赤いwww サバイバルホラーになったwww』
『ルナちゃん、一人でゲームのサーバー破壊してて草』
『これもう魔王よりルナちゃんの方が絶対強いだろ』
『配信タイトル【世界崩壊】に変えろwww』
キュララのコメント欄は、もはやゲーム攻略ではなく、パニック映画を楽しむテンションにシフトしている。
「(……チッ。ルナのせいでサーバーが落ちるのも時間の問題になったか。だが……)」
俺は、ゴーレムがぶち抜いた『地面の穴(マップ外の虚無)』を見下ろし、ニヤリと笑った。
「怪我の功名だな。……おいお前ら、あの穴に飛び込むぞ」
「えっ!? リアン君、正気!? 何もない底なし沼だよ!?」
キャルルがウサギの耳を立てて驚く。
「このゲームのマップ構造(Z軸)を見る限り、魔王城はこのフィールドの地下に配置されているはずだ。
あの穴(マップ外)を落ちていけば……ダンジョンも中ボスも全てすっ飛ばして、魔王の玉座に直接アクセスできる」
RTAにおける究極の禁じ手――【壁抜け(アウト・オブ・バウンズ)】のショートカットだ。
「サーバーが完全にクラッシュ(倒産)する前に、魔王の首(利益)をかっ攫うぞ!」
「はいですのーっ! 魔王の隠し財産、待ってなさいですわーっ!!」
俺たちは、赤く染まったエラーの空の下、崩壊していく世界から逃れるように、ルナがぶち開けた『虚無の穴』へと、全員でダイブ(飛び降り)を敢行した。
最強の無法者(勇者)たちによる、最短最速の魔王討伐(システム破壊)が、いよいよ最終局面へと突入する。
読んでいただきありがとうございます。
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