EP 5
満月の夜と狂気の月兎族〜需要(ケガ人)は自ら創出する〜
ルナの引き起こした『リアル火炎龍(炎上)事件』から数時間が経過し、ポポロ村に夜の帳が下りた。
空には、雲一つない夜空に、不気味なほど大きく明るい『満月』が浮かんでいる。
「みんなーっ、こんばんはっ☆ 夜の部、配信スタートだよーっ!」
ゴッドチューバー・キュララは、懲りずにカメラドローンを起動させ、満面の笑みで配信を開始していた。
だが、その背景に映るポポロ村の様子は、どう見ても異常だった。
バタンッ! ガラガラッ! ガチャン、ガチャンッ!!
村中の家々が、まるで最悪の魔物の群れ(スタンピード)でも襲来するかのように、分厚い木の板で窓を塞ぎ、何重にも鍵をかけて完全なロックダウン(封鎖)状態に移行しているのだ。
道端には人っ子一人おらず、村全体がゴーストタウンのような静寂と緊張感に包まれている。
「あれれ〜? どうしたんですかぁ? まだ寝るには早すぎる時間ですよ? ポポロ村の人たちって、早寝早起きの健康生活なのかな?」
キュララが首を傾げながら、村のメインストリートを歩く。
『なんか村の雰囲気ヤバくない?』
『バイオハザードの始まりみたいで草』
『またお前、なんかやらかしたのか?』
コメント欄がざわつき始めた、その時だった。
「バ、馬鹿野郎! フラフラ外を出歩いてんじゃねぇ、キュララ!!」
ポポロ亭の裏口から、数枚の防御力強化の札を貼り付けた防刃ジャージ姿の俺が飛び出し、キュララの首根っこを掴んで強引に店内へと引きずり込んだ。
そして、マッハの速度で分厚い鉄の扉を閉め、巨大なカンヌキを何本も下ろす。
「ひゃあっ!? な、なんですか店長さん! 痛いよぉ!」
「静かにしろ!……いいか、今日は『満月』だ。ウチの看板娘が、最悪のバーサーカー(狂戦士)にジョブチェンジする日なんだよ!!」
俺は額に冷や汗を浮かべながら、ポポロ亭の窓という窓に、鉄板を打ち付け始めた。
「バーサーカー……? キャルルちゃんがですか? あんなに可愛くて大人しいのに?」
「普段はな! だが、月兎族ってのは、満月の光を浴びると体内の魔力が臨界点を突破して、極度のハイテンション状態に陥るんだ。
特にあいつの場合、その過剰なエネルギーが『他者を回復させたい』という自己犠牲の精神に全振りされる!」
俺が悲痛な叫びを上げた、まさにその瞬間だった。
――ズドォォォォォォンッ!!!
ポポロ亭の二階の窓ガラスが、内側から派手に粉砕された。
そして、空中に舞い散るガラス片と、眩い満月の光を背に受けて。
銀色の髪を逆立て、瞳のハイライトを完全に消失させたウサギ耳の少女――キャルル・ムーンハートが、ふわりと中庭に着地した。
「アハハハハッ!!」
その笑い声は、普段の可愛らしい彼女のものとは全く違っていた。
底抜けに明るく、そして、圧倒的な『狂気』を孕んでいる。
彼女の足元、特注安全靴に仕込まれた『雷竜石』からは、制御不能となった紫電がバチバチと弾け、周囲の地面を焦がしていた。
「怪我してる人いない〜? どこ、どこぉっ!? キャルルが、ぜーんぶ綺麗に治してあげるよおおおっ!!♡」
キャルルが、血走った目で周囲をギョロギョロと見回す。
過剰な魔力によって引き起こされる、終わりのない【回復テロ】。彼女の頭の中は現在、「患者を癒やさなければならない」という強迫観念で完全に埋め尽くされているのだ。
「ひぃぃぃぃっ!? な、なんかキャルルちゃん、すっごくヤバいオーラ出てるよぉっ!?」
キュララが、空中のカメラドローンを引き連れたまま、俺の背中に隠れてガタガタと震え出した。
「あ? なんだなんだ、騒がしいな」
そこへ、最悪のタイミングで、地下の貯蔵庫から巨大な酒樽を担いだイグニスが、のっそりとホールに姿を現した。
「おい、キャルル。何をそんなに物騒な声を出して……」
「馬鹿っ、イグニス! 逃げろ!!」
俺の制止の声は、遅かった。
「……あ。イグニス、みーっけ♡」
キャルルの首が、ゴキリと不自然な角度でイグニスの方を向いた。
「イグニス、どこか痛いところない? 骨折してる? 内臓破裂してる? 早く言って! 私が今すぐ、パーフェクトヒールで治してあげるからぁっ!」
「あ? 俺様はどこも怪我なんかしてねぇぞ。健康そのものだ」
イグニスが、自慢の大胸筋を叩いて豪快に笑う。
――それが、運の尽きだった。
「えぇ……? 怪我、してないの……?」
キャルルの表情から、スッと感情が抜け落ちた。
そして、悪魔のような、いや、狂気に満ちた天使のような、底知れぬ笑顔を浮かべた。
「そっかぁ。怪我してる人がいないなら〜……【怪我してる人(需要)、作ってあげまーす♡】」
「……は?」
イグニスが間抜けな声を漏らした瞬間。
ドンッ!!
音速を超えた。
満月のバフを限界まで受けたキャルルが、マッハの速度でイグニスの懐に踏み込んだ。
安全靴の雷光が、夜の闇を真昼のように照らし出す。
「月影流・顎砕きッ!! からのぉ〜、乱れ流星脚ッ!!!」
「おぉぇッ!?」
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
イグニスの巨体が、ボールのように軽々と蹴り上げられた。
さらに空中で、キャルルの容赦ない連続回し蹴りが、竜人の頑強な肉体をサンドバッグのようにタコ殴りにする。
最後の飛び蹴り(ライダーキック)がイグニスの腹部にクリーンヒットし、彼はポポロ亭の分厚いレンガの壁をぶち抜きながら、外の広場へと吹き飛ばされた。
「ガハッ……! ぐはぁぁっ……!」
瓦礫の中で、全身の骨を砕かれ、血を吐きながら痙攣するイグニス。前衛物理部門の最高責任者が、わずか数秒で瀕死の重傷(HP1)に追い込まれた。
「うんうんっ! すっごく立派に怪我したね♡ 痛かったねぇ、可哀想に……! じゃあ、回復しまーす♡」
キャルルは、血の海に沈むイグニスに馬乗りになると、満月の光を凝縮した両手を、彼の胸に押し当てた。
『――月光大治癒!!』
カァァァァァァァッ!!
圧倒的な光がイグニスを包み込む。
砕けた骨が瞬時に繋がり、破裂した内臓が再生し、流れた血が逆流して体内に戻っていく。
ものの数秒で、イグニスは【HP・MP・状態異常】全てが完全回復(全快)した状態で、ピンピンして立ち上がった。
「おおっ!? 痛くねぇ! さっきまで死にかけてたのに、全身に力がみなぎってやがる……って、ふざけんなキャルル! 俺様を殺す気かァァァッ!!」
混乱と恐怖で絶叫するイグニス。
「あははははっ! よかった、治ったね! 私、すっごく役に立ったよね!?」
キャルルは、自分の手柄に大満足して、血まみれの服(イグニスの血)でキャッキャと飛び跳ねている。
「…………」
「…………」
その一部始終を、ドローンカメラを通じて目撃していたキュララと、数十万人のリスナーたちは、完全な沈黙に陥っていた。
『……え?』
『今、自分で半殺しにしてから回復しなかったか?』
『需要(ケガ人)がないなら、供給(回復)のために自ら壊す……究極のマッチポンプ(自作自演)……!』
『なんだこのサイコパス医療はぁぁぁっ!!』
『やべぇ……ポポロ村には、まともな奴が一人もいねぇぇっ!!』
ホログラムのコメント欄が、炎上とは全く違うベクトル――純粋な『恐怖(ドン引き)』で埋め尽くされていく。
「ひ、ひいいいいぃぃぃぃぃっ!?」
キュララが、ついに腰を抜かして床にへたり込んだ。
だが、満月の狂気(回復テロ)は終わらない。
「あーあ、一回治しちゃったら、もうつまんないなぁ……。私の魔力、まだまだ満タンだよぉ?」
キャルルが、首をコキッと鳴らしながら、ポポロ亭の中にいる俺と、キュララの方へと視線を向けた。
その瞳には、次なる【獲物(患者)】を求める、飢えた獣の光が宿っていた。
「ねぇねぇ……まだまだ、回復したりなぁぁぁぁい♡
他にも、重傷を負って死にかけてる人……いないかなぁ……?」
「ストォォォォップ!! 俺は健康だ! 胃潰瘍気味だが、物理的なダメージは受けてねぇ!!」
俺は即座に『白雪』を抜き放ち、防御態勢を取った。
「キュ、キュララも元気だよぉっ! 配信のためにビタミン剤もいっぱい飲んでるしぃぃっ!」
キュララが涙と鼻水を流しながら、後ずさりして土下座のポーズを取る。
「えーっ? 遠慮しないでいいんだよ? 私の蹴り(メテオ・ストライク)なら、一瞬で『最高の患者』になれるからねっ♡ さぁ、治療の時間だよおおおおっ!!」
ドゴォォォォンッ!!
キャルルが、満面の笑みで安全靴をスパークさせ、俺たちに向かって突進してきた。
「総員、回避!! 朝まで逃げ切れ!! 捕まったら全身複雑骨折からの強制回復の無限ループだぞ!!」
「いやああああぁぁぁぁぁぁっ!! 誰か助けてぇぇぇぇっ!! この村おかしいよぉぉぉっ!!」
ゴッドチューバーの悲痛な叫び声と、雷光を纏ったヤンデレ兎の狂笑が、満月の夜空にどこまでも響き渡る。
リスナーたちに「異世界で最も近づいてはいけない村」としてポポロ村のデジタルタトゥーが深く刻み込まれた、最悪で最高に騒がしい夜だった。
読んでいただきありがとうございます。
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