EP 8
ギアンの暗躍と長すぎる変身バンク〜空気を読むボスモンスターと台パンの魔人〜
天魔窟の奥深く、薄暗い司令室。
魔人ギアンは、血走った目でモニターの画面を睨みつけ、ギリギリと爪を噛んでいた。
「……どういうことだ。なぜ、あいつらが皿を洗っているだけの映像に、同接50万人も集まっているんだ……!?」
モニターに映し出されているのは、ポポロ亭の厨房で、泣きながら油まみれの皿を洗い続けるゴッドチューバー・キュララと、芋ジャージの人魚・リーザの姿だった。
コメント欄には『リーザの洗い方が雑!』『キュララ、サボるな! 店長にチクるぞ!』と、リスナーからの嬉々とした監視とスパチャが滝のように流れている。
炎上を逆手に取った、リアンの完璧な『ペナルティ・エンタメ』。そのあまりのバズりっぷりに、魔王軍の幹部であるギアンのプライド(承認欲求)はズタズタに引き裂かれていた。
「クソッ、クソォォォッ!! 僕が心血を注いで開発した『バブル・エコノミー・スライム』の時は、あんなに呆気なく倒された上に同接も伸びなかったのに!
ただの皿洗いが、僕の最高傑作の再生数を上回るなんて、絶対に許せない……ッ!」
ギアンは、バンッ! と操作コンソールを力任せに叩き、奥の格納庫へのゲートを開いた。
「こうなったら、僕の最高傑作・第三弾を投入するしかない!
行け! ネットの炎上など児戯に等しい、真の絶望(物理)をあの村に叩き込んでやれ! ――出撃だ、『死蟲王機』ッ!!」
ギアンが射出ボタンを押した瞬間、天魔窟から巨大な影がポポロ村に向けて射出された。
* * *
一方、その頃のポポロ村。
ポポロ亭での地獄の24時間皿洗い配信は、いよいよクライマックス(終盤)を迎えていた。
「ひぐっ……うぅっ……もう、手がふやふやだよぉ……。ネイルもボロボロだし、インフルエンサーのやることじゃないよぉ……っ」
「泣き言を言わないでくださいませ! わたくしなんて、落ちた洗剤の泡まで舐めとる勢いで洗ってますのよ! 全てはペナルティ明けのカツ丼のため……!」
疲労困憊の二人が愚痴をこぼし合っていた、まさにその時だった。
――ドドォォォォォォォォンッ!!!!!
突如、ポポロ村の広場に、隕石でも落ちたかのような凄まじい轟音と地響きが轟いた。
ポポロ亭の窓ガラスがビリビリと震え、棚の皿が数枚床に落ちて割れる。
「な、なんだ!? 今度は何事だ!?」
厨房の奥で仕込みをしていた俺は、包丁を置いて裏口から外へと飛び出した。
イグニスやキャルル、ルナも慌てて店から出てくる。
そして、俺たちは広場に降り立った『それ』を見て、絶句した。
「ギ、ギギギギ……ッ」
体長15メートル。漆黒の金属装甲に覆われた巨大なカブトムシと、ムカデを融合させたような、おぞましくも凶悪な生体兵器。
魔人ギアンの第三の刺客、『死蟲王機』である。
その巨大な鎌のような前足が一度振られるだけで、広場の石畳が豆腐のように両断され、周囲の屋台が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ひぃぃぃぃぃっ!? な、なんかヤバいバケモノが出たぁぁぁっ!?」
カメラドローンを引き連れたまま外に出てきたキュララが、尻餅をついて悲鳴を上げる。
『うおおお!? ガチのモンスター襲来!?』
『皿洗い配信からいきなりクライマックス来た!!』
『特撮映画かよ!!』
『逃げろキュララ! 今度こそ死ぬぞ!!』
配信画面のコメント欄が、皿洗いの平和なツッコミから一転し、本物のパニックに包まれる。
「ガハハハ! 皿洗いばっかりで退屈してたところだ! 俺様の筋肉のサビにしてやるぜ!」
イグニスが両手斧を構え、キャルルが安全靴の雷竜石を起動させようとした、その時だった。
「……待って!」
キュララが、ビシッと手を前に突き出し、イグニスたちを制止した。
彼女は、恐怖で震えていたはずの顔をパァァッと輝かせ、ドローンカメラに向かって最高の『営業スマイル』を向けたのだ。
「リスナーのみんなっ☆ 村のピンチに、このキュララちゃんが黙って見過ごすわけにはいかないよねっ!
今こそ、私の真の力(見せ場)を披露する時! みんな、画面から絶対目を離さないでねっ♡」
「おいバカ! 遊びじゃないんだぞ、死ぬ気か!」
俺が止めようとするが、キュララは俺の言葉を完全に無視して、広場のド真ん中、巨大な死蟲王機の正面へと躍り出た。
「(……なるほど。ここでボスを単独で倒せば、同接とスパチャは天文学的な数字を叩き出す。インフルエンサーとしての死線を見極めたってわけか)」
俺はため息をつき、いつでも『白雪』を抜けるように構えながら、事態を見守ることにした。
「いくよーっ! みんな、スクショの準備はいい!? ――『ホーリー・ミラクルチェ〜ンジ』ッ!!☆」
キュララが空高くステッキを放り投げた。
その瞬間。
ピロリロリロリ〜ン♪ キラキラキラーッ☆
どこからともなく、無駄にポップで神聖な『変身BGM』が大音量で鳴り響き始めた。
同時に、キュララの周囲を飛び回っていたドローンカメラが、まるでプロのMV撮影のように、彼女の顔、足元、背中の羽、指先へと、舐め回すように次々とアングルを切り替えていく。
「輝く光はっ☆」
(※ここで光の粒子がスパイラル状にキュララを包み込む)
「みんなの希望っ♡」
(※ここでなぜかスローモーションになり、ウインクのドアップが抜かれる)
「清く! 正しく! あざとくねっ☆」
(※ここで私服が弾け飛び、光のヴェールに包まれたシルエット状態になる)
「…………」
「…………」
俺、イグニス、キャルル、ルナ。
そしてポポロ村の住民たちは、無言でその光景を眺めていた。
「(……長い。変身バンクが長すぎる)」
俺の心の中のストップウォッチは、すでに1分を計測している。
しかも、光がキラキラしているだけで、全く服(聖騎士の鎧)が装着される気配がない。無駄なポージングと、カメラアングルの切り替え(尺稼ぎ)が多すぎるのだ。
「おい、リアン。あれ、着替えてる間(隙だらけ)に、あのバケモノに真っ二つにされるんじゃねぇか……?」
イグニスが、冷や汗を流しながら俺に耳打ちする。
「あぁ。本来なら、あんな無防備な状態、開始0・2秒で首を落とされてゲームオーバーだ。だが……」
俺は、キュララの正面にいる巨大な生体兵器――『死蟲王機』の方へと顎をしゃくった。
「……え?」
イグニスが目を丸くする。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
ポポロ村を破壊し尽くすために現れたはずの凶悪なボスモンスター『死蟲王機』。
奴は、光り輝くキュララの変身バンクの目の前で、巨大な鎌を下ろし、ドカッと地面に腰(?)を下ろしていた。
そして。
器用に二本の前足を使って、どこから取り出したのか【一本のタバコ】を口(顎)に咥え、カチッとライターで火をつけ、ふぅ……と紫煙をくゆらせていたのである。
『ギ、ギチチ……(フゥ……)』
――待っている。
この恐るべき殺戮兵器は、魔法少女の変身バンクが終わるのを、タバコを吸いながら『きっちりと』待ってあげているのだ。
特撮やアニメにおける「変身中の攻撃はタブー」という、暗黙の了解(お約束)を完璧に遵守する、恐るべきコンプライアンス(空気読み)意識の高さである。
『ちょwww 敵がタバコ吸って待ってるwww』
『ボスモンスターの鑑かよ!』
『空気読みすぎだろww 紳士か!』
『変身なげーよ! ボスのタバコが短くなってるぞ!!』
ホログラムのコメント欄が、大爆笑の渦(草)に包まれていく。
* * *
「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
その頃、天魔窟の司令室。
モニター越しにその光景を見ていた魔人ギアンは、ブチギレて操作コンソールを台パン(物理破壊)していた。
「なんで今、攻撃しないんだよぉぉぉっ!! バカなの!? お前は僕が作った冷酷無比な殺戮兵器だろうが!!
防御力ゼロ! 隙だらけ! ただ光って回ってるだけの小娘じゃないか!! 鎌を振れ! 今すぐ首を落とせぇぇぇっ!!」
ギアンがマイクに向かって絶叫し、強制攻撃のコマンドを叩き込むが、死蟲王機は『変身中(イベントムービー中)は操作を受け付けません』という無敵判定の前に、コマンドを完全スルーしていた。
「クソッ、クソォォォッ! なんでどいつもこいつも、変なルール(お約束)を守るんだよぉぉっ! 僕の……僕のシリアスな破壊計画が、またギャグにされているぅぅぅっ!!」
ギアンは毛布にくるまり、胃薬をコーラで流し込みながら血の涙を流した。
* * *
「はぁぁぁぁぁっ! 聖騎士モード(光量120%アップ)、完了ぉっ☆!!」
実に3分45秒。
ようやく長すぎる変身バンクが終了し、LED電飾のようにピカピカと光る無駄に派手な聖騎士の鎧を纏ったキュララが、ビシッと決めポーズを取った。
『ギチギチッ!(よし、終わったな)』
死蟲王機が、吸い殻を携帯灰皿(マナー遵守)にしまい、よいしょと立ち上がり、再び凶悪な殺意を放ち始める。
「ふふんっ! いくら待っても無駄だよっ! この聖騎士キュララちゃんが、一瞬で浄化してあげるんだからっ!」
キュララが、全く状況(敵の優しさ)を理解していないドヤ顔で、光り輝くレイピアを構えた。
長すぎる尺稼ぎ(変身)を経て、ようやく最強のブラック企業(ポポロ亭)と、炎上ゴッドチューバーの、反撃の生配信が幕を開けるのだった。
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