EP 3
禁断のパクリ曲『18禁の夜』と、炎上マーケティングの極意
大衆食堂『ポポロ亭』のディナー営業が終わり、店内が静寂に包まれるはずの深夜。
今夜のホールは、かつてないほどの異様な熱気と、ブンブンと飛び回る複数機の『魔導カメラドローン』の駆動音に包まれていた。
「さぁさぁゴッドチューブの皆ーっ! お待たせしましたっ☆ 今夜は特別ゲリラコラボ配信! ポポロ村の地下アイドルこと、リーザ先輩のスペシャルライブが始まるよーっ!!」
特設ステージ(※みかん箱を三つ並べたもの)の横で、ゴッドチューバーのキュララがカメラに向かってバチコンッとウインクを決める。
空中に投影されたホログラム画面(コメント欄)は、すでに数万人の同接を記録し、滝のようなスピードでスクロールしていた。
「フハハハハ……! 皆様、長らくお待たせいたしましたわ! わたくしの血の滲むような修行の成果、とくとご覧にいれますわよ!!」
バンッ!と厨房の扉を蹴り開け、みかん箱のステージに飛び乗ったのは――我らがポポロ亭の強欲人魚、リーザだった。
「お? おお……」
腕を組んで事態を見守っていた俺は、思わず眉間を揉みほぐした。
「おい、リーザ。いつもの特売の『芋ジャージ』に『健康サンダル』姿でどうしたんだ。衣装ぐらい着替えてこいよ」
「……えっ?」
隣にいたキャルルが、目を丸くして俺を見上げる。
「違うわよリアン君。あれ……リーザの『勝負服』よ。昨日、一生懸命ジャージの毛玉を取ってたもん」
「まぁ……! 衣服にも困っていたなんて、可哀想に……。私が世界樹の葉っぱで、可愛いドレスを編んであげましょうか?」
天然エルフのルナが、本気で同情の涙を浮かべている。
「ちーがーうーわよ!! これは『あえて』のハズし(ストリート系)ファッションですの!」
リーザが顔を真っ赤にして反論し、マイク(※魔力を増幅する大根)を握りしめた。
「静粛になさい! 今からわたくしが歌うのは、音楽の女神ルチアナ様から直々に授かった、奇跡の新曲ですわ!
さぁ、画面の向こうの石油王様! わたくしの魂の叫びを聴いて、もう一度その財布の紐を全開になさいな! ――聴きなさい! 新曲『18禁の夜』!!」
「あ? 18禁の夜?」
俺の脳内で、前世の記憶(昭和から平成にかけての大ヒット曲)が、強烈なデジャヴと共にフラッシュバックした。
嫌な予感しかしない。いや、タイトルからしてすでにコンプライアンス的に完全アウト(年齢制限)だろ。
俺の制止も虚しく、リーザはみかん箱の上で、まるで世界的な歌姫のようなポーズを決め、目を閉じて熱唱し始めた。
♪〜
『落書きの多い個室ビデオの壁』
『誰にも言えない 領収書を握りしめた』
『14の時 補導されたあの場所で』
『今はローションの ヌメリに震えている……』
「……は?」
俺の口から、魂の抜けたような声が漏れた。
なんだその、歌舞伎町の裏通りを煮詰めたような底辺の歌詞は。ファンタジー世界に『個室ビデオ』も『領収書』も存在しねぇだろうが!
『【Bメロ:葛藤】』
『とにかくここから 逃げ出したい』
『背後に迫る 黒服の影』
『ホストの売掛 払えぬままに』
『俺は裏口の 階段を駆け下りる……』
リーザの歌声は、無駄に上手かった。
人魚姫特有の、聞く者を魅了するセイレーンのごとき美声。
しかし、その美声に乗せて紡がれるのは、ホスト狂いの末に裏社会に追われるという、あまりにも生々しい現代社会の闇だった。
『【サビ】』
『盗んだローションで 滑り出す〜♪』
『行き先も 解からぬまま〜♪』
『暗い歌舞伎町に 縄で縛られたくないと〜♪』
『交番に駆け込む 18禁の夜〜!!』
「…………」
「…………」
歌い終わったリーザは、肩で息をしながら、やり切ったアイドルのドヤ顔で天を仰いだ。
店内は、水を打ったような完全な沈黙に包まれていた。
「う、うーん……?」
腕を組んで聞いていたイグニスが、困惑したように首を捻る。
「なんだかよく分かんねぇが……『ローション』とか『縄で縛られる』とか、刺激が強すぎて、どういう状況なのかサッパリだぜ。俺様にはまだ早い歌だったか……?」
「おいイグニス! 意味なんか分からなくていいんだよ!」
俺は、あまりの出来事にカウンターをバンッ! と叩いて立ち上がった。
「なんだあの最低のパクリ曲は!! 完全に俺の故郷(地球)の伝説的な名曲の盗作じゃねぇか!
団体が異世界転生してきても文句言えねぇぞ! 配信止めろキュララ、アカウントが永久凍結(垢バン)される!!」
俺が激怒してドローンを叩き落とそうとした、その時だった。
「ふぇ……パ、パクリ? リアン様、何を言ってるんですの? これは女神様からの……」
リーザが戸惑う中、キュララは慌てるどころか、最高に楽しそうな『インフルエンサーの笑み』を浮かべていた。
「リスナーの皆〜っ! どうだったかな〜? リーザ先輩の、この『最低なパクリ曲』はっ☆」
キュララがカメラに向かって煽るように問いかけた瞬間。
沈黙していたホログラムのコメント欄が、爆発的な勢いで流れ始めた。
『は? なんだこのゴミ曲』
『明らかにパクリだろwww 炎上しろwww』
『歌詞が最悪すぎる。アイドル名乗るな!』
『さっさと引退しろ芋ジャージ!』
『特定班急げ! こいつの過去の余罪全部洗え!』
「な、なんですのこれ……!? 悪口ばかり……! 炎上……大炎上ですわーっ!?」
リーザが、自分の画面を埋め尽くす罵詈雑言の嵐を見て、顔面を蒼白にして震え出した。
アイドルにとって、アンチからの総攻撃は死を意味する。
だが。
キュララは、その炎上のド真ん中で、嬉しそうに飛び跳ねた。
『ピロリンッ! ピロリンッ! ピロロロロロリンッ!!』
コメント欄に、真っ赤な帯が次々と叩きつけられる。
アンチたちが「自分の批判コメントを読ませるため」に、あえて高額の課金をしてきたのだ。
これは、一部の悪質なインフルエンサーが意図的に狙う『ヘイト・マネタイズ(憎悪による集金システム)』である。
「キャーッ! 批判の赤スパ(五万G)、ありがとうございまーすっ♡」
キュララが、両手でハートを作りながら満面の笑みで叫ぶ。
「皆の『憎しみ』の赤スパ、しっかり受け取ったよ〜っ☆
この芋ジャージのリーザ先輩は、後でキュララが責任を持って、お仕置き(説教)しておくからねっ★ だから皆、チャンネル登録外さないでね〜っ! ばいばーいっ☆」
プツンッ。
キュララがウインクと共に配信を切った瞬間、空中のドローンがスリープモードに入った。
「えへへーっ! 大成功っ! 今日の配信、同接20万超えで過去最高のスパチャ額(売上)だったよーっ!」
キュララが、空中に表示された売上グラフを見て、満足げにガッツポーズを決める。
「キュ、キュララぁぁぁっ……!」
ステージ(みかん箱)の上で、リーザが灰のように真っ白に燃え尽き、膝から崩れ落ちた。
「わたくし……もう、お嫁に行けませんわ……。世界中に『盗んだローションで滑り出す芋ジャージ』として認識されてしまいましたの……。デジタルタトゥーが……」
「大丈夫だよリーザ先輩! 炎上は三日もすれば皆忘れる(陳腐化する)し、これ、今夜の先輩への配分ねっ☆」
キュララが、無造作に金貨の詰まった袋をリーザの顔面に投げつける。
「……はっ! こ、これは金貨五百枚……!?」
袋の中身を見た瞬間、リーザの瞳に光(『¥』マーク)が戻った。
「あぁぁっ……! デジタルタトゥーの痛みより、金貨の重みの方が勝りましたわーっ!! 炎上最高! パクリ最高! 悪名は無名に勝りますのーっ!!」
リーザは金貨の袋に頬擦りし、先ほどの絶望など嘘のように狂喜乱舞し始めた。
「…………」
俺は、そのどうしようもない光景を前に、完全に言葉を失っていた。
「リアン君……なんだか、見ちゃいけない人間の裏側を見ちゃった気分だよ……」
キャルルが、ウサギの耳をシナァと垂らしながら俺の背中に隠れる。
「あぁ、同感だ。倫理とプライドをドブに捨てて、炎上で現金を稼ぐ。……完全に反社のビジネスモデルだ」
承認欲求モンスターの天使と、金のためなら魂も売る人魚姫。
この二人の『最悪の業務提携』は、ポポロ亭のブランドイメージを根底から破壊する、とんでもない地雷だった。
「(……早急に、奴らの首根っこに『利用規約』を叩き込まねぇと、店ごと炎上(BAN)させられるぞ)」
俺は、狂喜する二人のアホを冷徹な目で見据えながら、防刃ジャージのポケットの中で、分厚い『契約書』の草案を練り始めるのだった。
ゴッドチューバーの暴走は、まだ始まったばかりである。
読んでいただきありがとうございます。
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