EP 10
バズの終焉と月下の乾杯〜ブラック企業は今日も騒がしい〜
巨大な生体兵器『死蟲王機』の襲来から数時間が経過した、ポポロ村の夜。
大衆食堂『ポポロ亭』の店内は、半壊した入り口にブルーシートを張るという痛々しい姿(リアン謹製・特注看板は消滅済み)になりながらも、かつてないほどの熱気と喧騒に包まれていた。
「かんぱーいっ☆ みんなのおかげで、今日の配信、なんと同時接続100万人を突破しちゃいましたーっ!!」
ホールの中心。
ジョッキに入ったフルーツエールを掲げ、純白の羽をパタパタと揺らしながらゴッドチューバーのキュララが歓喜の声を上げた。
彼女の目の前には、本日の配信(やらせ炎上からの皿洗い、そしてボス襲来とリアンのワンパン劇)で稼ぎ出した莫大なスーパーチャットの収益――金貨にして数十万枚という、国家予算レベルの硬貨の山が積まれていた。
「ひゃっほーぅ! 看板の修理代を天引きされても、まだまだこんなにお金が残ってるよっ! これで当分、ルナイーツで高級寿司が食べ放題だねっ♡」
キュララが金貨の山にダイブして、えへへとだらしない顔で頬擦りをする。
「おのれ泥棒天使ぃぃっ! その金貨の山の1割は、わたくしの正当な労働報酬(下請けやらせ大食いのギャラ)ですわーっ!! 早くよこしなさい!!」
そこに、特売の芋ジャージを着たリーザが、血走った目で飛びかかっていった。
彼女はお賽銭箱型の掃除機をフルパワーで起動させ、キュララの金貨の山を問答無用で吸い込み始める。
「ああっ!? ちょっとリーザ先輩、吸いすぎ! 1割以上吸ってるよぉっ!」
「うるさいですわ! 皿洗いでふやけた指先の慰謝料も上乗せですの! 今夜はカツ丼に特大苺パフェを三つつけて、お湯のお風呂に入りますわーっ!!」
リーザが狂喜乱舞しながら、金貨のシャワーを浴びている。
「ガハハハ! 今日も戦いの後の酒が美味えぜ! まぁ、俺様は骨折して治されただけ(物理的な出番ゼロ)だったがな!」
イグニスが、巨大な樽ジョッキを呷りながら豪快に笑う。
「もうっ! イグニスったら、私がパーフェクトヒールで治してあげたんだから、もっと感謝してよねっ♡ ……あ、リアン君、お疲れ様!」
キャルルが、厨房から大量の唐揚げの大皿を運んできた俺の腕に、ギュッと抱き着いてきた。
「今日のリアン君の剣、すっごくカッコよかったよ♡ リスナーのみんなも、キュララなんかよりリアン君のファンになったみたいだし……でも、リアン君は私だけのものだから、ファンクラブなんか作らせないんだからねっ(目ハイライトオフ)」
「おいキャルル、重い。あと唐揚げの油が服につくから離れろ」
俺がヤンデレ兎を引き剥がそうと格闘していると、そこへ純白のドレス姿のルナが花を飛ばしながらやってきた。
「リアン社長〜っ♡ 今日も皆さんの素晴らしい連携、感動しましたわ! 私も森を燃やした反省として、明日は村の砂漠化を防ぐために『大洪水魔法』で水撒きをしてあげようと……」
「やめろバカ!! 村が水没するわ! お前は明日一日、厨房の隅で玉ねぎの皮でも剥いてろ!!」
俺の烈火の如きツッコミに、ルナは「はーい!」と無邪気に返事をする。
「(……ダメだこりゃ。バズと金と魔力が飛び交いすぎて、鼓膜と胃壁が限界だ)」
俺は、騒ぎ続けるヒロインたちと、金貨を巡って泥沼の争いを繰り広げているキュララとリーザを放置し、こっそりとエプロンを外した。
そして、誰にも気づかれないように厨房の裏口のドアを開け、夜のテラスへと抜け出した。
* * *
冷たい夜風が、火照った社畜の脳髄をクールダウンさせてくれる。
静寂に包まれた裏庭。見上げれば、昨夜のような狂気の満月ではなく、穏やかな月明かりがポポロ村を優しく照らしていた。
「……ふぅ」
俺は丸太の椅子に腰を下ろし、四次元魔法ポーチから『微糖の缶コーヒー』を取り出した。
カシュッ、とプルタブを開ける心地よい音。
深く焙煎されたコーヒーの苦味が、喉の奥から全身の疲労をじんわりと溶かしていく。
「おう、リーダー。やっぱりここに逃げ込んでたか」
背後から、ザクッ、ザクッと草を踏む重い足音が聞こえた。
振り返ると、両手に木樽のジョッキを持ったイグニスが、ニヤリと笑って立っていた。
「……まぁな。あの狂乱の宴会に付き合ってたら、過労死の前にストレスで胃に穴が空く」
「ガハハハ! 違いねぇ。お姫様に加えて、あのゴッドチューバーの小娘まで住み着きやがって。ウチのクランは、どんどん動物園みてぇになっていくな」
イグニスは、俺の隣の丸太にどっしりと腰を下ろし、ジョッキの一つを口に運んだ。
「……だがよ、リアン」
イグニスが、月を見上げながらポツリと口を開いた。
「今日の戦い。お前、あいつら(インフルエンサー)のふざけた茶番にブチギレてたように見えたが……本当は、あいつらを護るために前に出たんだろ?」
「……何のことだ」
俺は缶コーヒーから目を逸らし、わざと無愛想に返した。
「隠すなよ。キュララの奴がレーザー外して隙だらけになった時、お前の踏み込みの速度……尋常じゃなかったぜ。
『ウチの店の看板を壊したペナルティ』なんてそれっぽい理由を口実にしてたが……お前、自分の店の従業員(身内)が傷つくのが、誰よりも嫌いなだけだろ」
イグニスの鋭い指摘に、俺は短く息を吐いた。
「……俺は経営者だ。貴重なアセット(労働力)を、あんな出来損ないのボスモンスターに壊されてたまるか。皿洗いの人員が減ったら、俺の仕事が増えるだけだからな」
「ガハハハ! どこまでも素直じゃねぇな、お前は!」
イグニスは豪快に笑い、俺の肩をバンバンと叩いた。
「でも、俺様はそんなお前のやり方が嫌いじゃねぇ。
バカなことやらかしても、最後はきっちり『責任』を拭いてくれて、正しい働き方を教えてくれる。……だから、あいつらも(俺様も)、お前の店に居座り続けてるんだ」
イグニスが、木樽のジョッキを俺の方へと突き出した。
「最強のブラック企業(ポポロ亭)に、乾杯だ!」
「……フッ、悪徳経営者に乾杯、の間違いだろ」
俺は、微糖の缶コーヒーをコツン、とイグニスのジョッキにぶつけた。
静かな夜の裏庭に、男二人が喉を鳴らす音だけが響く。
前世で俺が死ぬほど働いていた厨房では、こんな風に部下と酒を酌み交わし、互いの仕事を認め合うような温かい時間は、1秒たりとも存在しなかった。
承認欲求の化け物、強欲の詐欺師、ヤンデレのウサギ(キャルル)、歩く経済テロリスト(ルナ)。
どいつもこいつも、コンプライアンス違反の常習犯で、手のかかるポンコツばかりだ。
俺がこの異世界で求めていた『怠惰なスローライフ』。
誰の責任も負わず、のんびりと生きる人生。
……今の俺の毎日は、それとは完全に真逆の、ネットの炎上とクレーム処理に追われる地獄のスケジュールだ。
でも。
「(……まぁ、退屈だけはしない人生だな)」
俺は、コーヒーのほろ苦い甘さを噛み締めながら、小さく、だが確かに口角を上げた。
この不器用で、手がかかって、騒がしい仲間たちがいる場所。
ここが、俺の選んだ、俺だけの『三ツ星の居場所』なのだ。
バンッ!!
「あーっ! リアン君、またこんなところでイグニスと二人でサボってるーっ!」
「見つけましたわリアン様! さぁ、早くこの『キュララの炎上ボイス販売計画』の事業計画書にハンコを!」
「リアン社長〜っ! さっきのお詫びに、私が肩もみして差し上げますわ〜っ♡」
「店長さーんっ! 次の配信の企画書、持ってきたよーっ☆ ちゃんと『#PR』って書いたから褒めて褒めてっ♡」
裏口のドアが勢いよく開き、キャルル、リーザ、ルナ、そしてキュララの四人が、わちゃわちゃと騒ぎながらテラスへと雪崩れ込んできた。
静かな男の時間は、わずか五分で終了である。
「お前らなぁ……。残業代は出ないって言ってるだろ」
俺は呆れたように頭を掻きながら、空になった缶コーヒーをポーチにしまった。
そして、騒がしいヒロインたちと、ガハハと笑う相棒に向かって、面倒くさそうに、しかし誰よりも頼もしい顔で振り返った。
「さぁ、休憩はおしまいだ。ホールに戻るぞ。ウチの店の営業は、まだ終わっちゃいねぇからな」
「「「イエス、ボス(編集長)!!」」」
元気な返事が、ポポロ村の夜空に響き渡る。
ゴッドチューバーを新たな奴隷(広報担当)として抱え込み、ますますカオス度を増した最強のブラック企業【ホープ・クローバー】。
彼らの騒がしくて尊い日常は、明日も明後日も、ネットの荒波を乗り越えて逞しく続いていく。




