EP 9
カメラ目線の悲劇と強制監査斬り〜映え(バズ)より実利〜
約4分にも及ぶ無駄に長い変身バンク(尺稼ぎ)を終え、LED電飾のようにピカピカと発光する聖騎士の鎧を纏ったキュララが、ポポロ村の広場に降り立った。
その対面には、タバコのポイ捨て(マナー違反)をせず、携帯灰皿にきっちりと吸い殻をしまった凶悪な生体兵器『死蟲王機』が、再び漆黒の殺意を放って立ちはだかっている。
「さぁさぁリスナーの皆っ☆ お待たせしましたぁっ! キュララちゃんの華麗なバトル配信、スタートだよっ♡」
キュララがカメラドローンに向かってピースサインを決めると、同接50万人を超えるコメント欄は「うおおおお!」「待ってました!」「タバコ休憩終わり!」とすさまじい熱狂に包まれた。
『ギギギギギ……ッ!!』
死蟲王機が、巨大な鎌を振り上げて突進してくる。
石畳を粉砕しながら迫るその圧倒的な質量とプレッシャー。並の冒険者なら一歩も動けずに両断される死の気配だ。
だが、ゴッドチューバーは恐怖よりも『映え』を優先する。
「ふふんっ! そんな大振りな攻撃、当たるわけないよっ☆ ――『レイピア・フラッシュ』ッ!!」
キュララが、光り輝く細剣を抜いて迎撃に出た。
シャシャシャシャッ! と、目にも留まらぬ光速の剣技が死蟲王機の漆黒の装甲に叩き込まれる。
その斬撃の軌跡からは、ピンク色のハートや、キラキラとした星屑の過剰な光のパーティクル(エフェクト)が大量に飛び散り、画面をド派手に彩った。
『エフェクトすげええええっ!』
『めっちゃ綺麗!!』
『さすが聖騎士モード! 勝ったな!!』
リスナーたちが大興奮で赤スパ(投げ銭)を連発する。
……しかし。
「(……アホか。エフェクトが派手なだけで、威力が全く伴ってねぇぞ)」
ポポロ亭の入り口で腕を組んで見ていた俺は、呆れてため息をついた。
事実、ハートや星屑が飛び散るだけで、死蟲王機の分厚い装甲には、かすり傷一つ(1ダメージも)入っていなかった。
死蟲王機も『……え? 今の攻撃?』と言わんばかりに、自分の装甲についた星屑のエフェクトを手でパパッと払い落としている。
「あ、あれっ? 効いてない……? おかしいなぁ、エフェクトの光量は最大にしてるのに……」
キュララが首を傾げる。
「当たり前だ! 物理的な質量も魔力圧縮も伴ってない、ただの『照明』で敵が倒せるか!」
俺がツッコミを入れるが、キュララは全く悪びれない。
「もぉ〜、店長さんはエンタメが分かってないなぁ! 配信のバトルは、効率より『見栄え』が一番大事なんだよっ!
だったら……とっておきの大技で、一気に浄化しちゃうからねっ☆」
キュララが、空中に浮かぶメインのカメラドローンにチラリと視線を送った。
(あ、今から必殺技撃つから、最高のサムネイル(画角)撮ってね)という、インフルエンサー特有の無言の指示である。
キュララはレイピアを天に掲げ、莫大な光属性の魔力を刀身に圧縮し始めた。
今度はただのエフェクトではない。魔王軍の幹部クラスすら消し飛ばす、本物の超高密度の極太レーザーだ。
「いくよぉっ! 聖なる光よ、全てを撃ち抜けっ! ――『ホーリー・スプラッシュ』ッ!!!」
カァァァァァァァッ!!!!
キュララのレイピアから、夜の闇を真昼に変えるほどの極太の光線が放たれた。
圧倒的な破壊力。直撃すれば、間違いなく死蟲王機は塵と化すだろう。
――【直撃】すれば、の話だが。
「キュララっ☆」
なんとキュララは、極太レーザーを放つその瞬間。
正面にいる敵(死蟲王機)から完全に視線を外し、横で浮遊しているカメラドローンの方へと顔を向け、両手でハートを作りながら【完璧なカメラ目線のウインク】を決めたのだ。
「……は?」
俺の口から、魂の抜けたような声が漏れた。
シューティングゲームにおいて、敵から目を離して横を向いて撃てばどうなるか。
答えは一つ。照準の完全なズレである。
ズギュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
極太のレーザーは、死蟲王機の横を数メートルも逸れて虚空を切り裂き――そのまま真っ直ぐ、ポポロ亭の入り口へと直撃した。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
「…………」
「…………」
爆発の煙が晴れた後。
ポポロ亭の入り口の壁は見事にえぐり取られ、俺が前世のDIY知識を総動員し、三日三晩かけて木彫りで作った愛着のある『ポポロ亭の特注看板』が、炭化してボロボロと崩れ落ちていくのが見えた。
『え?』
『あ、明後日の方向に撃ったぞ!?』
『カメラ目線優先して外したァァァァッwww』
『しかも店長の店を半壊させたぞ!!』
『放送事故! ガチの放送事故!!』
コメント欄が、信じられないほどのスピード(大草原)で埋め尽くされていく。
「あ、あれっ!? ご、ごめん店長さん! サムネ用のキメ顔作ってたら、手元が狂っちゃって……テヘペロっ☆」
キュララが、冷や汗を流しながら頭をコツンと叩いて舌を出した。
『ギチギチギチッ!!(隙だらけだぜ!)』
必殺技を外してふざけている小娘を、死蟲王機が見逃すはずがない。
激怒したボスが、キュララを真っ二つにすべく、巨大な死神の鎌を振り下ろした。
「ひゃああああっ!? 無理無理無理っ! 死ぬぅぅぅっ!!」
キュララが目を瞑り、しゃがみ込んで悲鳴を上げた、その瞬間だった。
――バチィィィンッ!!!!
「……えっ?」
キュララが恐る恐る目を開けると。
彼女の頭上で振り下ろされようとしていた巨大な鎌を、たった一本の『刀』が、火花を散らしながら完全に受け止めていた。
「て、店長さん……!?」
防刃ジャージのジッパーを首元まで引き上げ、ドワーフ製の日本刀『白雪』を片手で構えた俺が、死蟲王機の凶刃を涼しい顔で弾き返していたのだ。
「……おい、ポンコツインフルエンサー」
俺の声は、絶対零度よりも冷たく、そして地獄の底よりも深くドス黒かった。
「お前、あの看板の原価と、俺の制作時間(人件費)がいくらだか分かってて消し飛ばしたんだろうな。
ウチの店の資産に傷をつけたからには、お前のアカウントの生涯収益からきっちり天引き(強制徴収)させてもらうぞ」
「ひぃぃぃぃぃっ!! ボスモンスターより店長の圧が怖いよぉぉぉっ!!」
キュララが地面にへばりついて号泣する。
『ギ、ギシャァァァァッ!!』
獲物を邪魔された死蟲王機が、俺に向けて咆哮し、もう片方の鎌で薙ぎ払いを放つ。
「うるせぇ。お前もだ」
俺は、白雪の刀身に限界まで魔力を圧縮させた。
無駄な光やエフェクトなんて一切ない。あるのは、相手を確実に仕留めるための、純度100%の極限の殺意(業務遂行能力)だけ。
「派手な演出や、カメラ目線なんてのは、三流の自己満足だ。
仕事において一番重要なのは……いかに最小のコストで、最大の実利を叩き出すかだ」
バチバチバチッ!!
刀身に、一億ボルトの青白い雷光が収束する。
俺は、死蟲王機の懐に神速で踏み込み、その巨体を下から上へと一刀両断する軌道で刀を振り抜いた。
「――『ライトニング・ブレイク(強制監査斬り)』ッ!!!」
閃光。
轟音すら置き去りにする、神速の一撃。
ポポロ村を覆っていた分厚い雲が、放たれた雷光によって真っ二つに割れた。
『ギ……、ァ…………』
死蟲王機の巨大な漆黒の装甲が、中心から斜めにズレる。
次の瞬間、圧倒的な雷のエネルギーが体内で爆発し、ギアンの放った最高傑作は、細胞の欠片すら残さずに完全に炭化(消滅)した。
「……決裁、完了だ」
俺は、チリチリと紫電を放つ『白雪』をシャコンッと鞘に納め、何事もなかったかのようにジャージのポケットに両手を突っ込んだ。
「…………」
「…………」
広場は、完全な静寂に包まれていた。
へたり込んでいるキュララも、後ろで見ていたイグニスやキャルルも、あまりの秒殺劇に言葉を失っている。
だが。
キュララの頭上で浮かぶホログラムのコメント欄だけは、かつてないほどの異常な速度で滝のように流れ、限界突破の『バズ』を記録していた。
『えええええええええええっ!?』
『ワンパン!? 嘘だろ!?』
『あの店長、何者だよ!? 強すぎワロタww』
『無駄なエフェクト一切なしのガチの剣術!!』
『インフルエンサーの茶番の後に、本物のプロの実務見せられて草』
『もはや店長が主人公だろwww』
『キュララちゃん、完全に足手まとい(負債)で草』
画面を埋め尽くすのは、キュララへの称賛ではなく、圧倒的な実利を見せつけた俺への『赤スパ(投げ銭)』と大歓声だった。
「あ、あわわわわ……! わたしの配信なのに、店長さんに全部美味しいところ持っていかれたぁぁっ! しかも看板の借金まで背負っちゃったよぉぉっ!!」
キュララが、自分の配信画面を見ながら頭を抱えて絶叫する。
「お前は明日から、皿洗いに加えてホールの床磨きも追加だ。看板の修理代を稼ぐまで、ウチのブラック企業から逃げられると思うなよ」
俺は、涙目のゴッドチューバーを見下ろしながら、冷徹な経営者の笑みを浮かべた。
カメラの前の『映え』より、現実の『借金返済(労働)』。
炎上と承認欲求の化け物すらも、俺の社畜流・業務提携(コンプ監査)の前には、ただの優秀な労働力に過ぎないのだった。




