EP 10
月下の宴と相棒との乾杯〜最強のブラック企業に捧ぐ〜
巨大な不良債権の強制処理を終えたその夜。
大衆食堂『ポポロ亭』は、村の無事を祝う村人たちと、見事なオペレーションで村を救った俺たち【ホープ・クローバー】の従業員たちによる、盛大な貸し切り宴会(打ち上げ)の会場と化していた。
「さぁさぁ皆様! 今日はリアン様のおごりですわよーっ! 飲んで食べて、浮いたお金は全部わたくしのお賽銭箱へどうぞーっ!」
リーザが芋ジャージ姿のまま、両手にジョッキを持ってテーブルを練り歩いている。タダ飯を食いながら他人の財布のヒモを緩めさせる、生粋の詐欺師の鑑のような動きだ。
「ガハハハ! ほら、肉が焼き上がったぜ! 俺様の筋肉が運ぶ極上ステーキだ、腹ん中がはち切れるまで食いな!!」
イグニスが、厨房から巨大なロックバイソンのステーキが乗った大皿を次々とホールへ運んでいく。その圧倒的な筋力とスタミナは、もはやポポロ亭の物流を支える完璧なインフラだ。
「……よし、これで料理の提供は一段落だな」
俺は厨房でフライパンを置き、エプロンを外して息を吐いた。
三ツ星シェフの腕をフル稼働させ、村人全員の胃袋を満たすだけの料理をマッハで作り上げたのだ。いくら俺の社畜メンタルが強靭でも、さすがに肩が凝る。
「リアン君っ! お疲れ様っ♡」
厨房の入り口で、キャルルが冷たいおしぼりを持って待ち構えていた。
彼女は俺の顔の汗を優しく拭いながら、上目遣いですり寄ってくる。
「今日のリアン君の指揮、すっごくカッコよかったよ。……さぁ、お仕事はもう終わり! ホールの奥に、私とリアン君『だけ』の特別席を用意したから、一緒に……」
「お待ちくださいませキャルルお姉様! 抜け駆けはギルティですわ!!」
キャルルが俺の腕を引こうとした瞬間、凄まじい速度でリーザが割り込んできた。
「リアン様の隣(特等席)は、絶対無敵のスパチャアイドルであるわたくしのものですの! 今日も純金100kgを回収したMVPはわたくしですわよ!」
「はぁ!? 私の撹乱(ヘイト稼ぎ)がなかったら、あんなに上手く回収できなかったでしょ! 第一、リーザちゃんはお賽銭箱と一緒に寝てればいいじゃない!」
「なんですって泥棒兎!」
バチバチバチッ!!
キャルルの特注安全靴から危険な紫電が漏れ出し、リーザがお賽銭箱の吸引ノズルを構える。
いつもの正妻(?)戦争が勃発し、周囲の温度が急激に低下し始めた、まさにその時。
「リアン社長〜っ♡ お疲れ様でした!」
純白のドレスをふわりと揺らし、ルナ・シンフォニアが、キラキラと精霊の光を振り撒きながら厨房に乱入してきた。
彼女の手には、小さなクリスタルの小瓶と、銀のスプーンが握られている。
「リアン社長が疲れていると思って、とっておきの『差し入れ』を持ってきました! 世界樹の深部でしか採れない【世界樹のロイヤルゼリー(特濃)】ですわ!」
「……おい、ルナ。それは一体どういう効能があるんだ?」
俺の危機管理センサーが、ビンビンと警鐘を鳴らす。
ルナは、天使のような無垢な笑顔で、スプーンにピンク色に発光する怪しいゼリーをすくい上げた。
「これを一口舐めれば、疲労が吹き飛んで魔力が百倍になり、さらに『目の前にいる人を無条件で愛してしまう』という、とってもハッピーな効能がありますの! さぁ、リアン社長! あーーんっ♡」
「それただの違法な惚れ薬(非合法ドラッグ)だろ!! 倫理委員会にしょっぴかれるわ!!」
俺が全力でツッコミを入れてのけぞった瞬間、隣にいたキャルルとリーザの目の色が変わった。
「なっ……!? ルナ、あなた自分の天然を利用してリアン君に薬を盛る気!? 許さない! そのスプーンをこっちに渡しなさい! 私がリアン君に食べさせるからっ!!」
「ちょっと待ってくださいませ! それ、原液を薄めて隣町の貴族に売り捌けば、一滴で金貨一万枚は下らない超絶錬金アイテムですわーっ!! わたくしに上納しなさい!!」
「ええっ!? キャルルちゃんもリーザちゃんも、どうしたんですか!? 引っ張ったらこぼれちゃいますぅっ!」
ヤンデレ兎と強欲人魚が、歩くコンプライアンス違反に飛びかかり、厨房は完全な阿鼻叫喚のカオス(大乱闘)へと発展した。
宙を舞う怪しいピンク色のゼリー。バチバチと鳴る雷光。そして飛び交う怒号。
「(……ダメだこりゃ。付き合ってられん)」
俺は、騒がしい三人のヒロインたちを厨房に残し、こっそりと裏口のドアを開けて、夜風の吹くテラスへと抜け出した。
* * *
静かな裏庭。
喧騒から切り離されたそこには、虫の音と、ポポロ村を優しく照らす満月の光だけがあった。
俺は丸太の椅子に腰を下ろし、四次元魔法ポーチから『微糖の缶コーヒー』を取り出した。
カシュッ。
プルタブを開け、冷たいコーヒーを喉に流し込む。
深く焙煎された苦味と、ほんのりとした甘みが、疲れ切った社畜の脳髄に心地よく染み渡っていく。
「おうリーダー。女たちの修羅場から逃げ出してきたのか?」
背後から、ザクッ、ザクッと草を踏む重い足音が聞こえた。
振り返ると、両手に巨大な木樽のジョッキを持ったイグニスが立っていた。
「……ああ。騒がしすぎて、鼓膜と胃壁が破れそうだからな」
「ガハハハ! 違いねぇ。お姫様が加わってから、あのシェアハウスは毎日が戦場(お祭り)みたいなもんだからな」
イグニスは、俺の隣の丸太にどっしりと腰を下ろし、木樽のジョッキの一つを自分の口に運んで豪快に煽った。
「……リアン。今日の戦い、すっげぇ面白かったぜ」
イグニスが、夜空に浮かぶ満月を見上げながら、ポツリと口を開いた。
「俺様は今まで、自分の炎は『敵を焼き尽くす』ためだけのものだと思ってた。でも今日、お前の指示で地面を熱した時……俺の力が、キャルルやリーザの動きを活かすための『土台』になった。それが、不思議と誇らしくてよ」
イグニスは、自分の分厚い手のひらを見つめ、不器用に笑った。
「一人で剣を振り回して無双するだけが英雄じゃねぇ。仲間のために汗を流して、パズルみたいに力がカチッと噛み合った時……俺様は、今までで一番『俺はすげぇ!』って胸を張れたんだ」
「……」
「お前の頭脳があってこその俺たちだ。リアン、今日も俺様たちを勝たせてくれて、ありがとな」
それは、見栄っ張りでコンプレックスの塊だった竜人が見せた、本物の戦士としての【成長】と【信頼】の証だった。
「……勘違いするなよ、イグニス」
俺は、缶コーヒーの表面を指でなぞりながら、静かに口を開いた。
「会社ってのはな、どれだけ経営者が完璧な計画を立てても、それを実行する『現場』が弱ければ、一瞬で崩壊するんだ」
「現場……?」
「お前のその圧倒的な物理の力。キャルルの素早さ。リーザの図太さ。そして、ルナの莫大な魔力。……お前たちという最強のアセット(人材)がいて、俺の指示を完璧に信じて動いてくれたからこそ、あの化け物を処理できたんだ。
お前はもう、ウチのクランに絶対欠かせない、自慢の『サーバーラック(最強の土台)』だよ」
「さーばーらっく? よく分かんねぇが、一番強くて頑丈な柱ってことだな! ガハハハ! 任せとけ!」
イグニスが嬉しそうにジョッキを掲げる。
俺も、微糖の缶コーヒーをコツン、とそのジョッキにぶつけた。
「俺たちの、最高に騒がしいブラック企業に」
「おう! 俺たちの最高の居場所(ポポロ亭)に、乾杯だ!!」
月明かりの下、男二人が静かに喉を鳴らす。
前世で俺が死ぬほど働いていた厨房では、こんな風に部下と酒を酌み交わし、互いの仕事を認め合うような温かい時間は、1秒たりとも存在しなかった。
俺がこの異世界で求めていた『怠惰なスローライフ』。
定時で帰り、誰の責任も負わず、のんびりと生きる人生。
……今の俺の毎日は、それとは完全に真逆の、トラブルと過労に満ちた地獄のスケジュールだ。
でも。
「(……悪くない夜だな)」
俺は、コーヒーのほろ苦い甘さを噛み締めながら、小さく、だが確かに口角を上げた。
この不器用で、手がかかって、コンプライアンス違反だらけの仲間たちがいる場所。
ここが、俺の選んだ、俺だけの『三ツ星の居場所』なのだ。
バンッ!!
「あーっ! リアン君、こんなところでイグニスと二人でサボってるーっ!」
「見つけましたわリアン様! さぁ、早くあのゼリーを売り捌く事業計画書にハンコを!」
「リアン社長〜っ! さっきのお詫びに、私が肩もみして差し上げますわ〜っ♡」
裏口のドアが勢いよく開き、キャルル、リーザ、ルナの三人が、わちゃわちゃと騒ぎながらテラスへと雪崩れ込んできた。
静かな男の時間は、わずか五分で終了である。
「お前らなぁ……。残業代は出ないって言ってるだろ」
俺は呆れたように頭を掻きながら、空になった缶コーヒーをポーチにしまった。
そして、騒がしいヒロインたちと、ガハハと笑う相棒に向かって、面倒くさそうに、しかし誰よりも頼もしい顔で振り返った。
「さぁ、休憩はおしまいだ。ホールに戻るぞ。ウチの店の営業は、まだ終わっちゃいねぇからな」
「「「イエス、ボス!!」」」
元気な返事が、ポポロ村の夜空に響き渡る。
歩くコンプライアンス違反を抱え込み、ますますカオス度を増した最強のブラック企業【ホープ・クローバー】。
彼らの騒がしくて尊い日常は、明日も明後日も、この世界のド真ん中で逞しく続いていく。
読んでいただきありがとうございます。
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