EP 8
ギアンの暗躍とバブルの胎動〜無限増殖の超絶インフレ粘体〜
天魔窟の奥深く、薄暗い司令室。
魔人ギアンは、爪を噛みながら無数のモニターを血走った目で睨みつけていた。
「クソッ、クソッ、クソォォォッ!!」
ガンッ!と、八つ当たり気味にコンソールを蹴り飛ばす。
彼の脳裏には、自分が手塩にかけて生み出した最高傑作のトラウマ兵器『絶望樹』が、あの憎きジャージ姿の料理人によって、文字通りシュレッダーにかけられた光景が焼き付いていた。
「なんなんだよ、あの冒険者は……! 物理攻撃も通じない、精神攻撃も効かない! あまつさえ、僕の兵器を『ゴミ(紙屑)』扱いして処理するなんて……! 資金援助の閣下になんて報告すればいいんだ!」
ギアンは毛布にくるまりながら、胃薬をコーラで流し込んだ。
このままでは、ポポロ村の経済を破壊するどころか、自分の立場(首)が危うい。
彼は血眼になって、村の上空に潜伏させている超小型の監視ドローン(死蝿機)の映像を解析し続けていた。
「ん……? なんだ、この異常な魔力反応は……」
ギアンの指先がピタリと止まる。
モニターに映し出されていたのは、ポポロ村に新しく現れた、純白のドレスを着たエルフの少女だった。
彼女の歩く後には、枯れた花が咲き、大気が澄み渡っていく。その小さな体に内包された魔力は、魔人であるギアンから見ても異常としか思えないほどの莫大な量だった。
「世界樹の森のエルフ……しかも、これは王族クラスの魔力だ。どうしてあんなバケモノが、あんな田舎村の食堂に……?」
ギアンがカメラの焦点を合わせ、さらに彼女の魔力の『流れ(導線)』をスキャンした時。
彼の視線は、ポポロ村の村長宅――キャルルやリーザ、そしてルナが住んでいる家の『地下室』へと釘付けになった。
「な、なんだこれは……!?」
ドローンの熱源・魔力探知センサーが、地下室の一角で真っ赤に振り切れている。
ギアンは慌てて透視モードに切り替えた。
そこに映っていたのは、厳重な魔法の鍵をかけられた木箱の中に、無造作に詰め込まれた――圧倒的な質量の『純金』だった。
「じゅ、純金100kgだと……!? なぜあんな辺境の村に、国家の国家予算レベルの金が眠っているんだ!?」
世界樹からの年金(お小遣い)として送られてきたそれを、経済崩壊を防ぐためにリアンが極秘裏に塩漬けにしていることなど、ギアンが知る由もない。
だが、魔人である彼の悪知恵が、最高に邪悪な化学反応を起こした。
「……くっくっく。あははははっ!! そうか、そういうことか!!
あの生意気なシェフは、この莫大な資金(純金)を隠し持って、村の経済を裏から支配しているつもりなんだな! だったら、その『資本』を丸ごと暴走させてやる!!」
ギアンは操作コンソールを叩き、天魔窟の最深部に封印されていた一つのカプセルを射出装置にセットした。
中に入っているのは、あらゆる欲望と魔力を喰らい尽くして無限に増殖する最悪の魔物――【強欲の魔種】。
「行け、僕のかわいい魔種よ。
あのエルフの過剰な『魔力』と、地下室に眠る莫大な『純金(資本)』を養分にして……あの村を、全てを飲み込む【絶望のバブル】に沈めておしまい!!」
ポチッ、と。
ギアンが射出ボタンを押した瞬間。
不可視の砲弾となった魔種が、天魔窟からポポロ村の村長宅に向けて、一直線に空を切り裂いて飛んでいった。
* * *
その頃。
休日の買い出しと、路地裏での違法金融業者の処理を終えた俺たち【ホープ・クローバー】の面々は、大量の食材を積んだ荷馬車と共に、ポポロ村へと帰還していた。
「ふぅ、ようやく着いたな」
俺は馬車から降り、手に持っていた仕入れリスト(帳簿)に済のチェックを入れた。
「リアン社長! お疲れ様です! 人間の街のお買い物、とっても楽しかったです!」
ルナが、ドレスの裾を揺らしながら花を飛ばして笑う。
「ガハハハ! この程度の荷物、俺様の筋肉にとっては準備運動にもならねぇぜ!」
イグニスが、数百キロの荷物を軽々と肩に担ぎ直す。
「リアン君、荷物下ろしたら、一緒にお茶飲もうねっ♡」
「わたくしは試食でカロリーを摂取しすぎましたので、少しお腹を休めますわ……ゲプッ」
キャルルが俺の袖を引っ張り、リーザが満腹で腹をさすっている。
いつもの、騒がしくも平和な日常の光景だ。
このままポポロ亭に戻り、仕込みを済ませて、夜はのんびりとうどんでも啜るか。
そう思って、俺がポポロ亭の扉に手をかけた――まさにその瞬間だった。
――ズズズズズズズッ……!!!
突然、村の地面が激しく揺れ始めた。
地震か? いや、違う。揺れの震源地は、村の広場を挟んだ向こう側。
「な、なんだ!? 何が起きてるの!?」
キャルルがウサギの耳をピンと立て、揺れの方向を指差した。
「あそこ……私とリーザちゃんたちの家(村長宅)だ!!」
俺たちが視線を向けた先。
二階建ての立派な村長宅が、まるで風船に空気を入れたように、内側からメキメキと異常な音を立てて膨張していたのだ。
「家が、膨らんでる……? どういうことだ!?」
イグニスが目を丸くする。
パーーーンッ!!!
次の瞬間、村長宅の屋根が内側からの圧力に耐えきれず、爆発するように吹き飛んだ。
そして、壊れた家の跡地から、空を覆い隠すほどの『巨大なスライム』が姿を現したのである。
「な、なんだあのスライム……!? 色が、金色だぞ!?」
太陽の光を反射して、ギラギラと下品な輝きを放つ、巨大な粘液のバケモノ。
そのゼリー状の体の中には、ジャラジャラと無数の金貨や、金の延べ棒が取り込まれ、蠢いているのが見えた。
「あっ! アレ、私に届いた今月分のお小遣い(純金100kg)ですわ!」
ルナが、スライムの体内に浮かぶ金の塊を指差して、無邪気に声を上げた。
「……ルナ。お前、地下室にかけた封印の鍵、どうした?」
「え? リアン社長に『絶対開けるな』って言われたので、ちゃんと鍵をかけて、さらにその上から『世界樹の成長促進魔法』をかけて、絶対に壊れないようにしておきましたよ!」
「バカヤロウ! お前のその過剰な魔力を養分にして、スライムが爆発的に増殖したんだろうが!!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
ただの魔物に、純金100kgという莫大な『資本』と、世界樹の『過剰な魔力供給(金融緩和)』が合わさってしまった。
それはもはや、ただの魔物ではない。
『あはははははっ!! 驚いたかい、リアン・クライン!!』
上空から、聞き覚えのある不快な声が響き渡った。
見上げると、スライムの頭上を飛ぶ小型ドローンから、魔人ギアンの声が再生されている。
『紹介しよう! 僕の最高傑作第二弾!
ありとあらゆる欲望と、物理的・魔法的なエネルギーを喰らい尽くして無限に膨張し続ける、究極の経済崩壊モンスター!
その名も【バブル・エコノミー・スライム(超絶インフレ粘体)】だぁぁっ!!』
「バブル経済のスライムだと……!?」
『そうだ! そのスライムは、外部からのあらゆる攻撃を吸収し、自らの体積を『水増し(インフレ)』させる特性を持っている!
剣で斬ろうが、魔法で燃やそうが、お前たちが攻撃すればするほど、そいつは無限に巨大化していくんだよ! あははははっ! さぁ、絶望に沈むがいい!!』
ドローンからの声に呼応するように、金色のスライムがズルリと動き出した。
そいつが地面を這うたびに、周囲の木箱や屋台が次々と飲み込まれ、スライムの体積が目に見えて増していく。
「ああっ! わたくしたちの家が! クローゼットに隠してあったヘソクリ(銀貨3枚)が飲み込まれてしまいましたわーっ!!」
リーザが涙目で絶叫する。
「私の家を……リアン君に買ってもらったお揃いのティーカップを飲み込むなんて、絶対に許さないっ!」
キャルルが特注安全靴の雷竜石を起動させ、バチバチと紫電を纏った。
「待て、キャルル! 攻撃するなと言ったろ!」
俺の制止も虚しく、完全に頭に血が上った(ヤンデレのスイッチが入った)キャルルと、イグニスが同時に飛び出していった。
「ガハハハ! 小細工無用の巨大な的だ! 俺様の筋肉で真っ二つにしてやるぜ!!」
「――月影流、超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)ッ!!」
イグニスの燃え盛る両手斧と、キャルルの一億ボルトの雷光を纏った飛び蹴りが、同時に金色のスライムのド真ん中にクリーンヒットした。
ポポロ村を揺るがすほどの、凄まじい衝撃波と爆炎。
並の魔物なら、この一撃で細胞一つ残さず消滅しているはずだ。
だが。
『ボヨォォォォォォンッ!!!』
「……なっ!?」
「ウソでしょ……!?」
二人の圧倒的な物理(運動エネルギー)と魔法(熱エネルギー)は、スライムの表面で完全に吸収された。
そして、まるで空気を入れた風船のように。
スライムの体は、一気に元の『三倍』の大きさ(体長30メートル級)にまで急激に膨れ上がったのである。
『あははははっ! 言っただろう! 攻撃を加えれば加えるほど、そいつは巨大化する! つまり、お前たちのその有り余るパワーこそが、奴を育てる最強の養分(流動性供給)なんだよ!』
ギアンの高笑いが響き渡る。
「くそっ、打撃も魔法も効かねぇなら、どうやって倒せばいいんだ!?」
イグニスが後退しながら、焦りの声を上げる。
「リアン社長! 私が最高の魔法で、一気に吹き飛ばしますわ!」
ルナが杖を構え、超高密度の自然魔法を練り上げようとする。
「ストップ! バカ、お前が魔法を使ったら、村ごと飲み込まれるサイズにまでインフレするぞ! 今すぐ魔力をしまえ!」
俺はルナの杖を叩き落とし、巨大化を続けるスライムを冷徹な目で見上げた。
「(……なるほどな。外部からのあらゆるエネルギー(流動性)を吸収して、実態以上のサイズに膨らみ続ける……文字通りの【バブル(不良債権)】ってわけか)」
俺の脳内で、三ツ星シェフとしての調理手順と、簿記一級の経営知識が高速でリンクし、一つの解答を弾き出した。
「リアン君……どうしよう。このままじゃ、村が全部飲み込まれちゃう……っ」
キャルルが、不安そうに俺の袖を掴む。
「安心しろ、キャルル。俺を誰だと思ってる?」
俺は、防刃ジャージのジッパーを首元まで引き上げ、四次元魔法ポーチからドワーフ製の日本刀『白雪』をカチャリと引き抜いた。
「実態の伴わない供給過多のバブル(不良債権)なら、強制的に【監査】を入れて、弾けさせるまでだ。
お前ら、ウチのブラック企業の総力戦だ。俺の指示に一糸乱れず従えよ!」
「「「イエス、ボス!!」」」
圧倒的な質量で迫り来る金色の絶望を前に。
俺たち【ホープ・クローバー】の、完璧な業務提携による反撃のオペレーションが、今、幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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