EP 7
インフルエンサーの闇! やらせ大食いと下請け人魚の哀愁
大衆食堂『ポポロ亭』の厨房に、極上の出汁の香りと、豚肉を揚げる香ばしい匂いが充満していた。
俺は特大の丼を十個並べ、炊きたての銀シャリを限界まで盛り付け、その上にサクサクに揚がった黄金色のトンカツを乗せ、半熟のトロトロ卵で美しく閉じていく。
「お待ちどお。ポポロ亭特製、『超絶メガ盛りカツ丼十杯チャレンジ』だ」
俺がドンッ! とテーブルに並べた総重量十キロ(約二万キロカロリー)の暴力的なメニューを見て、ゴッドチューバーのキュララは「わぁぁぁっ♡」と歓声を上げた。
「さぁさぁゴッドチューブの皆ーっ! 今日の配信は、ポポロ亭さん全面協力の元、【超絶メガ盛りカツ丼十杯チャレンジ】に挑戦しちゃいまーすっ☆
華奢なキュララにこんなの食べ切れるのかな〜? みんな、応援のスパチャよろしくねっ♡」
キュララがウインクを決めると、空中に投影されたホログラムのコメント欄が爆速で流れ始めた。
『キュララちゃん細いのに大食いなの!? ギャップ萌え!』
『無理しないでね! でも頑張れー!』
『カツ丼美味そう! 応援の赤スパ!』
チャリン、チャリンと小気味良い音を立てて、高額の投げ銭が飛び交う。
先日の『完全監査(コンプライアンス指導)』を経て、キュララは画面の隅にしっかりと【#PR】【提供:ポポロ亭】の文字を表示させている。ウチの広告塔としては、今のところ完璧な仕事ぶりだ。
「それじゃあ、いただきまーすっ♡」
キュララは、小さな口をパクリと開けてカツ丼を一口頬張った。
「ん〜っ!! お肉がジューシーで、卵がとろとろで最高ぉっ! これなら十杯なんてペロリといけちゃいそうっ☆」
満面の笑みで食レポをこなし、ドローンカメラに向かって愛想を振りまく天使。
……しかし。俺は厨房の奥から腕を組み、極めて冷ややかな目でその光景を観察していた。
「(……おかしい。あいつ、一口食べたあと、一切顎を動かしていないぞ)」
キュララはカメラの画角(胸から上だけが映る固定カメラ)を巧みに利用し、手元の丼を画角の外――『テーブルの下』へとスッと隠すような動作を繰り返していた。
そして数秒後、再び画角に現れた丼は、なぜか【空っぽ】になっているのだ。
「えへへーっ! あっという間に一杯目完食でーすっ☆」
『はえええええ!?』
『噛んでる!? 飲み込んでない!?』
『天使の胃袋どうなってんのww』
リスナーたちはその見事な(?)食べっぷりに熱狂しているが、料理人である俺の目は誤魔化せない。
俺は気配を殺し、死角からキュララのテーブルへと近づき――床まで垂れ下がった『長いテーブルクロス』を、バサァッ!と捲り上げた。
「…………っ!!」
「…………ふごっ!?」
そこに広がっていたのは、資本主義の光と影を凝縮したような、あまりにも悲惨でドス黒い【裏社会(下請け)の構図】だった。
テーブルの下の薄暗い空間。
特売の芋ジャージを着た人魚姫・リーザが、四つん這いになりながら、キュララから降ってくるカツ丼を【ダイソンも青ざめるレベルの吸引力】で、息も継がずに飲み込んでいたのだ。
「お前ら……何してんだ」
俺が地獄の底から響くような声で問い詰めると、キュララは「ひゃあっ!?」と悲鳴を上げ、リーザは口の周りを卵まみれにして土下座の体勢に入った。
「も、もごっ……! 違うんですのリアン様! これは正当な『業務委託』ですわーっ!!」
「業務委託だと!?」
俺はテーブルクロスを完全に引き剥がし、リーザの胸ぐらを掴み上げた。
「わ、わたくしだって好きでこんな机の下(日陰)でカツ丼を啜っているわけじゃありませんの!
キュララが『一口だけ食べて、残りを代わりに食べてくれたら、今日のギャラ(スパチャ)の1割をあげる』って持ちかけてきたんですのよぉっ!
毎日パンの耳生活のわたくしにとって、タダでカツ丼が食べられて、しかも現金がもらえるなんて……プライドを捨てるには十分すぎる条件でしたのーっ!!」
「ふざけるな! 大食い企画の裏で別人が食べてるなんて、業界じゃ一発退場の完全な『やらせ(ゴーストイーター)』だろうが!
視聴者を騙すだけじゃない! 協力したウチの店(ポポロ亭)まで『やらせの片棒を担いだ』としてブランドが地に落ちる大スキャンダルだぞ!!」
俺が怒髪天を衝く勢いで説教をかました、まさにその時だった。
『ピロリンッ! ピロロロロロリンッ!!』
キュララのホログラム画面から、けたたましい通知音が鳴り響いた。
俺がテーブルクロスを捲り上げた瞬間、ドローンカメラの一台が、ほんの一瞬だけ『机の下でカツ丼を貪り食う芋ジャージの女』の姿を、全世界に向けてバッチリと生配信してしまっていたのだ。
『は? 今、机の下に誰かいたぞ!?』
『うわああああ! 別人が食ってる! ゴーストイーターだ!!』
『やらせ発覚!! キュララの大食いはフェイク!!』
『特定班急げ! あの芋ジャージの女、昨日のパクリ曲歌ってた底辺アイドルじゃねぇか!?』
数秒前まで称賛で溢れていたコメント欄が、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄(大炎上)へと変貌を遂げた。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!! 炎上! また炎上しちゃったよぉぉぉっ!!」
キュララが頭を抱えてパニックに陥り、羽をバタバタとさせて暴れ回る。
「わたくしの……わたくしのカツ丼がぁぁぁっ! まだ三杯しか食べてませんのよぉぉっ!!」
リーザは炎上など全く気にせず、取り上げられたカツ丼に向かってヨダレを垂らしながら手を伸ばしている。
「(……クソッ! 今のネットの『特定班(自警団)』のスピードを舐めてた。すでにSNSでスクリーンショットが拡散されてやがる!)」
俺の脳内で、経営者としての危機管理のプロセスが超高速で演算される。
このまま「やらせ」を放置すれば、ポポロ亭も同罪として村八分の憂き目に遭う。
ならば、打つ手は一つ。
この炎上を、強制的にエンタメ(プラス)へと変換する『強権発動』だ。
俺は、防刃ジャージのジッパーを首元まで引き上げ、カメラドローンの前にズカズカと歩み寄った。
「リスナーの皆様。お見苦しいところをお見せして申し訳ない」
俺は、深々と頭を下げた後、カメラに向かって極めて冷酷な、処刑人のような笑みを浮かべた。
「当店の名を冠した企画において、このような【偽装請負】が行われたことは、店主として断じて看過できません。
よって、今からこの企画を『キュララ大食いチャレンジ』から――【キュララ&リーザ・連帯責任地獄の無限皿洗い配信】へと変更します」
「……えっ?」
「……へ?」
固まる二人のアホをよそに、俺はカメラに向かって宣言した。
「この二人のペテン師には、今日から一週間、ポポロ亭の営業中の皿洗いを【無給】でやらせます。その様子は、24時間休むことなく生配信し、リスナーの皆様に監視(監査)していただきます。
もし一枚でも皿を割ったり、サボったりした場合は……俺の『白雪(日本刀)』で、物理的な制裁(お仕置き)を加えますので、どうぞお楽しみに」
『うおおおおおおっ!! 店長のガチギレ制裁キターーーッ!!』
『やらせの謝罪じゃなくて、公開処刑配信www』
『この店長、対応が早すぎるしエンタメ分かってる!!』
『絶対にサボるなよ! 監視の赤スパ投げるわ!!』
俺の鮮やかな炎上対応(火消し)により、リスナーの怒りの矛先は「制裁を監視する面白さ」へと一瞬ですり替わった。
同接は逆に跳ね上がり、ポポロ亭の宣伝効果としては結果的に大成功(ストップ高)を叩き出したのだ。
「そ、そんなぁぁぁぁっ! 24時間監視付きの無給労働なんて、絶対お肌が荒れちゃうよぉぉっ!」
「カツ丼……カツ丼の残りはどうなりますのーっ!? 労働の前にカロリーを摂取させてくださいませーっ!!」
泣き叫ぶキュララとリーザの首根っこを、俺は左右の手でガシィッと掴み上げた。
「うるせぇ。客を騙して楽に稼ごうとしたツケ(負債)だ。
お前らのそのふざけた承認欲求と強欲、俺の店(ブラック企業)の業務で骨の髄まで矯正してやる」
カメラに向かって響き渡る、インフルエンサーと地下アイドルの絶望の悲鳴。
ネットの闇を、圧倒的な労働で粉砕する。これぞ、異世界最強のブラック企業【ホープ・クローバー】の流儀である。
山積みになった油まみれの皿と、泣きながらスポンジを握る二人の姿は、その後一週間にわたり、ゴッドチューブの『急上昇ランキング1位』を独占し続けることになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




