第五章 炎上ゴッドチューバーと、ポポロ亭の生配信地獄
太客(石油王)の裏切りと、炎上ゴッドチューバー降臨!
大衆食堂『ポポロ亭』の昼下がり。
怒涛のランチ営業という名の戦場を乗り越え、ようやく訪れたアイドルタイム(休憩時間)。俺は厨房のカウンターに腰を下ろし、疲労した脳細胞に微糖の缶コーヒーを流し込みながら、今月の売上帳簿の計算に没頭していた。
ルナという歩くコンプライアンス違反(エルフ姫)が加入して以来、店の売上は爆増しているが、それに比例してトラブルの処理費用も跳ね上がっている。経営者としての胃薬の消費量は、もはや経費として計上せざるを得ないレベルだ。
そんな静かな店内に、突如として悲痛な絶叫が響き渡った。
「おかしい……おかしいですわ!!」
店の隅のテーブル席。
ルナミスデパート特売の芋ジャージに身を包み、足元は健康サンダルという極めて意識の低い出で立ちの地下アイドル――リーザ・シーラン・リヴァイアサンが、魔導通信石の画面を血走った目で見つめながら、ガタガタと震えていた。
「どうした、アホ人魚。またポイ活のアプリでエラーでも出たか?」
俺が帳簿から目を離さずに冷たく言い放つと、リーザは涙目で俺にすがりついてきた。
「違いますわリアン様! わたくしの……わたくしの生命線が絶たれてしまったんですの!!」
「生命線?」
「いつもわたくしの配信を見て、『リーザちゃん可愛いね♡』って応援してくれていた、ハンドルネーム【石油王】さんから……ここ数日、パタッと連絡が来なくなってしまったんですのよ!!」
「……石油王?」
俺は持っていた羽ペンを止め、胡乱な目を向けた。
「そうですわ! 毎回配信のたびに、金貨換算で数万Gもの赤スパ(高額投げ銭)を投げてくれていた、わたくしの絶対的スポンサーにして唯一の太客……石油王様ですの!
彼のお布施があったからこそ、わたくしはかろうじてパンの耳から『特売のコロッケ』へと食生活をグレードアップできていたというのに……!」
リーザは床に崩れ落ち、頭を抱えてのたうち回り始めた。
「誰ですの!? わたくしの……わたくしの大事な太客を奪った泥棒猫は!?
このままじゃ、明日からまた『半額もやし生活』に逆戻りですのよぉぉっ!! いやあああっ! もやしのヒゲを取る虚無の時間はもう嫌ですわーっ!!」
「……知るか。アイドルならスパチャに依存するんじゃなくて、地道な物販とチケット代で安定した収益モデル(サブスク)を構築しろ」
俺は冷徹なビジネスアドバイスを投げかけ、再び帳簿に目を落とした。
どこの世界でも、たった一人の大口顧客(太客)に依存するビジネスモデルは、その顧客が離れた瞬間に破綻する。リスク分散ができていない三流の経営だ。
ガラッ!!
リーザが床でもやしの幻覚と戦いながら絶望していると、ポポロ亭の重厚な木製ドアが勢いよく開いた。
「みんなーっ! ただいまーっ!!」
現れたのは、買い出しに行っていたポポロ村の村長にして、我が店の優秀なホールスタッフ(兼ヤンデレ枠)のキャルルだった。
両手いっぱいに買い物袋を提げた彼女は、なぜか満面の笑みを浮かべている。
「おう、おかえり。随分と機嫌がいいな」
「えへへっ、リアン君聞いて! 買い出しの帰りに、すっごく懐かしいメンバーに再会しちゃったの! ルナミス帝国でシェアハウスしてた頃の、もう一人の同居人なんだけど……」
キャルルが振り返り、ドアの外に向かって「入ってきていいよー!」と手招きをする。
――その瞬間だった。
『キュルルンッ☆ みんなーっ! 待たせちゃってごめんねっ♡』
眩いばかりの光の粒子と共に、店内に一人の少女が飛び込んできた。
ふわふわの金髪ツインテール。頭上には光り輝く天使の輪。そして背中には純白の羽。
一見すれば神聖な『天使』そのもののビジュアルだが、彼女の周囲には、何台もの小型の『魔導カメラドローン』がハエのようにブンブンと飛び回り、彼女の姿をあらゆるアングルから激写していた。
「……なんだ、あの無駄に発光してる歩く電飾は」
俺が目を細めると、その天使の少女は、カメラドローンの一つに向かってバチィッ! と完璧なウインクを決めた。
「キュララで~すっ☆ ゴッドチューブの皆、見てる~?
私、とうとう魔境の入り口って噂の『ポポロ村』に到着して、シェアハウス仲間のキャルルちゃんと感動の再会を果たしたのっ♡
そして今! この村で一番人気だって噂の大衆食堂『ポポロ亭』に潜入しちゃいましたーっ! みんな、ここまで一人で来れたキュララのこと、褒めて褒めてっ♡」
少女――キュララが、あざとさ1000%の甘ったるい声でカメラに語りかける。
すると、彼女の目の前に展開された半透明のホログラム画面(コメント欄)が、滝のような凄まじい速度でスクロールし始めた。
『うおおおお! キュララちゃんポポロ村到着おめでとおおお!』
『一人で辺境まで行くなんてエライ! 尊い!』
『キュララちゃんなら絶対大丈夫だって信じてたよ!』
『後ろにいる銀髪のウサギっ子も可愛い! コラボ助かる!』
「な、なんですかあのコメントの滝は……! 圧倒的なトラフィック(同接数)……!」
床に這いつくばっていたリーザが、同業者としての本能からか、信じられないものを見る目でホログラム画面を凝視した。
「ふふんっ、今日は特別に、このポポロ亭で『キュララ食レポ出来るかな~?』の企画をやっちゃうよっ! 店長さん、美味しいご飯よろしくねっ☆」
キュララが俺の方を向いて、再びバチコンッとウインクを飛ばす。
「(……なるほど。これが噂に聞く『インフルエンサー(ゴッドチューバー)』ってやつか。ルナの経済テロとはまた違う、情報の厄介ごとが転がり込んできやがった)」
俺はため息をつきながら、面倒くさそうに首を鳴らした。
広告効果としては最強だが、一歩間違えれば店が炎上(コンプラ違反)しかねない諸刃の剣だ。
だが、そんな俺の経営的な懸念など、これから起きる悲劇に比べれば些細なことだった。
『ピロリンッ!!』
突如、キュララのホログラム画面に、ひときわ大きく、毒々しいほどに赤い帯が表示された。
同時に、金貨がジャラジャラと降り注ぐド派手なエフェクトが画面を埋め尽くす。
「キャーッ! 赤スパありがとうっ!!」
キュララは嬉しそうに飛び跳ね、カメラに向かって両手でハートマークを作った。
「え~っと……ああっ! また貴方ですねっ♡
ハンドルネーム【石油王】さん! 金貨五万Gの赤スパ、本当にありがとぉぉっ!!
『キュララちゃんの食レポ楽しみにしてるよ』だって! もぉ~、石油王さんはいつもキュララのこと甘やかしてくれるんだからっ♡ 大好きっ☆」
…………。
………………。
ピタリ、と。
ポポロ亭の空気が、文字通り凍りついた。
「……え?」
床に這いつくばったままの芋ジャージの人魚姫から、間抜けな声が漏れた。
リーザの瞳孔が限界まで見開き、その視線は、キュララの画面に燦然と輝く『石油王』という文字に釘付けになっていた。
「せ……せき、ゆ……おう……?」
「うんっ? どうしたのリーザ先輩? そんな床這いつくばって、雑巾がけの企画でもやってるの?」
キュララが、首をコテッと傾げて純真無垢(に見える)笑顔を向ける。
リーザの脳内で、全ての点と点が線で繋がった。
ここ数日、自分への連絡が途絶えた絶対的スポンサー。
そして目の前で、金貨五万Gという自分の一年分の生活費を、息を吐くようにこの天使に投げ銭(貢いで)している現実。
ギリッ……ギリギリギリギリッ……!!
リーザの歯が、砕けんばかりの音を立てて軋み始めた。
彼女の全身から、ルナの魔力暴走すら生ぬるく感じるほどの、底知れぬドス黒いオーラ(殺意と嫉妬)が立ち昇る。
「泥棒猫は……」
リーザが、怨霊のような動きでユラァ……と立ち上がった。
その瞳には『¥』マークではなく、完全に『殺』の文字が浮かび上がっている。
「泥棒猫は……お前だったのかあああああああああああああっ!!!!」
「ひゃああっ!? リーザ先輩、顔が怖いよぉっ! 放送事故! 放送事故になっちゃうっ!」
「うるさいうるさいうるさぁぁぁい!! わたくしの命綱(太客)を返せぇぇぇっ! 貴様のそのふざけた天使の羽、全部むしり取って焼き鳥にしてやりますわーっ!!」
激怒のあまり自我を失ったリーザが、健康サンダルを脱ぎ捨ててキュララに飛びかかっていく。
キャルルが「ちょっ、リーザちゃんストップ!」と慌てて羽交い締めにし、キュララは「たすけてリスナーさーん!」とカメラ目線で悲鳴を上げる。
「(……また一人、クランのキャパシティ(許容量)を超えるバカが増えたか)」
俺は、カオスと化したホールの惨状を無表情で見つめながら、そっと四次元魔法ポーチから胃薬(超回復ポーション)を取り出した。
現代SNSの闇と、資本主義の底辺(地下アイドル)の凄惨なるパイの奪い合い。
ポポロ亭の平穏は、炎上ゴッドチューバー・キュララの登場により、いよいよ修復不可能なレベルのバグ(地獄)へと突入していくのだった。
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