EP 6
リアンの完全監査〜ステルスマーケティングは違法です〜
満月の夜の『月兎族バーサーカー事件(回復テロ)』から一夜明け、ポポロ村には再び平穏な(?)昼下がりが訪れていた。
ポポロ亭のランチ営業は今日も大盛況のうちに終わり、俺はカウンターで客が残したグラスを拭きながら、店内の片隅に鋭い視線を送っていた。
「はーい皆っ☆ 今日のランチは、ポポロ村で超絶話題の『ポポロ亭』さんで特製オムライスを食べてるよーっ!」
店の隅のテーブル席。
純白の羽を揺らすゴッドチューバー・キュララが、自身の周囲に三台の魔導カメラドローンを旋回させながら、極上の天使スマイルで生配信を行っていた。
彼女の目の前には、俺が腕によりをかけて作った黄金色の特製オムライスが湯気を立てている。
「ん〜っ! 卵がふわっふわで、お肉の旨味が口の中でとろけるぅ〜っ♡
これは間違いなく、私が今まで食べたオムライスの中でナンバーワン! みんなも絶対、ポポロ村に来たら食べてみてねっ!
あ、ちなみにこれ、お店の人に頼まれたわけじゃなくて、私が『個人的に』たまたま見つけて、自腹で食べて感動してるだけだからねっ☆ 案件じゃないよっ!」
『マジか! キュララちゃんがそこまで言うなら美味いんだろうな!』
『今度の休みに行ってみるわ!』
『自腹レビュー助かる! 案件は信用できないからなー』
キュララがウインクを飛ばすたびに、ホログラムのコメント欄には称賛の声が溢れ、再生数と「いいね」が爆発的な勢いで伸びていく。
一見すれば、自分の店を大絶賛してくれるインフルエンサーという、ありがたい構図に見えるだろう。普通の飲食店経営者なら、泣いて喜ぶ無料の宣伝だ。
だが。
元・ブラック企業の副料理長であり、コンプライアンス(法令遵守)の鬼である俺の脳内は、かつてないほどの特大のアラートを鳴らしていた。
俺は持っていた布巾をカウンターに置き、無表情のまま、キュララのテーブルへとスタスタと歩み寄った。
「――おい、キュララ」
「あっ、店長さんっ☆ ほら皆、このイケメンのシェフが作ってくれたんだよ〜っ!」
キュララがカメラを俺に向けようとした瞬間。
俺は、彼女の頭上で飛んでいたドローンカメラを、素手でガシィッ! と鷲掴みにした。
「ひゃあっ!? て、店長さん!? 何するの、壊れちゃう!」
「質問に答えろ。お前、今の配信……タイトルのどこかに『#PR』か『プロモーション』の表記は入れたか?」
「え? い、入れてないよ? だってこれ、案件じゃなくて私の『純粋な感想』だもんっ」
キュララが、何を怒られているのか全く理解していない様子で小首を傾げる。
「純粋な感想だと? ふざけるな」
俺は、ドローンを掴んだまま、氷のように冷たい声で言い放った。
「お前は現在、ウチの従業員であるキャルルたちのシェアハウスに居候(タダ住み)している。そして今食っているそのオムライスは、お前の『自腹』ではなく、リスナーからの投げ銭(ルナイーツ決済)で支払われたものだ。
つまり、お前はウチの店と『密接な利害関係』にある内部の人間(身内)だ」
「えっ……ま、まぁ、そうだけど……」
「身内の人間が、その関係性を隠して、あたかも『第三者の純粋な口コミ』を装って商品を宣伝する。……それが何を意味するか、まさか知らないとは言わせないぞ」
俺は、キュララの目の前にあるテーブルを、ドンッ! と両手で強く叩いた。
「それは『ステルスマーケティング(偽装プロモーション)』だ。ルナミス帝国の景品表示法に真っ向から違反する、完全な違法行為だぞ!!」
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
俺の烈火の如き怒声(ガチ説教)に、キュララがビクゥッ! と肩を跳ねさせ、涙目で震え上がった。
「す、すてるす……? い、違法……?」
「そうだ! 今の時代、消費者を騙すようなステマは、発覚した瞬間にプラットフォームからアカウントを永久バン(抹消)されるレベルの大罪だ!
お前のアカウントが燃えるのは勝手だがな、万が一『ポポロ亭がゴッドチューバーに金を払ってヤラセのレビューを書かせている』なんて噂が広まってみろ。店のブランドイメージは地に落ち、客からの信用は一瞬でゼロになる!!」
俺の理路整然とした、しかし一切の逃げ場を許さないビジネス論理の刃が、キュララの喉元に突きつけられる。
「で、でも……! 最初から『宣伝(#PR)』って書いちゃうと、リスナーのみんなが『なんだ、お店の宣伝かぁ』って冷めちゃって、エンゲージメント(再生数)が落ちちゃうんだもん……っ!
私、バズりたかっただけで……店長さんのお店を有名にしてあげようと思ったのにぃ……っ」
キュララが、上目遣いでウルウルと涙を浮かべながら言い訳を始める。
可愛い顔で同情を誘う、インフルエンサー特有の常套手段だ。
だが、俺には通用しない。
「目先のエンゲージメント(数字)のために、長期的な『信用』をドブに捨てる。……それが三流のやり方だ」
俺は冷酷に切り捨てた。
「いいか。客が本当に求めているのは、嘘で塗り固められたバズじゃない。真実に基づいた『誠実な情報』だ。
関係性を明言した上で、それでも『美味い』と唸らせる。それが本物のインフルエンサーの仕事であり、俺たちプロの料理人の矜持だ。……安い小細工で、俺の料理を汚すな」
「…………っ!!」
俺の言葉に、キュララは息を呑んだ。
彼女の配信画面のコメント欄も、先ほどまでの称賛から一転して、驚きと感嘆の声に変わっていた。
『うおおおおっ……! この店長、言ってることめちゃくちゃ正論だぞ!』
『ステマの危険性を完璧に理解してる……! ただの田舎のシェフじゃない!』
『カッコいい……! 客を騙さない姿勢、ガチで信用できる!』
『キュララ、完全に論破(公開説教)されてて草』
『店長TUEEEEE!!(コンプライアンス的な意味で)』
炎上するどころか、俺の「コンプライアンスを遵守する厳しい姿勢」が、逆にリスナーからの圧倒的な好感度(信頼)を勝ち取っていたのだ。
「さらに言わせてもらうぞ」
俺は、ジャージのポケットから分厚い羊皮紙の束(契約書)を取り出し、テーブルに叩きつけた。
「お前、さっきから俺の厨房のレイアウト(企業秘密)や、キャルルたちの顔を無断でカメラに映してるな。
俺は『施設管理権』に基づく撮影許可も出していないし、『肖像権』および料理の『著作権』の使用許諾も出していない。これも全部、立派な権利侵害だ」
「し、肖像権……著作権……!? な、なにそれ、呪文……?」
キュララが、聞いたこともない法律用語の連発に、目を回してパニックに陥る。
「今すぐ配信のタイトルを修正し、『#PR』と『提供:ポポロ亭』のクレジットをデカデカと入れろ。
そして、この『動画配信における権利許諾および利益配分に関する基本契約書』の全50ページを熟読し、サインと血判を押せ。
もし拒否するなら……今すぐお前のドローンを全て物理的に破壊し、ルナミス警察とギルドの監査委員会に被害届を出す」
俺は、極上の殺気――否、冷酷無比な『凄腕プロデューサー』の眼差しでキュララを見下ろした。
「さぁ、どうする? 契約か、それとも炎上(BAN)か。選べ」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
キュララは、完全に腰を抜かし、ガタガタと震えながら俺を見上げた。
彼女の目に映っているのは、ただの大衆食堂のシェフではない。裏で全てを牛耳り、インフルエンサーの生殺与奪の権を握る、絶対的な権力者の姿だった。
「わ、わかりましたぁっ……! タイトル直します! #PR入れますぅ! サインもしますぅぅっ!!」
キュララは涙と鼻水を流しながら、俺から渡された羽ペンを震える手で握りしめた。
「よろしい。これからはウチの店で配信する時は、必ず事前に企画書を提出しろ。俺が全カット検閲してやる」
「は、はいっ……! 従いますぅ……っ!!」
キュララが、完全にプライドをへし折られ、俺に向かって深々と、そしてこれ以上ないほど美しい土下座を決めた。
「申し訳ありませんでしたぁっ……! 【編集長】っ!!」
「誰が編集長だ。俺は料理人だ」
俺が呆れてツッコミを入れると、ホログラムのコメント欄には『編集長爆誕ww』『最強のプロデューサー現る』『キュララが完全に躾けられたワンちゃんで草』という弾幕が滝のように流れていった。
「あ、リアン君! また新しい契約書巻いてるの? 私もサインしよっか?」
厨房から顔を出したキャルルが、呑気に首を傾げる。
「お前はいいからホールを片付けろ。……おいキュララ、契約が済んだら皿洗いを手伝え。タダ飯食わせるほど、ウチの会社は甘くねぇぞ」
「はいぃぃっ! 喜んで洗わせていただきます、編集長っ!!」
キュララが純白の羽をシナァと垂らしながら、エプロンをつけて厨房へと向かっていく。
ルナの経済テロに続き、現代SNSの炎上テロリストすらも、俺の完璧な『コンプライアンス監査』の前には無力だった。
厄介なインフルエンサーを【専属の広報担当(奴隷)】として合法的に取り込むことに成功したポポロ亭は、今日もまた一つ、最強のブラック企業へと歩みを進めたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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